睡眠が食欲、性欲に並ぶ人間の三大欲の一つであることは当然ご存知だろう。  
それ故に人間は、『快適な睡眠』というものを常に求めている。  
詳しく言うとノンレムだかノープログレムだかが関係しているらしい、それと室温だな。  
だがご丁寧なことに毎日何かと疲れさせてくれる出来事に困らない俺にはあまり関係ない。  
そして今日も気持ちよく目覚めることができた。 特に今朝は清清しい気分だ。  
まぁ何かと不可抗力により不幸な目に会うこの俺に神様がくれた些細な仕送りだろう、一年に数回の。  
小窓を開けると、底深い青空にチチチと雀がSケン……要するに飛び回っていて、  
この時ばかりは、このカミジョーさんも小鳥の囀りを聞いて一層心安らかな気分に……  
「とうまとうまー!早く朝ごはん作ってほしいかも!」  
ならねぇ。  
舞う鳥を撃ち落とす猟銃のようなドンドンという音がバスルームに響き渡る。  
いやまぁ別に『お兄ちゃん起きてー』とまでは言わんでいいが、もう少しお淑やかに起こしてください。  
過ぎ去った数秒のユートピアに別れを告げつつ、俺は曖昧な返事と共に部屋を出た。  
 
普通の高校生なら起床前に煌く白米と湯気立ち昇る味噌汁などが置いてあったりするのだが、ここは学園都市である。  
洗顔、着衣などに加え朝飯の用意が追加されることにはもう何とも思わないが、食事一人分の追加には頭を悩ましていた。  
「とうま、何だか最近オカズが偏ってるんだけどどういうことかな」  
多分お前の目の前に座っている奴の部屋の居候が原因だ。  
「なー」  
猫の手も借りたい俺に同情するかのように、猫が膝を叩いている。  
分かってくれるかスフィンクス、お前はできた人だ。 いや、できた猫だ。  
「んなぁ」  
よく見てみると口に猫缶(ツナ)を咥えていた。  
たまには胃以外から指令を出せお前ら。  
 
                    ─*─  
 
何度も言うが今日はいつもより清清しい朝だ。  
デフォルトで胃が2つあるようなシスターに噛み付かれてもまだ元気はある。  
漫画ならこんな日から新展開が始まるかもしれんが、正直カミジョーさんにそこまで妄想力はない。  
宇宙人や未来人、超能力者みたいな新キャラはお呼び出ないから、このまま平穏に過ぎてゆく日常を下さい。  
「ちょっと、何で今日もいつもより早いのよ」  
あ、ボスキャラ登場ですか。 もう残り3週くらいですね。  
「……顔見ただけでムカつくのは生まれつきなのかしら」  
不満そうに腕を組むのは、学園のレベル5が一人、超電磁砲の御坂美琴だった。  
「というか何でそんなに爽やかなのよ。 何?宝クジで500円でも当たった?」  
「そんなに幸せの水準は低くねえ。 まぁあれだ、この頃寝起きがいいだけだ」  
「ふーん。 いいわね単純で」  
つまんなさそうに俯きながら、考え込むように黙り込んでしまう。  
 
……今日もか。  
この頃御坂は妙に不機嫌というか情緒不安定というか、憂鬱な日が続いている。  
それ故に、融解点は上がったが沸騰点は下がったみたいな感じで、元気がない時と起こる時の二極化が激しい。  
ちょっとからかっても生返事しか返してこないと思ったら、携帯の故障で突然怒ったりだ。 そういや俺の携帯も最近おかしいな。  
悩みがあるのかと尋ねれば、「別に」の一点張りなもんで、何か隠しているのは明白だが正直打つ手がない。  
まぁレベル0の男の俺に、レベル5の女の悩みなど考えても仕方ないだろう。 ただ手術室のランプの消灯を待つだけである。  
「えーっと、アレだ御坂。 寝る前に温かいミルク飲んだり枕元にハーブ置いたりとかしたらよく眠れるらしいぞ」  
「誰もアンタのオススメ安眠法なんて求めてないわよ」  
怒るような呆れるような、あまり御坂ではみたこともない顔で突き放された。  
「……それじゃ、あたし早めに授業始まるからバイバイ」  
言って、髪と不機嫌さを後ろに流しながらスタスタ去っていった。  
なーんだかな。   
                     
