「問一。甘い匂いがするがあれはなんだ?」  
「ああ、クレープの屋台か。相変わらず人気だなぁ。もう冬なのに随分並んでるけど、寒くないのかね?」  
「…………」  
「クッ、ジッと見てもダメだからな! 買い物しちゃったからこれ以上の無駄遣いは……!」  
「…………」  
「チクショウ、買ってもらえるまで見つめ続ける気か!?」  
 
上条とミーシャは第七学区内ではあるが、上条の寮からは少し離れた「ふれあい広場」にいた。  
ちなみにミーシャはSMな拘束服姿ではなくなっている。  
元の服はどうしたか、そしてなぜ二人でふれあい広場にいるのか。  
 
すこし場面を戻って見てみよう。  
 
 
 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  
 
 
「行動一。協力の約束をとりつけられたので、これより調査を始める」  
「早速だな。街の地理とかわかるか?」  
「解答一。大まかな地形ならば。詳細な構造などの把握をするための調査も兼ねるつもりだ」  
 
要するに街を探検するつもりらしい。  
彼女は上条の知ってるミーシャとは違うそうだが、弱くはないだろうと予想はできる。  
例え攻撃能力が低かったとしても、先ほど聞いた耐久力もあるし、街中で襲われるようなこともないだろうと思い送りだそうとする上条。  
 
「そうか。暗くなる前に戻ってこいよ。とりあえず飯は作っておくからな。食べられない物とかあるか?」  
「了承。暗くなる前に帰還する。食に関しての禁忌は存在しない」  
「わかった。それじゃあ気をつけて行って……」  
 
そこまで言って上条は気づく。  
――自分は何かとんでもないことを忘れていないか?  
 
「では行ってくる」  
「……待て、『その格好』で行くつもりか?」  
「問一。その格好とは」  
 
下着のようなインナースーツ。  
それに取り付けられた拘束用の革ベルト。  
首には首輪。  
その首輪から延びる犬や奴隷のもののような手綱。  
 
――問題があるどころか問題しかない格好だろう。  
 
ミーシャ自身の外見も問題だった。  
学園都市における多数派である日本人ではありえない白い肌。  
美しい金髪。  
前髪で目まで隠れてはいるが、それでも分かる愛らしい容姿。  
(上条が知る由もなく、内面も理由ではあるだろうが「可愛いものの味方!」を公言して憚らないワシリーサが「サーシャちゃん一筋!」と言うほどの少女と同じ外見である)  
そして上条の住む学生寮にいる筈がない年齢の体型。  
 
これらの内、どれかだけならばまだ問題は少なかっただろう。  
例え拘束服姿でも、上条と同じくらいか年上ならば「ハードなプレイをするカップルだなぁ」で済んだかもしれない。  
例え外国人でも、拘束服姿でなければ「留学生か何かかな?」で済んだかもしれない。  
例え幼い外見でも、それだけなら「後輩や兄弟かな?」で済んだかもしれない。  
 
だが  
これらが合わさった姿、つまり  
 
愛らしい北欧美少女が  
 
半端なSMでは使わないような拘束服を着て  
 
本来縁が無いはずの高校の、男子寮からでてきたら  
 
どう認識されるか?  
 
「や、ヤバイ。間違いなく通報される!? しかもIDなんて持ってないだろうから調べられたらどうやってもアウトだ!!」  
 
頭を抱えて焦る上条。  
それと対照的に淡々と上条に問いかけるミーシャ。  
 
「問二。何を興奮している」  
「あなたの格好です少しは気にしてくださいというか来たときもあの格好だしもう誰かに見られてるかも!?」  
「?」  
 
完璧にテンパっている上条。  
それを見て首を小さく傾げるミーシャ。その様子はとても可愛らしい。  
が、今の上条はそれどころではなく、気づいていても可愛らしさで解決する問題でもない。  
 
「そうだイタリアに行くときに買ったインデックスの服! ……って一着もない!?  
まさかイギリスに行った時にスーツケースに入ってたのは支給品とかじゃなくタンスから回収された本人の服!?」  
「問三。さっきから何をしている。この姿になにか問題があるのか?」  
「問題しかないから困ってるんだよ!ええい仕方ない。ミーシャ! 街を見て歩くみたいなこと言ってたけど、具体的な行先は決めてないんだよな!?」  
「解答二。決めていない。強いて言えば初日なので拠点であるこの部屋の周辺を調べようと考えていた」  
「だったらちょうどいい。いいか、 よく聞け!」  
 
