昼下がり、柔らかな陽光の差し込む中、神裂は口を開く。  
「まったく貴方と言う人は……」  
「いたたたた!あの神裂さん?なにゆえ不機嫌になっているのでしょうか……」  
とある学生寮の一室。フローリングに座り、傷の手当てを受けている上条は、憮然とした面持ちの同僚を見やる。いや、大方の見当はついているのだが……  
「本当に分からないとでも?」  
治療の手を休めずに、冷ややかな声で答える神裂。  
「いや、あのほら!困っている人を見かけたからさ!?上条さんとしては見過ごせるはずもなく!いわゆる名誉の負傷というやつですよ」  
「『困っている人』を手助けして『負傷』。そこが既におかしいのですが……どうせ不良に絡まれている女の子を発見、挑発して鬼ごっこ、追いつかれて乱闘といったところでしょうが……」  
「うっ!まるで見てきたかのよーな物言い!だが大筋で間違っていない……」  
いつものようにフラグを立てるような行動の上条であった。相手は今頃上条の情報を集めていることだろう。  
 
「はい、終わりましたよ」  
道具を片付けながら神裂が言う。上条の右腕には、真新しい包帯が綺麗に巻かれていた。  
「お、っと。いつもありがとな、神裂。上条さんは感謝してもしきれませんよ」  
礼と共に微笑みを返す。神埼も笑みを返し、  
「いえ、あなたの行動自体を責めるつもりはありません。救われぬ者に救いの手を。私や天草の理念からすれば、貴方の行動は立派なものです」  
ただその結果が恋敵を増やすと言うのは褒められたものではありませんが、と小声で付け足すことも忘れない。  
「あー、俺としてはそんなつもりはないんだけどなー……礼の一言もあれば十分なのに。いやその場から離れたら礼なんていえるはず無いんですけどね」  
自分が不幸を背負うことで周りが幸せになるのならそれでいいと、相変わらずの発言である。それにしても、と上条は続ける。  
「恋敵、なんて。しっかり妬いてくれるんだな」  
少々意地が悪く、だが信頼を含んだ笑みを神裂に向ける。  
「あ、当たり前です!婚約したからといって、ライバルの出現を快く思うはずがありません。そういった芽は早めに潰すに限ります…」  
そもそも貴方が種を蒔かなければ済む話です、とそっぽを向き頬を染めながら言う神裂。耳の痛い話です、と苦笑交じりに返す上条。  
「そうだな。でももし言い寄られてもきっぱり断るぞ。なんたって上条さんにはこんな可愛い婚約者がいるんだからな」  
左手を神裂の頭に乗せる。唐突なスキンシップにあうあうとなりながらも、おとなしく撫でられるままになる神裂。可愛い。  
しばらく神裂の柔らかい髪を堪能した後、んー、となにやら考え込む上条。あ…と寂しげになった神裂には気がついてないようだ。  
「なんか、助けた子から告白前提、みたいな話になってしまうんだが。その場できっぱり、あ、これは脈がないなーと相手に思わせることが出来ればいいんだよな?」  
意中の人がいますってアピール、腕に刺青でも入れるかぁ?いやいやどこのアウトローですか!などとのたまう上条の横で、呆けていた聖人の目が怪しく光る。  
(当麻は私のもの。意中の人。所有物。私は当麻のもの。刺青。傷?首輪縛る印見た目外見看板アクセサリ私の勝ち目相手の気を削ぐ絆──)  
据わった目で物騒な言葉を呟く聖人。いつの間にか俯いていたため、髪で表情が隠れ不気味なことこの上ない。  
切れ切れに聞こえる言葉に顔を引きつらせながら、「あのー、神裂さん?」と伸ばされた上条の手をガシッ!と掴む。  
「そうですよ……」  
ひぃ!と多少の恐れを滲ませた声を上げ身体を離そうとするが、腕まで抱え込まれてしまっているのでそれも叶わない。混乱の只中にいる上条を無視して神裂は言い放つ。  
「当麻。これから貴方に、売約済みという徴(しるし)を刻みます。誰が見てもこれ以上無いと言うくらい、強力なものを……」  
 
「お、おい神裂、目が怖いぞ……てゆーか、しるし?刻む?なにやら物騒な言葉が聞こえたんですがー!?ほら腕放して?落ち着いて話し合いましょうー!?」  
身の危険を感じたか、神裂から距離を取ろうとする上条だが、ガッシリとロックされ腕を揺らすことすらできない。  
「黙りなさい上条当麻。こうなってしまっては私も手段を選んでいられません。優しくしてあげますから大人しくしていなさい……」  
そう言うと大きく口を開き、  
「はむっ……」  
上条の指に噛り付く。  
「うぉあっ!?痛っぁ!ぅ?ぅおぉ?」  
唐突に与えられた感触に、上条は只々言葉を漏らすだけ。  
「んっ……ふっ……はふぅ……む……」  
神裂は上条の指を咥え、歯を立てている。甘噛みより強く、食い破るより優しく。時折上条の手を捻りながら噛み続けるので、唾液にまみれた舌が指に触れる。  
(うぉお……何だこれ。神裂が俺の指咥え痛柔らかっ!根元は噛まれて先っぽはヌルヌルで指一本なのに新感覚熱っ!舌柔らか熱い!  
非常にエロいです神裂さん!くぅ、指全体があったかく……ってこれ唾液が充満してんのか呑むなー!舌が!舌が密着ー!)  
片手で顔面を押さえ、身悶えする上条。ヘタに暴れるとそれこそ指を噛み千切られそうなため、つまり端から見ると胡坐をかいたままビックンビックン身体を振るわせる男が一人。  
「ふぅ……」  
あらかたの作業を終え、口から指を離す。チュルンと音を立てて引き抜かれた指は唾液にまみれており、テラテラと光を反射している。傍らで顔を真っ赤にしている恋人を見やると、  
「どうしたのですか、当麻?そんな物欲しそうな顔をして」  
悪戯が成功した子供のような無邪気さと、男を誘う娼婦のような淫靡さが入り混じった笑顔で問いかける。  
「いや絶対分かって言っているだろそれ……くぅ、上条さんの純情さを返してください!っていうか、これ……」  
さっきまで神裂に噛まれていた、自らの左手を見下ろす。  
「言ったでしょう?私の物だという『しるし』を刻むと」  
左手の薬指。散々噛みつかれ、歯型がぐるりと一周。ソレは正しくこの身を縛る呪縛──  
「まいった。俺の完敗です。ははっ、確かにこれならフラグとやらも立たないだろうな」  
真意を読み取ったであろう上条に、神裂は陽だまりのような笑顔を見せ、  
 
──この幻想は貴方でも殺せないでしょう?  
 

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