※注意※  
このSSは一方通行×打ち止めの未来捏造文です。妄想設定が含まれます。また、オリジナルキャラも登場します。  
 
†††  
 
 それは、少年達の物語がハッピーエンドを迎えた後の、とある未来の可能性について。  
 
†††  
 
 道の植え込みの陰で小さく体育座りする白いシスターを見つけたのが、一方通行の不幸の始まりだった。  
「……オイ、そこの不審者」  
 思わず眉間を寄せ、彼が嫌々ながら声をかけると、大学生くらいのその修道女はピクリと反応して頭を上げた。  
「……うう……あくせられーたぁ……」  
 鬱オーラを全身にまとった少女は、知り合いに出会えたことで安堵したのかふにゃりと眉を下げると、  
とてつもなく予想通りの言葉を告げてくるのだった。  
「もし、お忙しくなかったら……ごはん食べさせてもらえると嬉しいんだよ……」  
 とてもシスターの言い分とは思えない甲斐性ゼロのセリフに、一方通行はため息をついた後、インデックスの  
首根っこを掴んで近くのファミレスへと誘導した。  
 
†††  
 
「ほォ、つまりオマエはアレか。例によって道に迷った挙げ句、財布すら無くして一人途方に暮れていた、と」  
 はももももももももーっ、と恐ろしいスピードで目の前のプレートを空にしていく銀髪の少女相手に、彼は  
無駄だと知りながらも棘を含んだ言葉を吐いた。  
「とンだ間抜けぶりだなァ、魔導書図書館なんつーメルヘンな称号持ちの完全記憶能力者ってヤツは」  
「もぐぐ……、お財布は私が無くしたんじゃなくて、カラスに盗られちゃったんだよ。やっぱり、キラキラ  
してるストラップを付けていたのがいけなかったのかも」  
 アレみこととお揃いにしててお気に入りだったのになー、と喋りながらも食事だけは止めないインデックス。  
相変わらず、フードファイターも裸足で逃げ出すレベルの食欲である。  
 勝手知ったる超能力者の財布、とでも思っているのかどうかは知らないが、パトロンの一方通行に対する  
遠慮とか手加減とかの気配は特に感じられなかった。まあ、コイツから食事関連でそんな気遣いらしきモノが  
窺えたなら、天変地異の前触れかと思わなくもないが。そう思ってしまう程度には長いつきあいなのだ。  
 昼間のファミレスに歳の近い男女二人が相席。こう表現すれば少しは色っぽさも感じるものだが、身にまとう  
白を基調とした清楚な修道服に一切似合わない食い散らかしっぷりを披露するインデックスと、着慣れない  
スーツ姿でふてくされたようにコーヒーを飲む一方通行という組み合わせでは、そんな言い回し効果も  
奇跡のような原子崩壊連鎖で塵へと帰してしまう訳である。  
 ぐいっと豪快に水を飲み干したインデックスが、ようやく思い出したように一方通行に礼を言ってきた。  
「ぷはぁっ、ごちそうさまでした! 本当にありがとうなんだよ!」  
「どォでもイイから口を拭け」  
「わぷっ!? ぜっ絶対あなた私にらすとおーだーと同レベルの扱いしてるよね! あなたもとうまももう少し  
私のこと大人扱いしてくれてもいいかも!」  
 顔面におしぼりを投げつけられたのがよほどご不満なのか、机越しに身を乗り出してくるインデックス。  
 そうして一方通行と接近してようやく何かに気が付いたのか、彼女はふとこんな事を言った。  
「あれ? そういえばあくせられーたのスーツ姿なんて初めて見たんだよ」  
「……あァ、そォかもな」  
「??? どうしたの? もしかして今日何か用事があったんじゃ――」  
 インデックスがそう尋ねかけたまさにその瞬間、  
 
『あっあああ一方通行ッ! アンタ何で打ち止めの卒業式放っぽってインデックスとデートしてんのよっ!?』  
 
 ファミレスの大きなガラス越し、とある超能力者の(誤解120%な)大声が二人に襲いかかってきた。  
 
†††  
 
「全くもう、一体私がどんだけ学園都市中を探し回ったと思ってんのよ……」  
 インデックスの隣に座り、少し疲労した様子でカフェラテを口に含む御坂美琴。  
 打ち止めの中学校の卒業式が終わった直後、彼女だけ一方通行を探すために走ってきたらしく、その格好は  
彼同様に似合っていないフォーマルな礼服だった。  
 
