黒子はおもむろに手荷物からかわいらしいラッピングの包みを取り出した。
「今日はバレンタインでしょう。皆さんで召し上がって下さいな」
そう言って、他の三人に勧める。そっと彼女の言うところのお姉様に目配せをしたが軽く流された。
「わあ〜、でも私達までいただいて良いんですか?」
さり気なく誰に渡したいのか分かっている言外に語る初春。それに対して黒子は溜め息混じりに応じる。
「仕方ありませんの。1対1ですと受け取って貰えませんのですわ」
乾いた笑いを漏らす佐天。半分以上は呆れの表情である。
「ま、まあそういうことならいただきます」
そう言って佐天が包みを開け、テーブルに置く。中身を見ればハート型、花型、カエル型の一口サイズのチョコが並んでいる。
「手が込んでますね〜」
そう言って、初春が花型のチョコを口に入れる。その表情が和らぐ。
「これ、スゴく美味しいですよ白井さん! さくらんぼの香りなんて変わってますし、今度作り方を教えて下さい」
黒子は軽く「機会があれば」と流し、愛しのお姉様、美琴に勧める。
「ん、まあ変な物は入ってないみたいだし」
そう言って、美琴はハート型のチョコを口に運ぶ。
「へぇ、一つずつ味が違うんだ。こっちはビターベースにコニャックかしら」
そう言って黒子の方を見ると、微妙に表情が固いようにも見える。
「ええ、良く分かりましたわね。ちなみに初春が食べたのはミルクチョコをベースにキルシュですの」
そこまで言って、佐天の方を見た黒子の表情が明らかに固くなる。
「それだったら、私はこのカエル型のを食べてみようかな」
そう言って手にしたカエル型のチョコを口に入れる。
味わった後、微妙な顔になる。
「ん〜、私にはちょっと甘過ぎるかな? 中のホワイトチョコとか特に」
そう言うと、口直しとばかりにハート型のチョコを口に運ぶ。
「やっぱり、こっちの方が合うわ」
初春もハート型のチョコに手を伸ばす。口に入れた後、首を傾げる。
「私はこのお花の方が好きですね」
そう言って、佐天の方を見る初春。すると、何となく顔が赤い。
「あれ? どうしたんですか佐天さん」
佐天は何が? と言いたげな顔を一瞬取ったが何のことか気づいたらしく返事を返す。
「何だか知らないけど、暑いのよね。暖房効き過ぎてない?」
白井は佐天から目を逸らす。そこで何が起きたのか他の2人は把握する。
「く〜ろ〜こ〜、何を入れたのか正直に答えないと……」
良いながら軽く放電する。さり気なく初春は自分の荷物を2人とは反対側に動かす。
「ひいっ、別に私はただ隠し味を少々……」
視線を宙にさまよわせる黒子。それを後目に初春はカチャカチャとゲーム機を動かす。
「えっと、多分これですね。『鈍い彼もイチコロ! チョコレート風味の媚薬。選べる七品目の名目でお届け』多分、書籍か何かの包みが届いたかと」
美琴の手から電撃が飛ぶ。黒子はそれを受け、ダウンする。
「良く分かったわね、初春?」
美琴の言葉を受けて、初春がジト目で黒子を見る。
「だって白井さん、一七七支部のパソコンで注文してた上、履歴も消してませんもの」
苦笑いを浮かべる美琴。その分野に初春が詳しいのを黒子も知っているはずなのにと言いたげである。
「どうして、お姉様はカエル型ではなく、ハート型を?」
黒子は媚薬の件を横に置き、問いかける。それに答えたのは美琴ではなく、初春だった。
「白井さん。御坂さんは確かに並んでる中からその形を選びそうですけど、きっと食べるのがもったいなくなって腐らせると思いますよ」
その言葉に顔を背ける美琴。どうやら思い当たる節はあるらしい。
「抜かりましたですの」
心底悔しそうにする黒子に電撃を放つ美琴。
「少しは反省しなさい!」
下敷きを団扇の代わりにして扇いでいた佐天は初春が部屋の奥から何かを持ち出して来たのに気づく。
「あれ? どうしたの初春?」
初春は手に持った二つのビンをテーブルに置くと氷の入ったグラスやシェイカー、それに冷蔵庫から生クリームとホワイトチョコを更に持って来た。