ミーシャの肩を掴み顔を近づけ、上条は力強く宣言する。  
そう  
 
「服を買いに行くぞ!」  
 
今日はお買い物だと。  
 
余談ではあるが、買い物(セブンスミスト)に行くための服は上条の体育用のジャージで、裾を折り返したダボダボの格好はかなりの萌力(愛らしさ)だったそうな。  
 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  
 
そんな訳で二人は買い物を終え、服を着替え、ついでに軽く近所の散策をしているのだった。  
ちなみにミーシャの現在の服装は白地に青の長袖ワンピース、紺色のハーフパンツ、そしてワンピースに合わせるような白地に水色ラインのボーダーハイソックスである。  
これと色合いの近いものをもう一組。下着は三着セットの安物。総額8,799円なり。なお、靴は元々履いていたものから足枷を外したものがあるので購入していない。  
 
「予想外の出費……不幸だぁー」  
 
嘆く上条の隣でクレープを食べているミーシャ。結局買ってもらえたらしい。  
 
「感想一。甘くて実にいい。中に入っている苺とバナナもクリームに合う」  
「あーそうですか。上条さんは今週の特売は何があったか帰ったら調べる決意をしてますよ」  
「意見一。嘆いていてもいいことはないという。甘いものを食べれば気分が良くなるかもしれないが」  
「流石にもう一回あの列に並ぶ気はないし財布の中身もなぁ。つか、そう思うんなら一口分けてくれよ」  
 
今までのシスターさん経験や甘党っぷりから無理だと思い、半ば冗談でいう。  
だが、冗談というのは言ってみるものなのかもしれない。  
 
「……………………進呈。ただし一口のみ」  
「えっ、マジで!?」  
 
悩んだのであろう。しばらくクレープを見つめてからにゅっと上条の方にクレープを向けてくる。  
 
「どうした。いらないのか」  
「あ、いや貰う貰う! サンキューな」  
 
そういって一口食べる上条。  
なるほど、確かにクリームの甘さと苺とバナナの相性が良い。冬の寒空の中並ぶだけの価値はあるかもしれない。  
 
と、クレープの感想を考えてから気づくことがあった。  
 
(あれ、これって間接キスじゃないか?)  
 
ミーシャはクレープの上方全体をバランスよく食べ進めていたため、上条が食べた部分も当然ミーシャが口を付けた部分である。  
ミーシャの方を見てみると、その食べ方のままクレープをモグモグしている。そしてそのまま上条が食べたところを口に運び……  
 
「疑問一。こちらを凝視しているがどうかしたか」  
「あああいやなんでもないお気になさらずに!」  
 
上条の視線に気づいたのか、口を止め顔をこちらに向けられる。  
慌てて顔をそむけてしまう上条。  
少しの間そのままだったが、気まずさを晴らすためか、それとも純粋に疑問を思い出したのか。  
恐らく両方なのだろう、気になっていたことを質問する。  
 
「そういえば寒くないのか? 上着は要らないって言ってたけど、そのワンピースとかってそんなに厚くないだろ?」  
 
長袖とはいえ、上条の言うとおりあまり厚手の生地ではないらしく、青と白という色合いもあって少し涼しげな印象さえある。  
だがこれにも理由があったようだ。  
 
「解答一。問題はない。防寒機能で言えば私自身がそういった機能を必要とする体ではない。  
そしてこの色の組み合わせならば術式への応用もできるため、上着は余計だ」  
 
天草式が言っていた『日常に在るものを使った術式』とやらのようなものか。  
ロシアではレッサーやエリザリーナも適当なもので即興の霊装を作っていた気がする。  
 
「ふーん。あとロシアから学園都市に来るまでってどうやって移動したんだ?  
かなり遠いけどやっぱり飛行機とか?」  
 
もしそうだとしたらあのSM装備で飛行機に乗ったことになる。  
だがミーシャの答えは上条の予想外のものだった。  
 
「解答二。飛んだり走ったり」  
「…………マジで?」  
「嘘はついていない」  
 
因みにミーシャ=クロイツェフが消滅した北極海沿岸から東京まで直線距離で約7000km。  
雪や人目を考慮しなくても、最速の陸上選手が不眠不休で全力疾走して8日以上する距離である。  
 
そういった相手がどうしていたかなどの世間話のようなものをしていると。  
 
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *  
 
「まったく、ただ買い物に行くのにも見張り付きになっちゃうなんてね」  
「そうは言われますけどお姉さま。これでも随分と甘い判断だと思いますわよ」  
 
御坂美琴と白井黒子は二人で街を歩いていた。  
手には「セブンスミスト」と書かれたビニール袋。  
これだけならば何もおかしくない。二人は同じ学校に通い、寮の同室であり、黒子は美琴を敬愛しており、仲もよいし、買い物に一緒に行くこともよくある。  
なのでただ二人連れ立って歩いているだけならばおかしくはないのである。  
 