「……あくせられーた、卒業式があるって知ってたなら、私も無理に引き留めなかったんだよ」  
「別に問題ねェだろ。あのガキの所にならどォせ黄泉川やら芳川、それと妹達の連中が行ってンだろォが」  
 インデックスの申し訳無さそうな、かつ責めるような一言に一方通行は答えを返す。  
 面倒臭そうに横を向きながら、彼は御坂に対しても同様に、  
「そォいう舞台は俺の出る幕じゃねェよ。さっさと戻れオリジナル」  
「……あのね、そういう問題じゃないでしょう」  
 呆れたように、御坂美琴はカップをテーブルの上に置いた。  
 かたん、と小さな音を立てて、一方通行のコーヒーカップにその振動が伝わる。  
「打ち止めが、今日誰よりも来て欲しかったのはアンタだってことくらい、分かってるんじゃないの?」  
「……、」  
「……そりゃあ、私や妹達の前に顔を出しづらいってのは分かるけどさ。アンタがあの子の事を大事に思って  
くれてるって言うなら、私たちを気にするより優先するべき事がある筈でしょ。それが頭では解ってたから、  
アンタは今そんな、らしくもない格好をしてるんでしょうが」  
 茶髪の少女は、心の底から真剣な眼差しで一方通行を見据えた。  
 かつて彼女が自分に向けてきた、恐怖と憎悪の色はもうほとんど見当たらない。  
 そこにあったのは、ただ目の前の人間と対等であろうとする、強い力だった。  
「……前に言ったわよね。妹達も、番外個体も、私も、打ち止めだって、アンタが過去にしてきた行いを  
許すことは出来ない。死んでいった妹達の想いを無かったことにするなんてことは、誰にも出来ないわ。  
けど、だからって、これから皆で築いていくべき幸福をアンタ自身が踏みにじっていくのはおかしいでしょう?  
そんな自己犠牲な解決方法は誰も望んでなんかいないのよ」  
 激昂でも、糾弾でもなく。  
 かつて殺したいほど憎んだ筈の相手を前にしておきながら、御坂美琴は静かに、真っ直ぐな言葉を告げる。  
 それは正論だ。陽の当たる世界で生きてきた彼女が道徳に則り、悩みながらも出した結論に過ぎなかった。  
だが、一方通行にはその考えを理解出来ても、現実には今まで殆ど成し遂げられていなかったのかもしれない。  
 打ち止めの笑顔を望んではいても、彼は成長した彼女の姿にどうしても自分の『罪』を投影してしまい、  
最近では彼女としっかり向き合うことすら避けがちだったように思える。  
 それを改めて突き付けられ、一方通行は思わず舌打ちする。  
「一人でウジウジと背負い込まないでよ。……あの子が一番望んでいるのは、アンタの幸せなんだからさ」  
 打ち止めと瓜二つの少女はそう言うと、隣にいるインデックスの腕を軽く引っ張って立ち上がるよう促した。  
「行きましょ、インデックス。今日は女二人で買い物して、何か美味しいモンでも食べに行くわよ」  
「みっ、みこと?」  
 今席を立っても大丈夫なのだろうか、と二人の顔を見比べ狼狽するインデックスをやや強引に連れ出しつつ、  
御坂は財布から出した紙幣を適当に机の上へ投げた。  
「私の分のお茶代よ。お釣りはこの子のご飯代ってことにしといて」  
「……オイ、」  
 人のことは言えないが、コイツの金銭感覚もつくづく異常だ。突き返そうと思い口を開く一方通行だったが、  
「何よ気持ち悪いわね。心配してくれなくても後で私の方からあの馬鹿に払ってもらうわよ」  
 彼女は渋い顔をして一万円札の受け取りを拒む(どうせあの三下に請求する気など最初から無いのだろう)と  
一拍息を吸ってからこう言った。  
「夕方にはあの子も学校から出てると思うわ。電話だけでもしてあげなさいよ」  
 それだけできっと嬉しがるだろうから、と付け加え、御坂はそのまま店を出て行った。彼女に連れられた  
インデックスは慌てた様子で『あくせられーた、今日は本当にお世話になりましたなんだよーっ!』  
とガラスの外から手をブンブン振ってくる。  
 その姿も見えなくなり、一人残された一方通行は息を吐くと、ポケットから携帯電話を取り出す。  
 御坂美琴の言葉を頭の隅に留めておきながら、彼は口の中で独り言を転がした。  
「……電話、か」  
 
†††  
 
 その後、ファミレスを立ち去った美琴たちは、無くしてしまったインデックスの財布を探すため、警備員に  
協力を頼んだ。彼らの情報網によって、すぐに財布は近くの風紀委員の詰め所に預けられていることが分かり、  
結局二人は自分たちでそこへと受け取りに行くことにした。  
 下校する生徒たちがまばらに見受けられる路地を歩きながら、インデックスと美琴は穏やかに言葉を交わす。  
「中身は盗られてないままみたいよ。親切な人に見つけてもらえてたみたいで良かったわね」  
 
