辺りに陽炎と白煙が立ち上る中、赤い装束に身を包んだ女は楽しげに口笛を吹きながら歩みを進める。
天(そら)を見上げれば闇が広がり、辺りを見渡せば消し炭と瓦礫の山にちらほら取見えるのはまさしく破壊の残り火――つい数分前ここがワシリーサの執務室、いやロシア成教の本部のワンフロアだったのだと誰が気付くだろう。
そんな惨劇を生んだ張本人こそがこの赤い女……ワシリーサであった。
ワシリーサは瓦礫の山の1つに歩み寄ると「ほあたっ」と間抜けな掛け声と共に回し蹴りを食らわせた。
その瞬間瓦礫の山がまとめて不自然に吹き飛ぶ。するとその下から被害を免れた床が現れる。更にその丁度真ん中にはむっちりとした肢体をギチッとした拘束服で締め付けた女が倒れていた。
ワシリーサはその倒れている女に歩み寄ると髪を掴んで頭をぐいっと持ち上げる。
元はかなりの美人だったと思われるが、目を閉じた顔は口が半開きで涙と鼻水と涎まみれで、しかもそこに煤がこびりついてまだら模様になっていて見る影も無い。
そんな無残な女の顔を右に左に動かしてしげしげと眺めたワシリーサは、何を思ったのかその頭を噛みを掴んだまま更にぐいっと持ち上げた。
「いッ!? 痛たたたたたたたたたたたたぁッ!!」
「何よスクーグズヌフラ元気そうじゃない。てっきり死んじゃったかと思って心配したわよん♪」
スクーグズヌフラを半ば宙吊りにしてニコニコ笑うワシリーサに、スクーグズヌフラと呼ばれた女は必死にワシリーサの腕にしがみ付いて髪の毛が引っ張られないように耐える。
「生きてるわよ! 当たり前でしょこっちが何もしないうちに死ねるかだから放せよクソババアッ!!」
その言葉の勢いのままピンヒールで蹴り付けるがワシリーサは痛がる素振りすら見せ無いどころか、がっかりした様な溜息を付くと、
「あなた魔術師でしょう? なのに反撃が『蹴り』だなんてはしたないわねぇ」
そう言ったかと思うとポーンとスクーグズヌフラを放り投げた。ただそれだけの筈なのにスクーグズヌフラの身体はロケットの様に天に向けて飛び上がる。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!」
自分の悲鳴も掻き消える轟音を耳にぐんぐん上がって行く様に、
(テメエこそ魔術はどうしたんだよクソババアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!)
そう心の中で毒づいたその時だった。
「馬鹿ねえ。これこそが魔術じゃない」
「!?」
気が付けばスクーグズヌフラは床に這いつくばり、慌て顔を上げればワシリーサが見下ろしている。
「如何だったかしらちょっとした空中散歩は? サーシャちゃんと私の新しい門出を祝う盛大な狼煙は見えたかしらぁ?」
ニコニコと微笑むワシリーサにスクーグズヌフラは戦慄した。
一度も共に戦った事は無かったし、そもそもワシリーサの存在自体ロシア成教では一種の禁忌とされていて話題に上る事も少ない存在だった。
気が付けば毎日毎日遊び惚けている姿ばかりが目立ち、何でワシリーサばかりとスクーグズヌフラは思っていたが……要はそれだけの実力があったから。
内部だろうが外部だろうが排除できるだけの戦力をこの今も場違いな笑顔を見せている女は持っているのだ。
それでも……とスクーグズヌフラは恐怖を押し殺して顔を上げる。
「お、お前は……」
「ん?」
沈黙を破って喋り出したスクーグズヌフラにワシリーサは何かしらと小首を傾げる。
「お前は何をしたのか判っているの? ロシア成教に喧嘩を売ったのよ? い、いくらお前が強くたって1人で何が出来るの?」
そうだ、とスクーグズヌフラは思う。
どんなに強大な力を誇ろうとも1人では何も変えられない。大成を成そうとすればする程その傾向は強い。だから人は群れ集まり組織を作る。その事は組織の一構成員として生きて来た者なら誰しも知っている事だ。
ところが、
「サーシャちゃんみたいな事言うのねぇ」
「当たり前だ!! 誰だってそう思ぉ……」
この状況下でも涼しい顔をするワシリーサにカッとなったスクーグズヌフラは怒鳴り散らそうとした。
しかしその言葉を遮る様に轟!!と言う見えない何かが顔に吹き付けた。
「一本足の家の人喰い婆さん、幸薄く誠実な娘のために力を貸してくださいな」
年齢に似合わぬ童女のような声――その声にスクーグズヌフラは慌てて立ち上がろうとするが、身体に力が入らないのか床の上をずるずると芋虫の様に腹ばいで移動する事しか出来ない。
「一本足の家の人喰い婆さん」
