さて、問題なのは体位である。
男側がベンチに座っているしかないため必然的に座位になる。上条としては今のまま、つまり背面座位でゆるゆると進めていく算段だったのだが、
「失礼……します」
風斬はおもむろに身を起こすと、制服のロングスカートを捲り上げながらベンチに上がり、上条の腿の左右に膝をついた。足を大きく開いた女の子座りで上条の足に乗る。
身長と座高の関係上、上条の眼前に風斬の胸が来る。
「あのー……風斬さん? 今日のアナタはちょっと大胆すぎやしませんか?」
「そ、そんなのじゃないです。ただ、私からしてあげるならこっち向きの方がいいかなって」
言いながら上条のベルトに手を伸ばす風斬。
歯止めをかけるという機能をどこかに放り投げたかのような即断即決っぷりは誰が見ても大胆不敵である。どうやら先の言葉を「一から十まで自分がリードしなければいけない」と受け取ってしまったようだ。
そのままの勢いで上条の腰周りをほどいた風斬は、止まることなくトランクスにまで迫ってきた。
確かなぬくもりを持った手が布越しに触れて、上条の背筋が跳ねる。
「きゃっ……ごめんなさい。変なとこ触りましたか?」
「いや、大丈夫。気持ちよすぎただけ……」
思わず本音がこぼれる。
それが良かったのか不味かったのか。眼鏡の少女はさらに危険地帯へと猛進する。テントを張っている部分の布が左右にかき分けられ、とうとう漲った怒張が外気にさらされた。
息を飲む気配。膝の上に座られているため、二人の真ん中にそびえ立つ形になっている。
「わぁ…………すごい、ですね」
「……どうも」
そこはかとなく間の抜けた受け答え。流石に勢いもせき止められたのか、風斬はおずおずと、しかし迷いなく指を伸ばした。
「――く、」
布越しでない直の感触に悲鳴が漏れる。が、今度は止まることなく行為は続けられた。両の掌で柔らかく握られた陰茎が、期待に膨らんでいくのが分かる。
「それじゃあ、始めますね?」
「あ、ああ」
もはやされるがままの上条である。ここまできたらいっそどこまでも風斬にまかせてみようという諦観の境地に到っていた。
「えっと……この方向に……ん」
最初は擦るような動き。次第に握力が強くなり、しごく動きに変わっていく。
驚くほど献身的な手業に胸が熱くなる。
また、二人の股間が非常に近い位置にあるため、見ようによっては風斬が自分に生えたモノをしごいている構図にも見える。
すさまじくエロい。
そういや天使って両性具有って話もあったっけーと聞きかじりの知識を適当に流す。
まさしく天にも昇る奉仕に浸っていたわけだが、ふと目の前にあるものに気づき、とても駄目なことを思いついてしまう。
「なあ、風斬」
「ん、ふぅ……何ですか?」
手を休めないでくれる少女にひどいことを言う。
「おっぱいに顔を埋めてもよろしいでしょうか」
「……はい?」
「わかりにくかったか。言い直すぞ。俺は風斬のおっぱいに顔を埋めたまま風斬に手コキしてもらいたい」
「………………、」
「服は着たままで、前だけはだけてくれたらなおいい」
至極まじめな顔で、至極まともではないことを言い切る。
だが、だがしかし。目の前にこれほど極上のごちそうがあって、それに手をつけないでいられようか。いや無理だ。
実際には手をつけるのが叶わない以上、顔面でその感触を堪能したくなるのは当然の欲求と言えよう。
「えっと……その……いい、ですけど……」
断る雰囲気ではないことを察したのか、風斬は戸惑いながらも了承してくれた。
ブレザーの胸元から一つ一つボタンが外されていく。
ブラウスを大きく押し上げている乳房にネクタイが挟まれている有様は例えようもなく卑猥だ。
そのネクタイもほどかれ、遂にブラウスの首元に手がかかる。生唾を飲みながらじっと見つめていると、風斬は困ったように眉根を寄せて、