                    ─*─  
 
「──だからねカミやん、女の子ってのは鎖骨が重要だと思うんよ、鎖骨」  
何度も繰り返すが、朝からエセ関西弁で女体注目ポイントを解説されても気にしないほど俺は清清しい。  
本来ならここに土御門が揃い三羽鴉、ではなく三バカーズとなるのだが、今二人しかいないのを見ると多分一人は遅刻だろう。  
というかHR前に語る内容じゃねえだろソレ。 見ろ、既に白い目がお前を取り囲んでいるぞ。  
「とか言いつつ僕ァ若干興味あるように見えるよカミやん」  
……実を言うと少し。  
「けど何か違いとかあんの? ホラこー形とか?」  
「フフフ、よく聞いてくれたねん」  
どうでもいいけど中途半端に〜ねんとか使うな。  
「そう! 形状、ツヤ、位置、大きさをありとあらゆる視点から測定し、研究、評価。  
 クラスで確認した中で良質のブツを持ってるのは、僕ランキングAA+ランクをお持ちのを吹寄……」  
「私に何か用?」   
ドッギャ〜ン!というSEと共に青い頭が180度回転した。 意外!それは吹寄ッ!  
「い、いやぁ? 僕ァ別になんでもな」  
「ああ、コイツが確認したところでは吹寄が立派なブツをお持ちだとか」  
その言葉に、吹寄は一度大きく目を見開いて  
「……ほほう……確認したと……!」  
「ちょっ、カミやーん!! 違う、違うで!? そんな冷たい飯を食わされるようなことはしてへんでー!!」  
吹寄さんから何だかラスボスを倒した後のダンジョンみたいな音がしてらっしゃる。  
大地の震えと崩れ行く瓦礫に、青髪の耳のピアスがブルブルと振り子運動をしていた。  
「いやまー別に見えちゃったもんは仕方ないだろ、コイツは視てたんだけど。 そういや俺も前にチラっと見た憶えが」  
「コイツを倒して貴様の出方を見ようか上条当麻」  
瓦礫の中から強大な威圧感を放つ真・吹寄が現れる。 ごめんなさい気に障ったのならすみませんもう言いません。  
 
「……とりあえず、用件を先に言いましょう。 これよ」  
怒りを呆れに変えた吹寄が肩の力を抜き、ポケットから一枚の紙を取り出す。……『独力清掃期間』?  
「そう。 『個々の独力清掃運動を促進し、生徒に環境美意識を啓発を……』。 要するにたまには自分達で掃除しろって事」  
ああ、言われて見れば張り紙がしてあったような。 でもこれ単に電気代を節約したいだけじゃ?   
「……そういうネガティブな発想でしか物事を捉えられないのか貴様は」  
いやしかし今日の俺は大いに前向きだ。 うっかり手が滑ってナイフ飛んできても笑って許せちゃうくらいに。  
「そうか、話が早くて良かった。 じゃ、これよろしく」  
そう言って吹寄はもう一枚薄っぺらい紙を手渡した。 一番上に、『トイレの清掃にあたっての詳細』と書かれている。  
「書いてあること見れば大体分かるから、昼休みのトイレ掃除頑張るように。 あ、用具は雑に扱わないこと」  
へっ?  
「ちょっと待って! こういう手のかかる場所はクラスの美化委員とかのお仕事じゃありませんこと!?」  
「うんそれ無理。 あっちはあっちで会議があるようね。 ご苦労様」  
「いやいやいやっ! そもそも美化委員じゃない数十人余りからなんで俺が選ばれ」  
「お・ね・が・い」  
もはや願望ではなく強制としか言えない様な感じで睨まれた。 いやフツーここはせめて女らしさを掲示しようぜ吹寄よ。  
「いやまぁ一人じゃ辛い思うけどガンバりやカミやん」  
With苦笑いな青髪ピアスが肩を叩き、ポンポン手を置かれるたびにハァフゥ溜息がこぼれる。  
うな垂れて手元の憎き清掃活動の概要紙を見てみると、ある波線部が引かれた一文を見つけた。  
『清掃活動は、多人数でやるとよいでしょう』  
「……」  
「……」  
「よーし昼休み一緒に頑張ろ」  
「スマン僕ちょっと用事あるんやった! えーと確か、わ、わ、わ忘れ物があったんだってことでガンバレカミやーん!」  
脱兎のごとく逃げやがった。 もうお前は友達じゃない、ただの青い巨木だ。  
 
