その屋内プールは、人でごった返していた。  
「ぐぉぉ、なんだこりゃ……」  
 芋洗い、という言葉が浜面仕上の頭に浮かんだ。楽しげな人達の声が何重にも重なって、聞き取れない雑多な音が施設中に響いている。  
 学園都市第6学区、アトラクションプール。  
 この季節でも入れるプール、それも屋内のものにありがちな閉塞感のない、金に物を言わせた広大な面積。なるほど人気が出るわけだ、と客の一人である浜面も感嘆した。  
 ガラスの天井から、真昼の明るい日差しが差し込んでいる。屋内を照らして、浜面の足元にくっきりと影を作っていた。  
(それにしても、これ人いすぎだろ……)  
 あー、と気のない溜息をつきそうになりながら、浜面は回想する。  
 スキルアウト時代の友人、半蔵から売りつけられた入場チケットだった。その半蔵もまたスキルアウトの知り合いからの、貰い物だったと聞いている。  
 デートの予定がキャンセルされてしまい、泣く泣く放出。それを半蔵が受け取ったはいいが、とうの自分も行くアテは無い。有効活用できないかということで、浜面に白羽の矢が立ったのだった。  
(郭ちゃん誘えばいーじゃねーかよーったく贅沢だなーあいつ)  
 浜面にだってそんな心当たりはない。そこで、アイテムの集会の日にチケットを差し出してみることにした。暗部組織の人間に売りつけるのは流石に命知らず過ぎると思ったので、譲渡という形で。  
 直後、次回の活動内容の会議は誰が浜面とプールに行くかに脱線。いや、確かにペアチケットだけど別にお前らで行けば良くね、という浜面の突っ込みは誰も聞く耳を持たない。  
 言い争いはヒートアップし最早能力衝突は避けらない、滞空回線経由で密かに監視していたアレイスターが事態を重く見て、あわやグループに出動命令を下すかという大惨事一歩手前に至って、仲裁に入った浜面の提言によるジャンケン三回勝負によって神の采配は下された。  
 そして、勝ち上がって来たのは。  
「いぇーい浜面、おっ待たせー」  
 奇麗な女の人にぶつかりそうになったこと数度。へらへらしてたらその連れの男に舌打ちされ顰蹙を買うこと更に数度。ようやく待ち人来たりと相成った。  
 文句の一つも言ってやろうと、浜面は声の方に振り返る。  
「フレンダぁ。頼むぜホン、」  
 くたびれ顔でト、まで言い切ろうとして、浜面は声を失った。  
 金髪碧眼。見なれた制服風の服とベレー帽を脱ぎ、ワンピースの水着に身を包んだフレンダがそこに居た。  
 片腕に浮輪を抱いて、もう片腕を腰に当てたポーズ。細いのに、優雅な足。控え目な乳が控えめなりにつんと張って、なんていうか可愛らしい。  
 う、わ。犯罪だろ、これ。  
 浜面が思わず右手を口元にやってしまったのは、鼻血が出ていないかの確認と、しまらなくなった口元を隠したかったからだった。  
「なーに言ってんの。女の子の着替えは時間がかかるって、常識でしょー……って、うわ! 浜面なにそれ!?」  
 フレンダもフレンダで、振り返った浜面を見て大きく目を見開いた。  
 浜面の格好は、普段通りのチンピラスタイルではなく、場に合わせた水着である。当然上半身には何も身に纏っていないのだが、それ自体はなんらおかしいことではない。  
 先の、プール内を闊歩する男共の舌打ちこそもらったが、その実一度として喧嘩を売られたり因縁をつけられなかった理由。  
 浜面仕上の肉体は、そこらの男なら裸足で逃げ出すぐらい、屈強に鍛え上げられていた。  
「あ? どした?」  
 アイテム内での浜面の地位は、低い。基本的に何をやっても評価されない(と自分では思っている)ので、フレンダが自分の体に目を奪われているとは夢にも思わない。  
「うわぁ……えぇー……ちょっとぉ……これ……」  
 赤面しながら唖然とする、器用な表情を見せるフレンダ。その顔のまま、ふらふらと手がさまよって、浜面の胸板に触れた。  
「硬、うわ、うひゃぁ……ヤバ、何これ凄い」  
「お、おいおいおいっ」  
 例えばボディビルダーのような、見せびらかすための山のような筋肉ではない。無論、異性を意識したプロポーション維持やシェイプアップとも一線を画している。  
 身体能力だけなら上条当麻を超え、アスリート並のトレーニングメニューをこなしていると自負する、徹底的に絞り込んだ体だった。  
 まったくフレンダにとっては意外なことだったが、自分の分野に関して浜面は非常にストイックである。能力がものを言う学園都市では評価され難く、麦野も、絹旗も、滝壺でさえも看破できなかった浜面仕上という男の一面。  
