風斬氷華ストーリー
After the Festival
それは秋も深まったある日のこと。
学園都市第七学区の商店街で、小規模なお祭りが開かれた。
時期外れかもしれないが、もとより行事の宗教的意味なんて付け合せのパセリほどにも気にかけていない科学マンセーの学園都市である。
イベント事が満たすべき条件はただ一つ。
「騒げりゃオッケー」
という訳で、耳ざとく祭りの開催を聞きつけた白シスターに多少強引な方法で連れ出されることになったツンツン頭の少年を中心に、起きなくてもいい騒動が巻き起こるのであった。
開始直後にひったくり事件に遭遇したのを皮切りに。
白シスターがありとあらゆる大食いチャレンジを制覇していくのを見送り。
浴衣の女子中学生4人と射的で勝負するはめになり。
同じ顔の少女達にアクセサリーを所望され。
隣人義兄妹の金魚すくいコンビ打ちに感心し。
黒髪の同級生コンビにたこ焼きをおごらされ。
カエル顔の医者に休憩を勧められるも叶うことはなく。
担任のちびっ子教師が迷子センターに連れて行かれそうになっているのを引き取り。
通行止めバカップルが紐くじに文句をつけている場を収め。
出っ歯とジャージのバカップルをビームと鉄壁のタッグから逃がし。
赤髪の魔術師がガチで焼き鳥屋をやっているのに肉体言語でツッコミを入れ。
露出狂のサムライが馬鹿長い刀で型抜きに夢中になっているのを優しく見守り。
巨乳シスターのアルデンテな焼きそばに舌鼓を打ち。
宗派の壁を超えて結成された白赤桃黄緑の五色シスター戦隊のショーに噴出し。
青髪ピアスが、「新たなる光」が、「神の右席」が、「ブロック」が「スクール」が「メンバー」が、学園都市統括理事長が最大主教が英国女王が第一第二第三王女が――――――
学園都市の「外」も「中」も巻き込んで、日記にすれば三冊は埋まるほどの『騒動』はとめどなく発生し、
そして、終わった。
終わってしまえば、後の祭り。
この物語は、そこから始まる。
祭りの夜が明けた翌日。『騒動』の中心であったツンツン頭の少年――上条当麻は、再び商店街を訪れていた。
と言っても『騒動』の続きをしに来たわけではない。
「あんだけのことをやっておいてどの面で……って感じだけど、食料の買出しはやっておかないと上条さん家は崩壊するのです(物理的に)」
とぼとぼとした足取りで、狙うは最終下校時刻間際のワゴンセール。基本的に学生主体のこの街では、「外」とは生活リズムが違うのでこんな時間にセールをしているのだ。
行きつけのスーパーまでは学生寮から徒歩十五分。
帰りは大量のビニール袋を抱えて歩かなければならないことを考えると微妙な距離である。
「まあ愚痴ったところで腹が膨れるわけでも道が縮まるわけでもなし……潔く行くとしますか――――――あれ?」
うつむきかけた頭を上げた先。アーケードの入り口付近。
上条はそこに見知った姿を見つけた。
蒼いブレザーの制服。ポメラニアンを連想させる跳ね気味のロングヘアーを一房だけ右側に束ねている、どことなく儚げな雰囲気を持った少女。
向こうもこちらに気づいたのか、振り向いた眼鏡の奥の目と目が合った。
薄く微笑を向けてくる彼女の名前を、上条は知っていた。
駆け足で近寄り、呼びかける。
「――よう風斬。お前も買い物か?」
風斬氷華。
触れれば融ける氷の華のような、儚い運命を背負った少女。
だが風斬はそんなことを心配させるような素振りも見せず、小さく首を横に振って、
「いいえ。ちょっと……お散歩です。いい天気なので」
そう言って彼女はふっと空を見上げた。つられて上条も同じ方角を見やる。
気持ちよく晴れた青空を、巨大ディスプレイの張られた飛行船がいつもと同じようにのんびりと、いつもと同じようなニュースをお知らせしながら飛んでいた。
「そーだなー。これだけ晴れてると、洗濯物も早く乾くからいいよな」
「……ふふっ」
「え? なんで今笑ったの風斬?」
「いえ、あの、今の上条さんが、……家事に追われるお母さんみたいな顔をしてたから……」
どこが壷に入ったのか分からないが、風斬は含み笑いを抑えられずにいるようだった。
