安っぽいマットのようなものの上に投げ出されて、麦野沈利は思わず息を呑んだ。睨みつける視線の先には、学園都市第二位の超能力者(レベル5)であり、暗部組織『スクール』のリーダーである垣根帝督がいた。  
 垣根帝督の能力である『未元物質(ダークマター)』で満たされた室内では、自分の能力である『原子崩し(メルトダウナー)』は十全には機能しないあるいは暴走してしまう危険があることを考えると、使うわけにはいかなかった。  
 銃器や刃物を携帯していない麦野が、そこでとった反撃の手段が、殴る蹴るといったものだったことは、当然であった。  
 ただ予想外だったのは、学園都市第二位が『強い』という単純な事実。男女差を差し引いても、垣根帝督は身体能力に優れていた。  
 華麗に麦野の攻撃を受け流すと、あっさりと彼女を拘束した。身体の動きがきかない状態になってしまえば、麦野に残された選択肢は少なくなってしまう。  
「じゃじゃ馬馴らしは趣味じゃねえんだよ第四位」  
 圧倒的優位に立った男が、薄い笑みを浮かべている。  
「能力使われたら面倒だからな。おい」  
「何よ」  
 呼びかけられたその先にいたのは、赤いドレスを纏った少女だった。椅子に腰掛けテーブルの上にポーチから化粧品だのなんだのを取り出して並べている彼女は、鬱陶しげな様子で垣根の方を見遣る。  
「テメェも巻き添え喰らうのが面倒だったら協力しろよ」  
「だったらやめれば良いのに」  
 はあ、と大仰に溜め息を吐いてみせると、少女はヒールの音を立てて二人のもとに近付いてくる。麦野は転がされた姿勢のまま身構える。赤いドレスの少女の正体も能力も知らない。いざとなったら危険は覚悟の上で能力を解放するまでだ。  
 少女は――『心理定規(メジャーハート)』は、麦野沈利を見下ろすとたった一言宣告した。  
「『距離5』に設定」  
「?!」  
 その瞬間、麦野の中に一つの衝撃が走った。見たこともない目の前の少女に対し、崇拝とも言って良い、絶対的な思いが己を支配していた。今だったら、この少女に『死ね』と言われれば喜んで首を掻き切れるだろう。  
「現在の私と第四位の距離は、限りなく近い。神様と敬虔な信者のレベルね。今のあなたは私の言葉に逆らう意志を持つことさえできない」  
 そっと地面に膝をついて、心理定規は麦野の頬に手を添える。  
「あなたは能力を使ってはならない。そして垣根帝督に逆らうことは許されない」  
 残酷な慈母は哀れな子羊に無慈悲な命令を下す。   
「今から垣根帝督に陵辱されなさい」  
 
「あ、あ、あ、」  
 麦野沈利の双眸から涙が零れ落ちた。『神』からの命令は絶対だ。拒絶しても拒絶してもそれは不可能で、ただ従うしかなかった。  
「大丈夫よ。彼は案外優しいし巧いから、きっと満足できるわ」   
 くすりと笑みを残して心理定規は立ち上がる。絶望に彩られた第四位を見ると、ぞわりと心の奥が沸き立つのが解った。  
「完璧。後はお好きにどうぞ。それにしても良い趣味してるのね」  
「お疲れ。人のこと言えねえくせに」  
 心理定規は肩を竦めてみせた。こう言う風に能力を使うことは、実はそう嫌いではない。壊れて行く人間の心を観察するのはオモシロイし、自分の能力を向上させるために参考になることもある。  
 今回の場合のようなプライドの高そうな女のソレは、好みの部類に入るかもしれない。  
 もといた場所に戻ると、彼女は椅子に座りなおして爪やすりを取り出した。爪の手入れをするらしい。   
「さて、と」  
 垣根の見下ろす先には、麦野が転がっている。絶大な信仰を寄せている神から生贄に選ばれて、絶望しながらも従うしかない物語の処女(ヒロイン)の姿に似ている。最大の違いは、そこに窮地を救ってくれる英雄(ヒーロー)が登場しないことだろう。  
「優しくしてやるぜ、第四位」  
 
