夜の勢力が徐々に太陽の光をビルの向こうへと追いやり始める――有り触れた一日が終わりを迎えようとしている頃、雑居ビル群の一角に設けられた駐車場に1台のワゴン車が止まっていた。  
 オンボロでヨレヨレであちこちに凹みや擦り疵が目立つそのワゴン車。その運転席に座ってハンドルに身を預けていた浜面仕上は深いため息をつく。  
 今日は一日何をするでも無く、部屋に籠ってビデオでも観ようかと思っていた所を朝っぱらから呼び出された彼は、その呼び出した人物に付き合わされて一日荷物持ちをさせられたのだ。  
 その荷物持ちをさせた相手はと言うと――、  
「にゃははははは、大漁大漁ぉ♪」  
 運転席と後ろを遮るカーテン越しに聞えて来る少女のはしゃぎ声。そしてガサゴソと聞えるのは多分包装を開ける音だろう。それらに浜面はまたため息をつくと後ろを振り返る。  
「おぉい、何時まで俺はここにこーしてればいいんだフレンダぁ? 大体買ったモン車ん中で広げて……そう言う事は家に帰ってすりゃいいだろ?」  
 するとカーテンを割って金髪碧眼の美少女が顔を出す。その少女は不機嫌そうに頬を膨らませると、  
「うるさいなぁ浜面は。私は今最っ高にハイな気分な訳よ。それを邪魔するんなら……」  
 ひょいと出た少女の手に握られたトーチが浜面の頬をすっと撫でる。どうやら話し合う余地は無いようだ。  
「わーったわーった、もう邪魔しねえから好きにしろッ!」  
 こんなボロ車でも今は大事な足だ。それを破壊されちゃあ堪らないと浜面はそれ以上言わない事に決めるとハンドルに顎を載せた。  
「きゃはははは♪ あはははははははは♪」  
 またカーテンの向こうでフレンダの笑い声が聞える。  
「夜くらいは……なぁんて考えは甘かったか……不幸すぎるぜ俺」  
 浜面は夕闇が広がり始めた空をガラス越しに見上げてそう呟くのだった。  
 そして、それから暫くして浜面が腹が減ったと言うとフレンダもそれに同意した。  
 浜面が何処からか買って来たありきたりのジャンクフード。浜面はそれを後席のフレンダに渡して、自分は運転席で食べようとした。  
 所がフレンダが「2人っきりなんだし一緒に食べようよー」などと言い出したせいで、2人は目張りされた後席のシートで向かい合って食べる事になったのだが……。  
 落ち着かない、と浜面は思う。向いで2個目のトリプルバーガーに取り掛かったフレンダの事もそうだが、  
(ちょっと見ぬ間にファンシー感たっぷりの内装になっちまいやがって……)  
 あちこちにこれでもかとぬいぐるみとクッションが配置され、こんなモノまで買ったのかと思う様なレースのリボンにレースのカーテンで豪華絢爛に飾り立てられた車内は、まるで少女趣味の部屋の中に迷い込んでしまったかのようだ。  
 そんな居心地の悪い中で何処に入ったか判らない食事を終えた浜面は、同じく食事を終えてぬいぐるみに頬擦りを始めたフレンダを見るともなしにぼぉっとしていた。実はフレンダに観察されているとも知らずに。  
 フレンダから見る浜面は、それはもう普段は冴えない何処にでもいそうな安っぽいチンピラなのだが、  
(うん。やっぱり黙ってたりすると割とイケてる感じに見えたりする訳よ)  
 それが多分に色眼鏡のせいだとフレンダはそれなりに自覚している。  
 何時からそんな風に彼を意識するようになったのかは判らない。ただ言える事は、他の3人を出し抜くリスク――チームワークを乱す結果になっても構わないと思ってしまったのだ。  
 ただそれには障害が1つ有った。それは――、  
(浜面にとっての私ってば『アイテム』の構成員の1人って、それ以上でもそれ以下でもないんだよねぇ……)  
 そう思うとため息をつかざるを得ない。一応浜面を落とす為のアイテムも準備してはあるのだが……。  
(ん?)  
 相変わらず頬杖をついて、顔はこっちを向いているのに視線を合わせるでも無くぼぉっとしている浜面。その頬杖をついている手にふと目が止まる。  
 