対して上条は反論しようとはしてみたものの、日頃の自分の生活を省みて、省みて、省みて――――うなだれた。
「……ですよねぇ。学生の一人暮らしの範疇を絶対越えてるぞ。来る日も来る日も食事作って洗濯して食事作って掃除して食事作って食事作って」
まあ大体は同居人のせいなのだが。
それを知っているからだろう、風斬は至極嬉しそうに問いかけてきた。
「あの……インデックスは、元気ですか?」
「元気も元気。昨日あれだけ屋台で食い散らかしたっていうのに、朝昼おやつをぺろりとたいらげやがった。おかげで冷蔵庫の中身が空っぽになっちまったんで、これから買出しに行くところなんだよ」
と、そうだ。
上条は思いついたことを口に出す。
「なあ風斬。ここであったのも何かの縁ってことで……買出し、手伝ってくんない?」
女の子に荷物持ちやらせる気かコノヤロウ、という声が全方位から降ってきそうな物言いだが、一応上条にも上条なりの意図というものがある。
なにせこの風斬氷華、一月に一度出会えるかどうかというレアキャラなのである。
ばったり出くわしておいてそのままリリースするなど、彼女の親友である白シスターに知れたらただではすまない。
かと言って買出しをせずに帰るという選択肢もまたない。風斬だけ先に寮に行ってもらうというのもなんだか寂しい。
ならば、逃がさず逃さず一緒に行動すればよいではないか、という話だ。
そう説明すると、風斬は何を思ったのか、うっすらと顔を紅潮させて逡巡した後、
「…………はい」
と、小さくうなづいたのだった。
◇ ◇ ◇
そんなこんなで、熾烈な戦い(ワゴンセール)を潜り抜けて帰還の途についた二人である。
戦利品は膨れ上がったビニール袋が三つ。上条が二つ、風斬が一つを提げている。中には色とりどりの安売り商品がこれでもかと詰め込まれている。
上条一人であったなら、ここまでの戦果は挙げられなかっただろう。
「お一人様2パックまで。この言葉に何度涙を呑んできたことか……!」
「あの、インデックスは、手伝ってくれないんですか?」
「あいつに金持たせてレジに並ばせるのは無理だ」
この上なく力強い断言をされ、風斬はどうにか友人のフォローをしようと試みるが、そもそも彼女らの出会いからして、である。
仕方がないので話題を変える。
「そう言えば、今日買ったものって、調理が難しい食材ばかりでしたけど、上条さんってお料理得意なんですか?」
「得意ってほどじゃないんだが……インデックスが、最近電子レンジに挑戦し始めてな。
はっきり言って使えてないが、だからこそこれまで非常食として常備していたレトルト食品ももはや安全とは言えなくなったんだ。
と言うわけで、“パッと見では食料とは分からないもの”っていうのを前提に選んだらこうなっちまったってだけだよ」
決して終わることのない厨房戦争。略奪の限りを尽くすシスター帝国に対し、家主共和国は食品偽装で対抗することにしたようだ。
だがしかし、ツンツン頭の少年は不幸であるがゆえに気づいていない。完全記憶能力を持つシスターに、その手の小技は一度きりしか通用しないということを。
「大変……ですね」
「まあ慣れたけどな。なんだかんだ言って皿並べるくらいのことはしてくれるようにもなったから、ましになってきてる部分も……お」
と、上条は言葉と足を止めて、右側を見やった。
「どうしたんですか?」
風斬も倣って同じ方向に顔を向ける。
商店街のアーケードが途切れ、吹き抜けになっている空間。買い物途中の休憩場所として整備されているのだろう、多数のベンチと自販機が設置されている。
そこでは、十人くらいの警備員(アンチスキル)が昨日の祭りで使われていた屋台の撤去作業を行っていた。
昨日の『騒動』のせいでスケジュールが遅れたのか、買い物客でごった返す中、肩身が狭そうに作業している。
上条は、何気なく告げた。
「ちょっと思い出してさ。昨日あそこの屋台で射的やってて、『一番でっかいの取れた人の勝ち!』って話になったんだ。
