「さあさあ、遠慮せずに召し上がって」  
「は、はぁ。でもやはり道案内程度で御馳走になるのは如何なものかと……」  
 常盤台唯一の『空間移動』使いにして『風紀委員』でもある白井黒子は、先程ウェイターがアップルティーとオレンジタルトを運んできたにも関わらず、なおもそれを丁重に断る。  
「あらあら、年に似合わず随分と遠慮深いのね。  
 でも本当に遠慮しないで頂戴」  
 それでも押しの一手でお茶と菓子を更に薦めてくる物腰柔らかい女性、上条詩菜はニコニコと笑顔を目前の少女に向けていた。  
 普段誰にでも正直な黒子も、正面から押し寄せる善意という名の接待攻勢と後背から感じる正体不明のプレッシャーに挟まれた現状では、ただ呻く事しかできなかった。  
 
「どうしてこうなった」  
   
 
〜 とある黒子のティータイム 〜  
 
 
 つい30分程前、巡回も終りに差し掛かっていた黒子が道端でオロオロする詩菜を発見したのが全てのきっかけだった。  
 聞けば息子の通う学校から呼び出しを受け学園都市にやってきたはいいが、その帰り一緒に居た息子が毎度のハードラックぶりを発揮し預かっていた母親のバスチケットを強風にさらわれてしまい、それを追って何処かへ行ってしまったらしい。  
 途方に暮れていた詩菜に、黒子はとりあえず本来の行先だったバスターミナルで先に待つ事を提案し、もののついでということで『空間移動』で送る事にした。  
 そこまでは良かったのだがターミナルに着いていざ別れようとした際、詩菜は息子に勝るとも劣らない善意の押し付けぶりを発揮し、黒子が戸惑っている間にターミナル内の喫茶店へ連行し、今に至るという訳である。  
「でも本当に助かったわ、おかげであっという間にバスターミナルへ辿り着く事ができたわ」  
「いえ、大した事ではありませんのでお気になさらないで下さいまし」  
 黒子はそう返答すると、巡回時間は終わったからよいかと内心割り切り、先程まで断っていた紅茶にようやく口を付けた。  
「こちらこそわざわざ御馳走していただき、申し訳ありませんわ」  
「気になさらないで、まさか『空間移動』をこういう形で体験させてもらえるとは夢にも思わなかったから、そのお礼よ白井さん」  
 ショートケーキをフォークで綺麗に切り分けながら、詩菜は上品な笑顔を浮かべた。  
 ちなみに先程互いに自己紹介した際、詩菜があの類人猿の母親である事に気付いた黒子は、しかし敢えて申し出る必要も無いかと思い直し話を続けた。  
 
「それで息子さんと連絡は付いたんですの?」  
「ええ、さっきターミナルで先に待ってると携帯にメール送ったら、こんな返信がきたわ」  
 そう言って詩菜が見せてくれた携帯のディスプレイには『チケット奪取、現在不良さん達と追いかけっこなう』という文面が表示されていた。  
「もうしばらく待たないといけないみたいね」  
 何でもない様子で語りながらダージリンティーを啜る詩菜に、黒子は苦笑いしながら心の中で呟いた。  
「どうしてそうなった?」  
 
 
「いやチケット発見した先で女の子が頭悪い人達に囲まれてたのをたまたま見かけたもんだから、チケット拾うついでにその子助け出して不良共挑発して絶賛囮中なんだよねって俺は一体誰に弁解してるんだ?  
 とにかく不幸だーっ!」  
 
