その1
『はじめて湾内さん!』
「だから、オレらがエスコートしてやるって」
湾内絹歩は途方に暮れていた。
買い物の途中、いつぞやのようにガラの悪い連中に絡まれてしまったのだ。
(どうしましょう……)
以前のように、御坂美琴が偶然通りかかるわけもなく、
通行人も関わりたくないのか、目をそむけて通りすぎていく。
「帰りはオレ達が送ってやっから」
「まっ、いつ帰れっかは分かんねぇーけどォ」
男達が下卑た笑みを浮かべ、ヤニ臭い息を吐きだす。
湾内は俯いたまま、カバンを抱く腕に力を込めた。
(助けて…)
こんな時、自分が念話能力者(テレパス)だったらと思う。
以前、御坂には「ハッキリ断りなさい」と言われたが――到底できそうにない。
そうして、どうすることもできず、ただ縮こまっていた湾内は、
ついに鞄を抱く腕を掴まれてしまうのだった。
「ひ…っ」
湾内は小さく悲鳴をもらし、涙がにじみ恐怖に揺れる瞳を見開く。
「こんなところにいたのか。ダメだろー?かってにはぐれちゃー」
彼女が見たのは、場違いなほど明るい笑みを浮かべた少年の姿だった。
彼は「いやー、連れがお世話になりましたー」などと言いつつ、
湾内の手を引いて、彼女を囲んでいた男達の間をぬっていく。
湾内も呆然と彼に従っていたが、つい、自分の手を引く少年に向かって、
「あ、あの、どちらさまでしょうか――?」
と、バカ正直に尋ねてしまった。
その場にいた誰もがフリーズした。
少年はもちろん、囲んでいたガラの悪い連中、
さらには、通行人までもが足を止めて呆気に取られている。
「だぁー!『知り合いのフリして自然に連れ出す作戦』がぁー!!」
Nooo!と、少年は頭を抱えてのけぞった。
「常盤台はどーいう教育してんだ!?ココは合わせるトコでしょ!!」
「ご、ごめんなさい……」
湾内は状況も忘れ、しょんぼりとしてしまった。
(もしかして、これが『KY(空気読めない)』というものなのでしょうか……)
ずいぶん前に、友人から聞いた『KY』というものに自分が当てはまるのでは――?
そう考えると、耐え難い羞恥心が込み上げて、穴があったら入りたい気持ちになった。
「お、おい、そんな言い方ねェだろ!」
思わず声を上げたのは、ラインの入った坊主頭の男。
なんと、今まで湾内を囲んでいたガラの悪い連中の一人である。
「ああん? ざっけんなよ、変なハゲ方しやがって!!
大体テメェらがブッサイがん首並べて、女の子囲んでるのが悪いんだろーがっ!!」
ブチキレた少年に、彼らは次々に抗議の声を上げた。
「ハゲじゃねェ!ラインだ!おしゃれ坊主だっ!!」
「一人でナンパする度胸がありゃあとっくにやってんだよっ!!」
「ブサイとか言うな!傷付くだろォがっ!!」
強面の男達によるどこか悲しい魂の叫びだった。
そんな間の抜けた応酬は、周りの通行人達に止められるまで続いたのだった―――。
昼のファーストフード店と言えど、正午を過ぎれば客はまばらだった。
数人の客が、ポテトなど摘みながら文庫本やノートPCを開いている。
そんな、どこかまったりとした空気が流れる店内に、この二人はいた。
「本当にこのような物でよろしいのでしょうか……」
トレーに視線を落とし、申し訳なさそう呟く湾内。
彼女にしたら、命の恩人に等しい彼へのお礼が、
860円のハンバーガーセットというのが心苦しいのだろう。
「ああ、ちょうど腹も減ってたしな、上条さんとしてはうれしいですよ」
にっこり笑顔の上条。年長者らしい非常にCOOL!な対応である。
あのアホな叫び合いの後、上条は湾内に懇願され『お礼』を受けることになった。
湾内は「学舎の園でお持て成しさせて下さい」とか「何か贈り物を」と言ったのだが、
それは上条が丁重に断り、近場のファーストフード店で奢るということになったのだ。
「んん、うまい」
「それはよかったです」
上条の笑顔を受け、湾内は少し弱ったような照れたような笑顔を見せた。
「その、あらためまして、本当にありがとうございました」
「いや、全然……っていうか、むしろご迷惑をお掛けしまして……」
食べていたハンバーガーを置き、ショボーンとしていまう上条。
湾内は慌てて彼の言葉を否定した。
「そんなっ、とんでもございません。とても救われました――」
あの時、誰もが目を背けて通り過ぎていく中、彼の存在がどれだけの救いだったか。
湾内は両の手を胸の前で組み、祈るように目を瞑っている。
店の窓から差し込む日の光と相まって、天使の羽でも舞いそうな光景である。
――しかし、この少年はその幻想をもぶち壊す。
「え、え〜と……そうじゃなくてさ、最後の方のぉ……」
上条はどんよりした空気を背負い、引き攣った笑みで湾内を伺い見た。
そして、彼女も彼の言っていることに思い当たったのか、