瞬間移動(テレポート)で弾を飛ばそうとしたり、意地になって超電磁砲(レールガン)かまそうとする連中との悪戦苦闘の果てに、上条さんが勝利を掴み取ったという話ですよ」
思い返すだに恐ろしい戦いだった。何が恐ろしいって、あれで『騒動』の前哨戦に過ぎなかったというのが一番恐ろしい。
「すごいじゃないですか。能力者相手に勝ったってことですよね?」
「まあ、な。つかその辺りのことで悩んでる子がその場にいたのが、そもそもの勝負の理由だったし。
ゲットしたぬいぐるみも、その子にあげちまったんだ。おかげでインデックスからは睨まれる睨まれる」
そんなにあのぬいぐるみが欲しかったのだろうか。というかあの髪の長い中学生にぬいぐるみを差し出した時、周囲から絶対零度の視線が複数向けられてきたように感じたのは多分気のせいだろう。
風斬はくすりと笑って、
「じゃあ……どこかで埋め合わせしなくちゃいけませんね」
「これ以上俺は何をすればいいんだ……」
「まずは、今日の晩御飯、ですね」
ビニール袋を胸の前まで持ち上げて、風斬が言う。
そういうポーズをされると、否応無く視線が顔より下腰より上の辺りに集中してしまうので、上条としてはもうなんだか色々勘弁して欲しいのだが。
こちらの不埒な思惑に気づいた様子も無く、眼鏡の少女は笑みのまま、
こう言ったんだ。
「でも、私も欲しかったです。大きな熊のぬいぐるみ」
◇ ◇ ◇
ともすれば、聞き逃してしまってもおかしくなかっただろう。
だが、しかし、こんな時ばかり過敏なまでに働く聴覚は、その台詞の不自然さを見つけた。見つけてしまった。
「……風斬」
上条は問いかける。
ちょっと気になったことを確かめる、くらいのつもりで。
「……風斬、あのさ、俺、それが“熊の”ぬいぐるみだったなんて言ったっけ?」
ざぁぁぁっ、と――――
吹き抜けの広場を風が流れる音が、ひどく大きく聞こえた。
眼鏡の少女は、一瞬、怯えるように瞳を揺らし、
「…………え、っと。言いませんでした、っけ」
逆に聞き返してきた。
上条は自分の言動を思い返し、
「言ってない、と思う、んだけど」
曖昧に答える。
内心は、地震に震える水面のように揺らめいていた。
気軽に質問しただけだった。少なくとも、それだけのつもりだった。
上条が自分の発言をど忘れしていただけだと、そんなオチがつく雑談のつもりだった。
でも、何故だろう。
少女は、その質問にひどく困惑しているように思える。
目を泳がせ、言葉を探し、あえて表現するならば、そう、
(嘘をつこうとしている……?)
上条にはそう思えた。
昨日射的の景品で手に入れた物は、確かに熊のぬいぐるみだった。渡した女の子が、持って帰るのにとても苦労していたくらいの大きさだったことを覚えている。
正直よくコルク銃で落とせたものだとは思うが、問題はそこではない。
風斬がそのことを知っていること――でも、おそらくない。
知っていることを隠そうとしていること、だ。
「あ……そう、そうです。さっき上条さんと会う前に、商店街で、お店で、熊のぬいぐるみを見たんです。
それがとっても可愛かったから……つい、頭の中で記憶が混ざっちゃったんですね」
風斬の台詞はたどたどしく、二人の間を空滑りしていく。誰がどう聞いても言い訳にしか聞こえない。
その場しのぎにさえなっていなかった。
だけど伝わってくるのだ。
どうあっても、この話題をその下手な嘘で終わりにしたいという意思が。
きっと、それが正しいのだと、上条は思う。
誰だって踏み込まれたくない部分を持っているはずだ。風斬にとっての昨日の話題がそうであったとしても、何の罪も無い。
第一、上条自身が他人に明かせない秘密を抱えている。それを棚に上げて女の子を問い詰めることなんて許されるはずがない。
――だけど。
「風斬」
一歩を前に出す。
すると同じように一歩を、ただし眼鏡の少女は後方に刻んだ。
怯えるように後ずさる彼女があまりに小さく思えて。
言い訳を積み重ねる彼女があまりに辛そうに見えて。
何よりも、“そうさせているのが自分だということに、どうしても耐えられなくて”。