「当麻さん、その、このままじゃ」
「ダメ」
一瞬の間も無く妥協の線を断ち切る。誰よりも駄目なのはお前だとつっこむ声はない。
風斬は諦めの息をついてブラウスのボタンを外しにかかる。
細い指先が自ら胸元をさらけ出していく。
全てのボタンを外し終わり、恥ずかしさに目をそらしながら開かれたブラウスからこぼれたのは、まさしくメロン級としか例えようのない巨乳だった。
レースの入ったブラジャーに包まれた“それ”のボリュームは、上条が顔を埋め込んでも余るかもしれない。
検証せねばなるまい、という謎の使命感に突き動かされ、頭のネジが四、五本ぶっ飛んだ青少年は早速顔面ダイブを決め込んだ。
「わっ」
「むぅ……これは」
極上の柔らかさと温度が両ほほから伝わってくる。どんな上等な枕でもこの感触には及ぶまい。耳まで埋まって心ゆくまで堪能することにする。
……………………………………。
「あの……」
「……、」
「当麻、さん?」
「……、」
「――――聞こえ、ますか?」
風斬が、恥ずかしがっているのとは違う声で言った。
(バレてたか)
上条は嘆息する。これは分かり易すぎたか、と。
確かに双丘の感触とぬくもりは筆舌に尽くしがたいものがある。が、このような体勢を望んだ最大の理由は別にある。
とくん、とくん、と、やや駆け足で鳴っている。
風斬の胸の鼓動を聞きたかったのだ。
もちろん実際に心臓が活動しているわけではないことは分かっている。それでもこの脈動を、少女の生の証明として感じるのは、決して間違いではないはずだ。
「ああ。……ちょっと緊張してるか?」
「はい。それはもう。当麻さんも、ですよね」
「ん、そうだけど……そっちにも聞こえてるのか?」
「聞こえてはないですけど、その……」
言いよどむ声。どうしたのだろうと思うと、不意に下半身を甘美な快感が襲う。
「こっち、で」
「あー……なるほど」
再開された手業に感じ入りながら、今さら包み隠しようもない男の本音を握られていることを悟る。
「ん……気持ちいい、な。このまま頼む」
「はい……」
本音は本音として、建前もやっぱり本音である。
ここまでの状況描写をまとめてみるに、およそみっともない格好になっているのは間違いないところだが、それはそれとしてこの快楽には抗えない。
腹の下のうずきが少女の手によって育てられていく。
上下に動かすだけの単調な動きだが、優しく労わるような触れ方にときめかないわけもなく、また顔を埋めた乳房の柔らかさもたまらず絶品で、とどのつまり限界は近い。
「く、風斬、ちょっと、」
「――このまま、いいですよ」
愛撫をゆるめてくれ、と言いかけたのをさえぎり、頭上から優しい声が降りてくる。
お告げにも似て、許しにも似たその言葉に、上条は一切の我慢をやめた。
次の瞬間。
「……ふっ……っ!」
「あ……わ……熱い…………」
甘美なうずきが弾け、少女の手とむき出しになった腹部に白濁を撒き散らす。
二度、三度と吐き出されていくのを、少女の手はしごき立てる動きで助けてくれた。
「……お、終わりましたか?」
「ああ。――すげー良かった。ありがとな」
上条は名残を惜しみながら身を起こし、礼を言った。
普通、射精後は全身の力を使い果たしたような気分になるのだが、今はそれがない。むしろ一緒に疲れまで飛び出していくような心地よい吐精だった。
「どういたしまして……で、いいんですかね? えっと」
風斬は精子の貼りついた手を見やると、ブレザーのポケットから慎重にハンカチを取り出して、軽く拭った。そのまま腹やスカートの白濁も拭き取ろうとしたようだが、あまりの量に諦めた。
「あは、はは。お洗濯、大変そうですね」
「そうだな。いつもの洗剤で落ちるかね」
情事の最中の睦言としてはいささか浮いた会話だったが、二人にはこれくらいでちょうどよかった。