 
「またかあの野郎」  
「どうかなさったの、白井さん?」  
「いえ、理由は分かりませんが急にムカついただけですので」  
 聞こえない筈の当麻の叫びに何故か反応しながら、黒子はやや不機嫌そうに紅茶を啜る。  
 また黒子の呟きへ同意するかのように、背後からの威圧感も一層強まった気がした。  
「まあ大した事ではありませんから、気にしないで下さいませ」  
「それならいいのだけど。さっきから何か気にしてるみたいだから、実は恋人さんとデートの約束でもあるんじゃないかと思ったわ」  
 その言葉を聞くやいなや黒子は何故か当麻と自分が仲睦まじく歩く光景を想像し、飲んでいたアップルティーを毒霧の如く噴き出した。  
「あらあら、大丈夫?」  
「だ、大丈夫ですの、『風紀委員』はこれしきの事でうろたえませんわ!」  
 言葉とは裏腹に十分過ぎるくらいうろたえている目前の『風紀委員』を、上条詩菜は興味深そうに見守りながら紅茶を啜った。  
「と、ところで今回詩菜さんがここにいらしたのは、どのような御用件でですの?」  
「ええ、実は当麻さんの通う高校から呼び出しを受けまして、あ、当麻さんというのは私の息子なんですけど、恥ずかしながら留年の可能性があるそうなの」  
 今度は本当に困った様子で吐露する詩菜に、黒子の脳裏にまたもあの類人猿の間抜け面が過る。  
 まああれだけ人助けばかりしていたら、学業が疎かになるのも道理ですわね……そう考えつつも一方でそれが彼らしいと思いながら、黒子はオレンジタルトを口に運んだ。  
「あらあら、今度は随分と嬉しそうな顔ですけど、もしかしてうちの当麻さんと恋人さんって似ているのかしら?」  
 またしてもそんな不意打ちめいた言葉に、黒子は持っていたフォークを思わず皿へと突き立てた。  
「そ、そんな事ありませんわ!  
 も、もう詩菜さんたら冗談がお好きなんだからオホホホホホ!」  
 明らかに動揺した口調でガチャガチャとフォークを突き立てたままごまかす黒子を、詩菜は不思議そうな顔で見守る。  
 ちなみに黒子が詩菜の事を名前で呼んでいるのは詩菜自身がそう呼んで構わないと申し出たからであったが、『上条さん』と呼ぶと無条件で当麻の事を連想してしまうからでもあったりする。  
 
「そ、それにしても詩菜さんって、高校生の御子息が居るとは思えない若さですわね」  
「あらあら、お世辞でも嬉しいわ白井さん」  
 そう言いながら笑う詩菜だったが、黒子にとってはお世辞でも何でもなくただの本心だった。  
「でもね白井さん、よく覚えておくといいわ。女はね、いくら若さを保ててもそれだけで男を引き付けられる訳じゃないのよ」  
「それは実体験からの経験談ですの?」   
「ええ、残念な事に。多分今頃もきっと−−」  
 
 
「いやだからたまたま仕事明けで入ったバーで乱闘始まったんで隣で飲んでた美人さんを逃がしてあげたらいたく感動されてそこまではよかったんだけど  
なんか知らない間にホテル連れ込まれて今こうして裸で迫られているのは決して自分の意思じゃないんだって一体僕は誰に弁明しているんだ?  
 とにかくごめんなさいでしたーっ!」  
 
 
「あらあら、またですか」  
「ど、どうかなさいましたの?」  
「いえ何でもないわ、ただの独り言なので気になさらないで」  
「そ、そうですの」  
 突然暗い微笑を浮かべながらショートケーキを力一杯めった刺しにする詩菜に、黒子は冷汗を垂らしながら曖昧に頷くしかなかった。  
「それにしても前々から思っていたのだけど、学園都市ってもっと近未来な世界を想像していたのに、実際に来てみれば随分と普通な街で少しがっかりなのよね」  
「あ、それは私も同意ですわ。ここに来る前はチューブの中を走る列車とか空飛ぶ自動車なんかを期待していたのですけど、実際には御覧の通りですし」  
「まあ嬉しい、私と同じ事考えてる人が居るなんて。  
 やっぱりあのレトロでチープなデザインこそ近未来って感じよね。  
 なのにうちの人や当麻さんときたら、それを全然分かってくれなくて−−」  
 などと意外な方面で話が盛り上がり始めた頃、そんな二人を背後からじっと見つめる二対の視線があった。  
「何であの二人がこんな所で談笑してるのよ……?」  
「ねえねえ短髪、カレーも頼んでいい?」  
 訂正、真剣に見つめているのは片方だけだった。  
 