「風斬――何があったんだ? 話してくれ」
だから、上条当麻は自分のためだけに、風斬氷華の領域に踏み込むことを決断した。
彼女は怒るでもなく、嘆くでもなく、ただただ申し訳なさそうに、うなづいた。
◇ ◇ ◇
風斬はまず最初に場所を移すことを希望した。
確かに、道の真ん中でビニール袋を抱えてする話でもないだろうと上条も同意する。
そこで選んだのは、商店街の喧騒から離れた人気のない公園だった。
散策ルートから外れた場所に、誰からも忘れ去られたような古いベンチがある。不良の集団やビリビリ女などから逃げている時によく使う隠れ場所の一つだ。
上条達は食料の詰まったビニール袋をベンチの端にまとめて置き、反対の端に並んで座った。
先に風斬が座り、その右手側に上条が座る。万が一のためだった。
氷の華は、触れれば融ける。
「………………、」
風斬は膝の上で握った手を見つめて動かない。話すべきか迷っているのか、話すとは決めて言葉を選んでいるのか。
どちらだとしても、彼女が心を決めるまでは自分も黙っているべきだ、と上条は思った。それが自分の都合で他者の心中に踏み入った者としての最後の礼儀だ。
実際にかかった時間は、大して長くはなかったのだろう。しかし、風斬の声はそのわずかな間に疲れきってしまったように聞こえた。
「……上条さんは、昨日、インデックスと、お祭りの会場に来ましたよね」
「……ああ」
うなづく。その通りだったからだ。
上条と白シスターが同居していることは風斬も知っているのだから、予想できてしかるべき事柄ではある。
「その後、あの子は食べ物の屋台に向かっていって」
「ああ」
「その後ですよね。上条さんが射的でぬいぐるみを取ったのは」
「ああ」
「その後、七つ子さんにネックレスを買ってあげて」
「ああ」
「メイドの女の子とお兄さんと一緒に金魚すくいをして」
「ああ」
この時点で、すでに違和感はあった。
同時に納得もあった。
「同級生の女の子達とたこ焼きを食べて」
「ああ」
「お医者さんに、ちょっとは休めって言われたけど、休めなくて」
「ああ」
「迷子の子供を引き取って」
誤解はあったが、あえて訂正するほどのことでもなかったのでうなづく。
それから風斬は、昨日の祭りの様子を、上条達の行動を、つぶさに語り始めた。
始まりから終わりまで。
“まるで見てきたかのように”。
「まるで、じゃないです」
風斬はうつむいたまま、続けた。
「私は、ずっと、全部、見てました。あなた達のすぐ近くで」
一言一言を区切るように、吐き出すように言う。
浮かんだ当然の疑問を、しかし上条は言葉にはしなかった。
――なら、なんで声をかけてくれなかったんだ?
その答えが、その答えこそが彼女を苦しめているのだと気づいたから。
けれど、風斬氷華は語り続ける。
傷を抉ると知っていて。
心を削ると識っていて。
そうさせているのは、石のゴーレムでも電子ウイルスでも、ましてや善意や同情でもなく。
「私は全部見てました。極めて近く、限りなく遠い――陽炎の街から」
単に上条のわがままなのだ。
陽炎の街。
学園都市の全能力者が無意識に発散させるAIM拡散力場によって組み上げられた、もう一つの学園都市。
虚数学区、とも呼ばれるらしい。
風斬氷華はその世界のただ一人の住人で、「こちら側」に存在していることの方がイレギュラーなのだ。
「なんででしょうね」
眼鏡の少女はうつむき、つぶやく。
「喋りかけたら答えが返ってきた。笑顔をもらうと私も笑顔になれた。この街を、人と並んで歩けた」
それはもう会話ではなく。単に独白。
あるいは、自白。
「それだけで嬉しかった。楽しかった。もうこれだけで十分だって、そう思ってたのに」
――なんで寂しさを感じてしまうんだろう。
風斬氷華は「こちら側」に来ることができるようになった。
しかしそれは自分の意思で自由に出来る訳ではなく、何らかの条件が揃った時か、他者に強要された時に限られる。
よってそれ以外の時間は、陽炎の街から「こちら側」を見ていることしかできない。
誰かが泣いている時も。
誰かが笑っている時も。
