それは一月二日になろうかとする時刻のこと。正月、という行事をまともに経験したのが初めての一方通行は、ごろりとベッドに横になった。
黄泉川家の正月は、『明けましておめでとうございます』と挨拶を交し、御節と雑煮と蜜柑を食べるというような簡易なものだった。
子どもたちには心ばかりのお年玉も振舞われた。素直に喜ぶ打ち止めと違い、不相応な子ども扱いに一方通行は何ともいえない気持ちになった。
大人二人は退屈な正月番組を見ながら、御節を突き酒を飲んで酔い潰れてしまった。毛布をかけて居間に放置で決定。
新しい年の幕開けというものがまったりとして平穏なものであることに違和感を覚えながら、一方通行は眠りにつく。
しかし――彼の穏やかな眠りは、控え目なノックの音と少女の声によって破られる。
「・・・なンだよ・・・・・・」
つい一週間ほど前の、思い出すだけで居た堪れなさが募る夜と重なる状況に嫌な汗が伝う。
それでも舌打ちしながら迎え入れるのは、本気で打ち止めが体調を崩していたりしたら洒落にならないからだ。
「で? 何の用だ?」
「えっとね・・・、また、その・・・」
真っ赤になって俯きながら、パジャマの裾を握り締める打ち止め。もじもじと内腿を擦り合わせている動作は、彼の嫌な予感が的中したことを示していた。
「・・・・・・・・・やり方教えたろォが。自分でシろ」
突き放しすように宣告した一方通行だが、内心では本気でもう勘弁してくださいという思いで一杯だ。
この一週間ほどの間、相変わらず無邪気な様子でひっついてくる打ち止めを、罪悪感と自己嫌悪でまともに見れないという状況なのだ。助けて欲しい。
「でも」
涙目になって熱の籠った眼差しで彼を見つめる少女は、盛大な爆弾を彼に落とす。
「自分でやっても、あなたがしてくれたみたいに気持ち良くならないんだもんって、ミサカはミサカは訴えてみる」
「・・・・・・あは」
(俺、死にてェ)
魂が抜けた気がする。時と場合によっては男冥利に尽きる台詞であろうが、生憎と今の彼にとっては、ごっそりと精神力等々を削る一撃に他ならない。
自分はどこで彼女の教育を間違えたのだろうか。いや、そもそも性教育に関しては、黄泉川や芳川、あるいは学習装置が担当すべきではないだろうか。
そうだ、自分は他者に何かを教えるといったことを殆ど経験したことがない。教え方下手なのは当然だ。むいていないのに担当させられたことが間違いだ。
そして、自分の教育を多く担ったのは木原数多だ。碌な教育者ではない。そんな男に教師としての範を求めざる得なかった自分が、他人に物事を教えられないのは理の当然。
――少女の教育に失敗し、こういった状況になったのも、全部木原くンが悪い。
論理破綻した結論を一方通行は導き出す。単なる現実逃避である。彼の目はもう死んでいる。
その間も、少女の声は震えたまま続いていた。
「・・・だから、あなたにして欲しいんだけど、ってミサカはミサカはお願いしてみたり」
落ち着かない様子で、打ち止めは訴える。
彼女にしてみれば、不慣れな自らの手で慰めるよりも、大好きな一方通行に愛撫された方が遙かに満たされるし、幸せな気分になれる。
好きな人にしてもらった方が気持ち良いから。至極単純な理由で、至極当然のように打ち止めは一方通行に訴える。
「・・・だめ?」
蟠ったやり場のない熱が、じくじくと身を焼くようで辛い。打ち止めはぽろりと涙を零す。どうして彼は、つい一週間ほど前のように、自分を助けてくれないのだろう。
立っていることが辛くなって、膝から落ちてしまった打ち止めは、ぺたりとカーペットの上に座り込んでしまった。
「ねえ、」
自分に視線を合わせたまま、フリーズしてしまっている一方通行を見上げるようにして、打ち止めは必死で訴えかける。
ゆるゆると、カーペットに腰を押し付けるようにして下半身が動き始める。しかし、ささやかな刺激はもどかしさを煽るだけだった。
「ど、して・・・も、」
打ち止めはパジャマのズボン越しに、自分の手のひらを秘所に押し付ける。足りない。どんどん惨めな気持ちになっていく。頬を伝った涙がパジャマを濡らす。
「・・・・・・だめ、なの?」
「・・・・・・・・・」
(そォだな・・・本気でだめなクソ野郎だよなァ)
泣きながら、不器用さ全開で、縋るような眼差しを己に向けつつ自慰をする少女を前にして、耐え切れるほど一方通行は悟りを開けなかった。
ひう、と打ち止めがしゃくりあげるのを何かのきっかけにして、一方通行は少女をぎゅっと抱き締める。
後はクリスマスの夜の再演だ。――ただし口付けは、少女の方から求めてきたのだけれども。
漸く達した少女をネタにして再び風呂場で自己処理をした少年は、罪悪感にちょっとだけ泣いた。いっそ殺せ。
――ちなみに、今回の打ち止めの変調の原因は、『妹達』と上条当麻の姫初めにあるらしい、ということは、誰も知らない事実である。
おわり。