 いつものように当麻からおいてけぼりにされたインデックスが彼を捜索中に偶然喫茶店へ入る二人を見かけたところで、こちらもいつものように当麻からスルーされ(不良共から逃走中)  
全力で追跡中だった美琴がその途中でインデックスを見つけ、その視線の先に居た詩菜と黒子を芋蔓式に発見する。  
 気になるアイツの母親とこちらの貞操を付け狙う後輩という、ありえない組み合わせに平静でいられなくなった美琴は、その二人へ声をかけようとしていたインデックスの口を即座に押さえ、共に近くの席で様子を伺っているという次第だった。  
 
 
「本当に、どうしてそうなったのよ……?」  
「そうだね、カレーよりもピザの方が良かったかも」  
「誰もアンタの好みなんか聞いてないわよ!  
 そもそもあんた、いくら私が奢ってあげてるからってちょっとは遠慮しなさいよ。シスターのくせに卑し過ぎよ」  
「短髪、私シスターだけど回復魔術は使えないんだよ」  
「何訳の分からん事をっていうか脳内で勝手に『癒し過ぎ』って誤変換すんなこのアホンダラ!」  
 そして二人の会話が噛み合わないのも、いつも通りだった。  
 
 
「−−という訳で、その若造はいつもいつも私とお姉様の邪魔をしてくれやがるので、つい先日も『空間移動』でドロップキックを喰らわせてやったんですの」  
「あらあら、見かけによらず随分とバイオレンスなお嬢さんなのね」  
 そのバイオレンスによって自分の息子が毎度毎度虐げられている事実を知らない母親は、長話が一段落したところでふと溜息を漏らした。  
「でも実際に『空間移動』ってできるものなのね、SF小説や漫画だけの話だと思っていたわ。レベル4の能力者ともなると、本当に凄いのね」  
「いえ、それほどでも」  
 謙遜しながらも黒子は満更でもない気分で、残り少なくなったアップルティーに口を付ける。  
「当麻さんもそれくらいの能力があれば今みたいに苦労する事も無かったんでしょうけどね。  
 でも元々能力開発が目的じゃなかったから、レベル0でも一向に構わなかったんだけど」  
 その何気ない一言に黒子はタルトを口に運ぼうとしていた手を止め、美琴も食べかけだったホットドックを皿に置き耳を傾けた。  
 もっともインデックスだけは、一心不乱にカレーライス大盛を攻略していたが。  
 