「うん! 今日は何から何まで本当にありがとうね。かーども入れてたから助かったんだよ」  
「カードくらいなら会社に電話して利用停止できるけど、アンタはそういう手続きとか苦手そうだしねー」  
「うぅ……悔しいけどその通りかも」  
 しゅんとしたような仕草を見せるインデックスの姿に美琴はクスリと笑い、  
「まぁ見つかったんだからいいじゃない。さて、買い物はどこに行こうかしらね? 最近出来た店だと……」  
「ねえ、みこと」  
「ん?」  
 ふいに話の腰を折ったインデックス。美琴がその顔を注視すると、彼女の表情には不安げな色があった。  
「なんて言えばいいのかな。……みことは、これでいいの?」  
「え、何が?」  
「さっきのことなんだよ。私が口を挟むべきじゃないのは分かってるけど……」  
 さっきのこととは、一方通行との会話のことだろう。  
 見た目以上に聡いインデックスのことだから、きっと美琴は、彼女を前にして吹っ切れたフリなど出来ない。  
「私はみことの『ともだち』だし、あくせられーたのことも本当は優しい人なんだって知ってるよ。だから、  
私は二人には出来れば仲良くしてほしいかも。けど、今のみことは、無理してあの人と接しているように  
見えるんだよ。みことやあくせられーたが辛そうにしてる顔なんて、私は見たくないよ。だから……」  
 本当にそれでいいのかなって思ったんだよ、と、銀髪の少女は告げる。  
 インデックスは、友人として美琴のことを極めて心配している様子だった。  
 美琴は、彼女が言いたいことをちゃんと理解している。  
 妹達と一方通行との関係を考慮する以前に、美琴自身はどうなのか、と。  
 あれだけのことをした一方通行の未来を祝福する覚悟が本当にあるのか、と。彼女はそう尋ねているのだ。  
「……無理なんてしてないわよ。でも、……そうね」  
 その問いに彼女は、深く息を吸ってから答えた。  
「どんな事情であれ、アイツのしてきたことを肯定する気は欠片も無いし、憎くないって言ったら嘘になるわ。  
私がどうこう言うべき事じゃない、って分かってはいても、やっぱり何も考えずにはいられなかった。  
自己満足の贖罪なんかクソ食らえだって思ってたし、いっそ私がアイツを一思いにブチ殺すことができれば  
どんなに楽になるかって考えたこともある」  
 でも、と美琴は続ける。  
「昔ね、打ち止めが言ってくれたの。『あの人もお姉様も、二人ともミサカ達の大切な家族だよ』って。  
ふふ、笑っちゃうくらい甘い考えよね。……でも、私はその言葉に救われたわ。運命を受け入れようって、  
そう思えたのは、あの子のおかげなの。だから、私はあの子のためにも、アイツの今後を応援してやろうって、  
そう決めたのよ」  
 美琴のその穏やかな口調は、紛れもない『家族』への思いやりを湛えたものだった。  
 妹達は、実際にはただの量産されたクローンで、そして一方通行は紛れもなく彼女達を壊し続けた張本人だ。  
 それでも、そんな彼らを語る美琴には、そういった過去から逃げずに、彼らを『家族』として慈しむ、  
人間としての輝きがあった。  
 かつて学園都市第一位は、それまで想像を絶する苦しみを繰り返し押し付けてきた少女たちを救うために、  
自分自身を血に染め、無様に地を這いずりながらも闘い続けた。その事実を、妹達は受け入れたのだ。  
 そうした結果として『今の彼ら』があるのなら、その拙い絆を、御坂美琴は必ず守りきってみせると決めた。  
 そう。  
 今の平和を勝ち取る契機となったかつての戦いに、大切な者を守るために命を賭したあの少年達のように。  
 だからこそ、美琴はもう絶対に立ち止まらない。  
「……うん、そうだよね」  
 少女のそんな決意を垣間見て、インデックスは笑顔を取り戻す。  
「みことは、いいお姉ちゃんなんだね」  
「んー、そうなれればいいとは思っているけれどね。実際にはかなり空回りしてるわよ」  
 幼さの残る笑みを浮かべて、美琴は指先で頬をかく。  
 そこにはもう、いつも通りの穏やかで優しい日常の雰囲気が戻っていた。  
 インデックスは花が咲くように柔らかく微笑んだかと思えば、何故か腰からくにゃりと身体を折り曲げた。  
「……あぁあああぁああああああう、」  
 途端にお腹が間抜けな音を上げる。早くも胃が空っぽになってしまったらしい。  
「くああ、歩いたらお腹が空いてきたかも……。早くお財布の軍資金を取り戻してご飯食べに行こうよ!」  
「いつもながらアンタどんだけ燃費悪いのよ……あの馬鹿の家のエンゲル指数が心配になってくるわね」  
 適当に言い合いながら、二人は夕焼けでオレンジ色に染まる街道を歩いていく。  
 