突如、見られまいとするように素早く顔を伏せてしまった。
俯いて肩を震わせる湾内。
それだけ怖い思いをしたのだ。
泣いてしまったとしても無理はない………はずなのに、
「――うふ」
「あ、笑った。今笑いましたよねぇ!?」
「ふふ、ふふふっ――ご、ごめんなさい」
口元に手を添えて上品な笑いをこぼす湾内。
目の端には涙を浮かべており、かなり苦しそうだ。
はっきり言って大爆笑である。
「ぬ、ぬぉぉっ……い、生き恥ぃぃい〜っ……」
上条が真っ赤な顔を下に向け、両手で頭を抱え込む。
思い出されるのは、不良のにぃちゃん達との頭の悪い叫び合い。
最後の方は湾内も置き去りに、青筋を立てて怒鳴り合っていた。
上条にとっては、一刻も早く忘れたい忌まわしい記憶である。
「ふふっ、で、でも……とても、楽しかったですよ?」
くすぐったそうに肩をすくめ、にこーっと微笑む湾内。
あれだけ笑った後にそんなことを言っても嫌味に聞えないのは、
彼女の素直そうな笑顔と、ほんわかした気性のなせる業に違いない。
羞恥と後悔に震えていた上条も、
(な、なんか、すごく平和な子だなぁ)
と、思わずあっけに取られ、困った笑顔を浮かべてしまう。
そして、彼自身も気付かない内に、あれほど強烈だった羞恥も後悔も消えていた。
そう、これがっ!はじめて湾内さんのヒーリング効果が発揮された歴史的瞬間である――。
『はじめて湾内さん!』〜おわり〜
その2
『がんばれ湾内さん!』
常盤台の絡まれ系お嬢様、湾内絹保を助けること数回。
順当に好感度を上げた(無意識)上条は、相談イベントの真っ最中である。
すっかり常連となったファーストフード店。
やはり、お昼と言えど正午を過ぎれば空いていた。
「や、なんていうか、今回も災難だったな」
上条はゆるくなったシェイクを掻き回しながら苦笑いを浮かべた。
「うぅ……その、またしても助けて頂きまして、ありがとうございました」
恥ずかしそうに頬を赤らめ、大変申し訳なさそうに頭を下げる湾内。
彼女が悪いわけではないのに、なんとも不憫な子である。
(う、うーん、どうフォローすればいいんだ……)
しょんぼりな湾内に、困り顔で首を傾ける上条。
もはや、どんな慰めの言葉も出尽くしてしまっている。
何を言っても二番煎じで、まさに掛ける言葉がないのだ。
「あの、上条様……」
「え、あ、なんだ?」
不意に声を掛けられ、上条が慌てて返事をする。
すると、湾内は思いつめたような顔を徐々に下げ、うつむき加減で呟いた。
「どうしてわたくしは、いつも粗暴な殿方に取り囲まれてしまうのでしょう……」
うつむき具合が深くなり、彼女のやわらかそうな髪の毛がふわりと頬を包み込む。
普通なら、聞き逃してしまうほどの小さな声だが、上条は腕組みして目を瞑った。
「う〜ん、そうだなぁ……」
実のところ、彼の中では一つの有力な仮説が存在していた。
しかし、それを湾内に告げるべきかを思案しているのだ。
「あ、あの」
難しい顔で唸る上条に、湾内が遠慮がちに声を掛ける。
上条は暫し湾内の瞳を見つめた後―――
意を決し、考えられる絡まれる原因≠教えることにした。
「……湾内さん」
「は、はい!」
神妙な面持ちの上条に、湾内はぴょこんと姿勢を正した。
「湾内さん、君からは―――『いじめてオーラ』が出ているんだっ!!」
「ふぇっ?」
突拍子もない、というか、湾内からすれば意味不明な単語が出た。
彼女はポカンと口を半開きにしたまま上条を見つめている。
「いいかネ?『いじめてオーラ』っていうのは――」
と、人差し指を立ててレクチャーし始める上条。
彼はノリノリで、懇切丁寧に説明した。
「――――と、いうことなんだ。わかったかナ?」
「はい、ご教授下さいまして、ありがとうございました。
とてもわかりやすかったですわ。上条様は博識なのですねっ」
自分がそんなオーラを出していたことがショックだったのか、
湾内は目の端に涙の玉を浮かべつつも、意地らしく笑顔を見せた。
上条は、そんな彼女を固い表情で眺め、
(ええっ、信じちゃったよこの子!!)
と、大混乱に陥った。
正直、湾内のお嬢様レベルをナメていたのだ。
上条は彼女を見ながら考えた結果、もう誤魔化しきることにした。
「……あ、ああ!出てる出てるっ!オーラ出てるぅっ!!」
「ああっ、そんな!わたくしったらっ!」
わたわたと手を振り、自分の身体を見回す湾内。
そして、彼女は切実な表情で助けを求めるよう彼を見つめた。
上条はニヤリとほくそ笑んだ。
「あ、あ、あ、湾内さん出てる!また大量に出てますよ!」
「そんなそんな……いやぁっ!出しちゃだめですぅーっ!!」
湾内は自らの身体を抱きしめて、甲高い声でそう叫ぶのだった。
以上、真っ昼間のファーストフード店での一幕である。
『がんばれ湾内さん!』〜おわり〜