風斬氷華は何もできない。
「ひどい話ですよね。だって、私は自分が悲しいってことしか考えてないんです。困っている人を助けられない無力さよりも、笑っている人の隣にいられない寂しさが強いんです。
昨日は、ずっとそんな気分で。あなた達を妬ましくさえ思って、そして」
息をすっと吸い。風斬は初めて上条の顔を見た。
泣き出しそうな顔――ではなかった。
「そして、今日。今日になって。今更になって。私は『こちら側』に来れたんです。ものすごく苦しくなりました。祭りの後の、後の祭りです」
強いて例えるなら、それは、
「きっと、罰が当たったんですよね。欲張りで、わがままなことを考えてたから」
叱ってもらいたい、という顔だった。
風斬氷華に罪があると。責任があると。
その保障を欲しがっているのだ。
お前が悪い、と誰かに言ってもらうことで、楽になれることもある。
他の誰かを恨むよりも、どうにもならない運命なんかを憎むよりも、自分の力と反省次第で克服することのできる罪だと保障してもらえれば、まだしも救いがあると。
これからずっといい子でいたら。
もう悪いことはおきないよね、と。
「……、」
上条当麻は考えた。
風斬氷華の苦しみを、悩みを、望みを。
考えて、考えて出た結論は、まあ、なんと申しましょうか、そんな感じだった。
「風斬、お前さあ。――――ほんと欲張りだな」
「…………はい」
眼鏡の少女は辛そうにうなづく。
それでも息をつこうとしているのは、保障がもらえたと思ったからだろうか。
しかし――そんなことはないのだ。
「いやいやまったく。インデックスやら美琴やらにおごらされまくって金欠の上条さんに、さらにたかろうとは」
「……え?」
眼鏡の奥の瞳がパチクリと瞬く。
狙った通りの反応に、少年はほくそ笑む。
「つっても、“もう祭りも終わりかけだから”、ろくなもん残ってないだろうけど。それでもいいなら、一品くらいならおごらせてもらいますよ?」
「え……え!? あの、なんて」
「ほら」
上条は立ち上がり、振り返り、
「左手」を差し出す。
風斬は信じられないものを見るような目で、その手のひらを見つめた。
「あ、あの、上条、さん?」
「行くぞ風斬。“遅刻してきたのはお前が悪いけど、それでも祭りに参加しちゃいけないってわけじゃない。”……出遅れと手遅れは違うもんだ」
だから、さあ、と手を伸ばす。
風斬氷華はその手を見つめて動けない。
でもきっと握り返してくれると上条は確信していた。
風斬は誰かと一緒にいたいということをわがままと言い、寂しさを感じることを欲張りと言い、それらを罪だと認めてもらいたがっていた。
けど――欲深い彼女は、贖罪の果てにより大きなわがままを望んでいた。
これからずっといい子でいたら。
もう悪いことはおきないよね、と。
一緒にいたいというわがままを我慢すれば。
もっと一緒にいられるよね、と。
手段と結果が結びつかない、矛盾したロジック。
理解するための鍵はただ一つ。
どちらが彼女の本心か、だ。
「欲張れよ。お前はもっといろんな物を望んでいいんだ。寂しいとか嬉しいとか、辛いとか楽しいとか。手当たり次第に貪欲に求めていけばいいんだ。
我慢がどうとか償いがどうとか、そういうのは誰かに叱られてから考えりゃいい。
お前という人間の、風斬氷華のわがままを、まずはぶつけてみることから始めるんだ」
そして、上条当麻は、どこかで嬉しく思っている自分も感じていた。
だって風斬氷華は、こんなにも自分を責めて、責められたがって、自己完結のロジックに陥りかけていたのにも関わらず、
一言も、自分を「化物」だとは言わなかったのだから。
彼女が自分を「人間」だと信じきれていないのはわかっている。
けれど、信じたいという努力をしてくれているのが伝わってきて。
風斬の言葉を借りるなら、それだけで上条は嬉しかった。
自分達が伸ばしている手と、彼女が伸ばしている手が、少しずつ近づいてきているのだと感じたから。
やがて、白く、細く、儚い指先がそろそろと持ち上がり、
迷いながらも、怯えながらも、
少女と少年は手を取り合った。