大覇星祭を数日後に控えた、そんな空気に浮かれて、一人で行動したのが間違いだった。  
「ミ、ミサカは……ミ……サカ……は……」  
 元気に跳ね回っていた少女が、ついに力尽きた。  
「ゲ〜〜〜ット、ですわ」  
 ぎゃーとか、わーとかもれ聞こえる悲鳴は一切無視で、白井黒子が街中で見かけた瞬間から、数時間掛けて追い詰めた目標を捕獲。  
「ちっちゃいお姉様、ちっちゃいお姉様ぁ〜〜〜」  
「テレポートするストーカーなんか最悪だー、ミサカはっ……ミサカはっ、貞操の危機を切実に感じていたりっ」  
 
 そう、一目あったその日から……というか、その瞬間から、遺伝子レベルで襲い掛かる寒気に、必死の逃走を開始したが……  
 
「どこまで逃げてもっ、逃げてもっ……ミサカは、ミサカは……」  
 
 本気で追撃を掛けてくる黒子から逃げ切れる存在は、学園都市内でもそう何人も居ない。  
 
 ミサカネットワークに救援を要請しても、  
(命の危機は無い、とミサカ一四五五七号は冷静な判断を下します)  
(たまには苦労しなさい、日頃の恨みなどおくびにも出さずミサカ一〇〇三二号は返答します)  
(関わりたくありません、ミサカ一八五三二号は戦慄と共に過去を回想します)  
 
 ……味方は一人も居なかった。  
 
「かわいいですの、プリティーですの」  
 目を血走らせた黒子は、文字通り危険人物そのものだった。  
 
 散々逃げ回った結果……捕まったのはうらぶれた路地裏で……つまり、  
「た、助けが入らないことを、ミサカはミサカは……イヤ――――」  
 テレポートから逃げ切るために、少しでも見通しが悪く、障害物の多いところを目指したのが、完全に裏目にでた。  
 
「はぁはぁ、おじょーちゃんっ、ですの」  
「っっきゃ――――」  
 
 いつもの口調で喋る余裕すらなく、ラストオーダーは黒子の腕の中でおもちゃにされた。  
 
 
 ――数十分後。  
「け、汚された……ミサカは、ミサカは……」  
 しばらく虚空を見つめていたラストオーダーが、ぽっと頬を赤らめる。  
「ひ、人聞きが悪いですわねー」  
 堪能するまで幼い身体を弄んだ黒子が、決まり悪げに続けた。  
「別に、剥いだり入れたりしてないからOKですわ」  
 脳内のマイナールールをラストオーダーに説明するが、なんの言い訳にもなっていなかった。  
「ミサカからの伝言を、ミサカはミサカは残念ながらお伝えするねっ、通報しましたー、って伝えてみる」  
 
 その言葉を聞いた瞬間、黒子の目が光った。  
 
「見えますわね?」  
「不安を隠しきれないままに、ミサカはミサカは返事をしてみるっ」  
 コクコクと頷くラストオーダーを見つめ、耳元にこしょこしょと秘策を伝える。  
 
「お、おもしろそうっ。ミサカはミサカは、喜んで実行にうつしてみるー」  
 ニヤリと笑う黒子を後に、ラストオーダーは弾かれたように走り出す。  
 
 
 ――上条当麻はあくびをかみ殺しながら校門から一歩踏み出した。  
 授業中に熟睡したにもかかわらず、年中無気力な……  
 誰かを助ける時以外は、無気力な彼は、いつも通りに無気力な帰途に着こうと……  
 
「パパー、パパー、指示の通り叫びながら、ミサカはミサカは甘えるように抱きついてみるっ」  
 
 周囲の瞳が凍りつく中、上条当麻は思考停止した。  
 
 ――記憶にございません。  
 心当たりが無ければ、誰だってそう言う場面であった。  
 
 しかし、彼は記憶喪失だ。  
 
「いつもは甘えられないから、この機会に甘えまくってみたりっ、ミサカはミサカはついつい自分の欲求を満たしてみるー」  
 
 どこかで見たことが有る顔。  
「れ、例の二万人の妹?」  
 一縷の望みにすがるが、彼女達の外見は同一のはずだ。  
   
「ちーがーうーミサカはミサカは元気に否定してみるー」  
 
 そうか……がっくりと肩を落とす当麻。  
 
 自称娘をじっくりと良く見る。  
 ビリビリに良く似ていた。  
 
 御坂美琴。常盤台中学のエースくせに、事あるごとに当麻に突っかかってくる。  
 
 心当たりなど無いのに、ひたすら絡まれる。超電磁砲まで使うのは尋常じゃない。  
 もし……だ、この娘が……  
「なあ……御坂美琴の血を引いてたり?」  
「御坂美琴の遺伝形質を継いでいることを、面白くなりそうな予感と共にミサカはミサカは報告してみるー」  
 
 やっぱりか――――。  
 他人のフリをする不義理な夫相手になら、超電磁砲を使うのも納得だ。  
 
「娘よぉぉぉぉ」  
 認知したっ!! 周りが納得した瞬間であった。  
 
 父性に目覚めた当麻のハグ!  
「にゅおー、強烈な抱きしめに、ミサカはミサカは心に決めた人が居るのを報告してみたりぃぃぃ」  
 「むーすーめー!」  
 
 そのころ黒子は物陰で零しを握りしめていた。  
「やりましたわーーー、コレで数日後には奴の株は大暴落!! お姉様も目を覚ますと言うものっ」  
 喜びに踊る黒子の手に、ガチャリと手錠が掛けられた。  
「は?」  
「……君が世界一万箇所近くから情報の寄せられた、『痴女・白井』だな?」  
「ちょっ、なんですの、なんですの? その不本意な称号はっ!」  
「その手錠があればテレポートも出来ん、大人しく付いてきてもらおう」  
 長いを尾引く黒子の悲鳴聞こえなくなった頃……  
   
「で、心に決めた人と言うのはどこの馬の骨だ?」  
「え? え? ミサカはミサカは記憶喪失になってみたりっ」  
 当麻の目に怯えたラストオーダーはとりあえずとぼけてみた。  
 
「ふっふっふ、人の娘に手を出しといて無事に済むとか……その幻想をぶっ殺す!!」  
 物理的に殴り殺す気満々の当麻を見て……  
 
「さよーならー、ミサカはミサカは全力で逃げてみるーー」  
「あっ、待ちなさいっ、むーすーめー」  
 
 まだ名前を知らない当麻が、情けない呼称で『娘』を追いかけて……  
 
 本日二度目の追いかけっこは、ラストオーダーに軍杯が上がった。  
 
 
 
 翌日常盤台中学に押しかけた当麻が、御坂に『俺たちの娘』について熱く語り、伝説を作ったり、  
 吹寄を頭に、土御門、青ピを実行隊長とする『上条に天誅を下す会』が発足したり、  
「お母さん。いらない?」  
 と、ラストオーダーを口説く姫神が居たり……  
 
 そんな日常があったのは、また後日の話。  
 

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