びゅぅと風が吹く。見上げれば雪の降りそうな曇り空。  
 葉の落ちた裸の木々。風切り音が鳴って、枝を揺らした。寒い昼下がりだった。  
「寒ーい! 浜面ー!」  
 赤いレンガの舗装を歩く浜面の後ろから、麦野がぶつかった。  
 態勢を崩した浜面が声を上げた。  
「っとお!?」  
「寒い寒い寒いー!」  
「こ、こら、ポケットに手を入れるんじゃねぇ!」  
 後ろから、浜面の上着の両ポケットに手を突っ込んでくる。脇腹をくすぐるような位置で、思わず大きな声を出してしまう。  
 浜面の背中にぐりぐりと頭を押しつける麦野が、けたけたと笑った。  
「浜面装甲ー」  
 風避けに浜面の体を使うつもりだった。「……多分絹旗は嫌がるぞ」と浜面が言い返す。  
 実際、今日は風が強くて寒い。気持ちは分からないでもなかった。  
「ねー、駐車場までこのまま行かない?」  
「歩きづらいだろ」  
「平気よ」  
 何も言わずに浜面は歩き続ける。そのままの格好で、ぴょこぴょこ歩きの麦野がついて来る。  
 なんだか笑いたくなった。ただ、やられっ放しなのは少々面白くなかったので、反撃することにした。  
 麦野が手を入れているポケットに、自分も手を突っ込む。手首を掴んで、ただ痛くはしないよう加減して引っこ抜いた。  
 立ち止まって、ぐるりと振り返る。両手で麦野のほっぺをむにゅっと挟んだ。  
「ひゃ」  
 小さく麦野が悲鳴を上げた。浜面の手の方が冷たかった。意地悪な笑顔を浜面が浮かべる。  
「ハハ、驚いたか?」  
 予想に反して、麦野は大きなリアクションを見せない。驚き過ぎて、かえって何も言えなかったみたいだった。  
 頬を浜面の手で包まれたまま、上目遣いで麦野が答えた。  
「……キスされるかと思った」  
「……あー」  
 浜面が目を泳がせた。まったく考えないではなかったが、麦野から言われると凄く気恥ずかしい。  
 はぁ、と小さく溜息をつく。観念して、目を閉じた。麦野を捕まえている両手を寄せて、口づけた。麦野は無抵抗だった。  
 唇を放す。ふと、優しい言葉をかけてあげたくなった。  
「……手。冷たくてごめんな」  
「ん。許してあげる」  
 何が『許してあげる』だ。そんな幸せそうな顔をしておいて、許すも何もない。  
 少しの間、額を当てて見つめ合っていた。腰と腰に手を回し合う。ダンスでも踊れそうな気がした。  
 暫くしてから、麦野が囁いた。  
「……車に戻ろ」  
 ああ、と浜面が返事をした。手を繋いで歩き出す。吐いた息が白かった。  
 それでも、今年の冬は大丈夫だと思った。  
 
 

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