おまけA  
 
 
宛がわれた部屋に飛び込むと、番外個体はベッドに飛び込んだ。あの場にいるのが辛かったから逃げ出した。これでは本当に単なる子どもではないか、と自然と自嘲の笑みが浮かんでくる。  
最終信号と第一位がヤってるとか指輪を貰ったとか、単純な惚気ならば胸がほんの少し痛むだけ。どうだっていい。辛いのは、最終信号と自分の間にある絶対的な格の違いを見せ付けられること。  
第一位の中には、最終信号がいて、それだけで、後はもう二番手三番手といった序列はなくて、十羽一絡げの状態で、自分はその中の一つにしか過ぎなくて。それは充分に解っていたことではあるけれど。  
あの人の本当の理解者は自分一人だけという事実をあっさりと示してくる最終信号が、羨ましくて憎たらしい。そんなことは知っている。自分じゃ太刀打ちできないということは理解している。  
――理解しているから、見せ付けないで欲しい。  
 
(・・・ミサカだって、あの人の手を握ったことくらいある)  
 
初めての行為。初めての感触。雪を固めたみたいに真っ白な手は、体温が低くくて、薄めで、指が細くて長くて綺麗で、淡い桜色の爪は作り物みたいで、女みたいに肌がすべすべで、その癖に関節がしっかりしているところはきちんと男性で。  
『頼む』と告げた真剣な声。意志の籠った紅い瞳。表情。全てを明確に覚えている。もう脳の細胞一つ一つに染み付いてはなれない。  
 
それを思い出しただけで、切なくて、苦しくて、くぷくぷと身体の芯にまあるい水が溜まってくるのが解る。下着越しに手を触れれば、ぬるりとした感触がかえってきた。  
 
「バカみたいだね。・・・ミサカはあなたのことを考えただけで、濡れちゃうんだよ?」  
 
目を閉じると、ぶわっと記憶領域から、恋する相手の記憶が溢れてくる。姿。声。動作。何もかも。  
 
不機嫌そうな顔。真剣な顔。戦闘でハイになっている顔。実験協力の模擬戦闘のときのほんの少しだけ心配そうな顔。からかわれてちょっとだけ紅くなった顔。  
 
『番外個体』  
 
「ん・・・ふあ・・・」  
 
にちゅにちゅとクリトリスを左手の人指し指先の腹で転がすように擦って、右手で胸を掴んで揉み潰す。あの人の手を記憶から再現して。  
鈍い快感がゆるゆると身体の奥から湧き出す。腰が勝手に動き出して、もっともっとその感覚を引き出そうとする。  
 
「・・・ああん・・・っく、ふぅ・・・あ、」  
 
指が止まらない。中指をそろそろと体内に突っ込むと、湿った襞が締め付けてくる。熱い。乳首を摘むと、むず痒い感覚が走って思わず背筋がぴんと張る。  
きょとりとした顔。目元を少しだけ和ませた顔。仮眠をとっているときの素直な顔。大切なものを見るときの柔らかくて優しい顔。  
 
「や、・・・ああ、はっ、はあぁん、んん」  
 
『番外個体』   
『す』『き』『だ』   
『あ』『い』『してる』   
『俺は』   
『オマエ』 『が』 『だけ』 『を』  
『好き』『だ』   
『一緒』『に』  
 
「み、さか、もすきっ! ふあ、・・・っなた、ぉ、らいすきっ、なの・・・っ、いっしょ、に・・・、ひぁあ、」   
 
腰に力が入って、指の動きが早くなる。声がどんどん大きくなって、身体は一直線に絶頂に向かって走っていく。ぎゅっと閉じた目の縁から、涙がぽろっと零れ落ちる。  
 
『――番外個体』  
 
「んんあっ、ひ、・・・やっ、あ、ぁぁあああっ」  
 
ぐっと身体がそりかえる。ぎゅうぎゅうと膣がきつく締まり、喰らうように指に絡みつく。痙攣を繰り返す身体は制御が利かない。妙に力の入る部分と入らない部分に分かれていって、そして何も考えられなくなった。  
 
 
漸く痙攣が緩やかになって、快感の波が穏やかに遠ざかっていったころ、番外個体は荒い息を整えながら指を抜いた。少しだけふやけた中指は、愛液がたっぷりと絡み付いていて、他の指との間に糸を引いていた。  
 
「あは・・・バカみたい」  
 
自分以外の相手を思って浮かべた表情まで引っ張り出して、音声データを都合良く組み合わせて。それで幸せになってイけるなんて、自分にお似合いの惨めすぎるオナニーだ。笑いと涙が止まらない。何たる喜劇。  
実は無理矢理最終信号の記憶領域にハッキングして、第一位とのセックスのデータを読み込もうかと思ったこともある。さすがに悲惨すぎて笑えてきたのでやらなかったが、今やっていることはそれと大差ない。  
 
「ほんっと、バカだよね」  
 
愛液にまみれた左手の薬指。第一位からもらった指輪が輝いていた最終信号の薬指とは雲泥の差だ。  
 
――実は、番外個体も第一位から指輪を買ってもらったことがあった。たまたま見かけた指輪がどうしても欲しくなって、それもあの人から買って欲しくなって、絡んでねだった。  
『面倒臭ェ』と言って買ってくれた第一位の態度は最終信号に菓子を買い与える態度と大差なかった。全く意識されていないことは良く解った。でも、嬉しかった。  
戦闘で壊してしまったり、失くしてしまったりするのが怖くて、普段身に付けることはできなかった。時々取り出して、はめてみるくらいのことしかできない綺麗な指輪。  
 
(あなたはミサカに指輪を買ったことなんて、もう忘れちゃってるんだろうね)  
 
それが容易に想像できて、悲しい。片割れの存在しない自分の指輪。  
 
「・・・イミわかんないよ」  
 
どうして、あの位置にいるのが自分ではないのだろう。たった二月ほど誕生し出会ったのが遅かっただけなのに。出会ったときにはもう既に、自分の入り込める余地など欠片も存在しなかった。  
全く同じ遺伝子なのに。全く同じ『ミサカ』のうちの一つなのに。どうして。何故。  
 
――愛されて、選ばれるのが、このミサカではなくあのミサカなのか。  
 
 
「・・・き、だいすき、なの。ミサカも・・・ミサカは、あなたが好きなんだよぉ・・・っ」  
 
ボロボロと涙が頬を伝う。絞り出すような番外個体の声は、迷子の子どもが親を求めるのに似て、頼りなくしかし必死な色を帯びている。  
 
 
「愛してるの・・・、アクセラ、レータ・・・ぁっ」  
 
 
少女の悲痛な愛情の告白は、愛する人に届くことのないまま、空しく暗闇に吸い込まれていった。  
 
 
 
 
――これは、愛する人の『最後の希望』になりたくて、なれなかった、『最後の絶望』の恋物語――  
 
 
 
おわり。  
 
 
 

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