汚れていない側を表にして畳み、ハンカチをしまう風斬。
その瞳は上条も気づかぬうちに熱く湿っていた。
「あの……当麻さん。いやらしいって思わないでください。でも、その」
膝立ちになり、スカートの裾を固く握り締めた手が、ゆっくりと持ち上げられていく。
真っ白いふとももと、その奥にあるものが露になっていく。
「私にも……してください」
淡い色の下着が、触れられるのを待ち望んでいるかのように覗いている。
「……ゴクリ」
思わず生唾も飲もうというものである。
普段の風斬からは想像もできない申し出に、しかし上条は納得もしていた。
風斬氷華は学園都市230万人の超能力の結晶だ。
それは見方を変えれば。
風斬氷華は学園都市230万人の思春期の結晶であるとも言える。
その官能に一度火が点いたらどうなるか。
点いた火に薪をくべ続けたらどれほどか。
試してみたくなるのは、その思春期の一員として当然の発想ではないだろうか。
「じゃあ……触るぞ」
上条は宣言すると、左手を風斬の股座へと持っていった。
利き手よりやや鈍い指先に、湿り気を含んだ布の感触が来た。が、
「――ひゃっ」
ビクッ、と風斬の腰が逃げ、指が離れてしまう。目的を果たせなかった指を思わず見つめてしまっていると、
「ご、ごめんなさい。……その、もう一度、お願いします」
引けていた分だけ腰の位置が戻される。
しかし、上条が何度触ろうとしても、ちょいと手が当たった瞬間に逃げられてしまった。
四度目の試行の後。
「…………やっぱやめとくか?」
「それは、イヤです。ここまで来たんですから、ちゃんと最後まで……」
とは言うものの、及び腰になってしまうのはどうしようもないようだ。ちょっと強引に行こうかとも考えたが、片手しか使えない上条では押さえつけながら愛撫するのは難しい。
――と。
「そうだ。じゃあこうしよう」
上条は風斬の肩に腕を回し、胸元に抱き寄せる。先ほどとは逆の体勢に、風斬の目が丸くなる。
「当麻さん?」
「こうやっておけば、もう逃げられないだろ?」
「それはそうですけど、でも、じゃあどうやって……その……するんですか?」
予想通りの質問に、上条は下心ありありの素敵スマイルで答えた。
「風斬が、自分でやるんだ」
「――え」
数拍の間を置いて、風斬の顔がこれ以上ないほど赤くなる。
「そんな、無理、ですよ。当麻さんにされるならともかく、当麻さんの前でなんて……」
「でも、準備はちゃんとしないと駄目だろ? ほら、支えててやるから」
肩を抱く腕に力を込める。支えというより、これでは単なる拘束具だ。
もう絶対に逃げられなくなって(無論風斬が本気で力をこめれば振りほどくことなど雑作もないが、それこそ絶対に不可能なことだった)眼鏡の少女を一瞬以上を逡巡に費やし、それから一言。
「……当麻さんのすけべ」
と呟いた。
それから、おそるおそる、といった調子でスカートの中に両手を潜り込ませてゆく。
おそらく、いや、間違いなく生まれて初めてであろう自慰行為を、よりにもよって想い人の腕の中でしなければならないというのはいかほどの羞恥だろうか。想像するだけで胸が熱くなる。
「…………ん、」
上条の右肩に押し付けられた額の角度が変わる。
く、と縮こまった肩。
それから少しずつ、熱のこもった吐息が漏れ聞こえ始めた。
「……は、はあっ、ん、あ」
声の温度が上がるにつれて、上条への寄りかかり具合も増していく。体勢や体裁を取り繕うことも忘れて、行為に没頭しようとしているのだ。
ふと、風斬が眼鏡をかけたままなのに気づいた。額が押し付けられる位置が変わるたびに邪魔そうにずり上がっている。
直してやりたいと思うが、それすらもままならないことに、誰のせいでもないとは言え、少し情けなくなる。
「ん、や、こんなの、恥ずか、しいのに……っ」