 
 ――おう、お疲れさん。  
 
 
 何時ぞやそう言ってあの手で頭をなでられた。  
(……結局、あの時私の恋は始まった様な気がする訳よ)  
 今までずっと距離を置く様な感じで斜に構えていた彼が一足飛びに自分……たちの側に近付いた瞬間だった。  
 
 あの時は何だか胸の奥が爆発しそうで何のリアクションも返せなかった事を覚えている。  
(そう言えば麦野も凍りついてたわね……ってあの時の浜面の勇気には正直ビックリした訳よ)  
 他にも滝壺も絹旗も頭を撫でられている。滝壺は嬉しさを隠そうともせず微笑んでいた笑顔が正直羨ましかった。絹旗は即座に浜面をぶっ飛ばしたのには流石に驚いたが……。  
 そこではたとある事が気になった。  
 いい加減実りの無い睨めっこにも飽きて来ていたフレンダはここで一気にぶっちゃけてみる事にした。  
「ねえ浜面ぁ」  
「ん?」  
「結局、浜面って自家発電しちゃうくらいだから童貞な訳?」  
 その瞬間ついていた頬杖が滑って内装に頭をゴンと打ち付けた浜面は、暫し「うおお……」と頭を抱えた後、  
「き、急に何の話だ!?」  
「この間のバニーの写真。結局、アレでシコシコしてるって訳なの?」  
 可愛く小首を傾げて聞かれても、内容が内容だけに全然可愛くない、と言うか浜面としてはそれどころでは無い。  
「あ、あれは忘れろ! いや忘れて下さいお願いします」  
 キョトンとするフレンダを拝み倒す事しばし。  
「で、何で今その話なんだ?」  
 暑く無いかとか言いながら勝手に暑くなった浜面が襟元をパタパタしながらそう聞いた。  
 するとフレンダは抱きしめていたぬいぐるみに視線を落とす。  
「こちとらいつおっ死ぬかも判らない身な訳よ。それならいっそ早めに済ましておこうかなぁ……って判る?」  
 またも小首を傾げて見つめて来る少女に、  
「いや判らん」  
 キッパリ、と言うか興味も無いと言わんばかりの浜面の反応。しかしそんな事も織り込み済みだぜとばかりにフレンダはフッと不敵な笑みを浮かべて、  
「エッチしようぜぃ浜面ぁん♪」  
 そして拳を作って中指と薬指の間に親指を挟む例のポーズをして見せた。  
 些か彼女らしからぬ露骨なアピールだがこれくらいはっきりしていれば浜面も乗って来るに違いない、フレンダはそう考えていた。  
 所が浜面は大きなため息をついてから、  
「あのなぁ……」  
 そう言ってフレンダの拳を押し返す。  
「ん?」  
「ちったあ相手を選んで言えよ。お前のルックスならもう少しマシな相手が見つかるだろ? それが何で俺なんだ? 訳判んねえよ」  
 それを聞いたフレンダは暫しキョトンとしていたが、  
「へぇ……」  
 浜面の意外な返事にフレンダは正直感心していた。  
 この男仮にも裏稼業に身を置くのに擦れてない――何か珍獣でも見たような顔をしながら浜面を上から下から舐めるように見回す。  
 当然される方の浜面としては居心地悪い事この上ない。  
「な、何だよ?」  
「いやてっきりノリノリで来るかと思ったから。案外お固いんだなと」  
 その言葉にやっと合点がいった浜面。フンと親指の腹で自分の鼻の頭を擦ると、  
「ああ。こちとら駒場さんにその辺の事ぁ随分と仕込まれてっからな。無く子も黙るスキルアウトってもそこら辺のチンピラ風情とは統制が違うっつーか」  
 なにやら誇らしげに昔話を語りだした浜面にフレンダは「ふーん」と気の無い返事を返しながら、  
(ま、その辺簡単に上手く行くとは最初っから思って無かった訳で……)  
 ずりっずりっと席を移動。右足を持ち上げてあるタイミングを推し測る。  
 そして浜面がシートにふんぞり返ったその瞬間、  
「――んな訳だからホイホイ女に手出しなんかしのおわッ!?」  
 ドンとフレンダがシートを蹴るとバターンと倒れて浜面はそれと一緒に仰向けに倒れる。  
 そこへ更に腹部ドンと衝撃が走って「ぐおぁッ!!」と息を詰まらせた所に、  
「浜面ぁ、御託はいいのよ。結局、人生オモシロオカシク生き抜いた人間が勝ち組みな訳よ」  
 浜面の腹の上に馬乗りになって勝ち誇った様に言い放ったフレンダが、ここだとばかりにバサッと服を脱ぎ捨てた。  
 すると服の下から表れたのはノースリーブの黒いワンピースの水着。  
「お、おま……何時からそれ……」  
「買い物の最中にチョットね。まチョットしたサービス精神て所かな?」  
 