                    ─*─  
 
溜息の花だけ束ねたブーケで花屋が開けそうになる頃に、ようやく任務を全うすることができた。  
ああ腰痛い。 でもよく頑張ったな俺、アイラブミー。  
「あれ、上条ちゃんじゃないですかー?」  
「おおカミやん、トイレ掃除とは中々良い志だにゃー」  
入り口を出たところで、待っていたかのようなタイミングで二人に声をかけられた。  
未来エステ技術を使ってるとの噂をお持ちの小萌先生と、色々と謎の多い隣人の土御門だった。  
「一人で清掃に励むなんてよく頑張りましたね上条ちゃん! 先生は嬉しいです!  
 そうですね、報酬として飲もうと思っていた麦茶を贈呈しましょう! はいどうぞー」  
ラベルが見えた瞬間、「あ、ありがとうごきゅ!」と一気に飲み干す。 あー美味い、聖杯に入っててもやっていけそうですよ。  
「そーいや土御門。 お前今来たの?」  
「にゃー。 ちょっとヤボ用があってな」  
恐らくはアッチ側かコッチ側の仕事に呼ばれだろう。 俺の経験上、「朝から巨人と戦ってました」とか言われてももう驚かない。  
「用!? 学校よりも大切がヤボ用がある高校生なんていません! 大体土御門ちゃんはこの前も……」  
学校生活における遅刻と欠席の悪影響を熱心に語り始めた。 これ黙って聞いてると軽く茶菓子2箱はいけますよ奥さん。  
「にゃー小萌センセー。 怒ってばっかだと小ジワができて男に逃げられたり、なんて」  
「なっ!? べ、別にそんな事土御門ちゃんには関係ないでしょう、って何で勝手に教室に帰ろうとしてるんですかー!!」  
二人の実年齢など知らないが、こうして見ると土御門の方が年上の兄に見えてくるな。  
「いやー笑っていられないですよ先生。 俺が見る限り最近ちょっと行動が年寄りくさくなったような」  
その言葉に、躍動感を持っていた小さな四肢が硬直した。 やばい、失言だったようだ。  
「……カミジョーちゃん。 センセーは大人であって決して生徒から年寄りと言われても全く気にしない錯覚に陥る事ならじですよ」  
ちょっ、小萌センセ! 言語機能に著しい障害が見られます!  
「そうですね、美化もついでに資料の整理でもしますか。 上条ちゃん手伝ってください」  
そのままゆらーとトイレの二つ横にある資料室に入っていった。  
「あ、あーカミやん。 昼休みはまだまだたっぷりあるからゆっくりやったほうがいいぜい?」  
何故か土御門は同情の念と過去の苦しみを思い出すような目をしてそう言う。  
「なんだ、一体何が起こるんだ?」  
「にゃー……やってみりゃ分かるぜい」  
何か凄くデジャヴを感じるぞ。  
 
「ちょっと職員室まで運んで欲しい資料があるんですよ」  
付いて来た部屋で、何やらゴソゴソと背を向けながら小萌先生がそう言った。  
「ああ、それだけだったら別に……」  
「よいしょっと」  
ドサドサッ! と広げた両手に物凄いGが掛かった。  
な、何なんですか、なんて重量ですか、これ広辞苑ですか。 な、何で、つつ追加してるんですかぁっ!  
「じゃあ、よろしくお願いしますね」  
可愛らしい笑顔と凶悪な重圧を残し先生はトテトテと部屋を出て行く。  
聳え立つブックタワーは、高層建築で砂上の楼閣という最悪パターンだった。  
 
