とあるファミリーサイドマンションの一室の前に、彼女は立っていた。自身の持つレベル4の能力で電子ロックをいつものごとく抉じ開けて、今日も今日とて襲撃日和。
室内にある生体反応は二つ。一つは彼女と同じ遺伝子を持つ少女・最終信号。もう一つは彼女のターゲットである学園都市第一位・一方通行のものだ。保護者二人はいないらしい。
二人がいると思しき部屋の扉を勢い良く開けて、番外個体は元気いっぱいに宣告する。
「ヤッホー、第一位。今日も殺しに来たよー!」
しかしドアの向こうの光景を見て、番外個体の思考はフリーズした。
そこに繰り広げられていたものは、真っ裸の打ち止めが、Yシャツの前ボタンを全部開けた状態になっている一方通行の上に跨っている光景――俗に言う『対面座位』というものだった。
「・・・え?」
「・・・は?」
数秒間の空白の後、二人の少女の悲鳴がマンションに響き渡った。
慌ててドアを閉めた番外個体は、ずるずると廊下の床の上に崩れ落ちた。
(何あれ何あれ何あれっ?!)
漸く脳が稼動し始め、先ほど見た光景を処理し始める。真っ裸の最終信号が? 第一位の上に乗っていた? あの腰の位置からして、挿入ってる? ということは、つまり。
(えっと・・・昼日中からイたし・・・ヤっちゃ・・・え? え?)
混乱する番外個体。顔は真っ赤だ。
それは、赤ちゃんはコウノトリさんが連れてくるのではないと初めて知らされたときに受ける衝撃、あるいは夜中に起きたら自分の両親の性行為を目撃した小学校低学年の子どもの受ける衝撃に似ていた。かもしれない。
(いやいやいやいや。ないないないない。ビークールにいこう、ミサカ)
頭を数度強く振った後で、番外個体はアレは幻だったと結論付ける。学園都市に戻った彼女は、調整のために他の個体同様現在は冥土帰しの病院にいる。その調整もまだまだ途中なのだ。
きっと、視神経とか脳の視覚処理野の何かがおかしいのだろう。これは由々しき事態だ。帰ったら早速調整をせねば。そう心に決めて、番外個体は再びドアに手をかける。
「みみみ、見られたよね・・・絶対に見られたよねって、ミサカはミサカはっ!」
「ああ、確実になァ・・・あ?」
「ヤッホー、第い・・・・・・やっぱり幻じゃなかったのかよちくしょぉおおおおおおおおおっ!」
絶叫する番外個体。思考回路はショート寸前今すぐ(現実から)逃げたいよ。・・・更に、できることならば今日襲撃をしかける前の時点に戻りたい。
「や、やだっ、み、みみみみないでってミサっ、」
一方で打ち止めは、羞恥のために全身を朱に染めて、身を隠したいのか一方通行の羽織っているYシャツに潜り込もうとする。その妙に身体をくねらせる動作が、それはそれでまた扇情的なのだが、必死な少女は気付くはずもない。
「あ、あああ、アンタら、な、何やってんのよ?!」
「何って・・・ナニ?」
番外個体は顔から湯気が出そうなくらい真っ赤になっているし、打ち止めは最早涙目状態。そんな動揺する少女二人を前にして、学園都市第一位は意外と冷静だった。
「なんであなたは、そおっ、んん、や、ぬいてってばぁ」
「抜けって言われてもそンなに締め付けられたら無理だろォが。つーかいつもよりキツいンですけどォ。何? オマエ見られて興奮してンの?」
「そ、んなこっ、・・・と、ないッ・・・もん・・・っ」
さらりと言った一方通行に対し、打ち止めはいっそう赤くなる。ぱたぱたと暴れれば暴れるほど、結合が深くなり快感が高まることを彼女は知らない。面白い玩具を見つけたかのように、一方通行は楽しげな様子で打ち止めの耳元に囁きかける。