 麦野は顔を歪ませてじっと唇を噛んでいた。涙は無理矢理止めた。そんなことを気にもかけず、垣根は存外丁寧な動作で彼女の服を剥ぎ取って行く。だがさすがにブラジャーが剥ぎ取られたときは、彼女の心に羞恥心と屈辱感が込み上げた。  
「やめろこの野郎っ」  
「黙れ『麦野』」  
 ばたばたと手を振り上げて抵抗する彼女を意にもかけず、垣根は麦野の首筋からつつつぅっ…と指を滑らせて鎖骨を下って脇腹へと下ろす。外気に触れた肌は僅かに粟立っている。  
「けっこうイイ身体してんだな、オマエ」  
 品定めするような垣根の視線に曝されて、麦野は思わず蹴り倒してやりたい衝動に駆られる。が、心理定規に一声「麦野」と声をかけられると、途端に抵抗する意志を奪われてしまう。  
 丁寧に己の身体を磨いてきたのは、第二位に暴かれて弄ばれるためではないのに。惨めさが込み上げてくるが、それを強固な意志で耐え忍ぶ。その悲愴な様子に、垣根は口角を吊り上げた。  
「強気な女は嫌いじゃねえが、どっちかって言うと可愛い方が俺の好みだ。可愛く啼いてくれよ?」  
 だんだんと垣根の顔が近付いてきて、乳房の頂点を避けるように、その色づいた辺りをねっとりと円を描くようにして舌が這う。麦野は息を呑んだ。ぞわぞわと悪寒がする。嫌悪感とむず痒さが体に広がった。  
 熱い手のひらが微かな痛みを伴って片方の乳房を揉みしだき、時々親指の腹で乳首を捏ねる。移動した舌は麦野の首筋の産毛を残さないようにして舐め上げた。彼女はさっきまでとは違う感覚が生まれてきたことに戸惑いを覚えた。  
 胎奥がジンと熱くなってくる――そこにある器官が子宮だと気がついて、麦野は羞恥心と絶望感と屈辱感を覚えた。  
(・・・いやだ)  
 感情が壊死していく中で感覚だけは澄んでいくようだった。声を漏らさないように唇を強く噛み締める。垣根の指と舌が確実に官能の芽を摘んで行くことに、麦野は死にたくなった。  
 視線を彷徨わせた先では、興味のなさそうな様子で心理定規がネイルを塗っていた。死にたい気分に拍車がかかる。  
 
 と、するりと滑らかな手つきで、垣根は麦野のショーツの中に指を入れた。カッと麦野の顔が熱くなる。楽器でも弾くかのように垣根の指が踊る。  
「濡れてんじゃねえかよ」  
 愉悦を含んだかのような低い声で耳元で囁かれて、ゾクリと体に何かが走った。  
「こんなにぐちゃぐちゃにしてるくせに、声もあげないとか可愛くねえ女」  
「・・・黙れ、クソ野郎」  
「だから可愛く啼いてみせろっつーの」  
 垣根の指が、既にかたくなり鋭敏となったクリトリスを摘み上げる。誰にも触れられたことのない恥ずかしい場所に触られて、麦野は激しく身を捩った。しかし、垣根は力を緩めることなく、かえって楽しむかのように彼女を蹂躙する。  
「・・・っ、」  
「余計濡れてきたぞ。感じてんのか?」  
 嘲りを含んだ笑いを浮かべながら、そのぬめりを確認して広げるかのように垣根の指は器用に動く。粘着質の音がぬちゃぬちゃと響いた。羞恥。嫌悪。恐怖。不安。絶望。否定。そして微かな――  
「ひっ・・・やぁ・・・っん」  
 じんわりと不思議な感覚が衝動が麦野の胎奥から押し寄せてきた。噛み締めていた唇から、小さく嬌声が零れ落ちる。彼女の矜持が一つ圧し折られた瞬間だった。  
「可愛い声あげられるんじゃねえかよ」  
 垣根の指が執拗に陰核を愛撫する。女性が最も感じるところを丁寧に攻め立てられて、麦野沈利は陥落した。  
「あ・・・ぁあ・・・あああああっ」  
「・・・イったみてえだなオイ」  
 垣根は舌なめずりをしながら、既に蕩けた表情の麦野を見下ろした。美しい女の艶ののった表情は、酷く情欲を煽った。垣根は己の指で紅く色付く孔を解して、そしてツプン、とそのまま沈めた。  
「っひ・・・うう・・・やっ・・・」  
 自身の身体の中に異物感を感じて、麦野は違和感に胸を詰まらせる。  
 狭い体内を呼吸に合わせて探ると、一箇所だけ妙にざらつく箇所があった。そこに垣根の指が触れると、麦野の身体は大きく跳ね上がった。その感覚は、苦痛か、――それとも?  
「ここがテメェの膣内(なか)のイイところか?」  
「いやぁっ・・・んんン・・・だ、め・・・っ」  
 生の神経を直接攻め立てられるような感覚。昇りつめて間もない麦野の性感は否が応でも再び高められて、間断なき絶頂を迎える。と、奥へ奥へと強い力で誘う膣から指を引き抜いて、垣根は己を取り出した。そして。  
 