 そして、  
「あ、そういえば」  
「どうしたの?」  
「実は、最近打ち止めがちょっと思い悩んでるみたいなのよね。さっきファミレスで打ち止めに連絡してやれ  
ってアイツに言ったのは、実はそれ関連での私なりの援護射撃だったんだけど……」  
「え? 援護って? ……あれ、それってひょっとして……ひょっとしてらすとおーだー、もしかして……!?」  
「……同じ遺伝子を持ってても、あの子の好みは理解しがたいものね。あんなモヤシのどこがいいのかしら」  
「ふええええーっ!? わっ私、今まで全然そんな事気付かなかったんだよ!?」  
「……つくづくそーいうのには鈍感ね、アンタって」  
 不穏なガールズトークは、一方通行の知らない所でしばらく続くのだった。  
 
†††  
 
 家路に着く前にコンビニで購入した缶コーヒーがぎゅうぎゅうに押し込まれたビニール袋を、曲げた肘に  
引っ掛けている白髪の青年は、細い左手に握る携帯電話を指先で操作する。  
 淡く光る液晶に表示された携帯番号は、打ち止めのものだ。すぐに暗記してしまうくらい小さなデータを  
わざわざ検索しておきながら、彼はなかなか発信ボタンを押そうとしない。  
「……」  
 一方通行は、電話をかけるという行為を少し苦手にしている。  
 無機質なコール音の中、ただ相手が応えてくるのを待つだけの、あの時間がひどく落ち着かないからである。  
 元々、つい数年前までは連絡を取り合うような間柄の人間などいなかったし、彼もまたそういったことに  
全く興味を抱かなかったので、携帯電話は彼にとって、研究所からの事務的な連絡を受け取るためだけに  
持ち歩いている道具にすぎなかったのだ。  
 それが、高校一年の夏の終わり――正確に言えば打ち止めという少女に出会ってからは、彼の意志を無視して  
アドレス帳の登録件数が一気に増大した。  
 打ち止め、黄泉川愛穂、芳川桔梗をはじめに、その後も他人と関わるごとにそれらは携帯に蓄積されていった。  
 彼女らのような脳内花畑の連中なら、そのメモリは一方通行の人間関係の発展を示す縮図そのものだ、とでも  
表現するのかもしれない(当然、一方通行本人は決してそれを素直には肯定しないが)。  
 もちろん、それから今に至るまでに、自分から誰かに電話をかけたことなど数え切れないほどあるのだが、  
それでも彼はいまだに、自分から電話をかけるほどの理由として自分自身を納得させられるだけの『何か』を、  
つい探してしまうのだった。  
『怖いのかな、一方通行。距離を縮める方法が分からないから、これ以上それを離されるかもしれない行為に  
出るのは。自分の行いが裏目に出てさらに距離が遠ざかれば、もう自分から元に戻す事ができなくなるのが』  
「……チッ」  
 随分昔にとある女教師から投げかけられた不愉快な台詞が脳裏に滲み、一方通行を苛立たせる。そォいえば  
あの時も電話越しだったっけなァオイ、などと余計な事まで思い出して、携帯電話を握る手に圧力が込もった。  
 だが、いつまでもこうしていても、事態は好転などしない。  
 御坂美琴の口車に乗せられたのは癪に障るが、打ち止めに連絡を入れなければならないということは確かだ。  
(……三コール待つ。それが過ぎたら切っちまえばイイ)  
 少しの間だけ動きを止めた後、一方通行は発信ボタンに指を当てる。  
 しかし、奇しくもそれを押し込む直前のタイミングで、突然携帯がひとりでに鳴りだした。  
「っ!?」  
 意識を集中させていた携帯がいきなり鳴らしたデフォルト設定の着信音に不意を突かれ、彼はほとんど咄嗟に  
ボタンを押すことになる。  
 耳に当てたスピーカーから聞こえたその声は、間違えようの無い少女のものだった。  
『――こんにちはーミサカだよ、ってミサカはミサカはご挨拶してみる』  
「……、あァ」  
『む? もう夕方だから「こんばんは」が正しいのかな? ってミサカはミサカは首をひねってみたり』  
「くっだらねェ」  
 芯を持った、しかしどこか甘く柔らかい響きの声音は、そういえば随分と聞いていなかったような気がする。  
 一方通行が学園都市内の大学に進学して、黄泉川の庇護から独立した当初は、それこそ毎日のように  
この少女から電話を寄越してきたものだが、それからしばらく経った今ではそれ程頻繁には連絡しなくなった。  
 別に、仲がこじれた訳でも、特別な事情がある訳でも無いが、要は二人ともが『お互いが隣にいない生活』に  
慣れてしまった結果なのだろう。  
 ただ、ひたすら純粋に、一緒にいられればそれで幸せだと信じているには大人になりすぎたというだけの話。  
 