「また締まったぞオイ・・・打ち止めちゃンは見られて興奮する変態だったのかなァ?」
「・・・っへんた、ひ、じゃっ、・・・なぃっ、やらぁ・・・っ、ぁ、なた・・・がっ、」
「ン?」
「や、べくとるっ、そーさ、らめっ、い、イっちゃうのお、イっ、やらあ、らめらってばあああああっ」
「そこやめろおおおおおおっ! 本気で何やってんのねえ何やってんのっ?!?!! ミサカは不純異性交遊断固反対ぃぃいいいいいいいっ!」
涙目になっている番外個体の様子は、オリジナルである超電磁砲によく似ていたが、今は誰もそんなことを気にしていない。
番外個体の前で強制的に絶頂を迎えさせられた打ち止めはついにしくしくと泣き始めた・・・一方通行のモノを胎内におさめたまま。部屋の中はカオスである。
「え、あの、その、・・・え、エッチなのは良くないとミサカは思うのっ」
「普段あれだけ卑猥な台詞吐きまくってて何言ってンだよ」
びしっと指をさしての番外個体の糾弾に、さすがにちょっとやりすぎたと思ったのか、打ち止めを慰めながら呆れたように一方通行は返す。
「ひ?! ひわっ?! 違っ、そんなことないもんっ!」
「今更純情気取っちゃって、オマエどォいった方向目指してンだよ」
「ミサカが普通なのっ! 男女交際は清く正しく美しくあるべきだってミサカ思うね!」
「何時代の人間な・・・ォお?」
泣いていたはずの打ち止めが突然一方通行のシャツを掴むと、ぐいと引き寄せて唇を押し付けた。濃厚なディープキス。唾液の絡まりあう音に、番外個体はボンッと自分の中の何かが弾け飛ぶのを感じた。
彼女は今、一分にも満たない時間を、正確な体内時計を持つにも関わらず、酷く長いものに感じていた。
その長い時間が終ったとき、紅く染まった唇からたらりと銀糸が伝った。そこにいたのは、いつもの天真爛漫な子どもではなく、不思議な熱を持つ濡れた瞳をした色香を放つ一人の少女。
「・・・このミサカといるときに、他の女の人と話すのはいや、ってミサカはミサカは主張してみる」
「・・・そォか」
何かのスイッチが入ったのか、二人の間に流れる雰囲気が切り換わる。それを感じた瞬間に、番外個体は絶叫しながら部屋を飛び出した。
「はばかれよバカやろぉぉォぉォォおおオおおオオおおおおおおおおオオおおおおおおおおおオおおおおおおおおっ!!!!!!!!!!!!」
*****
とある総合病院では、そっくりな四人が、一つの部屋の前に集っていた。
「そろそろ夕食です。出てきてください、とミサカ19090号は番外個体に呼びかけます」
「帰ってくるなり部屋に閉じこもったままの番外個体を、ミサカ10032号は心配します。何があったのですか?」
「第一位に何かされたのでしたら、上位個体に申請して制裁を加えさせますが、とミサカ10039号は番外個体に提案します」
「ミサカたちでもできることがあるなら手伝います、とミサカ13577号は番外個体に決意を伝えます」
「・・・ありがとう、でもミサカのことはちょっとそっとしといて欲しいな・・・」
力ない声で、番外個体は扉の向こうの姉妹に呼びかける。気遣わしげな様子を残したまま立ち去る気配を感じて、番外個体は再び枕に突っ伏した。優しさが嬉しいけどちょっと痛い。
と、脳裏を過ぎる光景。第一位と最終信号のやりとりだった。濡れた声。妙な色をのせた瞳。絡まりあう肢体――
「出てけっ! 思い出させるなっ! もう削除削除削除ーっ! エロイのだめっ!反対いいいいいいっ!」
枕をぼふぼふと攻撃しながら絶叫する番外個体は、オリジナルによく似た一人の乙女だった。
おわり。