「あ、ありのままに起こった事を話すぜ。
朝上条さんが補習の為に学校へ向かっていたら、知り合いの女子中学生に襟首掴まれて第六学区行きのバスに引きずりこまれていた。
何を言っているのか分からねーと思うが以下略」
そんな嘘臭さ満点ながら文字通りありのままを告げて補習を休む旨を伝えた上条は、だがサボりの為の意味不明な言い訳としか受け取らなかった合法ロリ担任からお叱りの言葉を電話越しに拝聴していた。
しかし終わりの見えない説教に、業を煮やした白井は横から手を伸ばすと速攻で携帯電話を切った。
「何してるんスか白井さん、後で上条さんが怒られちゃうじゃありませんか!?
大体まだ話は終わって」
「そんなの私の知った事ではありませんわ、後から好きなだけ叱られなさい。
そんな事より殿方、先程私が説明した通りあなたは私に協力する義務が有るんですの」
「上条さんの補習をそんな事で片付けますかそうですか。
というかそもそも説明っていうより殆どお前の愚痴だったじゃねえか。
誤解されてるのは確かに同情するが、明らかに俺のせいじゃないぞ」
「お黙りなさい若造、とにかくお姉様の機嫌を直す為にも、あなたには私と一緒にスタンプラリーを回って遊園地限定のパーフェクトゲコ太グッズを手に入れてもらいますわ」
「そう言われてもなあ……大体自慢じゃないが上条さんは常に金欠少年だから、遊園地の入場料どころか昼飯代にも事欠く有様なんですが」
「男のクセに何を情けない事を……まあいいです、そんな心配無用ですわ。このペアチケットなら入場無料で園内全て乗り放題ですし、何であれ私からお誘いした以上食事代と交通費くらいはこちらで持ちますの」
白井の説明にまだ納得がいかない上条だったが、美琴が不機嫌なままなのは自分にとってもマイナスなのは認めざるをえなかった。
事実昨日ばったり美琴と会った際も出合い頭に超電磁砲を撃たれ、命からがら逃げ出したのは記憶に新しい。今後も会う度にこんな挨拶が続くようならば、冗談でもなんでもなく生死に関わる。
「しょうがない、色々と言いたい事はあるがとりあえずは協力するよ」
「最初からそう言えばいいんですの。
では早速、プランを立てましょうか」
そう言いながら白井は、昨日チケットと共に貰っておいた遊園地のパンフレットを懐から取り出した。
「プランって、そんな大袈裟な……遊園地行ってスタンプラリーやるだけだから、少しは楽しんでもいいだろうに」
「生憎ですが、あなたと一緒に楽しむ気はありませんわ。パーフェクトゲコ太グッズさえ手に入ればそれでいいのですから」
そう言いながら白井が拡げたパンフレットを二人は覗き込み、同時に絶句した。
「なんだこのふざけたアトラクションの数は?
ジェットコースターだけで一〇ヶ所以上あるぞ」
「そういえばあの遊園地、国内でも屈指のアトラクション数を集約していると以前ニュースで報じていた覚えが……にしてもアトラクションが一〇〇ヶ所以上って、学園都市も認可与え過ぎですの!」
ワナワナと肩を震わせる目前のツインテール娘に、ツンツン頭の男子高校生は諦め顔で尋ねた。
「なぁ、本当に行くのか?」
「……ここまで来て今更引けますか。殿方、あなたも覚悟を決めなさい」
白井の漢らしい返答に、上条はただ溜息を漏らすしかなかった。
そして待ち受ける幾多の困難へ思いを馳せていたせいか、上条も白井も遊園地へ向かう自分達の姿を知り合いに目撃されているとは、欠片も気付いていなかった。
その日、彼女は朝から自己嫌悪に陥っていた。
確かに先日、アイツの母親がよりにもよって変態もとい後輩とお茶を同席し、それだけならまだしも息子と後輩の交際を容認するような台詞を公然と言われれば、自分でなくとも彼に想いを寄せる女性ならば気が気でならないだろう。
とはいえ、ここ最近自分の態度は明らかに大人げなかった。
いくら気に障っていたとしても後輩に冷たく当たり、またアイツにも出合い頭にいきなり超電磁砲を撃ったのは、誰が見ても子供の癇癪以外何物でもなかった。
「戻ったら、謝んないとね……にしても、いくら気が立っていたとはいえ、朝の八時にここへ来たのは流石に早過ぎたわ。
大体試験が始まるのは午後からだっていうのに」
とある企業に招かれていた学園都市第三位のレベル5・御坂美琴は、実験棟の一角で試作機の準備が終わるのを待ちながらそんな事を呟いていた。
「あ、御坂さんじゃないですか。こんな所で何してるんですか?」
聞き覚えのある声に振り向けば、そこには白井の同僚兼親友の初春飾利が嬉しそうにこちらへ走り寄ってきていた。
「初春さんじゃない、貴女こそなんでここに?
