それはとても不幸な出来事だった――。
またも三バカの騒動に巻き込まれてしまった吹寄制理と、騒動の発端である上条当麻は、これも何時も通りに罰として清掃作業を遣らされていたのだが。
そんなおり、いつぞやのフォークボールの話題が出た。
あれは結局嘘だったんだろ、いやあれはたまたまで今日なら証明出来るわ、いやいやカミジョーさん全くこれっぽっちも興味在りませんから、逃げるの貴様流石人生逃げまくりね、とそこまで言われては、
「来い吹寄! 今度こそ息の根を止めてやる!」
短いホウキをバット代わりにやる気満々の上条に、
「息の根を止められるのはどっちかしら? せいぜい今の内にデカい口をたたいておく事ね」
そう言って吹寄はスカートのポケットから例のボールを取り出す。
「まだ持ってたのかそれ?」
「いいじゃないあたしが何をいつまで持っていたって貴様には関係無いでしょう? 何、それとも負けを認めたくないからボールに難癖でも付ける気なのかしら? アラやだおかしい」
ふふんと吹寄があざ笑いと、
「よおっし、よしよし。今の言葉を忘れんなよ吹寄。カミジョーさんは今から血も涙も無くお前の投げた白球を打ち返すマシーンと化しました!」
ジャキンと再びホウキを構える上条から熱を帯びた風が吹き付けた様な気がして、吹寄は身震いをした。
「ふふふ。どうやらやっとやる気になったようね」
「そうだな。さっきまでを30位としたら、今は87パーセント位やる気だ」
「ふざっ!? もっとやる気だしなさいよ貴様!」
「俺に100パーセント出させたいなら、お前の全てを見せてみろ」
「いやらしい上条当麻。貴様こんな時まで……。やっぱりあたしの身体が目当て……」
「ち、違う違う!? ええい、もう言葉で語るのはここまでッ! さあ、後はボール(それ)で語ってくれ……」
ホウキの先で吹寄のボールを指す。そして口をつぐんだ上条は、ややかぶせ気味のフォームで眼光鋭く吹寄を睨んだ。
「望むところよ」
すると吹寄もボールを握り締めて、いざ投球フォームに入ろうとしたその時――腰に走った尿意を知らせる衝撃に目を丸くする。
思えば先程の身震いも……吹寄の顔に瞬く間に焦りの影が浮かぶ。
「上条当麻!」
「…………」
「上条当麻ぁ!!」
必死の形相でもう一度呼び掛けると、「何だよ?」と上条はフォームを解いた。
「ちょっとタンマ!」
すると、
「何だ、自信が無くなったか?」
「違うわよ! ちょっとト……用事を思い付いただけよ!」
焦る気持ちを押さえて何とかこの場を誤魔化したい吹寄に、上条はどこか白けた様に手をヒラヒラさせて行けよと促しながら、
「いいよいいよ。じゃ、止めるか」
しかし、その仕草が吹寄の心を多いに逆撫でした。
「何、今のその言い方」
「いや、だって止めるんだろ?」
「……逃げる気ね」
「おい……だって今用事があるって言ったのお前じゃ……」
上条が吹寄の様子がおかしい事に気が付いた時には、吹寄は完全に出来上がってしまっていた。
先程までの尿意も今は微塵も感じない。
「構えて」
「え……」
「構えなさい上条当麻!」
「な!? なん……」
「あたしは貴様みたいに逃げたりしない!」
「お、おい!」
「いいから構えろって言ってるでしょ!!」
上条は取り付く島も無く、仕方なくホウキを構えた。
そして、その姿を確認した吹寄も投球フォームに。キッと睨み付ける瞳に闘志を感じて上条の顔も自然と引き締まる。
そして――。
女とは思えない全身を使ったダイナミックなフォームから、吹寄のしなる腕がビュン空気を切り裂く。
そして人差し指と中指に挟まれたボールが絶妙のタイミングで放たれる――実は前回の対戦から影練を積んでいた。今まさにその努力がここに結集する。
(落ちろおおおおおおおおおおォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!)
ストライクゾーン目がけて飛ぶボールを後押しするかの様に心の中で激を飛ばす吹寄。
「もらったああああああああああ――」
上条がど真ん中に飛び込ん来たボールに気合いと共にホウキを振り下ろした――勝利を確信して。
だが上条の確信を裏切って、吹寄のボールがカクッと落ちた。
「!?」
上条は咄嗟に身体を捻って対応しようとしたが間に合わない。
空振りするホウキ――この瞬間、吹寄は勝利を勝ち取ったのだ。
ぶるぶるっと鳥肌が立つ。
それがじわじわと全身に広がった時、
「勝った」
己の掌を見つめ、それでがっちりと拳を握り締めて、
「やっ――」
腕を突き上げて歓喜の叫びを上げた。
「たああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
と同時に吹寄の股間にじわりと何かが滲んだ。
(あ?)
自分はトイレに行きたかった――そう思い出した時には遅かった。
秘所から尿が迸る。
それはジョババババ、と下着をあっという間に決壊させて、足元にシャワーの様に降り注いだ。赤く頬を染めて笑顔はそのまま。
その姿はまさに俗に言う嬉ション……。
「ぁぁ……」
渇いた地面に黒い染みを広げて仁王立ちの吹寄。
「ふき、よ、せ……」
茫然自失の2人の間に、その時痛々しい沈黙が訪れていた。
「あたしだけなんて不公平よ! 貴様も見せなさい!」
「ば、馬鹿!? 止めろ!」
「勝って辱めなんて納得出来るか!! さっさと脱ぎなさい!!」
「ふ、不幸だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
おしまい。