ある日の放課後。超能力者や魔術師や天使と戦ったり、腕が千切れたり記憶が飛んだり世界を救ったりはしているものの、一応高校生であるところの上条当麻は一枚のプリントと格闘していた。  
 出席日数がやばいがゆえの追試――ではない。いや、受けなければいけないのは事実だが、今ではない。  
「進路希望……ってなぁ。まだ早いと思うんだよなぁ」  
 ぼやきながら、クラスと名前以外全て空白のままのプリントをにらむ。  
 進学したい大学か、就きたい職業を記入せよ、という一般的なアンケートである。  
 学園都市の学生に一番人気の就職先は、やはり理事会直属の能力特派員だ。学園都市の『外』で法に守られて能力を使える唯一の職業なので、人気に比例して難易度も高い。  
 高卒ではレベル4以上かつ大きなプロジェクトに五つ以上参加していることが最低条件だとか。そこまでの実績のない学生は、まずコネのある大学を目指すのが定石である。  
 逆に、ワースト一位は研究者だ。理由は推して知るべし。  
 もちろん上条はレベル0だし、研究者になれる頭もないのでその間のどれか、ということになるのだが……  
 と。  
「希望する職業があるなら、専門授業を受けた方がいいでしょう。これ、そのためのカリキュラムを組むためのアンケートなんだから。そんあこともわからないの?」  
 上条の席の、二つ隣。近くはないが遠くもない、そんな席に座り頬杖着いている少女が口を開いた。  
 黒髪、巨乳、おでこと、とある先輩とキャラがかぶっていることを最近気にしているらしい吹寄制理である。  
 色っぽくないけど美人は美人、と称される尊顔を不機嫌な表情で台無しにしている少女に、しかし上条は一言物申したい。  
「いや吹寄、そんな早々に進路を決めちまって、後で心変わりしたらどうするんだよ。空前のジャパニメーションブームが起きて、アニメーターが子供の憧れの職業第一位になる世界がやってこないと、お前は保証できるのか」  
「その戯言の補償を先にしろ」  
 鉄の女が非道いことを言った。  
「というか、万が一そんなブームが起きたとして、貴様はそれに乗るつもりなの?」  
 三秒だけ考えた。  
「いやぁ、ないなぁ」  
「全国のアニメーター及びアニメーターを志す若者に頭を下げろ」  
 グダグダだった。  
 なんだかんだと、ホームルーム終了後からずっとこんなやり取りをしている二人である。  
 吹寄制理は眉間にしわを寄せ、  
「まったく、『幸せになれればなんでもいいです』なんて適当なこと書くから再提出食らうのよ。もっと地に足の着いた将来設計はないの?」  
「いや、それ、大分切実な願いだったんだけどな……」  
 うめいても見張り役様は許してくれる様子は無い。  
 だが、どうしても、進学したり就職したりしている自分を想像しようとすると、筆が止まってしまうのだ。  
 超能力者や魔術師や天使と戦ったり、腕が千切れたり記憶が飛んだり世界を救ったりしてきたせいで、平凡な暮らしというのが分からなくなっているのかもしれない。が、  
 大元は別にある。  
『記憶を失う前の上条当麻』  
『彼』の思い描いていたかもしれない夢を、知ることはできないだろうか、と。つい考えてしまうのだ。  
 今さらなぞることはできないだろうし、またその必要も義務もないと言われるかもしれないけど。  
 それでも、きっとそれは自分だけに与えられた権利だろうから。  
 
「――上条?」  
 と、思いのほか深く考え込んでしまっていたのか、吹寄が怪訝そうな心配そうな表情を見せていた。上条はなんでもないと笑ってみせる。  
「悪い悪い。そういや、吹寄はなんて書いたんだよ。やっぱ進学か?」  
 強引なのは承知で話題を振る。吹寄は納得いかない風ではあったが、ちゃんと乗ってくれた。  
「ええ、そうよ。食品系の資格が取れる所って条件で探してるわ」  
 学園都市で食品関連の仕事というと、農場ビルか、携帯食料か、あるいは、  
「健康食品か?」  
「まあね。普段から食べてると、色々改善できそうな所が見えてくるのよ。就職先までは考えてないけど、あたしにとって一番とっつきやすそうだったから」  
 言うだけのことはあり、地に足の着いたご意見である。就職より先に資格について考えているあたり、上条とは格が違う。  
 思わず素で感心した。  
「すげーな。高一でそこまで考えられるもんなのか」  
「別にすごくないわよ。今時ふつうでしょ」  
「そうか……? いや、そう感じるのは吹寄だからなのかな。お前が小学生の頃、将来の夢に『すてきなおよめさんになりたいです!』とか言ってたとは思えねぇもん」  
「失礼ね! 言ってたわよ!」  
「言ってたの!?」  
 しまった、という顔で乗り出しかけた体を戻す吹寄。  
 上条当麻は気づく。これはチャンスだと。  
 いわゆる悪い笑顔が浮かぶ。  
「へー、吹寄にもそんな時代があったんだなー。いやいや、意外って訳じゃないけど……意外だなぁ」  
 じわじわと椅子ごとずり下がっていくおでこ少女。  
「く……上条、貴様……」  
「まま、人に言ったりはしませんよ? 誰にだってそういう経験はあるっていうし。でも吹寄の口からそんなってぐぉぶ!?」  
 下がったのは適切な距離が欲しかったかららしい。  
 クリティカル距離から放たれた体重の乗った頭突きが、上条の高説を強制終了させた。  
「まったく! 常々思っていることだけど、あたしは貴様と一生相容れることはないと思うわ!」  
「……奇遇だな、俺もだよ」  
 仁王立ちでふんぞり返る鉄の女に、吹き飛ばされた情けない体勢のまま、上条はうめいた。  
 これが、この二人の関係。  
 決して歩み寄らず、交わることのない平行線。  
 上条当麻と吹寄制理の関係はそういうもののはず――だから。  
 
「……でも、十年くらいしたら、貴様と結婚してる気がするのよね。なんでだろ」  
 
 こんな台詞は、彼女が小学生だろうが高校生だろうが聞けるはずがない、空耳に違いなかった。  
 だから上条当麻はぐらつく意識の狭間で、何となく何気なく、こう答えた。  
 奇遇だな、俺もだよ。  
 
 
 上条当麻と吹寄制理。  
 交わらない平行線。  
 それはつまり、いつまでも寄り添っていけるということでもある。  
 劇的なはじまりや感動的なイベントを経ずとも、互いに幸福であるための適切な距離を理解している。  
 その関係に愛だか恋だかという名前をつけるには、まだまだ彼らは子供だった。  
 大人になるための第一歩として、まずは――  
 空白のままの未来地図(しんろきぼう)に、夢を書き込むことから始めよう。  
 
 

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