                    ─*─  
 
「何。新しい柔軟体操?」  
……姫神、それ以外に何か感想は?  
「ユニーク」  
せめて心配してください。  
 
ピラミッド建設関わったエジプト人並に疲れたおかげで、朝の清清しさはもうナイル川辺りまで流されてしまった。  
寝惚けながら腰に手を当てて机にうな垂れている俺はさぞ惨めだっただろう。  
しかも昼休みが終わってから放課後までほとんど舟を漕いでいたらしい、涎の軌跡が少し残っている。  
「大丈夫」  
……何が?  
「私は。見てない」  
「現在進行形で嘘つくな」  
受け取ったポケットティッシュで涎を拭く。 ついでに湿布もあったら貼ってくれ。  
「ん? そういや何でお前放課後残ってるんだ」  
言われて姫神は用件を思い出しのか、「そういえば」と小さく呟いた。  
「校門の所に。 君を探してるって人がいるんだけど」  
「どんな奴だった? 言っとくが背が高い神父だったり赤い髪だったりしたら帰って貰え」  
「……あの人と君の縁は知らないけど。爽やかそうな一般生徒だった」  
爽やか? 俺の脳内辞書に、『爽やか』で検索できる奴は一人しかいなかったはずだが。  
しかし、何でアイツが俺に?  
「分かった、ありがとな姫神。 ちょっと行って来る」  
手を振って答える俺に、姫神は、「うん」と1ナノメートルくらい首を動かす。  
「ところで」  
教室のドアを開けたところで、姫神が唐突に話を振った。 まだ他に何かあるの?  
「耳にしただけなんだけど」  
「ああ」  
「鎖骨属性って何?」  
答える前にちょっと斧貸してくれ、後で木一本転がしてくる  
 
                    ─*─  
 
校舎から出て見えた人影は、やはり記憶の中にあるものだった。 肩越しに鞄を持ちながら手を振ってみる。  
それに気づいたのか、そいつは振り返って軽く微笑み、ゆったりと近づいて話しかけてきた。  
「ああ、お待ちしていました。 もう帰ってしまわれたかと思いましたよ」   
爽やか好青年、微笑みの貴公子、ヘルシーインテリな海原光貴がそこにいた。  
最初に会った時の『海原光貴』と印象が変わらないのは、恐らくその時の『海原光貴』の努力のおかげだろう。  
記憶の底から、あの8月31日の暑い日が浮上してくる。  
俺が最初に出会った『海原光貴』は、偽者───とある組織のスパイ魔術師で、  
俺を殺す命を受けながらも、かなり遠まわしにそれを拒んだ言わばイイ奴だ。  
しかし目の前にいる本物の海原光貴は、一連の出来事が済んだ後に数回会っただけである。  
あの後巻き込んでしまった事に対する謝罪(詳しい理由はトバして)のついでに見舞いに行って以来、話らしい話はしていない。  
「いやー久しぶり。 ……あん時は本当に済まなかったな」  
腕の方ももう大丈夫か? などと聞くと、上品に苦笑しつつ海原は答える。  
「よしてください、侘びならもう十分にもらいましたから。 土下座をしようとまでしたのは少々驚愕でしたが」  
やはりあの時と変わらないような身振り口ぶりで頭を掻いた。  
大丈夫、土下座なんざ2日に1回はしてるさ。 でも頭まで擦り付けてるのにその上から噛み付きとかチョップって何なんだろうな。  
「それだけ仲が良いという証拠ですよ、僕としては羨ましい限りです。 ……では、そろそろ本題に入りましょう」  
海原の空気と目の色が変わったのを見て、次の言葉を待った。  
「御坂さんについて、です」  
……やっぱりか。  
「ま、そんなとこだとは思ったけどな」  
「やはりお気づきでしたか」  
そりゃそうだ。 俺とお前を線で結ばれているのは御坂という中継地点を通っているからな。 話題になっても不思議じゃない。  
「で、どうした? 前にも説明したけど俺と御坂はただの友達だぞ」  
「………ええっと、僕が言いたいのはそんなことではありませんよ」  
何? 言っとくがアイツの好みや趣味は知らんぞ? 特技はビリビリで間違いないが。  
「もしかして分かっておられないと? 貴方もそこまで鈍感ではないでしょう。」  
──。  
あ、今ちょっとピクッてなったけど大丈夫だぞ。 続けてくれ。  
「そうですね。 さらにいうと、最近の御坂さんについて、です」  
「最近? というと、例の妙な機嫌な御坂のことか」  
「ええ。 ただ憂鬱なだけなら特に問題はありませんが」  
海原は少し困った顔をして口を濁す。 あれ? 態度に関しては問題ないんだ?  
「心配ではあります。 ただ、それだけでわざわざ貴方の所まで来ませんよ」  
………いや、正論は言ってるんだコイツは。 けど何故だろう心無しムカツクのは。  
前任の新入社員魔術師君が妙に輝いていたせいか、余計に海原が淡白なベテラン事務員に思える。  
「問題視しているのは、御坂さんによって具現化した───とある空間です」  
 