「能力開発が目的で無いとは、一体どういう事ですの?」  
「うーん、ちょっと長い話になるんだけど、いいかしら?」  
「い、いえ、家庭の事情に関わる事でしたら無理にとは……」  
「構わないわ。むしろあなたみたいな娘さんから、子供の立場で私達のような親がどんな風に見えるのか聞かせてほしいくらいなの」  
 そう前置きして語り出した詩菜の話は、以前彼女の夫である当夜が息子の当麻に聞かせたものと同じ内容だった。  
 当麻が昔から『疫病神』と呼ばれる程の不幸ぶりで子供はおろか大人達からでさえ迫害されていた事、その度を越えた不幸ぶりがマスコミから誇張されて報じられた揚句誘拐まで起きた事、  
 そして自分達夫妻の手では庇いきれなくった為に息子が幼稚園を卒園後学園都市に送った事等々、それは彼の事をよく知っていたつもりの黒子達ですら驚く事ばかりだった。  
 思いもかけない内容に黒子は勿論、聞き耳を立てていた美琴や食事に夢中だった筈のインデックスまでもが声も出ないといった様子で、詩菜の話を聞き入っている。  
「私も当夜さんもあの子の為を思って学園都市に送ったのだけれど、  
陰湿な虐めが無くなりはしても根本的な解決には至らなかったわ。  
 結局のところ、私達の世間体を守っただけだったのよね。当麻さんから送られてくる手紙を読んで、それを思い知らされたわ。  
 うちの人なんか思い詰めたあまり、オカルトにまで手を出したくらいよ」  
「詩菜さん……」  
「あらごめんなさい、同情してもらう為に聞かせた訳じゃなかったのに。何れにしても私達はこんな不出来な親だから、たとえどんなに成績が悪かろうがサボりが多かろうが、当麻さんを叱る資格なんて無いの。  
 グレないでくれただけでも僥倖とすら思うわ。  
 むしろ当麻さんの不幸を私達が担ってあげたいくらいなのに、身代わりすら許してくれないのだから神様って結構意地悪よね」  
 そんな自嘲めいた言葉に、黒子は何と言葉をかけてやればよいのかすぐには思い付かず、また美琴も顔を伏せたまま一言も発せない。  
 そして神様という言葉が特に堪えたのか、インデックスは沈痛な面持ちで両手を握り締めている。  
 そんな中ウェイターが冷水を注ぎにやってきたが、紅茶がまだ残っていたにも関わらず「結構です」の一言すら言い出せない程、二人の間には重苦しい雰囲気が横たわっていた。  
 一通り話し終え、すっかり冷めきったダージリンティーを飲む詩菜に、それでも黒子は意を決して口を開く。  
「詩菜さん、私の感想を伺いたいとの事でしたけど」  
「ええ、是非お願いするわ」  
 陰りのある笑顔に思わずくじけそうになる黒子だったが、それでも何とか堪えて言葉を続けた。  
「ならば遠慮無く申し上げさせて頂きますが、率直に言って御両親は当麻さんを過小評価していますわ」  
「過小評価?」  
 意外過ぎる回答に詩菜は勿論、意気消沈していた二人の少女も互いに顔を上げて話の続きを待つ。  
「ええ、確かにあなたの御子息は不幸かもしれないですの。  
 でも私が知る限り、あの殿方は不幸を理由にして後悔した事など一度としてありませんわ」  
 勿論黒子は当麻の全てを知っている訳ではない。  
 しかしそれでも、あの上条当麻が不幸を理由にして後悔する事など地球が滅亡してもありえないと、知り合ってまだ半年にも満たない彼女にもそう断言できた。  
 あのツンツン頭な高校生は馬鹿で、単純で、しかしそれ以上に度し難いほどお節介で諦めの悪い男だからだ。  
 そうでなければ『残骸』騒動の際、さして接点が無かった筈の自分を命がけで助けたりはしなかっただろう。  
 
