悪いのはアイツ――。  
 アイツが勝手にアイツの鞄を押し付けて来て「ちょっとここで待っててくれ」なんて言って居なくなって、その鞄は口が開いていてさも「どうぞ見て下さい」みたいになっていて……。  
「さって、アイツが学校でどれくらい熱心に勉強してるのか……、この美琴さんがいっちょ確認してあげますか」  
 夏休みに少しアイツの勉強を手伝った記憶が蘇る。 口には出さなかったけど、随分手前でてこずってるなんて、アイツは学校で何をやっているのかと思ったものだ。  
 案の定鞄の中には勉強に関するような物は何もなかった。  
 で、代わりに出て来たものは――、  
「な、こ、これって!?」  
 コンビニ何かでよく、雑誌コーナーの端っこに押し込めるように並べられているのを見た事がある、ムチムチした体に黒子が好きそうな生地の少ない下着を着て媚を売るように笑顔を見せる女が表紙を飾っている……。  
 所謂これって、つまり、何というか……エッチな本……。  
 私は慌ててそれを鞄に押し込むと、それを鞄ごと振り上げた。  
「ア、アア、アイツ、い、一体ががが学校で、なな、何していやがんのよッ!!」  
 捨ててやる!! こんな汚らわしいもの……今思えばそうするべきだった。  
 ムズッと胸の奥で何かが疼いた。  
(アイツって、やっぱりこんなの見て……その……するのかな?)  
 男は若いと色々なフラストレーションが「蓄まる」らしい。  
 それはたまに「抜いて」あげないと大変な事になるらしい。  
 随分昔、母さんが同じような雑誌を見付けてケラケラと笑いながらそんな事を言っていた。  
(アイツも蓄まるんだ……)  
 別に私は「○○君はトイレに行かないんだから!」とか男に変な幻想は抱いていない。  
 むしろアイツも普通の男なんだななんて思うと、親近感と言うか、何だか微笑ましくなった。  
 チラっと見上げると頭上には鞄。  
 私はベンチに座りなおすと太ももの上に鞄を載せた。  
 そして鞄をゆっくりと開けると、先ほどの雑誌を手に取った。  
 それだけで口から心臓が飛び出しそうな位バクバクしてくる。  
 これでページを開いても正気で居られるだろうか?  
「ふ、この美琴さんをナメんじゃ無いわよ! こ、こんな雑誌の……いい、一冊や二冊……」  
 とか言いつつ眺める事どれくらい立ったか……、穴が開くほど見つめていた私はある事に気が付いた。  
「あれ……? ここドッグイヤーになってる……」  
 雑誌とかのページを折るのって抵抗有るなぁとかそんな事は置いておいて、私はその、折り曲げられて飛び出たページに吸い寄せられる様に指先を伸ばすと、それを摘んでぺらっと雑誌を開いた。  
 するとそこには見開き一杯に裸の写真が出て来たのだ。  
 しかもそれはただの裸の写真では無い。  
 薄暗い部屋。その部屋の打ちっぱなしのコンクリートの床。砂でも撒いてあるのかざらついたそこに、手首と足首を一まとめに縛られ、更に脛と太ももにも縄がかけられ足も閉じられないまま、まるでカエルが引っ繰り返ったような格好で仰向けに横たわる姿。  
 小麦色の肌は油でも塗ったようにテラテラと輝いて、まるでクリスマスの鳥の丸焼きの様。  
 そして何より私の目を釘付けにしたのは縛り上げられたその女の瞳。  
 困った様にまなじりを下げながらも、何処か誘っている様な挑戦的な妖しい光を放つその――。  
「みっさかあああああああああああ!!」  
 アイツの声に我に返った私は自分も驚く程のスピードと正確さで雑誌を閉じると鞄に放り込んだ。  
 と同時にアイツが目の前までやって来た。  
 ゼイゼイと息を切らしている所を見ると、それなりに頑張ったのだろう事が伺えた。  
「で、見つかったの? 『財布』」  
 
「ハ、ハァ、あ、有った有った……つか無かったらカミジョーさんに待ってるのはジ、エンドですのことよ」  
「ふーん……」  
「「ふーん」て……やっぱ怒ってます?」  
「ま、少しは」  
「あ、悪い悪い。その分は体で返すからさ」  
 そう言って何時も通りににっと笑ったアイツに対して、私の方はと言えば……、  
(か、体? え、体って……ま、まさか!?)  
 その脳裏に浮かぶのは先ほどの……、  
「どうした御坂? 顔が赤い……」  
「へ?」  
 その声に我に返るとほぼ同時に額に手を当てられた。  
「!!」  
「熱はちょっとあるみたいだけど……風邪か? まさか具合が悪かったとか……」  
「ちっ、違う違うっ!? だ、大丈夫っ、大丈夫だから離れてっ!」  
「お、おう」  
 危ない危ない……、危うくコイツのペースになる所だったわ。  
「さ、じゃあ改めて『罰ゲーム』よん☆」  
「うわマジかよ。てか今回はプラン考えてあるんだろうな?」  
「ふふん。アンタ、相手を誰だと思っているのかしら? まあ、色々引っ括めて今私が言えるのは……、「楽しみにしてなさい」」  
「またノープラぐおわッ!?」  
 ふざけた相槌は電撃封殺して、私はアイツの手を取った。  
「それじゃあ行きましょうか?」  
「ふ、不幸?」  
「……まだそれを言うには早いわね」  
「やっぱり不幸だ……」  
 言ってればいいんだ。オーダーを追加したのはアンタなんだから……全部アンタが悪いんだから……最後まで残さず食べてよね。  
 
 

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