                   ─*─  
 
「……空間?」  
「AIM拡散力場という言葉をご存知でしょうか?」  
確か、能力者から無意識的に流れ出す力、だな。  
「その通りです。 強力な能力者ほど、微弱とはいえ滲み出る力は増幅していきます」  
姫神の吸血殺しがいい例か、アレの範囲は世界中だったか。 ……吸血鬼にしてみりゃ恐ろしいもんだろな。  
「ひょっとすると、御坂の体からも常に電気とかが漏れてんの?」  
「はい。 とは言っても、最近までは猫を初めとする敏感な動物しか感じない程度でしたが」  
この頃の不安定な精神状態でその漏洩が大きくなった、と  
「ムラが激しくなった、というのが正解ですね」  
微笑んではいるが、海原の目には困窮の色が浮かんでいた。  
「絶縁体をつけたかのようになくなったかと思えば、突然貯めた分を開放するかのように発揮する。  
しかもそれが無意識的ですからね。 本人に言って止められるのならいいのですが、生憎そういう訳にもいきません」  
それから一旦小さく溜息をついて 「もともと友好関係でも複雑な地位にいた人ですから、この影響は大きかったでしょう。  
おかげで理事長である僕の祖父も手を焼いています。 もっとも、本当に気を使っているのは御坂さん本人でしょうがね」  
成る程、何となく合点がいった。  
要するに御坂が、電気鰻よろしく電気を無意識に放出しているから、周りに些細な被害が被っている。 携帯の故障もそれか。  
それで周りが気を使うから、余計に御坂が精神的に圧迫される、と。 ……悪循環だな。  
「でも、元々そうなった原因は何なんだ? 御坂がそんな状態に陥るなんてよっぽどだが」  
そう言うと、海原は何故か可笑しそうな感じで笑った。 日本語は正しく使ったと思うぞ。  
「これは僕の推測ですが、案外貴方の近くにいるかもしれませんよ。 その調子だと貴方が自力で結論に至るのは困難でしょうが」  
何だそりゃ、さっぱり意味が分からん。 誰かが何かしたせいでああなったのか?  
「いえいえ、御坂さんには何も起こってません。むしろ、何も進展がないという精神的蓄積によるものだというのが僕の推論ですがね」  
ますます理解不能だ。 英文に訳してからそれを日本語に再翻訳したくらい遠回りで歪曲だな。  
跳び箱の6段が跳べない小学生を励ますように、「まぁ、それを深く追求する必要は結構ありませんよ」 と海原が微笑む。  
「それよりも、貴方に聞きたい事があります」  
今度は語り部ではなく、聞き手としての興味を俺に示してきた。 何だ?  
「貴方はどうして御坂さんの傍にいて平気なんですか?」  
「……あー、簡単に言うと俺はアイツの電撃やらは効かないんだ。 そういう能力でな」  
そう言うと海原は、「ああ、成る程」とわざとらしくポンと手を叩いた。  
「そうでしたか。 僕はてっきり貴方が微笑みの影で耐え忍んでいたのかと」  
いくら微弱な電撃つってもいつもピリピリしていたいほど俺はマゾくはない。 いや、そうなりつつはありそーなんですが。  
「はは、冗談ですよ。 ……しかしこれで決定的になりました」  
こいつのデフォルトは笑顔なんじゃないかと思いたいくらいの張り付きっぷりだな。 「で、決定的って何のことだ?」  
「単刀直入に申し上げます。 僕は皆さん、そして何より御坂さんを助けてあげたいのです」  
同感だな。  
「あの空間が巨大になる前に、一刻も早くこの事件を終わらせます」  
全くだ。  
「そこで」  
ああ。  
「貴方が御坂さんをデートに誘ってあげて下さい」  
はい?  
 