が、先ほどの会話から想像できるように、今回の二人の関係は「買い物に来た友人同士」ではなく「見張りと見張られる人間」だった。  
 
「数日とはいえ、常盤台のエースにして学園都市に七人しかいないLv5の1人が姿を消して、警備員にまで捜索届を出すほどの騒ぎになって、  
しかも帰ってきてどこに行ったか弁明も説明もしなかったというのに謹慎すら言い渡されなかったんですのよ」  
 
そう。美琴がロシアから帰ってきたとき、常盤台はちょっとした騒動になっていた。  
近しい人間は多くないとはいえ、学園都市第三位である美琴は有名人以外の何者でもない。  
特にお嬢様が大多数を占め、その環境からちょっとしたことでも話題になってしまう「学び舎の園」では様付けやお姉様と呼ばれてしまうこともあるほどだ。  
そんな人間が姿をくらましてしまった。閉鎖的な面が強く、夢見るお嬢さまの多い「学び舎の園」では色々な噂が飛び交った。  
 
曰く、悪の組織と戦いに行った。  
曰く、殿方を追いかけて愛の逃避行を行った。  
曰く、生き別れた家族の情報を得て会いに行った。  
 
これらはまだまともな方で、宇宙人にさらわれた、学園都市の秘密に触れて虚数学区に閉じ込められた、などといった突拍子もないものまで。  
常盤台だけでなく「学び舎の園」中の学校で様々な噂が短期間のうちに流れていった。  
そんな大ごとになってしまった噂の当人が帰ってきたとき、訳も話さなかったとなればどうなるだろうか。  
 
普通の学校でも謹慎を言い渡されてもおかしくない。  
ましてや常盤台は学園都市で五本の指に入る名門であり、お嬢さま校でもある。  
数日とはいえ、無断で姿を消し、帰ってきてなにも説明もしないなど普通だったら退学も視野に入るはずだ。  
 
そして美琴に下された罰則は  
 
「「置き去り」施設の手伝いに外出時の風紀委員随伴。これだけで済まされたんですから。もう一度言いますが本当に甘い判断だと思いますわよ」  
 
それだけだった。  
 
「そんなの……私が一番わかってるわよ」  
 
美琴自身、言ったとおり甘すぎる判断だと思っている。  
 
(やっぱり私がLv5の第三位だから? ううん、それだけじゃ退学は別にしても謹慎もなしなんて……)  
 
この街はまだ自分を使って何かを企んでいるのか、妹達が関係していて自分を使う余地を残しておく必要があるのか  
そして病院にいる、あのバカが「御坂妹」と呼んでいる子が  
 
「無事とは言い難いが十分治療できる状態で帰ってきてくれました、とミサカは喜べばいいのか心配すればいいか分からないままお姉様に連絡します」  
 
と、あいつが帰ってきたことを教えてくれたがどうなったのか。  
 
「……さま。お姉さま!」  
「え。あー……。ごめん。ちょっと考え事してた」  
 
いつの間に声を掛けられていたのだろう。  
まったく気がつかなかったらしい。  
 
「まったく。……黒子には教えていただけないようなことですの?」  
「ごめん……。でも前みたいに何も言わないで喧嘩しに行く算段立ててるわけじゃないからさ」  
 
気にはなるのだろうが、それでも黒子は追及をしないでいてくれた。  
そして重くなった空気を変えるように笑顔を作り、クレープの屋台を指差した。  
 
「解りましたわ。クレープでも食べましょう?深刻そうなお顔をなさってましたけど、甘いものを食べれば気分も変わりますわ」  
「……そうね。じゃあ折角だし、あんたに奢ってあげるわよ」  
「いえいえ、奢ってなんて頂かなくても。それよりも黒子としてはお姉さまと同じクレープを二人で食べあったりの方が!」  
「奢るわ。絶対に」  
 
などと言いながらクレープの屋台に歩いて行く二人。  
と、そこで美琴の視界にツンツン頭が入る。  
思わずそちらに走って行ってしまう。  
 
「私は……そうですわね。生クリームとストロベリーソースのを……ってお姉さま?」  
 
いつ退院したのだろうか、もう怪我はいいのだろうか。  
聞きたいことがゴチャゴチゃになって頭の中で回る。  
何から言えばいいか、どういう態度をとればいいか。  
考えは纏まらない。それでも、感情のままに声を掛けてしまう。  
 
