「お、おい……あれ見ろよ……」  
「ああ……なンだありゃァ……」  
 幻想殺し、上条当麻。学園都市第一位、一方通行。  
 微妙な距離感だが、今となってはなし崩しに顔見知りのような関係になってしまった二人が入ったファミレス。  
 お前みてェな三下の無能力者とは懐事情が違ェンだよと密かに見栄を張りたい意図もあって、一方通行の全奢りである。  
 二人席に座って、向かい合う。メニューを眺め、とりあえずドリンクバーな、と話している時だった。  
 
 真横の4〜6人席に、その男は居た。  
「はまづら。はまづらは料理できるの?」  
「ん? ああ、この学園都市じゃ珍しくもないけど、寮で一人暮らしな訳だし。出来なくはないぞ」  
「……はまづらの料理、食べてみたい」  
「はぁ? いや、マジで出来なくはないってレベルだって。野郎一人自分が食ってく最低限の腕だよ」  
「それでもいいから」  
 薄桃色のジャージを着た、眠たげな目をした女の子。男の横に座って、頭をこつんとその肩に預けていた。  
 両の手はテーブルに乗せず、重力に任せて椅子に放り出すように伸ばしている。しかし、上条と一方通行の位置からは見えないが、男側の方の手は、男の服を小さく掴んで自己主張していた。  
「むむ、面白い話を聞きました。浜面の超手作り料理。どんな悲惨なものが出てくるんでしょうか」  
 もう一人。白い、腿まで隠したセーターを着込んだ、小学生か中学生ぐらいの女の子。  
 憎まれ口とは裏腹に、大胆にも男の膝の間にすっぽりと納まっていた。足をぷらんぷらんさせながら、ジュースを飲んだり、コップを置いて男の首やら顔やらを触って来たり。勝手気ままな振る舞いを見せるが、どう考えても嫌っている相手への態度ではない。  
「このやろ、悲惨じゃねーし。滝壺が居る手前謙虚に振る舞ったけどな、あれだぞ、スキルアウトの隠れ家で10人ぐらいと酒盛りになった時はだな、食い物関係全部俺がやったんだぜ?」  
「超怪しいものです。大方コンビニに買い出しに行ったぐらいが本当のところなんじゃありませんか?」  
 含み笑いで挑発する女の子に、男が顔を覗き込んで答えた。  
「おー言ったな、言いやがったな? よし買った、その喧嘩買った。俺の飯が美味いってどう証明してやろうか?」  
「……そうですね……じゃあ、次映画を見に行った時、浜面はお弁当を作ってください。美味しければ私としては儲け物ですし、不味ければけちょんけちょんに貶してやります」  
「ぐぁ、どっちに転んでも俺にあんまり旨味がねぇじゃねーか! くそぉ、だが男に二言はねぇ! プライドを賭けて凄ぇ気合入った奴作ってやっかんな!」  
 やや乗せられた感もあったが、後には引けない。  
 事が自分の思う方向に進んだのが嬉しかったのか、それともそれ以上の理由があるのか。女の子は男に見えないよう俯くと、満足そうに小さくはにかんだ。  
 そして、もう一人。  
 栗色の長い髪の女の子。ジャージの女の子の、反対側の席。つまらなそうな、面白くないことがあったような、複雑な表情をしていた。  
 女の子は口をもごもごと動かしている。それは、どう話の切欠を作ろうか、どう切り出そうか反芻しているような顔だった。  
 
「……はーまづらぁ」  
「ん、なんだ? 麦野」  
「急に買い物したくなったりとか、ならない?」  
「……あ?」  
 男は、全く会話の意図が掴めない。自身もこれは失敗だろと言ってから思ったのか、勢いで誤魔化そうとする。  
「てめぇの安月給じゃロクに物も買えねーんだろうが! 私のご機嫌取りをすれば万が一にも何か買ってくれるなんて奇跡が起きないかなとか  
じゃあその為に買い物に付き合おうとか荷物持ちしようとかせっかくなんだから水族館に行ってみたいなとか一緒に公園でクレープ食べれたらいいなとか弁当作ってやろうとか思わねぇのかよぉ!?」  
「ええええええええええ!? え、思ってます!? 思って、え!?」  
 勢いに飲まれた男は、思わず肯定の意を口にしてしまった。言質を取った女の子が、男から見えない方の手でグっとガッツポーズを取るのを、上条と一方通行は窓の反射で見つけた。  
「むぎ、麦野、落ち着け」  
 不意に、男が手を伸ばした。女の子の頬に触れた。  
「きゃっ、あっ」  
 途端に女の子の表情が豹変した。親指がまぶたに触れる。反射的に閉じた目のまつ毛が、ピクンと揺れた。頬が朱に染まる。  
 四本の指が耳の裏をなぞって、首筋を撫でた。ゾクゾクゾク、と体が震えそうになったのを、女の子は自分の体を抱き締めるように押さえつけて隠した。  
「麦野、こうすると大人しくなるんだよなー。まぁちょっと照れ臭いっていうか抵抗はあるけどさ、ここほら、一応店だし、うるさくできないし」  
 邪気の欠片もない顔で、男が笑った。信じられねぇ、何だその屈託のない表情、と外野の二人は目を疑う。  
 「こ、この……この……」と、女の子の口が空回りしている。その唇を、男の親指が塞いだ。ゴツゴツとした、硬い指だった。  
「にゃぁ、ちょっ、んぁっ、反則ぅ」  
 止めようと思えば、殴るなり蹴るなりの方法もあった筈だった。それでも声だけの、上っ面の非難を女の子は繰り返した。  
 しまいには文句でさえもやめられてしまうと思ったのか、しょぼしょぼと口が萎んでいく。  
 納得いかない上目遣いで、女の子は男を睨んだ。唇を僅かに開けて、指を口の中に誘い込んだ。カリっと、前歯で噛みついた。甘噛みだった。  
 
 
 一部始終を、余すことなく二人は目撃していた。二人は顔を見合わせると、いっそ埋まってしまっても構わないとばかりにテーブルに顔を沈めた。  
「……ありえねェ。男の方になんの他意もないのが信じられねェ」  
「すげぇ……すげぇよ……なんだあのハーレム……負けた……男として負けた……」  
 いやお前は頑張ればあれ以上行けるンじゃねェかな、とは言わない。向こうの席にアテられて、これ以上喋る気は失せていた。  
 ところで、もう一人。  
 あの席で一人だけ、反対側の椅子に座っている女の子が居た。金髪碧眼、ベレー帽を被ったその子は、口から血のような何かを垂れ流し続けながら、懸命に何かと戦っていた。  
 

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