「腹減った…何かないかな……ん? これは…」  
冷蔵庫を開けた浜面が見つけた”それ”。深く考えずに手を伸ばし、ひょいっと一つ口に放り込む。  
「…ん、こいつはなかなか…」  
そしてもう一つ、”それ”をつまんで口にしようとした時。  
『あああーーーーーーっっっ!!!』  
突然背後から飛んでくる少女の叫び声。  
やべっ見つかった、と思う間もなく。  
 
ゴスッ!!  
 
『窒素装甲』を纏った絹旗の拳が、浜面を吹き飛ばした。  
ノーバウンドでリビングのソファに突っ込む浜面の手から、つまんでいた”それ”が落ちる。  
かなりいびつな形をした、ダークブラウンのその塊。  
 
いわゆる、『トリュフチョコ』というものだった。  
 
−−−浜面くんちの絹旗さん  番外編  
 
「何やってんですか浜面! 人の冷蔵庫を勝手に開けるなんて超最低です!」  
「この部屋は俺の部屋でこの冷蔵庫も俺の冷蔵庫でそもそも殴る前に言えよ!!」  
絹旗の言い分に即座に起き上がり反論する浜面。鈍く響いた音ほどのダメージはないようだ。  
「そ、そんなことは超関係ありません! 何勝手につまみ食いなんてしてるんですか!」  
しかし、絹旗はさらに詰め寄る。その剣幕はなぜかいつもより強烈で、思わず浜面もひるむ。  
「ぐっ、そ、それは…」  
腹が減って、冷蔵庫を開けたらチョコがあって、それなりに数あったからつい一つつまんで、うまかったからもう一つ、と。  
要するに、「そこにチョコがあったからなんとなく」である。…チョコ?  
「…あ、おい絹旗」  
「な、何ですか浜面?」  
「あれってもしかして…バレンタインのチョコだったのか?」  
何気なく思い浮かんだことを口にしただけであった。のだが。  
「〜〜〜〜〜っっっ!!!」  
途端に、絹旗の顔が真っ赤に染まる。何かを言おうとしているようだが、声にならない様子で口をぱくぱくさせている。  
その様子に、さすがの浜面も当を得ていたと気付いたようで。  
「あ、やっぱそうだったのか!? すまん、そいつは悪いことをした!」  
今日の絹旗の剣幕では下手なことを言うより素直に謝った方がよさそうだ、と即座に謝る。  
「誰にあげるつもりだったのか知らねえけど、ホント悪かった!!」  
 
ブチッ、と何かが切れる音が聞こえた気がした。  
 
それまでの剣幕が嘘のようにピタリと動きを止めた絹旗。  
うつむき加減のまま止まった絹旗から、やがて低く乾いた笑い声が漏れ始めた。  
「…ふ、ふふっ、ふっふふっふふふふふふふ……」  
うつむいたまま、一歩、また一歩と、ゆっくりと浜面に近付いてくる絹旗。  
「そうですね。私が馬鹿でした。超大馬鹿者です」  
どこまでも冷めきった声で、自分に言い聞かせるように呟いて。  
「浜面は所詮超浜面なんですから、何か期待した自分が超大馬鹿者だったんですね」  
固く握りしめた拳を、ゆっくりと振り上げて。  
「…お、おい、絹旗…?」  
「死ね」  
 
思い切り、振り下ろした。  
 
口から悲鳴が上がるより先に、身体が動いた。  
咄嗟に飛びのいたそこへ、絹旗の拳が振り下ろされる。  
一見華奢なその拳は、衝撃に強いはずのソファを一撃で真ん中からへし折った。  
その光景を見て、さすがの浜面も青ざめる。  
「ちょっ、ちょっと待て絹旗! それはさすがに喰らったら死ぬぞ!?」  
「だから超殺すって言ってるじゃないですか浜面。どうしてくれるんですか、ソファがダメになっちゃいましたよ」  
「それはお前が…っ、うおっとぉ!?」  
ぶんっ、と絹旗の拳が浜面の顔を狙う。とっさに避ける浜面。  
いつもの『窒素ぱーんち』とは比べ物にならないプレッシャーを放つその拳に、思わず冷たい汗が背中を流れる。  
「だ、だから悪かったって! 何でも言うこと聞くから少し落ち着け!」  
「だったら超死んで下さい浜面。たったそれだけで構いませんから」  
「無茶言うなーー!!」  
一片の容赦もなく襲い来る拳を、浜面は必死にかわす。  
「人の物を勝手に食べる奴なんで超死ねばいいんです。ましてや一つならず二つも」  
「だ、そ、それはめちゃめちゃ美味かったから…っ、だぁっ!?」  
何かに足を取られ、転倒する浜面。殺気をはらんだ拳が、そこに振り下ろされ−−−は、しなかった。  
「…!?」  
即座に振り向いた浜面が見たものは、殺る気マンマンで襲いかかってくる直前と同じ、うつむいた絹旗の姿。  
「−−−、ですか」  
「…??」  
「−−−その、…おいしかったですか、と超聞いているんです」  
か細い声でされたその質問の意図は、浜面にはわからなかった。ただ、ここは素直に答えるべきだ、と思った。  
「あ、ああ…一つ食って、それでめちゃくちゃ美味かったから、ついもう一つ…」  
それは、本当のことだった。いびつな見た目に反して、そのチョコはとてもおいしかったのである。  
浜面はさほどチョコが好きではないが、あのトリュフチョコは甘さも控えめで、非常に浜面の口に合うものであったのだ。  
絹旗は、何も答えない。うつむいたままの表情は見えない。  
やっぱ怒ってんのかな、できれば殺されたくはないが…と浜面が思っていると、不意に絹旗がつぶやいた。  
「……………材料」  
「…へ?」  
聞き返す浜面に、絹旗がばっと顔を上げる。その表情は先ほどまでの無機質なものではなく、赤く染まっていた。  
「は、浜面がつまみ食いしたせいで、チョコが超足りなくなりました。作り直すにも、その、材料が超足りません」  
「へ、あ、はぁ…?」  
「だ、だから浜面! 材料を買いに行きますよ!! 今すぐ! 超今すぐ!!」  
「わ、お、おい絹旗!?」  
ぐいっと浜面の腕をつかみ、そのまま浜面ごと引っ張っていく絹旗。  
靴を履き替えるのももどかしく、玄関から出てもまだ掴んだ腕はそのままで。  
「さあ、早く行きますよ浜面、チョコが逃げないうちに超早く!」  
「お、おい絹旗っ、靴がまだっ」  
「そうそう、ついでに超見たい映画があるんです、ついでに見ていきましょう。  
 おなかも超空きました、何か食べに行きましょう。 全部浜面のおごりでっ」  
「なっ…おい、何で俺がいででででででで!!!」  
言い返そうとした浜面の腕を、思い切りつねり上げる絹旗。  
「さっき、なんでも言うこと聞くっていいましたよね?」  
「あ、あれは「言・い・ま・し・た・よ・ね?」………い、言った」  
「じゃあ、今日は全部浜面のおごりに決定です!」  
 
…ま、いいか。  
 
満面の笑みで浜面の腕にしがみつく絹旗を見て、浜面はそう思うのだった。  
 
 
 

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