私はこの会社に試験協力を頼まれて来たんだけど」
「あ、それじゃ今度の試験に協力するレベル5って御坂さんの事だったんですね。実は私もその件でここに呼ばれたんです。
もっとも御坂さんみたく能力者としてじゃなくて、プログラマーとしてですけど」
「プログラマー?」
意外な言葉に、美琴は軽く驚いて目を丸くする。
「ええ、自慢じゃないですけど私プログラマーとしてそこそこな実力と実績がありまして、その腕をこの会社が買ってくれて今回試作されたゲーム、あ、スキルアタックっていうんですけど、その最新バージョンのプログラミングを一部任されたんです。
何でも以前データ収集の為に作ったマシンがとあるレベル5からボコボコにされてしまったんで、そのリベンジの為にもソフトとハード両面で最高を目指すんだとか」
「な、なるほどね」
そのマシンをボコボコにしたレベル5が実は自分で、しかもそれはとある高校生から邪険にされた腹いせを機械にぶつけた結果であり、その後ろめたさから試験協力を引き受けたとは決して言えない美琴だった。
「それで初春さん、プログラミングの方はもういいの?」
「はい、そっちの方は今朝までに徹夜で何とか終らせたんで、後は実地試験をやりながら不良箇所を修正していくだけです」
「ああ、だから顔が少しやつれ気味なのね。徹夜お疲れ様」
「い、いえ、顔色悪いのは昨日ちょっと地獄を見たせいからなんですけど……」
言葉を濁らせながら昨日ツインテールの悪魔から嫌という程擦り込まされた恐怖体験へ震える初春に、事情を知らない美琴は首を傾げるのだった。
「な、何はともあれ、プログラミング自体は試験に何とか間に合ったんで大丈夫ですよ。
まあそれもこれも昨日、白井さんに書類仕事を押し付け、いえいえ私の分まで残業引き受けてくれたおかげなんですけどね」
初春の述懐に聞き逃せない名前が混じっていた事に気付いた美琴は、おや?という表情を浮かべる。
「もしかして黒子が今日朝帰りだったのも、そのせい?」
「はい。でも流石にただで頼むのは気が引けたんで、第六学区にある遊園地のペアチケットをあげたんです。
丁度今パーフェクトゲコ太グッズが貰えるスタンプラリーやってるんで、今日御坂さんと一緒に行ってきたらと思って。
ここだけの話、最近御坂さんの機嫌が良くないのを白井さん、ずっと気にしてましたから」
初春が都合のいいように改ざんした部分はさておき、美琴は彼女の説明を聞き初めて後輩の真意を知ったような気がした。
白井は白井なりにこちらの不機嫌を直そうと努力していた事実に、美琴はますます自己嫌悪に陥る。
「あ、この事話したの白井さんには内緒に願いますね」
「分かってるわ初春さん。
でもそうと知っていれば後から一緒に行くって約束してやればよかったわね。
せっかく初春さんが気を使ってくれたのに、無駄にしちゃったみたいでごめんなさい」
美琴はそこまで口にして、今からでも連絡してこちらの用事が終り次第一緒に遊園地へ行く旨を伝えればいいんじゃないかと思い直し、携帯を手に取る。
しかし初春の次の言葉が、今まさに後輩へ電話をかけようとしていた美琴の手を止めた。
「でも白井さん、朝から遊園地に出掛けたみたいですよ」
「え?」
「私もここに来る途中で見かけただけなんですけど、第六学区行きのバスに乗っていたんで多分間違いないかと」
初春の説明に訝しげな視線で考え込む美琴だったが、続く言葉が彼女に更なる混乱をもたらした。
「なんか男の人と一緒だったみたいですね」
「!?」
「あ、男の人と言っても高校生くらいの人でしたけど、あの人前に何処かで見た気がするんですよね」
そこまで聞いて、美琴の脳内にはある人物が検索にヒットしていた。
「初春さん、それってもしかしてツンツン頭の高校生じゃなかった?」
「あ、そういえば確かにそんな髪型してましたね。
もしかして御坂さんのお知り合いなんですか?」
初春の何気ない質問へ、美琴は回答する代わりに手元の携帯電話を自らの放電でショートさせる。
「ひっ」
初春の怯えた声が聞こえない様子で黒焦げと化した携帯を握り締めながら、「またかあの野郎」という呟きが、嫉妬や憤怒と共に込み上げてくる。
同時に先程まで考えていた白井への申し訳なさは跡形も無くなり、今や美琴の心は抜け駆けした裏切り者へどんな罰をくれてやろうかという黒い感情が溢れ返っていた。
やがて溢れる感情を抑えきれなくなってきたせいか、美琴は携帯電話だったものを握り潰すと、放電垂れ流し状態で歩き始めた。