「ちょっとアンタ!」  
 
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *  
 
「ちょっとアンタ!」  
「んあ?ああ、御坂か。久し振り、ってほどでもないか。二週間ぶりくらいか?」  
 
とても大怪我をしてロシアから送られてきた人間とは思えないほど気楽な話し方。  
美琴が気づいていなかっただけで、この少年は何度も生死の境を行き来して、それでも退院すればこうして変わらずにいてくれたのだろう。  
今まで何度そんな危険な目にあったのか、電話で聞いてくることはあっても直接一緒に来てくれとなんで言ってくれないのか。  
何を言えばいいか分からず、言葉を詰まらせてしまう。  
 
「どうした?なんか口開いて固まっちゃってたけど」  
「あ、その、えっと……」  
「ああ、そうだ。この前はありがとうな。俺の勝手で乗らなかったけど、アレって助けに来てくれたんだよな」  
 
あの巨大飛行建造物に戦闘機で行った時のことを言っているのだろう。  
はっきりと言わないのは大っぴらにできるようなことではないからか、それとも美琴を巻き込まないためか。  
 
「べっ別に気にしないでいいわよ。それよりもあんた怪我とか大丈夫なの?大怪我したって聞いたけど」  
「あー……なんていうかいつものことだし?妹達もいるし、あの病院って実はすげーのかもなぁ」  
 
『いつものこと』  
やはり何度もああいうことをしていたらしい。  
きっと止めることはできないだろう。ならせめて。  
もっと自分に手伝えることはないか。いや、無理にでも手伝おうと美琴は決意する。  
 
「ちょっとアンタ!」  
「な、なんだよいきなり」  
クイ  
「話があるんだけど」  
「……なんだか随分とまじめな顔だな」  
クイクイ  
「ええ、まじめな話よ。時間、いい?」  
「いや実は今ちょっと『グイッ』って、ん?」  
 
上条が横を向くと、ミーシャが袖を引っ張っていた。  
何度か引っ張ったようだが、上条が気づかなかったためか少し強く引っ張ったらしい。  
 
「問一。食べ終わった。包みはどうすればいい」  
「ああ、たしか屋台の横にゴミ箱があったからそこに捨てれば……」  
「ちょっと、誰と話してるの…よ…」  
 
上条を挟んでミーシャの反対側にいた美琴からは、小柄なミーシャは上条に隠れて見えていなかったらしい。  
そしてミーシャの姿を確認すると  
 
「…………あんたは」  
「お、おい御坂?なんかバチバチなってるぞ?」  
 
静電気か、それとも強大なAIM拡散力場の影響か。  
美琴の髪が微かに浮き上がる。  
 
「ア・ン・タ・はぁ!行く先々で女の子引っかけなきゃ気が済まんのかあああああああああああ!!!!!!!」  
「うおお!?」  
 
飛んできた雷撃の槍を幻想殺しで防ぐ。  
いつもならここで上条が逃げるところだが、今回は違った。  
 
「人が!決心して!まじめに!話そうとしてたのに!!」  
「ちょ!まて!なにをそんな!怒ってるんだよ!!」  
 
バチィ!バチィ!と連続して飛んでくる槍とそれを防ぐ上条。  
クレープ屋の店員や客が遠巻きに見ているが、ドン引きである。  
 
「連続した意図的な攻撃を確認。敵意があると認識。援護は必要か」  
「まてミーシャ!敵じゃない!敵じゃないから!!」  
「こんなときでもアンタは女の子とのおしゃべりが大事かこらー!」  
 
叫びとともに上条に放たれる激しい一撃。  
それを防ぐとともに美琴に背を向け  
 
ガシッ  
 
「チクショウ!不幸だああああああああぁぁぁぁぁぁぁ……」  
 
ミーシャをお姫様だっこしてドップラー効果とともに走って逃げた。  
 
「あっコラ待ちなさ…」  
「お姉さま!」  
 
上条のあとを追おうとする美琴。その目の前に黒子が立ちふさがる。  
 
「この前ありがとうってどういうことですの!ひょっとして失踪中にあの殿方とはあっていたんですの!?  
はっ!?まさか失踪の原因は駆け落ち!?あんの類人猿がああああああああ!!!」  
「だあ黒子どきなさいって!見失うじゃないの!」  
 
なんとか黒子を振りほどくが、上条の姿はとっくに見えなくなっている。  
 
「なんなのよ……」  
 
かくして  
 
「せっかく勇気出して言おうとしたのに……なんなのよもー!」  
 
ふれあい広場に少女の嘆きが木霊するのであった。  
 
 

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