「本当にくっだらねェ」  
『……さすがに二回もくっだらねェ呼ばわりされると傷付くよ? ってミサカはミサカは不満を漏らしてみる』  
 わざとらしく零す溜め息が、電波で繋がる音声にノイズを走らせる。  
「……クソガキ、」  
『なになに? ってミサカはミサカは子供扱いしてほしくないなーって本音を漏らしつつ相槌を打ってみたり』  
「――」  
 口を開こうとした一方通行の言葉が、途切れる。  
 ――オマエは今日、俺が来るのを待ってたのか?  
 当たり前だ。決まっているだろう。そんな事、白々しく尋ねても彼女を打ちのめすだけだ。  
 分かっている筈だった。打ち止めが今、どんな思いで電話をかけてきたのかくらい。  
 今自分が告げるべき言葉は、そんなクソったれな台詞じゃない。  
 だから、慣れない事をする事前動作として、一方通行は小さく息を吸い込んだ。  
 そして一言。  
 
「……悪かった」  
 
『……え、ふぇ、えええええぇぇえええええええええええ!??』  
「うっせェ叫ぶな、耳が痛ェ」  
 間抜けかつ素っ頓狂な絶叫を受け、一方通行はしかめっ面でスピーカーを耳から離した。  
『え、だって、ええっ!? 天上天下唯我独尊を地で行ってそうなあなたが、ミサカに、謝った……!?』  
 相当意外だったらしい。まぁ確かに自分でもらしくないとは思うが。  
 それにしたって、いい大人相手にそんな『暴走族の息子が母の日にカーネーションをくれました』級の驚き方は  
いかがなものか。  
 しばらくの沈黙の後、苛立ち紛れ(と言う名の照れ隠し)にガリガリと頭を掻く一方通行の携帯電話から、  
戸惑っているような、尚且つ言葉を選ぶような少女の声が返ってくる。  
『……あのね、ミサカは別に怒ってなんかいないし、責めるつもりで電話をかけたんじゃないんだよ、って  
ミサカはミサカはまた一歩大人に近付いて聞き分けがよくなった自分をアピールをしてみたり。だから、  
そんなに気に病まないでほしいかな、ってミサカはミサカは言ってみる』  
 それは、本当のことでもあり、また嘘でもあると思う。  
 普段は脳天気に振る舞っていながらも、その実必要以上に周囲に気を遣う彼女の性格を知っているからこそ、  
一方通行は彼女の言葉を安直に受け止めるような真似はしない。  
 だが、彼がそれを口に出してこれ以上詫びを繰り返すのを彼女は望んでいないということも分かっていた。  
 打ち止めが今一方通行に求めているものは謝罪ではなく、率直な肯定だ。  
「……あァ、分かった」  
『えへへ、あなたが素直だと調子が狂うなぁ、ってミサカはミサカは贅沢な発言をしてみたり』  
 でも高校の入学式にはちゃんと来てね! という明るい声に、不覚にも、張り詰めた気持ちが幾分か和らぐ。  
 いわゆる、毒気を抜かれるというヤツだった。  
「……それで。じゃあ何か他に用事があったのかよ」  
 必要以上に突っ慳貪な物言いで尋ねる一方通行。  
 しかし、電話越しの返答は妙なものだった。  
『……あっ、えと、あのね、って……』  
 彼女にしては珍しい、歯切れの悪い喋り方に一方通行は眉をひそめる。  
「オイ、」  
『――ミサカは、ミサカはっ……』  
 ……もし一方通行に人並みのデリカシーが存在したならば、ひょっとすると気付けたのかもしれない。  
 電話の向こうの少女の顔が、これ以上ない程に紅潮しているということに。  
 