それはまるで耳元で、いや自分の頭の中から響いて来るかの様に全ての音を塗り潰す。
「一本足の家をくださいな。愚か者を取って喰らう、鶏の脚の上に立つ小屋を」
その瞬間、ミシミシ、バキ、ゴキとかつて聞いた事も無い様な破壊音が響き渡り、スクーグズヌフラは逃げる間も無く闇の中に閉じ込められた。
暗闇の中に放り込まれたスクーグズヌフラはキョロキョロと辺りを見回すが深い闇以外何も見えない。
自分が倒れたままなのか、ひっくり返っているのか、立っているのか、実は逆立ちしているのかも判らない。
そこに思い出されるのが先ほどのワシリーサの歌。
――一本足の家をくださいな。愚かな者を取って食らう、鶏の脚の上に立つ小さな小さな小屋を。
「た、助け――」
恐怖にそう叫びそうになったその時、目の前にぽっと明かりが灯る。
「ひぃッ!?」
状況の変化に心が付いて行かず短い悲鳴を上げるしか出来ないスクーグズヌフラ。その前であちらこちらに次々と明かりが灯り、そして気が付けば暗闇は淡い光に取って代わられていた。
だがその事がスクーグズヌフラに新たな恐怖を引き起させる事になる。
淡い光に浮かび上がった室内を埋め尽すのは、骨、骨、骨。椅子もテーブルも食台もスクーグズヌフラが乗っているベッドも、床から天井から窓枠から暖炉に至るまで全てが白い骨で出来ていた。
その光景は普段の彼女なら驚くにも値しない……対オカルトのエキスパート、『殲滅白書《Annihilatus》』のメンバーなら見慣れたモノの筈だが。
「…………」
瞳を大きく見開いたスクーグズヌフラは恐怖で歯を打ち鳴らすだけで悲鳴も上げられない。その上、この部屋の中で骨で出来ていない数少ない品物の1つである民族模様掛け布団に大きな染みまで作っていたのだ。
「ようこそ一本足の家へ、子猫ちゃん」
突然何処からとも無く聞えて来たワシリーサの声。その声に思わずスクーグズヌフラは泣き笑いの様な表情を浮かべたかと思うと自分が汚したベッドの上に倒れ込んでしまった。
「あらあら、『殲滅白書《Annihilatus》』のメンバーともあろう者がオシッコ漏らした上に失神だなんて……これは鍛え直す必要がありそうねぇ」
相変わらず何処から聞えて来るか判らないワシリーサの声に溜息が混じる。
すると何処から現れたのか古びた人形がトコトコと床を歩いて来る。
そして小さな体でベッドの脚を伝ってベッドの上までよじ登って来た。
スクーグズヌフラを見つめる無表情なガラスの双眸。それは光が写り込んでいるのか蝋燭の炎の様にゆらゆらと輝いている。
「さあ試練よ子猫ちゃん。無事にお人形さんを満足させたらそこから出してあげるわよん♪」
ワシリーサの楽しげな声にも気を失ったスクーグズヌフラはピクリとも動かない。
対する人形はと言うと……人形の姿が見る間に大きくなって行き、あっという間に人と同じサイズになる。
それはゆっくりとスクーグズヌフラにのしかかると、彼女の拘束服をブチブチと事もなげに引き千切り、あっという間に裸にしてしまった。
全身煤に塗れ、顔は先ほどの通りのまだら模様。更に先ほどの失禁でアンモニア臭を放つスクーグズヌフラをどうしようと言うのか?
すると突然人形の口がカッと開き、その口の中から巨大な舌の様なものが現れる。
それはスクーグズヌフラの体をぐるりと蛹か繭(まゆ)の様に包みこんだ――と次の瞬間、そのスクーグズヌフラを包み込んだ舌が小さく縮むと共に人形の口の中に吸い込まれてしまう。
そしてスクーグズヌフラごと舌が完全に口の中に収まると人形も見る間に縮んで行き、最後は元の大きさになるとベッドの上にポトリと倒れ込む。
ただ唯一の違いはその人形の腹が大きく膨らみそこだけ生き物の様に波打っている事だ。
そして人形に飲み込まれたスクーグズヌフラは……。
「うぶッ!? ひぁ、た、助けぶぐぐぅぅ……」
悲鳴を上げようとして口を開けたスクーグズヌフラの口の中にぬるぬるとして生温かいものが入りこんで来る。
味は甘酸っぱく歯を立てればゴムとも肉ともつかない感触がする。何故か息苦しくも嘔吐感も無いが、とにかく気持ち悪い。
その気持ち悪いモノは全身にも這い寄り、巻き付いて来る。
しかもそれはただ巻き付く訳では無い。
豊かな乳房は搾り上げる様に巻き付いて、更にその柔肉に潜り込もうと言うのか先端の硬くしこった肉粒を刺貫く様に押しつぶす。
「ほぶッ、ぶ、ふぐッ」
(オッパイに穴が開くからッ!?)
背中や腹、太もも、手足は指の先までは擽る様に優しく自由を奪う。
「ぐぎゅ、ぎゅぎぃ」
(く、くすぐったいッ!!)