「いえ、せっかくなので私も振る舞おうかな〜と」
言いながらシェイカーにビンの中身と生クリームを注ぐ。
「バレンタインにお酒?」
合わないと言いたそうな佐天に初春はしたり顔になる。
「これは外国の有名なチョコレートメーカーが作ったリキュールですよ」
グラスに注ぎ、ホワイトチョコを削りその上に乗せる。
「へぇ、様になってたし練習したの?」
グラスを取り、中身を煽る美琴。それに対して顔を赤らめる初春。
「ええ、まあ。大人のバレンタインって感じで憧れまして……」
言葉尻が心なしか小さくなる。それを聞き逃さなかった佐天が即座に茶々を入れる。
「渡す相手いるの〜?」
ムッとした顔になる初春。
「いませんけど……」
そもそも、そんな相手がいるのなら女4人で姦しく集まったりはしないだろう。
「はい、白井さん。出来ましたよ」
そう言って初春は出来上がったカクテルを黒子の前に置く。
「ちょっと初春〜、私の分は〜?」
ぶーたれる佐天に「少し待って下さいね」と言った後、シェイカーを振る初春。
もしかしたら、練習の成果を誰かに見せたいという思いはあるのかも知れない。
「それにしても、甘いから量飲んじゃいそうで怖いわね〜」
そう言う美琴に黒子は呆れ顔になる。
「カクテルなんてそんなものですわ。なんでしたら、夜景の素敵なバーにでも参りません?」
その後に、「そしてあわよくば酔っ払ったお姉様を、ぐへへへへ」と小声で漏らした黒子から美琴は目を逸らした。
「そもそも、未成年ですからバーは無理ですよ〜」
初春はもっともな事を指摘しつつ、佐天の前にグラスを置く。
「あれ? じゃあ、これはどうしたの?」
初春はその疑問に、「お菓子づくりのためって事にして、伝手で……」と答えた。
「そうですわ、初春にバーテンダーをお願いして個室サロンで……」
まだ、諦めきれないのか黒子は尚も美琴を誘う。それに対して、「まだ、これしか練習してないですよ」て笑いながら初春が拒否する。
溜め息を漏らしながら、グラスの中身を一気に煽る黒子。それを嚥下した途端、表情が変わる。
「初春、あなた……」
何が起きたのか分からずにいる美琴に向けて、初春は言葉を発した。
「ちょっとは懲りた方が良いと思いません?」
その言葉に美琴は頷く。その後で、「で、何したの?」と先を促す。
「ええ、自分で一度味わってはいかがかな〜と、『パソコン部品』」
その言葉に美琴は苦笑いを浮かべる。何せ、黒子は一度それを自ら飲んで、それでも懲りていなかったからである。
「まあ、確かにたまには痛い目見た方がためになるかもしれませんね」
言いながら、黒子と同じく一気に煽る佐天。その表情が歪む。
「ちょっと初春? 私の分には、パソコン部品入れてないわよね?」
それに対して、「ええ、もちろんですよ」と答える初春。それを聞いた美琴はある事を指摘する。
「ねぇ、初春? そのパソコン部品って、液体よね?」
それに頷いて肯定する初春。それを聞いて美琴は納得したような顔になる。
「多分、シェイカーの方に少し残っちゃったんじゃない? 一回一回洗ったわけじゃないし」
それを聞いて、納得の顔をした初春に佐天は抗議の声を上げる。
その姿を見ていた黒子が妙な笑いを浮かべて佐天に詰め寄る。
「なんですの? 今の佐天さんはとっても魅力的に見えますの」
媚薬のせいで赤らんだ顔は普段の彼女にはない色気を演出していた。
「いや、そんなことないですから」
言いながら後ずさる佐天。しかし、ほどなく、壁際に追い詰められる。
「気のせいではありませんの」
言いながら、今にも口づけんと顔を近付ける黒子。
二人とは部屋の反対側で、「あ、そうだ。美味しいチョコケーキのお店知ってるんだけど、いかない?」と現実逃避気味に口にする美琴や、それに同意し今にも出て行きそうな初春に対して抗議の声を上げる佐天だった。
それが二人の耳に入るかは別にして。