幸いというべきか、上条の思惑など無関係に自慰は最高潮を迎えようとしていた。背中が引きつる頻度が増し、何より粘り気のある水音が耳に届くようになる。
「これは……エロいな」
「――――ゃあっ!」
思わずこぼれた本音に、甲高い悲鳴が上がった。
恥ずかしさと性欲で火照った美貌が見上げてくる。首を曲げ、こめかみをこちらの鳩尾に擦りつけながらも、決して手を休めることなく、
「ごめ、なさい! わた、わたし、こんなの初めてで……! 恥ずかしいのに、やめたいのに、やめられないの……! あっ、あ、ひぅ!」
物静かで、控え目で、悪党を殴るにも気後れしそうだった少女が、今まさに理性のタガを外そうとしていた。
予想より想像よりはるかに淫らなその姿に、上条の目は釘付けになる。
と、その時。
続けられた言葉に、少年は驚いた。
「ごめんなさい……いやらしい私を、嫌いにならないで…………」
眼鏡の少女は自身の指と未熟な性感帯と戦いながら、必死に言葉を吐き出す。
嫌わないで、と。
(…………ああ、もう)
どこまで察しが悪いんだろうねこの娘は、と、上条は呆れながらも微笑んだ。
思わず左手に力を入れ、的外れな心配をしている少女の耳元に囁いた。
「大丈夫。大丈夫だ風斬。だからそのまま良くなれるとこまで行っちまえ」
「う、え、とうま、さぁん……や、は、」
引き寄せたせいで、露わになっていた乳房が上条の胸でつぶれる。そこから更なる性感を見つけ出したのか、風斬の上半身が意図的に上条に擦りつけられるようになる。
その後は、もう、あっという間だった。
泣き声ともあえぎ声ともつかないものが途切れ途切れになってゆき、やがて何かをこらえるように瞳が固くつむられ、上半身と指の動きが直線的で直情的なものになり、そして、
「――――〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
たまりにたまった官能が弾けた瞬間、風斬は上条の膝の上で全身をきゅっと丸め、音にならない悲鳴を上げた。
◇ ◇ ◇
息を整えることしばし。
その間ずっと風斬の髪を撫でてくれていた手が、不意に腰に移った。
まだ熱い息を吐きながら、風斬は少年の顔を見上げる。優しい左手を持つ少年は、どこか照れくさそうに目をそらしている。
「当麻……さん?」
「わり、風斬。その……いいか?」
断片的な問いに、しかし風斬はすぐさまその意図を理解できた。
二人の腰の間では、力を取り戻した剛直が今や遅しと答えを待っている。
求められている、ということが、とろけそうなくらい嬉しい。
(でも)
でも、まだ、この期に及んで、風斬には不安があった。
即ち、自分はちゃんと彼のものになれるのかどうか、ということ。
風斬には肉体再生(オートリバース)も形無しと言えるほどの再生能力が備わっている。そんな体できちんと純潔を捧げられるのだろうか。
それどころか、このはりぼての体に男性を迎え入れる機能が万全に備わっているのかがそもそも疑わしい。ここまでの行為に問題がなかっただけに、受け入れられなかった時のショックは大きい。
もしも。
もしも彼にとって自分の体が満足のいくものでなかったら。
そう考えただけで胸が張り裂けそうになる。
きっと比較される、と思う。
上条にとって自分が最初の女性だなんて、風斬ははなから考えてもいない。昨日一日を見ていただけでも、この少年がどれだけの美女、美少女に想われているか知れるというものだ。
射的を挑んできた少女も。
ぬいぐるみをもらっていた少女も。
そしてもちろん、風斬の『ともだち』も。
彼女達に比べて、自分がどれだけ魅力のない存在かは自分が一番よく分かっている。
上条当麻の心の中心には、風斬ではない、風斬よりずっと相応しい女性がいて。このような情交もとっくに済ませているに決まってる。
(だから、よかった)
少年の泳ぐ目を追いかけながら、少女は思う。