 これで完成と何処から出したのかウサギの耳が付いたカチューシャを頭に取り付けてにっこりと微笑む。  
 まさか俺の為に、と頬をつねりたくなる状況に浜面が唖然となる中、フレンダの体が前に倒れて来た。  
 サラサラと流れ落ちてきた金髪が浜面の頬をくすぐる中、2人は暫く見つめ合う。  
 綺麗な顔だ、と浜面は改めてそう感じた。  
 こんな綺麗で可愛くて、ちょっと……いやかなり性格に難はあるが、そんな美少女の体現の様なフレンダが自分に迫ってくる……。  
「冗だ……」  
 無意識に口をついて出ようとした言葉はフレンダの唇に吸い取られる。  
 触れるだけの短いキスはすぐに終わり、フレンダは小さく息を吐いて体を起こすと浜面に笑いかけながら、  
「んふふふ……、ファーストキスがマスタード&ケチャップ味ってのも中々インパクトオが有っていいよね? は、ま、づ、ら♪」  
「…………」  
 浜面は言葉も出ない。  
 一方初キッスで俄然やる気がヒートアップしたフレンダは、白い頬をピンク色に染めて浜面のシャツを脱がしに掛かる。  
 胸元を白い指がもそもそと動くむず痒さ――その感覚にやっと我に返った浜面だったが、  
「……マジ……か?」  
 まだ俄かに信じられない思いが口をつく。しかし――、  
「その質問は今更? って思う訳よ」  
「そか……」  
「それよりアンタ、何でこんな脱がしにくい服なんか着てきたのよぉ……くそっ、ボタンが固いぃ……」  
(やっぱフレンダの奴マジなのかああああああああああああああああああああああ!!)  
 ここに来てやっと現実を理解した浜面は盛大に慌てだす。  
 正直今まで考えた事が無かったが、改めてフレンダをどう思うかと言えば、やっぱり可愛いと言うのが本音だ。  
 彼女にしたら相当疲れるだろう事は覚悟しなければいけないが、こと根性に関しては誰よりも有ると浜面には自信が有る。  
 だがしかし、  
(例えば、あくまで例えばこのままフレンダとそう言う仲になったとしよう)  
 そう仮定した時、浜面はどうしてもフレンダを意識してしまうだろう自分を止められないと思った。  
(そうしたらチームワークはどうなる?)  
 ただでさえヘマ1つが本当に命取りになる裏稼業。そんな中で自分がフレンダを……、そして他の少女たちを危険に晒していい筈がない。  
 すると以前ヘマをした時唯一収穫だった有る決意が頭をもたげる。  
 それは実に分不相応でアマチャンな考えで最初は浜面自身反吐が出るかと思う様な事だったのだが……。  
(俺がこいつらを守る……ってどうするよこの状況?)  
 現実に帰ればやっとの事で一番上のボタンを外し終えたフレンダが、次のボタン相手に悪戦苦闘している状況。  
 それなりに鍛えられた腹筋や横腹に感じるアレや太ももの感触には、正直健全な青少年としては有る所に血が巡るのを抑えられないのも事実だ。  
(イヤしかしここでへこたれてどうする浜面仕上? テメエはその程度の人間じゃあねえだろ!?)  
 浜面は無い頭をショート寸前までフル回転させてこの状況の打開策を考える。  
 フレンダはどうやら自分相手にロストバージンを望んでいるらしい。  
 それは本当に男冥利に尽きるが、正直自分がそんな大事なものを奪う訳にはいかない。そう言うのは本当の相手の為にも取っておくべきだ、と古臭いと言われても浜面はそう思うのだ。  
(本当の相手……そう考えると凹む……)  
 浜面は事ここに至っても自分がフレンダに好かれているなどと言う幻想は微塵も抱いていない。  
 しかし落ち込んでいる暇は無く、フレンダは3つ目のボタンに手を掛けていた。ボタンは残り後3つ……。  
(クソッ! こうなりゃ自棄だ!! フレンダ……、お前には悪いが1人で逝ってもらう!!)  
 要はフレンダをゴール前までに満足させてしまえばいいのだ――どう言う観点でそう言う結論に達したのかは不明だが、テンパッた浜面はそうしよう決心した。  
(済まないがフレンダ……これもお前の為だ……)  
 そう心の中で呟いた後、浜面は意を決して慎重に手を……フレンダの幼い膨らみに添えた。  
 瞬間、思ったより柔らかな感触にどう力を加えてよいやら迷った浜面だったが、そのまま指にそっと力を入れた。  
 
