「ちょっとアンタ、こんなところで何してるのよ」  
 表情に若干硬いモノをまじえつつ、御坂美琴は通りを歩く少女に声を掛けた。  
 声を掛けられて振り向いた少女――御坂美琴に瓜二つ、服装もまた常盤台中学の制服な  
がら、頭にはその端正な顔つきにそぐわない大型の軍用品風のゴーグルを掛けた、御坂美  
琴のクローン体、『妹達』の10032号、通称・御坂妹が不思議そうな顔でそのオリジナル体を  
見返す。  
 何か大きなドラムバッグを肩から下げた御坂妹が答えた。  
「何をしているのかという質問が命令であるなら、私たちもまた一個人であると認めてくれたあ  
の人の言葉に従って、理不尽な命令に答える必要はありません、とミサカは答えます。が、質  
問を発したのがオリジナルですから、ミサカはあの人の家に向かっているところです、と正直  
に答えることにします」  
「そうじゃないわよっ! あんたたち、まだ病院にいなきゃならないんじゃないの…って…」  
 御坂美琴の質問は、無理なクローニングと成長促成で生み出された御坂妹が、延命処置を  
施されるための処置――卑近な言葉で言えば『入院』の最中でないのかと言うことから出たも  
のだったのだが――  
「ちょっと、あの人の家って…何のことよっ」  
 返ってきた答えに、なにか激しく引っかかるモノを覚えた。  
 
「ですから、あの人、上条当麻さんの家に向かっている最中ですとミサカは再び答えます」  
 
「何でアンタがあいつの家に行かなきゃならないのっ! って、その前になんでアンタがあいつ  
の家を知ってるのよっ」  
 何となく頭に血が上ってきたような気がする。上条当麻の名前を聞いたせいだろうか。  
 いや、あいつのことなんか関係ない、あたしには関係ないと言い聞かせる。しかし、一度頭に  
入ってきた上条当麻という名前が強く強く美琴の意識を占めていく。なんで『妹達』があいつの  
家を知ってるの?あたしだって知らない、そう言えば携帯の番号だって知らないじゃない…など  
といったことが頭の中でぐるぐる回り。  
「オリジナルはあの人の自宅を知らないのですか?とミサカは逆に質問してみます」  
 という、御坂妹の言葉に拍車を掛けられる。  
 
「な、なっ、なんであたしがあいつの家を知ってる必要があるのよっ!? そもそもあたしが――  
ああ、もう、なんであいつの家にアンタが行くのかって聞いてたんじゃないのっ」  
 
 きょとんとした顔で美琴が喚くのを聞いていた御坂妹だが、下を向いてその台詞を反芻するよ  
うにもごもごと口を動かして、再びその『姉』の方を向くと、  
「オリジナルは私があの人の所に行こうとしていること、いえ、あの人の家を知っていることが羨  
ましいのですか、とミサカはずばり確信を突いてみます」  
 と言い放った。  
 
 御坂美琴の驚きに目を見開いたその顔が爆発的に赤くなり、次に青くなり、再び赤くなって、  
感情が叫び声となって噴出する。  
「ば、馬鹿なこと言ってるんじゃないわよッ! う、羨ましい、ですって? なんであいつに会うと  
かそんなことが羨ましいだなんて言うのよ! そもそもあのバカは…」  
 
 表情を硬くしたのは、今度は御坂妹の方である。  
「いくらオリジナルの言葉と言っても、今の言い様は納得できませんとミサカは反論します。あの  
ときあれだけあの人に助けられて、涙を流してあの人に叫んでおきながら、その気持ちに嘘をつ  
いてまであの人のことをバカなどと侮辱するのは許せません。そんなことを言い続けるのなら、  
いくらあなたがオリジナルとはいえこれ以上は相手をしていられません、とミサカは踵を返して本  
来の目的に戻ります」  
「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ」  
 慌てて呼び止めたが、御坂妹は足を止めない。追おうとしたが、足が動かなかった。自らのク  
ローンがどこかの路地を曲がって姿が見えなくなって、ようやく二、三歩足が前に出た。  
 
「抜け駆けなんてっ……だあああーっ」  
 言いかけて、耳まで真っ赤になった自分に気付く。ブンブンブンッ、と頭を振って熱を冷まそうと  
した。  
「違う違うっ! そんなんじゃないっ! でも、あいつの所にのこのこ姿現して何かあるといけない  
から――そう、あいつになんかされたらいけないから、なんたってこのあたしと同じ顔してるんだ  
から、早く見つけて追わなきゃっ」  
 