 それを、奇しくも能力の面ではまた浜面と同じく、彼女達に一歩、いや二歩劣るフレンダだからこそ気づいた。  
(……いやー、自分も単純な訳よ。こんなことで嬉しくなっちゃうなんて)  
 
 独占欲が、むくむくと鎌首をもたげていた。これはもう満喫するしかない、と心に堅く決める。  
「め、珍しいのはもう分かったから、そろそろやめてくれ、フレンダ」  
「え、あっ、うん」  
 周りの視線が気になってきた浜面に言われて、フレンダは手を引っ込めた。  
 少し、気まずい間が空いた。次に何を切り出そうか、二人して逡巡する。  
 フレンダは、浮輪を持っていない方の手が、なんだか心寂しいような気がした。切り出す言葉にはちょっと勇気が必要だったが、深呼吸して言うことにした。  
「浜面」  
 大丈夫。浜面は嫌なんて言わない。「お、おう?」と目を合わせた浜面にドキっとしながら、フレンダは空いた手を差し出した。  
「行こっ」  
 浜面は少しの間呆けていたが、ややあってフレンダの言わんとするところに思い至ったらしい。  
 照れ臭そうに笑って、フレンダの手を握った。  
「ああ」  
 ぎゅっと絡めた指に、フレンダの胸が高鳴った。眼をつぶって、足をじたばたさせて、「きゅぅー!」と叫びたかったが、それは我慢した。  
 思った通り、大きな手だった。  
 
 
 一週500mにも及ぶ、長い長い流れるプール。  
 透き通った水が床の水色を奇麗に映し出している。天井から光が降り注いで、揺れる水面をきらきらと輝かせていた。  
「きゃはははははー! 浜面ー!」  
 浮輪に乗ってぐるぐる回りながら、フレンダはご満悦だった。小ぶりなヒップをすっぽり輪の中に収めて、両手両足を投げ出していた。  
 人の隙間を縫いながら、軽く泳いで前へ進んでいた浜面は、足を着くとゆっくりと歩いた。振り返ると、流れてくるフレンダに追いつかれた。  
「どーんっ」  
 浮輪がぼん、と浜面の体を打った。「いてぇ!」と、痛くもないのに浜面が調子を合わせて笑った。  
 浜面はフレンダの後ろに回ると、浮輪に掴まって床を蹴り出した。二人分の体重に浮輪が少し沈んだが、堪えた。水しぶきを上げない程度のバタ足で、浮輪とフレンダを押してやった。  
 浮輪に添えられた浜面の手に、意識しているのか無意識なのか、フレンダが手を被せた。流石にちょっと照れ臭いな、と浜面は頭の隅っこで思う。  
 流れていく景色を横目に見ながら、フレンダは喝采を上げた。  
「いやもー、プール最高っ!」  
「あーホント、実際泳いでみると最高だなこれ!」  
「だよねー!」  
 そう言うと、浮輪に体を預けていたフレンダが起き上がった。輪の中に足を通して、頭まで一気に沈む。フレンダがいなくなって、ビート板に掴まっているような格好になる浜面。  
「フレンダ?」  
 水の中に潜ったフレンダが、浮輪と浜面の腕の間からざばぁと飛び出してきた。目の前に現れた青い瞳に、浜面が息を詰まらせた。  
 素早く、フレンダが浜面の肩に手を回して掴まった。頭だけ水面から出して、後は浮輪と浜面の浮力に全てを任せている。四本の足が水平に伸びて、水の中を漂っていた。  
「浜面っ」  
「え、ちょっ」  
「ありがとね」  
 にへへ、とフレンダが笑った。恥ずかしそうだったが、屈託のない笑みだった。  
 ありがとう、というのは適切ではなかった。ジャンケンで勝ったからフレンダはここにいるのであって、浜面に礼を言うのは的が外れていた。  
 それでも、どうしても言いたくなった。  
「……、」  
 浜面は何も言わずに、その姿勢のまま頭をばしゃんと水につけた。  
 その眼前にはフレンダの胸元があって、えっどうしたの浜面、何? とフレンダは焦った。が、たっぷり5秒は数えても、浜面はそのまま動かない。  
 おかしいと思って、フレンダはもう一度水の中に潜った。ごぼごぼという音が耳を占める。浜面の顔を、水のフィルター越しに見上げた。  
 水の中でも分かるぐらい、浜面は赤面していた。  
 どうしたらいいのか分からないという風に、眉を寄せて困った顔をしている。咄嗟に顔を水につけたのは、それをフレンダに見られたくなかったからだろう。  
 だが潜られてまで見に来られては隠しようもなく、ますますばつの悪そうな表情は深くなる。  
 フレンダは心中で、叫んだ。  
(〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っかっわいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!)  