劣情でよかった。
同情でよかった。
それ以上は望むべくもない。
ただ彼に“嫌われていない”という、それだけの幻想を求めての行為だ。
ただそれだけで、風斬氷華の恋心は満たされる。
表面張力の限界まで幸福をもらうことができる。
なら、と風斬は覚悟を決めた。
求めてもらえるのなら、求めてもらえた分だけ、いくらでもこの身を捧げよう。
例え彼にとっては一夜の過ちでしかない行為でも。あるいは融けかけの氷細工を哀れむような行為でも。
きっとそれが、自分のわがままの範囲で許される、最大限の幸福なのだから。
心の準備は終わった。
「はい」
悲しみと愛情を等量に抱いて、風斬氷華は笑う。
「私を、当麻さんに、差し上げます」
だから、とは、例え口が裂けても続けられそうになかった。
◇ ◇ ◇
長い躊躇の後にもたらされた台詞にはしたなくも昂ぶる自分を感じて、上条は自らを縛めた。ここで暴走しては元も子もない。
実際の所は現在に到るまで、徹頭徹尾暴走しっぱなしなのだが。
その原因たる少女、風斬氷華は、上条の胸板に預けていた半身を起こし、再びベンチに膝立ちになった。
同じようにたぐり上げられていくスカート。違うのは見えた下着がむせるほどの熱と湿気をこもらせていることと、二人の距離が先ほどよりも近いということ。
風斬はスカートの端を口にくわえ、左手で下着を横にずらし女性の部分を露出させた。右手は上条の男性に添えられている。
それだけの刺激でも脳が沸騰しそうなのに、これから先に進んだらどうなるのだろう。
「…………っ」
目配せは一瞬。
粘膜同士が触れ合う音がして、少女の肩が震えた。
しかしそれもつかの間のこと。迷いを削り落としていくように、ゆっくりと、確実に、接触点に体重がかけられていく。
自慰の影響か、先端部が飲み込まれるところまでは順調に進んだ。
だが、そこから先のほぐしきれなかった部分は、硬く上条の侵入を拒んだ。
「ふぅ……んむ……」
目をつむり、痛みと圧迫感に耐えている風斬。少しでも楽になればと背中を撫でさすることを繰り返す。そうしている間にも先端部にはとてつもない快感が襲っていて、上条は自分から突き上げないようにするために相当な努力をしなければならなかった。
深呼吸を幾度も重ね、意を決して、より深く腰が下ろされる。
「いっ……ぐ、く」
少女は唇をスカートごと噛み締めて、苦痛の声を漏らさないようにしているようだった。
健気な姿に征服感すら覚える。性欲と愛情がない交ぜになった、倒錯した感情に酔っているのかもしれない。だが、そんなことを考えていられる時間はもうなかった。
最後の最後の抵抗。風斬の純潔の象徴も、彼女自身の力と意思で破られたからだ。
わずかに浮き上がった腰が、一息に落とされる。
「んーー……!」
互いのももが接した瞬間、性器が完全に結合したと同時に今までで最高の締め付けが上条を見舞った。
「うぉ……!?」
とっさにへその下に力を込め、精液を搾り取られそうになるのをこらえる。それほどの衝撃だった。
しかし挿入し終わってすぐに果てるというのは男として情けないし、破瓜の痛みに震えている少女を前にして自分だけ快感に浸るのはあまりに申し訳ない。ここは我慢のしとどろだ。
スカートをくわえていられなくなったらしく、はらりと落ちた裾がつながった部分を隠した。上条は補助の役目を終えた風斬の両手を自分の首に回してやる。じくじくと男根が刺激され続ける中、風斬が落ち着くまで待つ。
耳元でリピートされる悲鳴交じりの吐息に、理性が秒単位ですり減っていくのを実感したが、それでも上条は耐えた。
何十秒か、あるいは何分か。
ようやく眼鏡の少女が顔を上げた。
キスの時以来の至近距離で目と目が合う。
「とう、まさん」
気の利いた言葉でもかけてやれたらいいのに、何も思いつかない。細い肩から背中までをさすることで労いの代わりにする。
