「ひっく、ひっく、ひっく…………うわーん」  
 子供のように泣きじゃくりながら抱き付いてくる美琴に、上条は仕方ないという表情で艶を失っていた彼女の短髪を優しく撫でる。  
「ただいま御坂。この前はせっかく助けにきてくれたのにごめんな」  
「ひっく、ひっく、駄目よ。いくら謝ったって、絶対に、絶対に許して、やらないんだから……」  
 そう言葉を返しつつもしっかと手を離さない美琴に、上条は苦笑しながらただ謝り続けるしかなかった。  
 
 
 そんな二人を遠巻きから眺めているのは、シックないでたちをした金髪の少女と、今上条に抱き付いている『超電磁砲』と同じ容姿をした四人の少女だった。  
「はぁ、あの男一体どれだけの女を泣かしているんだ?  
 何人目なのかもう数える気すら起こらん」  
 レイヴィニア=バードウェイと名乗るその少女は、呆れ顔で首を振りながら傍に居た少女達、美琴の『妹達』へ向き直った。  
「で、お前達は行かんのか?  
 あのまま放っておいたら、ずっとあの女に独占されてしまうぞ」  
「ご心配には及びません、私とあの人の仲はあの程度で揺らぐ筈も無いと、ミサカ一〇〇三二号は拳を握り締めながら大人の女ぶりを示してみます」  
「そうです、これは長幼の順でお姉様へ先にチャンスを与えてあげているに過ぎませんと、ミサカ一三五七七号はハンカチを噛みながらサービス精神をあらわにしてみます」  
「それにいくら抱き付いたところであの人の鈍感ぶりは変わらないと、ミサカ一〇〇三九号は目を血走らせながらクールぶりを強調します」  
「ミ、ミサカの時にはあれ以上の事をやってもらうから全然悔しくないと、ミサカ一九〇九〇号は羨望の眼差しで順番を待ちます」  
 こいつら余裕ある振りしながらその実やせ我慢してるだけじゃないかと、レイヴィニアはこちらにも呆れつつ、更なる爆弾を投下した。  
「まあそれならそれでいいんだが、あんまりもたもたしてるとお前らみたくまたあいつ目当ての女がやってくるぞ?」  
「「「「!?」」」」  
 四人は同時に驚きのリアクションを示すと、未だ『お姉様』が抱き付いている彼目指し嫉妬と焦燥の赴くまま駆け出した。  
 
 
 一方その頃、とあるマンションの一角では、  
「テメェ、いきなり何盛ってンだ!?」  
「みっ、ミサカにも分かんないっ!」  
 『妹達』の嫉妬を濃縮して受信した影響で力一杯抱き締めてくる番外個体に、一方通行は彼女の胸の見た目以上の大きさと弾力に抗いながら引き剥がそうとしていた。  
「あー! 何横から掻っ攫った挙句また乳自慢しやがってと、ミサカはミサカは激しく地団太を踏んでみる!」  
 先程まで一方通行の膝上へご機嫌に座っていたのをキッチンまで蹴り飛ばされた打ち止めは駄々っ子しながら、援軍を求めるような目で近くに居た黄泉川愛穂を見つめる。  
「どうでもいいけど、このままだと一方通行、押し倒された挙句貞操まで奪われそうじゃん?」  
 それまで三人を眺めていた黄泉川の言葉に打ち止めが視線を向ければ、そこには上気した顔で一方通行に迫りながら服に手をかける番外個体の姿があった。  
「ハッ、あの泥棒猫は私の妹というポジションだけに飽き足らず、まさかあの人まで狙っていたとは、ミサカはミサカは驚愕しながら再び戦場へ舞い戻ってみる!」  
 打ち止めは憤然と立ち上がり一方通行が横たわるソファーへ跳躍すると、力一杯背中から抱き付いた。  
「クッ、何しやがるクソガキ!」  
「イェーイ、乳の大きさの差が戦力の決定的差ではないと言うことを教えてやると、ミサカはミサカは姉の威厳を示しながら貴様に挑戦状を叩き付けてみる!」  
「ヴァーカヴァーカ、ミサカはこんなモヤシどうでもいいけど、せっかくだから妹の義理でその挑戦受けて立ってやるわ」  
「よく言った小童と、ミサカはミサカはこの人の唇を奪いながら余裕の表情で勝ち誇ってみる!」  
「こういうのは先に勝利宣言した方が負けるんだよと、ミサカは妹ながら老婆心で忠告してあげる」  
「テメェらは人の話を聞ンム!?」  
 打ち止めに唇を奪われながら番外個体から剥かれる一方通行は、チョーカーの電極に触れる事すらできずなすがままにされるだった。  
「うんうん、仲良き事はいい事じゃん」  
「そんな風に見えるオマエの目は腐ってンじゃねェのかッ!?」  
 文字通り他人事のように呟く黄泉川へ、一方通行は思わずそう突っ込んだ。  
 