 本人が聞いたら、きっと嫌がるに違いなかった。せめてそれは男が女に言うセリフだろ、なんて言いながら。  
 そのうち息が苦しくなってきたのか、浜面が水から顔を上げようとする。合わせて、フレンダも浮き上がった。また顔を合わせてくれなくなったら嫌だったので、今度は浮輪の輪の中にした。  
 酸素のある世界に戻ってくる。どこかの子供の声や、水の跳ねる音が耳に戻ってきた。  
 
 二人とも大きく息を吸い込んだ。水を吸った髪の毛が、顔に張りついていた。フレンダは浮輪に腕を回して、浜面に向き直った。  
 開口一番、浜面は墓穴を掘った。  
「べっ、別に照れてなんかねーんだからな!」  
 笑いながら、フレンダは聞き流した。  
 ふと、目に映る景色の隅に気になるものを見つけて、フレンダはそっちを見た。  
 長い行列と、待ち時間を暇そうにしている人達。並びを目で追いかけていくと、高く螺旋を描くプラスチックのチューブ。  
「ね、浜面!」  
「はぁ……なんだ?」  
 まだ決まり悪そうな顔をしている浜面が、溜息交じりに聞き返した。  
 フレンダが行列の先を指差した。人差し指の行方を追って、浜面も振り返った。  
「ウォータースライダーやろっ!」  
 
 
 行列に並ぶ前に、それぞれソフトドリンクとアイスクリームを購入。  
 食べたり飲んだり話したり、時間を潰すこと数十分。フレンダの浮輪を係員に預け、ゴミ箱に手に残ったものを放り込む。  
 スライダーの階段を止まっては昇り、ようやく頂上に足を踏み入れた。  
「もうすぐだよー、浜面」  
 興奮気味に、フレンダが口走る。瞳はわくわくと輝いていて、待ち切れないといった様子だった。  
「お、おお……なんか、軽く緊張してきたんだが」  
 結構これ高くないか? と、浜面は手すりから身を乗り出した。眼下に広がる、曲がりくねった流れるプール。ひしめき合う人達。  
 床材を踏む素足にうっすらと寒さを感じながら、スライダーの入り口に立っているバイトらしき係員に浜面は話しかけた。  
「すんませーん、これ二人でやっても大丈夫っすかー?」  
「あ、はい、大丈夫ですよ!」  
 気さくな返事に、「ども!」と浜面は手を挙げて礼を言った。その脇から、フレンダが身を乗り出してきた。  
「ホントっ? ねぇ浜面、前がいい? 後ろがいい?」  
「あー……いや、どっちでもいいなぁ。フレンダの好きな方で」  
 今日一番の、真剣な顔でフレンダが悩みだした。  
 スライダーの目の前にまで来ると、行列の捌かれ方も早くなる。順番待ちの人達は、どんどんスライダーから降りていった。  
 前の人が行ったら次は俺達だぞ、という頃になって、ようやくフレンダが顔を上げた。  
「決めた、後ろっ。浜面前ねっ」  
「ああ、いいけど。っつーか、普通に前じゃなくていいのか?」  
 むしろ、そうだとばかり浜面は思っていた。意外なフレンダのチョイスに面食らってしまう。  
 フレンダは小さく笑って、演技じみた大袈裟な身振りで胸元を押さえた。上目遣いで、挑発するように。  
「私が前だと、おっぱい触るでしょ」  
「っ……ばっ……!」  
 口から飛び出たとんでもない単語に、浜面は二の句を継げなくなった。女の子がおっぱいって言うとなんでこんなエロいんだろうと余計なことも考えた。  
 前の人が、スライダーから滑り降りていった。  
 悲鳴のような嬌声が水しぶきと共に遠ざかっていって、次は自分達の番になる。係員に、一通り注意することについてレクチャーを受けた。  
 浜面がスライダーの中に入った。入口の両端にパイプがあって、握れるようになっていた。  