『……今日、お泊まりに行ってもいいですか、ってお願いしてみたり……!』  
 
†††  
 
 クソガキへの電話は若干躊躇ったりもしたが、ジャージ女相手にそんなセンチメンタルな迷いは存在しない。  
『あははー本当じゃんよ、黄泉川先生は雑務の山に追われて今日中にはもう帰れそうにないじゃんかー。  
桔梗のヤツも今日は家を空けるらしくて頼れないし。私からも頼むわ。一晩君ん家であの子の面倒見てやって』  
 携帯からのあっけらかんとした声を受け、一方通行は思わず携帯を握り潰しそうになった。  
『うぉ、ちょっタンマタンマ! なんかスピーカーからメキメキって音がしてきて怖いじゃん!?』  
「正気ですかァ黄泉川? つか、いくらなンでもあのガキだって自分でメシ用意して戸締まりして寝るぐらいは  
出来る歳だろォがよ」  
『でも、女の子一人じゃ心許ないのは事実じゃんよ。そーいうのは君が一番心配する事だと思ったんだけどな』  
 
「一人暮らしの男の部屋に放り込む方がよっぽど危険だって認識は無ェのか、高校教師」  
『その辺は信用してるじゃん。君は絶対、あの子に怖い思いをさせたりしない』  
 でしょ? という問いかけに、舌打ちを返した一方通行。  
 そういった反応を受け流してケタケタ笑いながらも、黄泉川は言葉を続ける。  
『というか、私としてはお二人さんの合意さえあればぶっちゃけナニしよーが文句は言わないじゃん?  
二人とも若いんだからそーいう劣情に満ち満ちてるんだろうし、自己責任で好きなだけやんなさいって』  
「そのまま一生残業してろクソビッチ」  
 頭の血管が切れそうになったところで、一方通行は通話を強制的に終了させた。  
 
†††  
 
(……言っちゃった。お泊まりしたいって言っちゃったよ……うああ恥ずかしいなんかすごく恥ずかしいいっ!!  
ってミサカはミサカは街中で思わず顔を抑えてみたりぃいいい……!)  
「みさかみさかみさかーっ!」  
「うにゃあああああ!!?」  
 一方通行との通話の後、歩道で突っ立っていた打ち止めは、突然背後から掛けられた陽気な声に身を震わせる。  
 声の主は打ち止めの絶叫など気にも留めずに背中から腕を回す。  
「うにゃーだってぇ。相変わらず御坂は萌え系だなあ。うへへそしてこちらも相変わらず良い乳」  
「浅葱、後ろから鷲掴みは止めてやれ。御坂はすでにマジで泣き出す五秒前だから」  
「ひゃあ止めてアサギ止めてお願い離して、ってミサカは、ミサカはーっ!!」  
 打ち止めが本気の抵抗を示したため、傍らにいる同級生の少女は打ち止めにへばり付く痴女を力ずくで  
引き剥がしてくれた。  
 捕まえられた百合属性の友人は地から浮いた足をパタパタと振りつつ、  
「むー、なにすんのよ朽葉。卒業式ん時から愛しの御坂がグスグス泣きっぱなしだったから、ちょっと雰囲気を  
変えてあげようかと思っただけじゃんかぁ」  
「純真無垢な御坂をモザイクピンクの道に引き込むな腐れレズ」  
「あ、ありがとうクチバ、ってミサカはミサカは貞操の危機を覚えながらお礼の言葉を述べてみる」  
 ガタガタ震えながらグシャグシャにされた衣服を整える打ち止めに、朽葉と呼ばれた少女が目を向ける。  
「そーいや御坂はもう私服に着替えたのか。どうしたんだそんな大荷物」  
「あ、うんちょっと用事があるの、ってミサカはミサ」  
「ハッ!? 言われてみれば今の御坂はリボンがアクセントのキャミの上から鎖骨のチラリズムがたまらない  
ゆるゆるセーターを重ね着、さらにキュートなラインが入ったプリーツスカートという女子力満点な  
ファッション!! トドメはサイドにさりげなく流した三つ編みヘア、だと……!?」  
「上から下まで舐めまわすように見つめるんじゃない」  
 朽葉からのビンタを後頭部に喰らい、御坂の首筋がエロいのが悪い!! と懸命に主張する浅葱だった。  
「けどまぁそうか、用事があるんじゃあ誘えないな。これからクラスの連中集めて勉強合宿やるから、御坂に  
解説してもらえないかと思ってたんだけど」  
「うえーん、御坂に数学の解き方教わりたかったー……。私の能力じゃ内申の足しなんて期待出来ないしさー。  
ペーパーテストにも弱いし、このままじゃ御坂と同じ高校に受かるか不安だよ」  
「ごめんね、またすぐに時間作るよ、ってミサカはミサカはしょんぼりしてみる」  
 同級生たちにとってはこれからが高校入試本番だが、打ち止めは違う。  
 彼女は既に、超能力者の量産型クローンとしての特別入学を志望校側から許可されている。  
 かつて、とある少年たちの死闘により学園都市に平和が訪れた後、公表された軍用クローン『妹達』の存在は  
世界中に波紋を引き起こした。  
 そのおぞましい出生、血生臭い存在価値は簡単には世間に受け入れられず、妹達の中核たる打ち止めは特に  
周囲の人間から敬遠と差別の対象にされた。いじめに近い仕打ちを受けたことだって少なくない。  
 しかし、この世界はそんな彼女を突き放すほど冷淡ではなかった。  
 例えば目の前の少女たちは、打ち止めをからかった男子生徒の顔面に、力いっぱい拳を叩き込んでくれた。  
 靴を隠された時は、クラスの女の子たちが、日が暮れるまで一緒に探してくれた。  
 家に帰れば、黄泉川や芳川が暖かく出迎えてくれて、彼女をほっとさせた。  
 オリジナルの御坂美琴や上条当麻、インデックスはよく話し相手になってくれた。  
 妹達も、それから番外個体も、何回打ち止めの力になってくれたか知れない。  
 そして、一方通行は――  
「んで御坂、今日って何の用事? そんなよそ行きの格好でキャリーバッグ持参って、『外』にでも旅行か?」  
「……あ、えっと。そんなところかな、ってミサカはミサカは」  
 