「ど、どうしたんですか御坂さん?」
「……何でもないわ。それよりも初春さん、そろそろ試験が始まるみたいだから中に入りましょうか」
「は、はい」
有無を言わさない『超電磁砲』の促しに、初春はただ頷いて後ろから付いていく事しかできなかった。
「ウフフフフフ、私が一緒に行くのを断った意趣返しにそんな真似へ出るとは、流石に思い付かなかったわ。
従順な忠犬と思いきや、その実漁夫の利を狙ってた泥棒猫だったのね」
そんな意味不明な事を呟く『常盤台のエース』に悪寒を覚える初春だったが、彼女が発する放電と威圧感に声すら出せない。
やがて試作機の前に到着すると学園都市第三位は突然振り向き、底冷えする笑顔で後輩の親友に告げた。
「初春さん、先に謝っておくわね」
「え、何をですか?」
「私、今日手加減できそうにないから、このマシン10分持たないと思うわ」
そんなこんなでとある企業の実験棟に杭打ち機のような打撃音と悲鳴のような警報が鳴り響いていた頃、上条と白井は必死の形相で園内を駆けずり回っていた。
「よし、これでジェットコースターのスタンプは全部ゲットしたぞ!」
「あとは何処を回ればいいんですの?」
「絶叫エリアは正面に見えてるフリーフォールで終りだ。
それじゃ白井、また『空間移動』で先回りして並んでてくれ!」
「はいですの!」
お互いパートナーを不服に思いながら遊園地へ来た割に、蓋を開けてみれば息の合ったコンビネーションを見せる二人だった。
「はぁ、はぁ、はぁ……これでやっと、半分か」
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……ええ、でもこのペースなら、何とか全部回れそうですわ」
小休止の為に立ち寄ったオープンテラスで二人は昼食と飲物を注文した後、共に心底疲れきった表情でテーブルに突っ伏していた。
「今更だけど俺達、一体ここへ何しに来てるんだろうな?」
「少なくとも思い出を作る為でないのは確かですわ」
「別の意味で思い出に残りそうだけどな」
確かにその通りだと心の中で同意しながら、白井はテーブルに預けていた上半身を起こして椅子に寄り掛かった。
「しかし大丈夫なのか白井、いつもより随分と疲れてるみたいだけど」
「心配無用ですわ。確かに昨日徹夜した疲れが多少残ってはいますが、お姉様の為ならばなんて事はありませんの。
殿方の方こそ、随分と体力がおありなのですね。
正直こんなハードスケジュールに耐えられるのは、それこそお姉様くらいだと思ってましたわ」
「あいつならもっと楽勝なんじゃないか?
御坂の事だから、ゲコ太グッズ手に入れる為なら俺達以上に園内を爆走してると思うぞ」
「否定できないのが残念ですわ」
上条の見解に思わず笑みが零れる白井だったが、目前に居るのがお姉様を巡っての宿敵であるのを思い出し、すぐに表情を引き締めた。
「ところで殿方、前々から一つお聞きしたかったのですが、お姉様とは一体どういう関係ですの?」
突如振られた予想外の質問に、上条は突っ伏したまま返答に窮した。
「うーん、正直な話上条さんにも分からんのです。
気が付いたら電撃ぶっ放して追っかけ回されていたんで」
「冗談は止めて下さいな、私は真剣に尋ねているんですの」
「いや冗談も何も、本当に記憶が無いからそうとしか言いようが……」
そこまで言って上条は慌てて口をつぐんだ。
自分が記憶喪失である事を知っているのはカエル顔の医者と美琴の二人だけで、それ以外の人間に知られる訳にはいかなかったからだ。
そこまで考えて、上条は身体を起こしながらふと次の言葉を漏らした。
「でもよくよく考えたら御坂は俺の秘密を知ってるから、その意味じゃ特別な関係と言えなくもないな」
「なっ」
上条の何気ない言葉に白井は絶句しながら、突如沸き起こった正体不明の痛みに思わず胸を押さえた。
それはまるで、普段愛しのお姉様がこの殿方に心奪われているのを嫉妬するのによく似た感情だった。
(いや、似ているのではなく嫉妬そのもの……まさか私、この殿方に)
「おーい、どうした白井。急に無言で獅子舞みたく首を横に振って?」
「な、何でもありませんわ!
それよりも一体どんな秘密を握られてるというのですか!?
つーかさっさと吐きやがれですの!!」
「急に黙り込んだと思ったら、今度はやたらとハイテンションだなおい! アップダウン激し過ぎるぞお前!」
白井が照れ隠しでまくし立てている事に上条が気付かないまま、二人の言い争いは注文した料理が届くまで続けられた。