 それを握って、浜面はスライダーの中で座った。係員がGOサインを出すまで、ここで待機。言われた通りの手順。腰からつま先にかけて、思ったよりも速い水の流れが濡らしていった。  
 浜面の背中に、フレンダが掴まった。  
「やっぱり背中大きいね」  
「ん?」  
「なんでもない。ね、浜面」  
 浜面の胸元に手を回して、強く抱き締めた。胸から股まで、一重に密着していた。擦れる布の感触が、ダイレクトに浜面の背中を刺激した。  
「う、お、フレンダ」  
 場所が場所なだけにじたばたすることもできず、声だけで浜面が抗議した。とはいえ嫌がっているのではなく、咄嗟のことに訳が分からなくなっているだけだった。  
 意に介さず、フレンダが浜面の耳元で小さく囁いた。  
「この水着、サポーターとかないんだよ」  
 
 それは、できるだけ考えないようにしていたことだった。  
 体のラインを見せつける、ぴったりとしたワンピースの水着。たった一枚剥がせば、淡肌色の柔肉がすぐそこにある。  
 浜面の頭に血が上っていく。それは熱と共に思考の舵を奪って、全裸のフレンダの妄想を勝手に脳裏に描いていった。小さくも自己主張する乳房。薄い金色の恥毛。  
 係員の現実的な声で、浜面は我に返った。  
「オッケーです、行ってください」  
「ゴー!」  
「えっ、あ、はいっ!?」  
 手筈通り、係員がフレンダの背中を押した。合わせて浜面の体も押し出される。反射的に、握っていたパイプを手放した。  
 傾斜から一気に加速する。ウォータースライダーのスピードは、想像以上に速かった。  
「お、おおおおおおおおおおおおおおおっ!?」  
「きゃあああああああああああああああああああー!!」  
 水が摩擦の抵抗を殺して、驚くほど速度が出ていた。大変なのは、その水しぶきがモロに顔にかかって、上手く呼吸ができないことだった。  
(こっ! これっ! これ、前の奴こんな目に遭うのかっ!)  
 目も開けていられない。フレンダが後ろを選んだのは正解だ、と浜面は思った。浜面の体を盾にして、フレンダはウォータースライダーの楽しい部分だけ掠め取り、大はしゃぎしていた。  
 右に体が揺れる。かと思えば、左に大きく振れる。曲がりくねったスライダーに振り回されて、最後に二人は着水した。  
「おわぼっ!」  
「ひゃあ!」  
 広いプールに飛び出した。底に体を打たない程度に深いプールに投げ出されて、一瞬上下の感覚が分からなくなる。気泡を含んだプールの水が、ごぼごぼと耳元で音を立てた。  
 床につま先が着いた。こっちが下か、と浜面は判断する。投げ出された時に放してしまったのだろう、フレンダの手の感触は体から離れていた。  
 浜面が水面から頭を出した。放り出された直後のパニック状態では分からなかったが、深さは大体浜面の腰から胸元辺りまでだった。  
 ほぼ同時に、フレンダも浮き上がってきた。  
「ぷはぁ! あーん、怖かったー!」  
 とてもそうは思えない、嬉々とした口ぶりだった。満足そうに口元が笑みを形作っていた。  
 鼻や口に水がまだ入っているような気がして、浜面は二、三度咳をした。ばちゃばちゃばちゃ、と水をかき分けて、フレンダが近づいて来た。  
「ねぇねぇ浜面! もっかいやろうよ、もっかい!」  
「……嫌じゃねぇけどさ、次フレンダ前な」  
「えーっ!」  
 水面を両手で叩いて、フレンダがぶーたれた。こりゃまた俺が前かな、と浜面が軽く諦めながら苦笑した。  
 二人でプールから上がろうとする。そこで、はたと浜面が動きを止めた。  
「浜面?」  
 三歩ほど遅れてついてくるフレンダが、立ち止った浜面をいぶかしんだ。振り返らずに、浜面が手を自分の額に当ててうめいた。  