「怪しい。御坂の挙動に不審な点がアリです朽葉軍曹!」  
「もう私にはお前のノリが分かんねえよ!!」  
 眼鏡越しの瞳をキラーンと輝かせる浅葱に怒鳴り返す軍曹(通称)だったが、  
「覚悟したまえ御坂! パンツチェックぅうううううううう!!」  
 頭痛を誘発するような低IQの技名を叫びながら、浅葱は自身の能力の精度を限界まで高めて、発動させた。  
 彼女は今のところ低能力の空力使いであるが、この集中力の使いどころをもっと厳選すればレベルアップも  
容易いのではないかと思わなくもない朽葉である。  
 本人曰く『近所で同系統能力使いらしき女子高生がスカートめくりしてたのをヒントにした』その奥義は  
打ち止めのスカートに見事直撃、その裾を弱々しくも、だが確実に持ち上げた。  
「ふぁああ!?」  
 風向きも味方し、ブワッ! と爆発的に広がる裾。あまりの速度に打ち止めは両手で押さえることも忘れ、  
ただそのプリーツスカートの中身をご開帳するのみとなる。  
 まず見えたのは、頼りなく擦り合わせられた太腿。  
 ストッキングなどを履いていない真っ白な脚には、何故だかそれだけで危うい無防備さ、情欲を掻き立てる  
ような引力を感じさせる。  
 水滴を弾く張りのある肌は、しなやかな艶めかしいボディラインを描き、見る者の視線を上へと誘導していく。  
 そして――脚の付け根、可愛らしいおへその少し下には、純白の世界があった。  
 小さめの布地、可憐なレースがあしらわれた上質なシルク。滑らかな素材に覆われた箇所は、丸みを帯びた  
下腹部の形をかなりくっきりと浮かび上がらせていた。それこそ、わずかに布が食い込んだ一部分まで。  
 たった一瞬の、変態さんウェルカム的な光景。  
 しかしそれを前に、スカートめくりの張本人は顔を青ざめさせてガクブルしている。  
「そ……んな、御坂が、可愛い可愛い私の御坂が、いつもの三枚千円じゃないなんて……!? 嫌、そんな、  
レースにフリルにリボンの、いわゆる、しょ、勝負下着ををををををををを!!?」  
「落ち着け、いつもの十倍日本語が馬鹿になってるから」  
 あわあわ言いながら真っ赤な顔でスカートの端を握りしめる打ち止めの前で、二人は「やっぱりかあの  
白髪野郎……! 御坂の兄貴みたいなもんだって話だったから見逃してやっていたというのに、そうかそんなに  
正義の鉄槌が必要か社会害悪のロリコンめぇぇえええええッッッ!!」「……お前のライバルはパンツチェック  
如きでどうにかなる相手なのか?」と会話をしている。  
「みっ、ミサカもう行くね! ってミサカはミサカは混乱に乗じて逃亡してみる!!」  
 耐え切れなくなり、微妙に引きつった笑顔で駆け出した打ち止め。背中から「ああっ行かないで御坂ぁー!!」  
という鬼気迫る絶叫が聞こえるのが超怖い。  
「あ、おいちょっと御坂。逃げる前に一つ聞きたい」  
「にゃっ、なに!? ってミサカはミサカは恐怖に怯えながらもクチバにお返事してみたりっ」  
「その三つ編みは第一位の趣味なのか?」  
「ふぇ?」  
 浅葱を取り押さえながら妙なことを問い掛ける朽葉。  
打ち止めにとって頼れる友人の一人である彼女の口元は、何故か楽しげにニヤニヤとしている。  
「ち、違うと思うけど、ってミサカはミサカは……」  
「ならツインテールにした方がいい。三つ編みでもいいんだけどさ、ツインテールならまず男受けに失敗  
しないから」  
 アドバイスっぽい言葉を告げると、「ほら、猛獣に喰われる前にもうお行き」と目で合図してくれた  
彼女であった。  
 
