「お父さんのためならえーんやこら、お母さんのためならえーんやこら……」  
 調子外れの鼻歌を口ずさみながら、スコップを振るう。  
 肌を刺すような寒気に包まれながらも全身汗だくなのは、長時間過酷な労働を強いられていたからに他ならない。両腕の筋肉が24時間後に盛大な悲鳴を上げることは間違いないだろう。  
「――不幸だ。なんで俺はイギリスまで来て雪かきやってんだ……?」  
 ツンツン頭の少年は大体いつも通りだった。  
 見渡す限りの銀世界。上条当麻がいる玄関前から、庭を横切り門に到るまでの道を整備するのが本日のミッションだ。  
 と、その時。背後からぎぃっと木扉が開く音がした。  
「おや。きちんと働いているようですね。感心感心」  
 ローマ正教式の修道服をミニスカ風にした桃色髪の少女が顔を出す。  
 アニェーゼ=サンクティス。  
 上条とは殴ったり殴られたり助けたり助けられたりした間柄である。  
 普段の格好のままでは寒かったのか、厚手のストッキングなど履いている。  
 イギリス清教女子寮の扉から半身だけ覗かせた少女は、苦労の甲斐あってそこそこのスペースが確保された玄関前を見て満足そうに言った。  
「いいペースじゃないですか。この分なら夕食の買出しには間に合いそうですね」  
「それはいいんだけどな」  
 上条は作業の手を休め、足元に突き刺したスコップの柄に掌とあごを重ねて、  
「……一応確認しておくけど、俺って客だよな?」  
「はい。それがなにか?」  
「イギリスやイタリアでは、はるばる日本からやってきたお客様に一人で雪かきさせるという習わしでもあるのでせうか?」  
 精一杯恨みがましく言ったつもりだったが、桃シスターには通じず、あまつさえ鼻で笑われた。  
「こちとら女所帯なんですよ。雪かきなんて手も荒れるし疲れる荒仕事を引き受けたがる物好きはいやしません。むしろそこで颯爽と名乗りを上げるのが、ニッポンダンシの心意気ってもんじゃねぇんですか?」  
「く……! こんな似非江戸っ子口調のイタリア人に日本人の心意気を語られようとは……!  
 ――いや、まだ引きさがらねぇぞ。お前ら魔術師じゃねぇか。原始的にスコップ使わなくても、雪を退かす方法くらいいくらでもあるんじゃないのか。  
 特にシェリー! あいつの魔術でここらへんの雪全部ゴーレムにしちゃえばいいじゃん!」  
「うるさい人ですねぇ。それ以上何か言ったら、せっかく持ってきたオルソラ特製クッキーとレモンティーは私の腹に納まることになりますけど」  
「俺が悪かったーー!」  
 アニェーゼが扉の隙間から出したバスケットに対し、上条は綺麗な45度に頭を下げた。  
 おやつイコール正義。これは万国共通の不文律である。  
 と言うわけで、小休止。  
 アニェーゼが注いでくれたレモンティーを一口すすり、ほっと人心地つく。続いて差し出されたバスケットから三枚もクッキーを掴み取り、一息に頬張った。  
 疲れた体に程よい酸味と甘味が染み渡ってくる。  
「は〜、うめぇ」  
「行儀の悪いお人ですねぇ」  
 えらく年下の子供を見るような目で、アニェーゼ。  
 300人ものシスターのリーダーを張ってきたせいか、大人びているわけではないけれど、こういう年長者っぽい素振りはずいぶん様になっていた。  
 しばしの間、サクサクゴクンという擬音が続く。  
「むぐむぐ。いやマジでうまいな」  
「そりゃあ、それくらい言ってもらえるようでなきゃ駄賃の先渡しとして不十分でしょう」  
「へいへい、働き甲斐がありますよっと」  
 手をはたき、外していた手袋をはめ直す上条当麻。  
「んじゃ、燃料補給も終わったところでお仕事再開といきますか。サンキューなアニェーゼ」  
「いえいえ、今日の買出し当番は私なんで、早いとこ道を整えて欲しかったってだけですよ」  
「駄賃ってのはそういうことかい。いや、でも」  
 上条はアニェーゼを見た。顔、首、提げたバスケット、ストッキングと下がっていって、  
「お前の場合、何よりも靴を変えるのが先決じゃなかろーか」  
 チョピンと呼ばれる、超々上げ底靴を指差した。  
 足裏から地面までの距離はざっと30センチ。雪道を歩くのにこれほど向いていない靴もないだろう。  
 
 ところが、桃シスターはとたんに不機嫌になり、  
「うっさいです。前にも言ったでしょう。これは自分的こだわりポイントなんです。戦闘以外の外出では意地でもチョピンです」  
「上げ底靴のために意地を底上げするんじゃありません。流石に雪の日くらいは例外にしとけよ。確実に転ぶぞ」  
 辛抱強くチョピンの危険性を訴える上条。そのしつこさに根負けしたのか、アニェーゼ=サンクティスはわざとらしく視線をそらしながら呟いた。  
「…………だって……追いつけねぇんですもん」  
「……ああ」  
 上条は得心した。  
 男性は元より、神裂やルチアといった長身の女性と比較して、小柄すぎるアニェーゼの歩幅は短い。  
 先に述べた通りリーダー気質――もしくはお姉ちゃん気質のある少女にとって、進むたびに遅れていくのはがまんならないことなのだろう。  
「周りだってわかって合わせてくれるんじゃないのか?」  
「そんなの申し訳なさすぎるでしょう」  
 一層不機嫌の度合いを増した桃シスターに怒られる。  
 情けない、ではなく、申し訳ない。  
 本当にこの少女は、人の前に立つということを理解しているんだな、と上条は思った。  
 改めて作業に戻ろうとすると、扉に半分以上入ったアニェーゼが振り返った。  
「ああそうだ」  
「ん?」  
 思い出したように口を開いた少女に、向き直る。  
 アニェーゼ=サンクティスは、表情の半分を扉に隠して、  
 
「今食べたクッキーとレモンティー、どっちの方が美味かったですか?」  
 
 瞬間、なぜだか寒さを忘れた。  
「……どっちも同じくらい美味くて、ありがたかった」  
 少し考えて、正直な気持ちを口にする。  
 全然違う食べ物なので簡単には比較できないし、一番大事なのは作ってくれた人への感謝だと思ったから。  
 アニェーゼはその答えを受けて、  
「そうですか……同じくらい、ですか」  
 しきりに考え込んでいるようだった。  
「なんだってんだよ」  
「いえ、縮まるもんだな、と思いまして」  
「??? 歩幅の話は終わったんじゃなかったっけ?」  
 首をかしげる上条当麻。  
 質問の意図も、その後の反応も、全く意味が分からない。  
“オルソラ特製クッキー”と“レモンティー”の違いが、一体どうしたというのだろう。  
 けれど、まあ。  
「それじゃあ、カミジョウさん、また後で。もし体力が残ってたら、荷物持ちしてくださいよ」  
 建物の中に消えていった少女の顔が、とっても満足そうだったので。  
「まあ、いいか」  
 なんとはなしにすっきりした気分で、スコップを持ち上げる。  
 駄賃をもらってしまった以上は働かなければなるまい。  
 日本人は、勤勉なのだ。  
 
 
 クイズです。クイズです♪  
 料理を美味しくするコツ、なーんだ?  
1.空腹  
2.レシピ  
3.愛情  
 
 

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