そして特に脂の乗った尻肉にはみっちりと喰い込んだ上にぐいっと左右に割り開かれていた。
「ほぎッ、う゛ぶぅ」
(お、お尻が裂けるッ!!)
スクーグズヌフラは生温かく包まれた中で、もどかしさと痛みと嫌悪、そしてそれ以上に背骨を這い上がる快感に身を捩り悶えた。
あらゆる刺激を快楽へと置き代え、それを掌握し、時には快楽を魔力へと昇華し敵を葬る。性魔術を極めたスクーグズヌフラならこの程度の快楽など問題無い。
その筈なのに、
(クソォ……、力が……、快楽が私の中で空回りする……)
体の中で暴れ回る快楽の渦を制御出来ない。その状況では下手に快楽を増幅しやすい体がアダになる。
頭の中は徐々に快楽に支配され、やがては何も考える事が出来なくなり……、
「ごぼ……」
空気と共に涎が口の端から零れ落ちる。
その涎と共に真っ赤な舌が窮屈な口からはみ出し、それは口の中に押し込まれたモノを擽る様に誘う様にチロチロと動きまわる。
するとそれに誘われる様にそれは蠢動しながら口の中へ、更に喉の奥へと入りこんで来る。
(あ、いい……虐げられる感じが……すごく……)
スクーグズヌフラは喉を犯される感触にぱっくりを口を開いた秘所から喜びの涙を流す。
するとその臭いに誘われたのか、別のモノがそれぞれに先端を鋭く尖らせて近寄って来る。
(あ、ああ……もっと……)
気配に気付いたスクーグズヌフラはワザと誘うかの様に体をくねらせつつ自ら体を開いて見せた。
すると既に無遠慮にむき出しにされたそこが更に強調される。
その上ぽっかりと空いた肉穴たちが物欲しそうにパクパクと動く。
「おあ゛……、おあ゛……」
(ちょうだい……、ちょうだいぃ……)
その心が通じたのか、ぬらぬらとしたモノたちが一斉に肉穴目掛けて殺到した。
「ぐぼッ!!」
その衝撃にスクーグズヌフラは白目をむいてのけ反った。
更にその姿勢で体をブルブルと震わせる……彼女は今のたった一突きで逝ってしまったのだった。
(い、い……)
一瞬その余韻に浸るスクーグズヌフラ。しかしそんな悠長な時間は彼女には無い。
それはだらしなく弛緩して緩んだ穴目掛けて、更に数を増やしたモノたちが殺到して来たからだ。
「ぐぃ!?」
事態に気付くが時すでに遅く、口を塞がれたまま驚きの悲鳴を上げたスクーグズヌフラの中にモノたちがなだれ込む。
初めは口、尻穴と膣、尿道を責め居たそれは、やがて鼻の穴や耳の穴にまで侵入して来る。
しかもそれだけでは終わらない。
中に侵入したモノは瞬く間にスクーグズヌフラの中を埋め尽し、先に進めると見るや小さな穴でさえこじ開けてその先に進むのだ。
喉から入ったモノは尻穴から先端を覗かせ、尻穴から入ったモノは口や鼻から溢れだす。
尿道に入りこんだモノは膀胱を埋め尽し、そして膣に侵入したモノは子宮をこじ開け更には卵管すらすら駆け上がる。
白目を剥いた瞳にすらモノがへばり付いて眼球を優しくなぞり上げる。
「お゛あ゛う゛え゛ごぶげばう゛お゛ごぼぶあ゛え゛う゛ご……」
内側からも外側からも余すところ無く刺激されるスクーグズヌフラの喉から泡の様な音が漏れる。
しかし、それでも彼女の心が求めるのは、
(すごい……も……もっと……)
貪欲なのははたしてスクーグズヌフラなのか、それとも彼女を貪るモノたちなのか……。
「力云々はともかく凄いわねえ、スクーグズヌフラ」
そう呟いたのはワシリーサだ。
彼女は掌に収まる様な小さな家のミニチュアの窓を覗くのを止めてそう嘆息すると、それを胸の谷間に押し込んだ。
「さて子猫ちゃんは暫くお人形さんに任せておいて、私は私の成すべき事をしましょうかねぇ」
ワシリーサはそう言うと指と指を組み合わせてポキポキと音を鳴らした。
「総大主教様はこの騒動ご存知なのかしらねぇ。ま、知らない訳無いか? それならそれで天辺まで駆け上がるまで。そう……」
そこで言葉を切ったワシリーサはフッと笑うと空を見上げた。その心には窓から荷物ごと放り出した時のサーシャの驚いた顔が浮かぶ。
「オレはようやくのぼり始めたばかりだからな。このはてしなく遠いサーシャちゃんとのゴールイン坂をよ……」
よし言えた、とワシリーサははしゃぎながら拳を振りまわした。
そして暫く喜びを表すステップを踏んでいたかと思うと、その姿は訥々にその場から掻き消えた。
凄まじい嵐は通り過ぎ、静寂がこの場を支配する。それはまた何処かで新しい嵐が生まれる予兆でもあった。
END