 まくし立てるように独り言が出た。我に返ると、通行人がこちらを見ているのに気付く。  
 慌てて駆けだした。抜け駆け――否、不純異性交遊に繋がりそうなことなどは許さない!と心に  
刻み。  
 
 
 
 平穏な朝だった。  
 休日ということもあってか、登校の準備に追われることもなく気分ものんびりとしたものだ。天  
気がいいのも手伝って、鼻歌交じりに朝食のメニューも一品増えていた。今は洗濯機の音を聞  
きながら皿洗いの最中である。  
 朝食のプラス一皿が効いたのだろうか、インデックスもテレビを見ながら、  
「とうまとうま、今の見た?」  
 などと機嫌もよさげに話しかけてくる。  
 インデックスもニコニコしてるし、こんな平和な朝があってもいいよなー、と上条当麻がその  
のんびりとした雰囲気を満喫していると、  
 
 ピンポーン。  
 
 唐突に玄関の呼び鈴が鳴った。  
 誰だろうこんな朝っぱらから…と思いつつも、手を拭きながら玄関に向かう。  
「はいはいどちらさんですかっ、と…」  
 ドアを開ける。  
 開いた扉の先に居たのは、肩から大きなドラムバッグを下げた御坂妹であった。  
「おはようございます上条当麻さん、とミサカは慇懃に頭を下げて挨拶をします」  
 おもむろに頭を下げる常盤台中学の制服を着た少女を見て、まず上条の頭を過ぎったのは  
戸惑いである。  
「へ? 御坂? …じゃない、御坂妹だよな? どうしたんだ一体?」  
 突然現れた思わぬ来客に、思わず間抜けな声で問いかけていた。  
 
「大きな恩のあるあなたに何かお礼がしたいと思ったのですが、思いついたのが何か身の回り  
のお世話をさせて貰うことだったので、こうしてあなたの自宅までやってきました、とミサカは出  
来る限りわかりやすく説明します。そういうことで準備もありますので、申し訳ありませんが部  
屋の中に上がらせていただきますね、と言ってミサカは入室の許可を取ります」  
 
「は? 何? 何のこと?」  
 戸惑う上条をよそに、御坂妹は丁寧に靴を揃えて部屋に上がりこむとベッドの上にドラムバッ  
グを置いた。  
 それからおもむろに制服のベストに手をかけると、何のためらいもなくそれを脱ぎ去る。  
 脱いだベストをたたんでバッグの隣に置くと、そのまま続けてタイを外した。外したタイをベス  
トの上に重ねて置く。  
 今度はブラウスのボタンに手をやると、一個、二個、三個とボタンを外し――色白な胸元の  
素肌とともに、ちらりと可愛らしいピンク色のブラが上条の目に入った。  
「……っておいっ!!」  
 我に返った上条が御坂妹を制止する。  
「い、いきなり何やりはじめますかお嬢さんっ! いや、だから不思議そうな顔しながら脱ぐ  
のを再開しないっ!」  
 きょとんとしながらも手を止めた御坂妹が口を開く。  
「世の男性の大多数は女性に身の回りのことを奉仕的に面倒を見られることを喜ぶとミサカ  
は聞きました。また、奉仕の際には形式的に喜ばれる服装があるともミサカは聞いています。  
ですから、まず形はしっかり整えるべきかと着替えを始めたのですが、当麻さんはご不満  
でしたでしょうか、とミサカは疑問を口にします」  
「へ? 服装? 奉仕? だから何のこと?」  
 さらに混乱する上条に、御坂妹はブラウスのボタンが開いたままの姿でドラムバッグを開く。  
御坂妹が身体を動かすたびにブラウスの隙間から素肌がちらちらと覗く。まったく青少年に  
は目の毒だが、目を離せないのも悲しい男性の性、というものだろうか。  
「これに着替えようとしていました、とミサカはまだ理解してくれていなさそうな当麻さんにその  
コスチュームを披露してみます」  
 