 一気に貫いた。  
 
「やぁああああアアア!!!!!」  
 恍惚が途切れる前に犯されて、麦野の身体は大きく痙攣し、首を振りたてて逃れようともがいた。身体がミシミシと音を立てて破砕されていくような感覚。  
「・・・っ、きつっ」  
「やめっ、めろ、抜いてっ・・・!」  
「・・・なんだ? オマエもしかして処女か?」  
 終に堪えていた涙が、麦野の瞳から溢れだした。痛い痛い痛い! ただ貫かれている身体の痛み以上に、胸の奥が痛かった。  
「・・・とにかく力抜け」  
 垣根の指示に従って、必死になって喉元までせり上がって来る何かを堪えて息を吐けば、さらにそれは無慈悲にも奥へ奥へと突き進んだ。  
「も・・・ゃあだ・・・やめっ・・・て・・・」  
 朦朧とする意識の中で麦野は必死に抵抗の言葉を紡ぐが、麦野の膣道は突き上げてくる垣根のものに絡みつくことを止めない。むしろ薄れ始めていた悦びの感覚が、おぼろげながらも再び兆してきていた。  
 その事実はますます彼女を絶望のどん底に突き落とす。  
 垣根は先ほど見つけたざらつきに己の先を擦りつけながら何度も何度も麦野を突き上げた。  
 じくじくする痛みと快感に追い立てられながら、そんな自分を遠くから呆然と見ているような目つきで、彼女は一人涙を流し続ける。  
 
 長く続いた責め苦が漸く終わり、垣根が彼女の身体からどいたとき、澱んだ白と生々しい赤が混ざり合うことなくてらてらと麦野の内腿を伝っていた。  
 
 
   
 垣根帝督と名も知らぬ能力者が消えた後、麦野はのろのろとした動作で身体を起こした。  
 紳士を気取った男が、簡単に残滓を処理し服を着せ掛けていったが、それは彼女の劣等感を煽る行為でしかなかった。  
「・・・ちくしょう」  
 麦野は呟く。処女を失ったことは、今となってはどうでも良かった。どうせいつかは失ってしまうものなのだ。こういった形で失ってしまうことは、暗部に所属していればよくあること。強姦も売春も日常茶飯事だ。  
 しかし許せないのは、己もそれを受けてしまったというその事実一点のみ。  
 
「・・・・・・・・・る、」  
 
 未元物質が消え、心理定規の能力が去った部屋で、麦野沈利は己の能力を解放する。『原子崩し』は、忌まわしい出来事が起こった場所を、原子に返していった。  
 
「ぶっ殺してやる。第二位に、あの女を」  
 
 レイプされても最初に沸きあがってくる感情が、恐怖でも絶望でも悲しみでもなく圧倒的な『屈辱感』と『敗北感』であることが、彼女を彼女たらしめている。  
 スクールを潰す。構成員を殺す。それはもう、規定事項だ。  
 
「・・・あは」  
 
 ガラガラと崩れて行く建物の中で、暗部の女王は笑う。  
 
「あははははははははははは」  
 
 
 
 
 この出来事は、彼女に対する『宣戦布告』に過ぎなかった。  
 
 
おわり。  
 
 

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