「……フレンダ、ごめん、ホントごめん、ちょっ、ちょっとタイム」  
 まったく出し抜けに、フレンダはピンときた。何より、先に挑発してそう仕向けたのは他ならぬ自分であった。  
 にへら、と意地の悪い笑顔がフレンダの顔に浮かぶ。背中を見せてこっちを向いてくれないのなら、今だけはそれでも構わない。  
「……さっきので勃っちゃった?」  
 何も言わずに、ぶくぶくと浜面がプールに沈んでいった。  
 あえて、フレンダは浜面の不覚を責めなかった。何か言って不意に振り返られたら、この朱に染まった頬を見られてしまうからだった。  
 この貧相な体でも、異性として意識させて、性欲を煽ることができる。それが嬉しかっただなんて、死んでも言ってやらない。  
 
 
 夕日が落ちていく。オレンジ色の空が学園都市を染める。  
 第6学区の街並みから、人影が少しずつ疎らになっていた。  
「つーかーれーたー」  
「ウォータースライダー3回は幾らなんでもキツいっつの……しかも、全部俺先頭にしやがって」  
 その中を、遊び疲れたフレンダを背負った浜面が歩いていた。持ち寄った水着や遊具は手提げ袋に入れて、浜面が手に持っていた。腕でフレンダの足を支える。  
 今日は車を出していない。隠れ家に程近かったので、そのまま歩いて遊びに来ていた。  
 空を見上げると、沈みかけた太陽が目に優しかった。明日は筋肉痛かな、と浜面は思った。  
 浜面の肩に、フレンダは頭を預けていた。眠たげな半目のすぐ先に、浜面の首筋があった。今日の名残が鼻孔をくすぐった。   
(……塩素の匂い)  
 少しだけ顔を起こして、フレンダは浜面に尋ねた。  
 
「ね、浜面」  
「ん、なんだ?」  
「楽しかった?」  
「おう」  
 即答だった。きゅんと、フレンダの胸が鳴った。  
 浜面が楽しんでいたのは、間中ずっと分かっていたことだった。それでも言葉にして聞きたかったズルさは、どうか許してほしい。  
 おでこをまた浜面の肩に押しつけたが、さっきのように首筋にまでは寄りかからない。この微熱を肌越しに知られたら、恥ずかしくてどうにかなってしまう。  
 体に残っている水の揺れる感触と、浜面におんぶしてもらっている心地よさがくすぐったくて、頬が勝手に緩んでいた。  
 照れ隠しに、またからかってやることにした。  
「浜面」  
「今度はなんだよ」  
「私、今ノーパンかもよ」  
 浜面の膝から力が抜けて、よろけた変な歩き方になった。左右に崩れそうになる背中に、フレンダはけたけたと笑った。  
 仮にそうであっても、タイツを履いているので誰かに見られるような大事にはならない。ただ、フレンダの方こそ今日は本当に楽しかったので、どうしてもと頼み込まれたなら、それぐらいのサービスはしてやらないこともなかった。  
 膝に力を入れ直して、浜面はまた歩き出す。フレンダを背負い直すと、手提げ袋が音を立てて揺れた。  
 ウォータースライダーからこっち、調子を狂わされっぱなしの浜面がぼやいた。  
「お前、俺をどうしたいんだよ……」  
 どうしたい、だなんて。  
 そんなの。  
 彼氏にして、恋人にして、溶けるぐらい優しくしてほしいに決まってる。  
 キスしてほしいし、抱き締めてほしいし、撫でてほしいし、エッチだってしてほしい。  
 でも。今はこの距離が気持ちいいから、もうちょっと。  
「また行こうね」  
 浜面の質問には答えずに、フレンダは宣言した。少し間を置いてから、今日はそういう日なんだろうと浜面は観念して、「……ああ」と返事をした。  
 満更でも、なかった。  
 

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