 するとフレンダの体がぴょこんと跳ねた。そして、  
「お!? 結局、私とヤル気になったって訳ね」  
「あ、ああ、まぁな」  
 己の内心とは正反対に嬉しそうにするフレンダを見ると心に迷いが生じる。  
 しかし、浜面は心を鬼にして……と言えば聞こえはいいが、やっている事はフレンダの胸を揉みしだくだけだが、とにかくフレンダを気持ち良くさせる事に集中する事にした。  
 そして、そんな浜面の決意に気付かないフレンダは、  
「浜面ぁ、もっと、もっとふにふにしてぇ♪」  
 そのリアクションはチョットオーバーで初めてにしてはデリカシーに欠けた、まるで安物のアダルトビデオに出て来る女優の様だ。  
 しかし、その裏にはフレンダらしい心情が見え隠れする。  
 大好きな浜面に触れられただけで感じてしまう自分。それをフレンダは人恋しさ……即ち己の弱さからくるものだと解釈した。  
 その弱い所を浜面に見られるのはいい。彼を愛しているのだから何処を、何を見られようと後悔は無い。  
 だが、自らがそれを認めてしまうのが怖かった。  
 弱いと思われても構わないのだ。だが……、  
(結局、弱い私なんて絶対に認めたくない訳よ)  
 自ら弱いと認めたものから死んでゆく……それが暗部に生きる物の常識。だからフレンダはあえて自分を捨てて、狂態を見せる自分は嘘だと自分自身に嘘をつく事に決めた。  
 胸を揉みし抱かれて股間を濡らす自分も嘘。  
 全身に高揚感と快感でアルコールが回った様になっているのも嘘。  
 いつの間にか硬くしこって水着を内側から押し上げる乳首の痛みにも似た疼きも嘘。  
 嘘嘘嘘嘘……どれもこれも全部嘘。  
 浜面の指が布越しにもはっきりと判る硬いしこりを見つけた。  
 それを指の腹で押しつぶす。  
「あ、う、んっ」  
 これも嘘。浜面に喜んで欲しくての演技。  
 ぐにっぐにっと押し込まれる度に股間から溢れだす蜜も嘘。  
 人差し指と親指で挟まれてクリクリっとねじる様にされて、  
「ぅあ、あ、あ、こりこりもいい……」  
 いつの間にか口の中に溜まっていた唾液がどっと零れ落ちたのも演出。  
 その証拠に唾液を浴びた浜面の間抜け顔は興奮に上気しているではないか……。  
(わたしはぁ……つよいコなのぉ……)  
 その思いが自分自身をどれ程追い詰めているともい知らないフレンダは、体と心を切り離せたと本気で思っていた。  
 そして浜面は、  
(耐えろ俺……、初めてが俺じゃあコイツが可哀そうだろ……)  
 些か卑下た考えだが浜面はそれに縋りついた。  
 そうで無くてもフレンダの腰が先ほどから妙な動きを始め、腹の辺りから熱と湿り気を感じて浜面の股間にもドンドン血が流れ込んで行く。  
(クソッ!! まだフレンダは逝かねえのか!? こっちはいい加減エロ可愛い顔拝んで胸揉んでるだけじゃあ我慢の限界だぞ!!)  
 ともすれば勝手に腰が動き出そうとするのを必死に抑え込んでいた。  
 フレンダを押し倒すか、はたまた無様にパンツを汚すのか――だが浜面の限界が訪れる前に、  
「あっあっあっあっ」  
 フレンダの腰の動きが一段と速くなる。  
(しめたッ!?)  
 浜面はそのチャンスを生かそうと右手を胸から腹へと滑らせて行き、ジトっと湿ったフレンダの股間と己の腹の隙間に指を突っ込んだ。  
 そして濡れた布地を探って窪んだ部分――フレンダの割れ目を見つけると指の腹で強く激しく擦った。  
「っあ!!」  
 今までとは違うダイレクトな感覚に思わずのけ反るフレンダ。そしてそれを逃がすまいと浜面は左手でがっちりと胸を鷲掴む。  
「は、ひ、いやあっ!?」  
 