「だいじょうぶ、ですか……?」
「え?」
それはこっちの台詞だろ、というお約束の返しもできないまま、続く言葉を聴く。
「わ、わたし。ちゃんと女の子ですか……?」
――――――――、
――――――――、
(――――――――この娘は、ほんとに)
本当に、どこまでなんだろうか。どれほどなんだろうか。
いつまでなんだろうか。いつまでもなんだろうか。
(そして、俺は)
本当に、どこからなんだろうか。どれほどなんだろうか。
いつからなんだろうか。いつまでも――と、これは心からの願いだ。
万感の想いを込めて頬を寄せた。
「……当たり前だろ。当たり前すぎて、笑っちまう」
「ほんと、ですか? 気持ち悪く、ないですか?」
「こんなに気持ちよくて嬉しいこと、今まで生きてきて一度だってねぇよ」
流石に記憶喪失以前までは保障できないが――大丈夫だろ、たぶん。
風斬はふと考え込み、ややしてから「そう、ですか」と呟いて静かにうなづいた。
ちょっと不自然な間だったので、上条も考える。
(……お世辞だとでも思われたのかな。んな余裕あるわけないっての。つか、もし風斬に経験豊富そうとか思われてたら、泣く)
まあまさかだが。
なんとなく会話が途切れ、つながったままじっとしている時間が続く。
片手と両手で歪に抱き合う、ある意味二人らしい関係が続いていく。
こういう時に強いのは、やはり女性なのだろう。先に口を開いたのは風斬だった。
まだ違和感をこらえてるのがありありと知れる表情で、それでも、
「当麻さん。……動きますね」
「ああ。頼む」
無理を強いている、という思いはあった。が、行為を完了するにはそうするしかない。
「私、がんばりますから」
「ああ」
「だから……気にしないでいいですよ」
何のことを言っているかはすぐに分かった。
本来なら、男女の交合において一番最初に取り決めておかなければいけないこと、だ。
ゆっくりとだが、両脇についた膝を支点に腰が持ち上がっていく。
逆に落ちる時は、力を抜いて一気に落ちる。そして胎内を抉られる感覚に膣壁が締まり、男根が震える。
その繰り返し。
官能小説のような嬌声などない静かな交わりは、丁寧に慎重に終着へと向かっていった。
そう、限界は近い。
上条は手淫の時とは比較にならない疼きにかろうじて抗いながら声を出した。
「かざ、きり。すまん、もう」
「…………っ、ん、」
返事はなく、むしろ注挿のペースが上がった。
意図は知れる。意思は伝わる。風斬氷華の望みは分かる。
――でも。
最後の瞬間。弾ける寸前。
「く……――っ!」
上条は全身の力を全て左手に送る勢いで、胴に回した左手一本で風斬の体を持ち上げて性器を引き抜いた。
直後、
「あっ……!!」
迸った熱液が、スカートの中に撒き散らされる。
複数回に分かれて、呆れるほどの量が噴出していくのを感じる。見えないが、少女の下着や太ももは大変なことになっているだろう。
左腕と秘部、二箇所からくる脱力に意識が飛びそうになったが、高い位置から見つめてくる視線に気づき、踏みとどまる。
風斬は無言で、しかし雄弁に瞳で語っていた。
なぜ、と。
上条は苦笑する。
「まだ、な」
その一言をどう解釈されたのかは分からない。
眼鏡の少女は膝を震わせながらも地面に立とうとして……崩れ落ちた。
「風斬!?」
慌てて助け起こそうとする上条だが、背筋に電流が走ったような感覚に動きを止める。
見ると、思う存分精を吐き出した股間に、女の子座りをした風斬の手が伸びている。
「きれいに――しますね」
上条の足の間に入り、そんなことを言う風斬。
さっきのハンカチを取り出すのかと思いきや、少女の行動は上条の想像の斜め上を行った。
紅も塗られていない薄い色の唇が開かれ、力を失いかけている逸物をそっと頬張ったのだ。