†††  
 
 打ち止めと直接顔を合わせるのは、約一か月ぶり。  
 自分の部屋に泊まりに来る、なんていうのはもう一・二年ぶりではないだろうか。  
 当たり前の事だ。一方通行も打ち止めも子供ではない。あと数週間で高校生になる少女は、もう無邪気に  
大学生の男の部屋に外泊できるような歳ではないのだ。  
 まして彼らは血が繋がった兄妹でもない、言ってしまえばただの他人である。  
 いかに相手が信頼を寄せている存在であっても、『間違い』を危惧しない理由にはならない。  
 それを一切気にしないような女は、防衛本能ゼロかIQゼロのどちらかだと一方通行は断言できる。  
(……どいつもこいつも俺を信用し過ぎだクソったれ)  
 認証センサーでロックを解除しながら、苦い顔でため息をつく一方通行。  
 
 静脈、生体電気の流れ、指紋、AIM拡散力場エトセトラがドアを開ける鍵となるこの機械には、確か、  
だいぶ前に打ち止めのデータも取り込んでいたはずだ。  
 ……まあ当時は彼女もまだチビのガキで、遊びに来る感覚でよくここに来ていた都合上登録させたのだが。  
(デカくなったクソガキを泊める予定なンざ無かったっつの。ったく黄泉川の野郎、デリカシーの欠片も  
ありゃしねェ)  
 つくづく打ち止めの周囲にいる人間は不用心だと思う。黄泉川も芳川も妹達も、御坂美琴も。  
『だって一方通行はあの子を傷付けるような事、絶対にしないから』――異口同音にコレである。これなら  
ストレートに一方通行の事を嫌いだと言う番外個体の方が、まだマトモな思考回路を持っているのではないか。  
 別に、学園都市第一位は完璧でもなんでもない。むしろ誰よりも不完全で不安定で、その辺のゴロツキなんか  
よりよっぽど危険視するべき、ぶっ壊れた人間なのだということを、彼女らは忘れている。  
 これまでだって彼は、何度も打ち止めを傷付けてきたのに。  
 クソったれの敵の手から守りきれず、彼女は幾度となく脳髄を犯された。  
 『黒い翼』という莫大な力に感情を支配された時は、この手で彼女を殺そうとまでした。  
 一方通行が撒き散らした返り血は、結局どう抗ったって彼女にも降りかかっていたのだ。  
 守りたいと願いながら、同時に彼は打ち止めを傷付ける。  
 側にいたいと願いながら、彼女の瞳を直視することを恐れる自分がいる。  
 苦しむ顔を見たくないと願いながら、どうしようもなく彼女を苦しめたいという衝動が沸き起こる。  
 自分の腕の中であの少女が泣き喚いて、愛おしいあの笑顔が壊れていく様子が見たい、と。  
 丁度、醒めない狂熱の中で繰り返されたあの『実験』のように――。  
「……、」  
 一方通行は歪んだ人間だ。  
 誰かを大切にしたいと思うことさえままならない。そういうクソくだらない性質の人間だ。  
 
 部屋に入り、彼はソファに腰を沈めて右手の杖を縮める。テーブルの上には小型の拳銃がひとつ置いてある。  
 元々が卒業式の予定だったので一応家に置いていった物だった。普段なら持ち歩かないことなどありえない。  
 そこで、ふと後ろを見る一方通行。  
 大学の寮での一人暮らしなのだから当然といえば当然なのだが――置いてあるベッドは、ひとつだけだ。  
「………………………………。」  
 一方通行は自身の優秀な記憶領域を探り出す作業を始める。  
 さて問題。昔ここにクソガキを泊めた時、アイツは果たしてどこで寝たのだろうか?  
 
 答え:一方通行と二人、同じベッドで。  
 
「……イヤイヤ待てそりゃ無理だわ」  
「何が? ってミサカはミサカは横からにゅるっと登場してみたり」  
 突如現れた打ち止めの頭に、一方通行は条件反射的に手刀を喰らわせていたのだった。  
 
 
 

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