 思わず口を付いて出た自分の弱弱しい本音にフレンダはギョッとする。  
 心のどこかにピシッとひびが入った気がしたその時、浜面の指が偶然に割れ目の中に隠れていた敏感な芽を抉る様に引っ掻いた。  
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!」  
 それは爆風に吹き飛ばされる時にも似ていて、あっさりとフレンダをその不安と共に真っ白な光の中に取り込んだ。  
 体と心が一度は1つに戻って、共にバラバラに打ち砕かれてからもう一度1つになるまでどれ位の時間がかかったのだろう。  
「んっ、んっ、ぅぅ……」  
 気付くと浜面の胸の上で口を開けて伸びていた。  
 彼の胸に手をついてゆっくりと体を起こすと、涎やら鼻水やらが糸を引いたがそれを気にする程頭はハッキリしていない。  
 ゆらりゆらりと体を左右に揺すりながらぼんやりと思い出す。  
(浜面とぉ……エッチしてぇ……私は……盛り上げようとガンバってぇ……ガンバ……ガン……)  
 
 
 ――は、ひ、いやあっ!?  
 
 
 逝かされる直前に口走った言葉を思い出してフレンダは大きく目を見開く。まるで怯えた様な声……そんな声を出してしまった。  
(ワ・タ・シ・ハ・ヨ・ワ・イ)  
 頭の中に現実と言う名の残酷な言葉が浮かび上がり、その現実にフレンダは……、  
「あれ?」  
 フレンダは驚いていた。  
(何も感じない)  
 感じるのは自分の内をさらけ出した高揚感と、微かに残る浜面との情事の残り火だけ……。  
 満たされた心に今更恐怖などと言うつまらない陰が差し込む余地は無かった。  
「どうしたフレンダ……?」  
 さっきの表情とは一変、何か拍子抜けした様な顔でキョロキョロしているフレンダに浜面は声を掛けるが返事は無い。  
 そのフレンダは、両手の指をわきわきと動かしてみたり、肩をぐるぐる回してみたり、終いに何処から取り出したのか手鏡で自分の酷い顔をチェックして、  
「うっわあああああああああ!? ひっどい顔っ……あは、あははははははははははは☆」  
 鏡の中の自分を指さして笑うフレンダに、浜面は流石に心配になった。  
「おい……」  
「怖くない」  
「えと……何が?」  
 そう浜面に聞き返されて我に帰る。すると一気に恥ずかしさが爆発して、  
「いやあ……、とうっ」  
 取り合えず苦し紛れに浜面の脳天にチョップを喰らわせた。  
「いでッ!?」  
「にゃはははははははははは♪」  
 無邪気に笑うフレンダには何か吹っ切れた感があった。それを説明しろと言われても自分にもよく判らないのだから説明のしようも無い。  
(結局、私ってば強い訳なのよ!!)  
 愛って素晴らしい――陳腐で滑稽だけど、きっとそう言う事なのだとフレンダは納得する。  
 そして浜面の方は、  
(何かよく判らんけど乗り切ったのか俺?)  
 まだフレンダの尻に敷かれたままの浜面は、まだまだ予断を許さない状況に戦々恐々とするのだった。  
 

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