「チクショオオオオ! 喰らえ怪しい魔術師! 新必殺音速幻想殺し!」
「さあ来い能力者アア! 俺は実は一回殴られただけで気絶するぞオオ!」
ザン、と。およそ打撃音とは思えない音と共に、上条 当麻の右の拳が痩せぎすの男のこけた頬を薙いだ。
「グアアアア! こ、この『不死なる屍(ザ・フジミ)』と呼ばれる元イギリス清教の俺がこんな小僧に……バ、バカなアアアアアア」
ドドドドド、と断続的な轟音。男は秋の砂浜をぼろくずの様に転がって行く。
「『不死なる屍』がやられたようだな……」
「フフフ……奴は元イギリス清教の中でも最弱……」
「科学サイドの人間ごときに負けるとは魔術師の面汚しよ……」
「くらええええ!」
ズサ、と。およそ打撃中略上条の拳が三人の魔術師を次々と薙ぎ倒して行く。
「「「グアアアアアアア」」」
「やった……ついに魔術師達を倒したぞ……これで神裂の助けに行ける! 神裂ー!」
「呼びましたか? 上条 当麻」
「うわあすぐ後ろにいたァ!? って神裂、敵は? ダース単位でいたと思うんですけど!」
「ああ、彼らなら、あちらに」
アチラ? と上条が神裂の視線の先を追うと、そこには山積みになって気絶している魔術師達の姿があった。
「ワー強ーイ」
世界で20人といない聖人の実力を目の当たりに気の抜けた声しか出せない上条だった。
「さて。直に土御門が来ますから、それまでここに留まっ……上条 当麻、後ろ!」
穏やかな声で上条の方へ振り返った神裂の顔が一瞬で強張る。
強い言葉に押し出されるように後ろを見ると同時、上条の足元の砂が爆発した。
――上条の幻想殺しは瞬時に足元をカバー出来るほど便利な能力では無い。
上条は面白いほど勢い良く吹き飛び、沖の方に墜落して行った。
呆気に取られる神裂の視線の向こう、上条の足元を爆破した魔術師が地に這いつくばって笑っていた。
「ッ、この!」
ギンと眼光鋭く、神裂の足場が炸裂する。
爆発的な速度で距離を詰め、鞘に収めたままの七天七刀を地に伏せる魔術師に叩きつける。
「ぎゅ、がッ!?」
押し潰された蛙のような声で苦しみもがき、魔術師はぱたりと動かなくなった。
「っ……!」
そのままばっと海を見る。ちょうど海面でもがいていた上条がとぷんと落ちる沈む所だった。
「か、上条 当麻!」
声と同時、ざぱんと大きな音と波紋が海に広がった。
風が吹いたので上条がごろりと寝返りをうつと、柔らかい感触と「ひぁっ!?」と言う高い声が聞こえた。
「んんー……?」
違和感に顔をしかめてもぞもぞごろごろとしていると、顔にふにふにむにゃひにゃとやわっこい感触が張り付いてくる。
同時に頭上でも「ぁ、ふっ……! そ、そこはっ……だめ……ッ!?」と黄色い声がした。
「んおー? 目覚ましかー? うるさいなあ……」
どこだこの目覚ましめーと腕を伸ばして手をもぞもぞと動かす。
「ひう……ん……ちょっと、ぁ、はぁ……っ? っふ、く……い、ぃ加減に、しなさい!」
「こはっ!?」
ゲン、と側頭部に強い衝撃。
一瞬の浮遊感、そして落下。
「あーうち! ぺっぺっ砂が口に……」
完全に目が覚めた上条が砂を払って立ち上がる。
すると目の前には、
「………………」
海岸沿いのベンチに涙目で左腕で胸を、右手を股に突っ込むようにして隠す神裂 火織さんがいらした。
「……わっつ?」
不思議に思った上条が首を左に右に動かした。
右には何も無かった。
左のベンチにはどっかと座り込んだステイル=マグヌスが一気に五本の煙草を咥えて凄い勢いで吸っていた。
後ろから物音がしたので振り向くと、鬼の形相をした土御門 元春が遠い沖をバタフライで泳いでいた。
「……なんだこのカオス。神裂サーン、そこで固まってないで説明してくださーい」
答えに窮した上条が神裂に助け舟を求めると、神裂の体がビクン! と震えた。
「えぅあっ!? ひゃ、はの、じゃなくてぅ、あの! あなたっ、貴方は! 敵のまじゅちゅしのこうげきゃふっ! ひたかんは……」
もう色々と台無しだった。
「落ち着け神裂」
すると、さっきまで遠い空を見上げて煙草を超吸っていたステイルが声を出した。
「す、ステイル! 私は別にあわてててててなどは」
「落ち着けと言っただろう。上条 当麻」
おうなんだよ、と上条が返す。ステイルは携帯灰皿に吸いきった煙草をぎゅうぎゅうと押し込み、新しい煙草に火を点けながら語る。
「敵の魔術師の最後の一撃を無様にも受けたらしいキミはそのまま海に落ちた。すかさず神裂が助けに飛び込んで引き上げた」
ここまではわかるね? と問いかけて来たのでバカニスンナと返すと、よろしいと言って続ける。
「しかしキミは情けなくも溺れて顔面蒼白の呼吸停止。正直デッドラインだね」
まじで!? と上条が無自覚臨死体験にガクブルしていると、後ろでザッパーンと大波が弾けてついでに土御門が宙を舞った。
「そこでねーちんはあらゆる方法を試したんだにゃーっ!」
土御門!? と上条。土御門は着地。
「心臓マッサージを何度も何度も繰り返したんですたい。けどカミやんは一向に起きなかった。さーてここでカミやんに問・題・デス」
じゃじゃーんと土御門。ステイルはまた三本同時に煙草を吸いだし、神裂はいっそう縮こまる。
「海で溺れた人を助けるには、何をするでしょう、か?」
か。と上条は考え込む。
「心臓マッサージ……それで起きなかったら……姿勢を固定。気道を確保……人口、こ、きゅう……?」
ぼふん! と上条の背後で爆発音がした。
ナニゴト!? と振り向くと、そこには伏せた顔からしゅうしゅうと湯気を出し、身を小さくする神裂がいた。
「ぁの、その、時間がっ、なくて……一刻も早くしなっ、しない、と、危ないじょうきょう、でしたので……止むを得ず……その……私、が……じんこうこきゅうを……」
指をつんつんと合わせながら、伏せた顔を決して上げずに消え入るような声で神裂は言った。
「ぁ、ぐあぅ、ぬあああああああ?」
上条も顔を真っ赤にしどろもどろとする。
その背後にざざんとステイルと土御門が並び立つ。
「しかもちょーど俺らが到着した瞬間にむちゅーっと、にゃー。しかもその後ねーちんってば恥ずかしがりながらも母性全開な微笑で膝枕までしてたぜよ」
「ちなみに応援に駆け付けた建宮斎字他天草式十字凄教の面々も一連の出来事はしっかり目撃している」
「あ、後カミやん。禁書目録が俺についてきてるから。後で話があるって言ってたにゃー」
「じゃあ僕らは先に戻るが、キミはゆっくり冬の海水浴でも満喫してくれ。じゃあ、お大事に」
言いたい事だけ言ったステイルと土御門は、そそくさと海岸を後にした。
その行方を追うと、二人と入れ違いにずらりと人影が現れた。
見覚えのある黒光りヘアーやらおしぼり少女やらこの世のものとは思えない形相の同居人だ。
「…………………………………………………………今日も不幸だなあ」
押し寄せる怒号を前に、上条 当麻はそんなことをつぶやいた。