                    ─*─  
 
待て待て、海原は何と言った。 俺が誘う? Why? 何故?  
「冗談はやめろ! マジ危ねえって!」  
俺が。  
「冗談だと思います? 解決に繋がるからこそ、こうして貴方にお頼みしているんですよ」  
死ぬのは嫌。 殺されるのは怖い。 俺にはお前の御坂美琴の概念がよく分からん。  
あんな状態の御坂をデートに誘ってでもしてみろ。 からかってると思われてブチこまれるのがオチだ。  
「そもそも俺がそんなことをして御坂が元気になる理由は何だ」  
「勘です」  
簡単に言うな。  
「勘と言っても、僕の推理と独断と偏見で選んだ策です。 安心してください」  
ドロドロじゃねえか  
「嘘ですよ。 しかし、何かしらの前進はあるはずです」  
「……前進、ね」  
「信じられませんか?」  
「いくらなんでも唐突すぎるだろ」  
「そうですか。 ……仕方ありませんね」  
これだけは使いたくなかったのですが、と小さく溜息をついた。 何だ、まさか超能力で実力行使か?  
「確か病院にいた時に、僕に向かって『俺にできることがあれば、なんでもしてやるよ』と、仰いましたね?」  
───ッ!  
ああどうして俺は『何でも』とかノリで言っちゃったのだろう。 もうこれからは二度言わねえ。 多分。  
「貴方にもう一度お頼みします。 ──御坂さんをデートに誘ってもらえませんか?」  
そこにいた海原は微笑みの貴公子ではなく、0円スマイルを配布するセールスマンと化していた。  
………そういえばコイツはカンニングで点を集める奴だったな、すっかり忘れていた。  
もうここにいるのは紳士海原君じゃねえ、ただの憎たらしいスマイルマンだ。  
が、一応は借りがある。 例えコイツが極悪人でも宇宙人の殺し屋でも俺が迷惑をかけてしまった罪は消えない。  
そして何より、御坂美琴がそんな状態で日々を送っていると思うとちょっぴり気に掛かる。  
「……それで本当に、御坂は元に戻るのか?」  
その最終確認に、海原はニッコリ微笑んだ後、  
「あなたの行動次第ですよ」  
 
                    ─*─  
 
「───では、よろしくお願い致します」  
元の爽やかな笑顔と一陣の微風と共に、海原光貴は去りぬ。  
……厄介なことになったもんだ。  
とりあえず今の状況を幼稚園のレゴブロック並に頭の中で整理してみる。  
「本当に大丈夫なのか……?」  
答えのない問いは、風の音と共に消えてしまった。  
───だが、ここまできた以上やらなければならない。  
海原光貴と、あのもう一人の『海原光貴』、そして何より御坂自身の為にも。  
だが、これだけは言わせてくれ。  
俺にできる最後のワガママだ。  
 
「やれやれ」  
 
 

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