「あの殿方の事ですの、むしろ自分に不幸が巡ってきて良かったとさえ思っていますわ」  
「でもそんな生き方をしていたら……」  
「えぇ、よくよく考えなくとも潰れてしまうでしょうね。  
 だからこそ、周囲が放っておかないのでしょうけど」  
 その『周囲』に黒子自身も含まれているのは、仕方ないと言わんばかりに嘆息する彼女の顔を見れば尋ねるまでもない事だった。  
 そして互いの顔を見ながら頷く美琴とインデックスにとっても、それはもはや語る必要すら無い規定事項である。  
「生意気を承知で申し上げますが、詩菜さんはもっと御子息を誇りに思うべきですわ。不幸の星の元へ生まれた事を恨むばかりか幸せだと思える奇特な人間は、そうそう居ないですもの。  
 だからあなたがやるべきは当麻さんの不幸を補ってやる事ではなく、あの方の不幸に屈しない強さを信じて差し上げる事だと私は愚考しますわ」  
「……」  
 黒子の心からの言葉に、詩菜は目尻を拭いながら笑顔を浮かべる。  
「白井さん、変な話だけど私、あなたからそんな風に言われて初めて当麻さんの不幸が誇らしく思えたわ。  
 本当にありがとう」  
「いえ、こちらこそ青二才風情な私の言葉を真剣に聞いて下さって感謝致しますわ」  
 そう言葉を交わして互いに頭を下げる二人を美琴は穏やかな笑顔で、インデックスは喜色満面な表情で見守っていた。  
 しかしそれも次の台詞を聞くまでの話だったが。  
「でも敢えて苦言を呈させてもらうなら、あの方自分で不幸不幸とのたまってる割に女性と懇ろな仲になる頻度が異常に高い事ですわね。  
 あれを見ていたら本当に不幸なのか、怪しく思えてきますわ」  
 黒子の述懐に詩菜は困ったような苦笑いを浮かべ、美琴とインデックスは一転して不機嫌と化した表情で互いを睨んだ。  
「その点に関しては父親から受け継いだ病気というか遺伝みたいなものだから、仕方ないのよね」  
「そうでございましょうね、あれはもう女垂らしとかジゴロなどというレベルを超越していますわ」  
 そしてこちらも言ってて不機嫌になったのか、黒子は残っていたオレンジタルトにフォークをザクザク突き立てていた。  
「ところで白井さん、さっきからずっと気になっていたんだけど、もしかして当麻さんのお知り合いなの?」  
「へ? いやまあその、知り合いと言っていいのかどうか」  
 お姉様を巡っての恋敵も知り合いというべきなのだろうか、でも命を助けてもらった恩人であるのも事実だし……返答に窮している黒子を、詩菜は次のように解釈した。  
「あらあら、じゃあひょっとして当麻さんのいい人なのかしら?」  
「なっ!?」  
 予想外の台詞に思わず立ち上がる黒子と、その背後で先程の詩菜ばりに黒いオーラを漂わせる美琴&インデックス。  
 あの類人猿の恋人と勘違いされて動揺し、更に後ろの二人が放つ刺すような視線に悪寒を覚えたせいで、黒子は立ち上がった弾みで零した冷水に気を回す余裕すらない。  
「なるほど、さっきから当麻さんの事を聞く度に百面相してたのもそのせいだったのね」  
「そ、それは誤解でして、あの殿方は私にとって恋敵以外何者でもないと」  
「そうね、あの子昔から惚れられやすいから恋敵が多くて大変よ」  
「恋敵の意味が違いますのっていうかお願いですから詩菜さんこちらの話を聞いて下さいまし!  
 あの殿方と私は言葉で言い表せないくらいの間柄でってあら?」  
 そう言いながら黒子が向かいに座る詩菜の元へ駆け寄ろうとしたその時、丁度転がっていた冷水の氷を踏んでバランスを崩す。  
 咄嗟の事で『空間移動』も間に合わずこのまま床に転倒するかと思われたその時、  
「おっと、大丈夫か?  
 ってお前白井か、なんで母さんと一緒に居るんだ?」  
 彼女の両肩を抱き止めながら声をかけてきたのは、今まさに話題へ上っていた上条当麻その人だった。  
「と、殿方、何故ここに!?」  
「いややっと不良共を撒けたんで、バスチケットを届けに上条さんはここへ参上した訳ですが。  
 それよりも母さん、本当に何で白井と一緒に」  
「あらあら、やっぱりそういう間柄だったのね」  
 こちらの疑問を遮った母親の底抜けに明るい声へ、当麻は訳が分からないまま返答した。  
「そういう間柄って言われても、エンジョイ&エキサイティングな関係としか言いようがないよな、白井……ってあれ、何ですか白井さん、その恋する乙女みたいなリアクションは?」  
 それが引き金となったのか、まるで恋人のように黒子を抱き止めている当麻へ、その背後から白い影と紫電の拳が襲い掛かってきた。  
 