「んなーー!」
「ふむ……ちゅ……」
混乱する上条を尻目に、風斬は咥えたものに舌を這わせていく。こびりついた精の味を確かめるかのように、何度も何度も。
一旦口を離し、股間周りに飛び散った分も丹念になめ取る風斬。
目に付く範囲に白濁がなくなったのを確認すると、少女は見せつけるみたいに喉を鳴らして、大量の精液を飲み干した。
「ん、く……はぁ、はぁ、ふぅ」
そこで体力も尽きたのか、上条の内腿に頭を預けて目を閉じる。眠ってはいないようだが、もう動けない、というくらい疲れ果てているのは見てとれた。
立場が逆転する。知らず知らずに今度は上条が視線で問いかけていた。
なぜ、と。
風斬は薄く目を開けると、上条の足を枕にしたまま、小さく唇だけを動かした。
もし上条に読唇術の心得があったのなら、こうつぶやいているのがわかっただろう。
せめて、と。
◇ ◇ ◇
二人の体が動くようになるまで少しだけ時間が必要だった。
とは言え、買い物帰りの学生が屋外で淫行をしているという状況は、とても人に見られたものではないため、可能な限り手際よく身なりを整える。
スカートの中を含め、とりあえず外側だけは問題ないと言える状態になってから、ようやく落ち着いて休むことができた。
相変わらずベンチに並んで座っているのは変わらないのだが、今は二人の間に微妙な距離があった。
これまでは密着していたというわけではないのに、20センチほどの間隙がとても気になる。
互いの最後の行為が、この空間を作っているのは間違いなかった。
気まずい、のとは違う。しかしどこか説明のしにくい何かを感じ、上条は口を開けなかった。
これまでだって、いつだって。
こういう時に勇気を出すのは、女の子の方なのだ。
「上条さん」
正面を向いたまま、風斬氷華が言う。
「今日は、私のわがままに付き合ってくれて、ありがとうございました」
感謝を告げながら、どこか突き放すような口調だ、と上条が感じたのは間違っていなかった。
何故なら、こう続いたからだ。
「私、本当に嬉しかった。本当に幸せでした。本当に満たされました」
――だから。
一瞬だけ、少女の顔がこちらを向く。
「だから、今日のことは忘れてください」
静かな表情で、そう言った。
もしも風斬氷華がもっとずるい女性だったなら、この既成事実を使って上条を縛ることができただろう。
彼の性格上、他の女性との縁が切れたりはしないだろうが、それでも唯一の関係を作れただろう。
けれど、それは無理だった。
不可能だった。
いつだって彼女は人のことばかりで、自分のことを優先なんてできなくて。
せっかくわがままにすがってみようとしても、この辺りが限度で。
彼の隣にいるべき誰かを、泣かせることなんで出来なくて。
誰かの隣にいるべき彼を、悩ませることなんで出来なくて。
図々しくここまで来ておきながら、結局は身を引くことを選んでしまった。
「…………、」
上条は風斬の言葉を聞いた。意思を知った。思いを感じた。
そして、そして思うのは。
いつものように、いつものごとく、口をついて出てしまうのだ。
「不幸だ」
風斬氷華の目が丸くなる。
しかし、そんなことに構ってなどいられなかった。
「不幸です。不幸すぎます。今年最後にして最大級の不幸が上条さんを襲っています。なんだこの上げて落とすフリーフォール式不幸。重力とコンボでバグ発生かよ。立ち上がれなくなったらどうしてくれるんだ。俺これで何回不幸って言った? ぜんぜん足りてないけどな!」
突然まくし立て始めた少年に困惑する少女。
だから、構ってらんないのだ。
だって、いくらなんでもこんな不幸があるかよ。
「なあ風斬」
「は、はいっ!?」
いきなり呼びかけられ、目を白黒させる風斬。
上条は遠慮もなしに台詞をたたきつけていく。
「九月三十日に、俺が言ったこと、覚えてるか?」