 御坂妹が取り出したのはメイド服――といっても、正統派のそれではなく、いわゆるメイド喫  
茶等で見られるようなミニスカートのメイド服だった。  
 
「この程度で恩返しになるとは思っていませんが、せめてこの土日は私が身の回りのお世話を  
することで多少は恩に報いたいと考えています、とミサカは今日ここにやってきた目的を再度  
伝えてみます。この服装はそのための手段の一つに過ぎませんが、嬉しくありませんか、とミ  
サカは半ば落胆を感じつつも尋ねてみます」  
 目の前の非現実的な光景に判断力も鈍ってきたのか、あるいは本気で嬉しくなってきたのか  
上条当麻は激しく頭を左右に振ると、  
「いや、そんなことはないっ! メイドさんばんざーいっ! ご奉仕すてきっ」  
 などと叫びだした。  
 そんな上条の様子を見て、御坂妹は着替えを再開しようと再びブラウスに手を掛けた。その  
前に上条が正座をし――  
 
「い、いきなり女の子を連れ込んで着替えさせるのを眺めてるなんてとうまの神経が信じられな  
いかもってそれ以前に私のこと完全に忘れてて許さないかもいややっぱり許さないからっ」  
 
 背後から上条を襲ったのは、御坂妹の突然の来訪と生着替えにその存在をすっかり忘れ去  
られていた純白のシスターであった。  
「ぎゃあああああああああああっ!!」  
 激痛にビクンビクンと跳ねながら、部屋から転がり出た。ドアが閉まる音がして、ようやく上  
条の頭部を襲撃した恐怖の顎がそこから離れた。  
 涙目で訴える。  
「な、何をいきなりインデックスさんっ! お、思わず眺めちゃったのは謝るけどいきなり暴  
りょ……」  
「とうまのばかばかばかへんたい! せっかく素敵な朝だったのにとうまはやっぱりとうまでい  
きなり女の子が降って湧いてきてとにかく許さないんだからこの朴念仁っ!」  
 しかし、何だかよく判らないことを喚く(とにかく何か怒っているらしいことだけはさすがの上  
条も理解した)狩猟本能をむき出しにした銀髪の少女には何も通じず。  
 
 再び上条の頭を激痛が襲う。  
 悲鳴を上げつつのたうち回っているうちに、部屋のドアが開いた。  
「着替え終わりました上条当麻さん、いえ、この場合は得た知識によると『ご主人さま』と呼ぶ  
のが正しいようですから、似合いますかご主人さま? と訪ねながらミサカはくるりと一回転  
などしてみます」  
 背後に猛獣少女をぶら下げたままドアの方を向くと、濃紺のミニのエプロンドレスに、ゴー  
グルに代えてフリルの付いたカチューシャを身につけた御坂妹が、上条を見つめながらス  
カートの端を摘んでくるりと一回転するところだった。  
 よく見ると、微かに御坂妹の頬が赤らんでいるような気がする。  
 御坂妹は御坂美琴のクローン体で、瓜二つで、御坂美琴はあの通りの性格なのだが、  
 
 くるりと回るミニスカメイド服の御坂妹は…可憐だった。  
 
 思わず息を飲む。  
 背後でインデックスが何デレッとしてるのー! と叫んでいたがそれも聞こえず。  
 御坂妹が差し出す手を思わず取っていた。  
「ご主人さま、お部屋に戻りましょう、とミサカは手を差し出して上条当麻さん、いえ、ご主人さ  
まを助け起こします」  
「あ、ああ」  
 そのままふらふらと部屋に入る。上条の反応に、インデックスも思わず怯んだというか対応が  
出来ず、そのまま部屋の中へ消えてゆくのを見守ってしまった。  
 我に返って、上条をまんまと奪われてしまった(それも正しい表現かどうかは疑問だが)と気付く。  
「な、なんなのかなとうまってば一体っ! とにかく勝手なことは…って、あ」  
 思わず叫び声が出たが、そのとき、学生寮の廊下から、下方の道路を行く清掃ロボに乗った  
(こっちこそ正真正銘の)メイド服を着た少女の姿が目の端に入った。  
 その瞬間、計算のようなそうでないようなものがインデックスの頭の中を巡り。  
 次の瞬間には、エレベーターに乗るのももどかしく、そのメイド服の少女、土御門舞夏の元へと  
階段を駆け下りていた。  
 兎にも角にも――自分から上条当麻を取り上げて独り占めなど許されないのだ。しかし、現に  
上条があの姿に惑わされている以上、こちらの打つ手は――  
 
 インデックスにとって、負けられない勝負が始まっていた。  
 上条当麻の立場は――この際追求すべきポイントではない。  
 兎に角、これは女の勝負なのだから。  
 
 

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