「あらあら、当麻さんだけじゃなくこんなにたくさん見送りへ来てくれるなんて、母さん嬉しいわ」  
「うん、また来るといいんだよ」  
「無駄飯食いの分際で何偉そうに言ってるのよアンタは」  
 夕暮れのターミナルでそんなやりとりを交わす母親と噛み付きシスター&ビリビリ中学生を、当麻は歯型の残る頭と腫れ上がった頬を交互にさすりながらぼんやりと見守る。  
 傍らには何故か顔を赤くしたまま一言も発しない白井黒子が居たが、こちらはこちらで全く目を合わそうとせず、先程まで詩菜と二人で何を話していたのか未だに聞けずじまいだった。  
 母さんも何があったか教えてくれないし、御坂もインデックスもなんかこっち見る度に思い出しムカムカしてるし、もう上条さんは訳が分からずさっぱりですよフコーダーなどと、  
当麻はもはや流れ作業と化したいつもの台詞を呟きながら、美琴とインデックスに別れの挨拶をしていた母親へ声をかけた。  
「母さん、次来た時はもうちょっと面白い所に案内するよ」  
「あらあら、それは楽しみにしておくわ。  
 でもできたら次は学校からの呼び出しやあなたの入院以外の事でここに呼んで頂戴ね」  
「ま、前向きに善処致します母上様」  
 薮蛇を踏んだと内心汗をかく当麻に、詩菜はニコニコと微笑みながら当麻の頬を撫でた。  
「でも母さん、今日は凄く嬉しかったわ。あなたの事を理解してくれている人がこんなにたくさん居るのが分かったんだから。  
 当麻さん、あなたは私達にとって自慢の息子よ」  
「母さん?」  
 突然真剣な声で語る母親に戸惑う当麻だったが、理由は不明ながら今回学園都市に来て何かいいことがあったらしいなと、納得する事にした。  
 そう考えていると、今度は詩菜が女性陣を眺めながらブツブツと何かを呟き始めた。  
「それにしても以前思った通り、当麻さんは妹キャラがツボなのかしら?  
 でも可愛いお嬢さんばかりで、当麻さんが目移りするのもよく分かるわ。  
 ただ母さん的にはあの子が凄く気に入ってるんだけど……」  
 思案に耽る詩菜を黒子以外の三人は不思議そうに見つめるが、それに気付かないまま彼女は何か決心した様子で顔を上げた。  
「……うん、決めたわ」  
「あのーお母様、一体何をお決めあそばしたのでございましょうか?」  
 先程同様息子の疑問へ一切答えぬまま詩菜は、先刻から立ち尽くしている黒子の前へ歩み寄ると、彼女の両手をそっと握った。  
「今日は本当にありがとうね。  
 ところでちょっとお願いがあるのだけど」  
「は、はい! なんでございますの!?」  
 ツインテールを跳ねるように顔を上げた少女へ、詩菜はニコニコと微笑みながら最初の爆弾を投下した。  
「今度会う時は是非お義母さんと呼んで頂戴ね、黒子さん」  
「ふぁい?」  
 苗字ではなく名前で呼ばれた事すら気付かず間の抜けた返答が漏れ出た黒子を余所に、詩菜は間髪入れずに本日第二弾となる爆弾を当麻に放った。  
「当麻さん、できたら孫は二人以上欲しいわ」  
「へ?」  
「あら、もうバスが出るわね。  
 それじゃ皆さん、ごきげんよう」  
 答えは聞いてないと言わんばかりの満足顔で上条詩菜はバスに乗車し、自分の席から当麻達へ手を振る。  
 定刻通り発車したバスへ手を振り返しながら、当麻は傍らで口をパクパクしながら震える黒子に声をかけた。  
「なあ白井、ありゃ一体どういう意味なんだ?」  
「ささささっぱりわわわ分かりませんわととと当麻さん!」  
 今日色々とあり過ぎて脳細胞が過負荷状態に陥っている少女に、そうだよなーと当麻は相槌を打つ。  
「まあそれは後でじっくり考えるとしてだ、今はこの原因不明な危機的状況からどう脱するかが先だと上条さんは提案してみるんだが」  
「きき危機的状況?」  
 呂律が回らないままな黒子の疑問に、当麻が無言で顎を向けたその先には、  
「ねえ黒子、あんたいつからこいつの母親と義理の親子関係で呼び合うような仲になった訳?  
 あといつの間にかそいつの事を名前で呼ぶようになってるのもすっごく気になってたんだけど」  
 全身を激しくスパークさせながらコインを向ける常盤台のエースと、  
「ねえねえとうまとうま、孫が二人以上欲しいってどういう意味なの?  
 私にも詳しく教えてほしいかも、でもその前にトウマノズコツヲカミクダク……」  
 ガッキンガッキンと歯を鳴らしながらにじり寄る白いシスターの姿があった。  
 
 
 その後動揺で固まって『空間移動』どころではない黒子を当麻がお姫様抱っこでさらって逃亡し、それを見て更に激昂した美琴とインデックスから二人が追い立てられるのは別のお話。  
 
 
「ふ、不幸ですの!!」  
「それは上条さんの台詞だと思うんですが」  
 
 
終  
 
 

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