「え……」
その日付は、彼女にとっても大事な意味を持っているはずだ。
前方のヴェントの襲来。それに対抗するために風斬が始めて『天使』にされた日。
忘れているはずがなかった。あの日、上条に言われた言葉がなければ、風斬はとっくに生きることをやめていたか、化物であることを受け入れていただろう。
――お前は、みんなを守ってくれたじゃないか。
――それは、お前の思い浮かべている『人間』とは違うのか。お前の中の『人間』は、それでもまだ足りないのか。
――胸を張れよ。前を見ろ。顔も知らない人達のために戦い続けて、ちゃんとみんなを守り抜いたお前に、俯いて下を見る理由なんか一つもねぇんだ。
そう言ってもらえたから、風斬氷華はここにいる。
「よし、たぶんお前は、俺が思ってるのとは違う台詞を思い出してる」
「ええ!?」
しかし、上条はにべもない。
本当に伝わっていて欲しかったこと。行為を通して気づいてもらいたかったことが、これっぽっちも届いていないことに歯噛みする。
なら、もう、仕方ない。
“あんなこっぱずかしいことをもう一度言うなんて死にたくなるけど、仕方ない”。
「俺は言ったよ」
レンズの奥の瞳を捕らえて逃がさず、告げる。言い切る。告白する。
「日頃から不幸不幸って言ってるけど、風斬がいれば十分幸せじゃねぇか、って」
それ、は。
風斬氷華の思考が止まる。
それは。
どう解釈しようとしても、どう誤解しようとしても、どう深読みしようとしても、できないくらいの。
混じりっけなしの。
愛の告白だった。
「な、んで」
風斬氷華はまともに事態を理解できない。
だって、そんなはずはない。前提がおかしい。
性行為を経て情が移った、という方がまだしも筋が通っている。
九月三十日という、過去の時点で彼がそう想ってくれていただなんて。
上条当麻の心の中心に自分がいただなんて、全く考慮の外だった。
「なんで」
おかしな話だ。ありえない話だ。そして、得のない話だ。
彼女を選ぶことで、彼が得をすることなんて何もない。
他の女性と比べて魅力はないし、存在自体不確定で、恋人の責務である情事も今のように制限つきのもどかしいものになる。
そんな相手を選ぶ意味なんてない。
風斬が上条に与えられるものなんてない。
幸せ、なんて、言われても。
信じられるはずがない。
「なんで」
でも。
だというのに。
どんなに言い訳を重ねても。
風斬氷華の胸にあるのは、誤魔化せないくらい巨大な喜びだった。
好きな人に好きだと言われた。それだけで。それこそが。抱えきれないくらいの歓喜をもたらす。
伽藍堂の体に、既に表面張力の限界まで満たされた器に、更に幸福が注がれていく。
器に収まりきらなくなった分は、どこに行く?
視界が霞む。眼鏡が曇ったのかと思った。違う。
収まりきらなくなった幸福が、涙腺から溢れ出している。
涙となって。悲しみや苦しみではない、喜びの涙として湧き出している。
なんで、この人はこんなにも。
私を嬉しくさせてくれるんだろう?
「なんで、とか言ってんじゃねぇよ」
上条は左手を伸ばし、涙を拭って言った。
以前にも言った台詞。
あの時は「友達だから」と続けたが、あれは照れ隠しだったのだと、気づいてくれただろうか?
今なら、こう続けられる。
「好きだからに決まってるだろ?」
こうして、幻想殺しと科学の天使の『祭り』は終わった。
後の祭りのその後に、幸福な結末(ハッピーエンド)があるのなら、宴の終わりも悪くない。
少年は左手で少女を掴み、決して放さないことを決めた。
少女は全霊で少年を愛し、決して離れないことを決めた。
祭りの後には幸福な結末。なら、もしも幸福な結末の後があるのなら。
そこは、氷の華が融けずに咲き続ける、そんな世界であればいいな、と。
そう願うことは、別にわがままってほどじゃないだろう?
fin