 
 ちなみに同時刻、『お姉様』から上条当麻を見事奪還した『妹達』四人は、公園でまだ日が高いにも関わらず彼に身体で迫り、奇しくも一方通行と同じ目に会わせていた。  
「ちょ、落ち着いて皆さん!?  
 というか俺の貞操をこんな凄い初体験で奪わないで!!」  
「「「「却下しますと、ミサカは一言で切って捨てます」」」」  
「何この人達一致団結してるの!?」  
 
 
 それぞれ違う場所で、だが同時に女性達からもみくちゃにされる上条当麻と一方通行だったが、無論そんな事は彼らが互いに知る由もなかった。  
 
「「まあとりあえずは、これで一件落着だな(じゃん)」」  
 
「「何処が!?」」  
 
 
「ア、アンタ達、こんなとこで何やってんのよ!?」  
 先程虚を突かれて『妹達』から上条を奪われ、我に返った美琴が街中を駆け回りようやく公園で5人を見つけた時、彼は彼女達から身包み剥がされている最中だった。  
「あぁ、神様仏様御坂様、とにもかくにも後ろ手縛られて剥かれてるこの上条さんをお助けくださンムゥ!?」  
「何をしていると言われても見ての通りですがと、ミサカ一〇〇三二号は質問に答えながらこの人に接吻をしながら親密さを強調します」  
「一〇〇三二号に機先を越された事を悔しがりながらこれからそれを挽回すべく、ミサカ一三五七七号はお姉様をスルーしながら彼を抱き締めその下着に手をかけます」  
「この人に裸も見られた事もないお姉様はそこでずっとツンデレってろと、ミサカ一〇〇三九号はお姉様に辛辣な言葉を吐きながら彼の手をミサカの胸に押し付けます」  
「だ、だからこの人とミサカ達の再会記念を邪魔しないでほしいと、ミサカ一九〇九〇号は懇願しながら彼の手をミサカの熱く熟れた秘所に運びます」  
 話をしている間にも上条をなすがままにする『妹達』に、それまで怒気と羞恥と嫉妬で震えていた美琴にもとうとう限界が訪れた。  
「ふ、ふざけんなーっ!!」  
 そんな掛け声と共に、美琴は久方ぶりに電撃の槍を全力全開で放った。  
「何かこのやり取りも随分と久々な気がするが、それはそれとしてこんなの喰らったら上条さんも『妹達』も死んじゃう〜!」  
 そしてこちらもいつものように、上条はその右手に宿る『幻想殺し』で一〇億ボルトの電撃を打ち消した。  
「何その子達助けてんのよアンタは!?  
 大人しくそのまま一緒に仲良く黒焦げにされなさいよ!」  
「何上条さんに無茶な要求してんだテメェ!」  
 ギャアギャアといつものように喚き出した二人を余所に、『妹達』はミサカネットワーク内で協議を開いていた。  
『この人のおかげでとりあえずは攻撃を防げましたが、このままではお姉様に彼を奪われてしまいますと、ミサカ一〇〇三二号はこの危機的状況の解決策を求めます』  
『でも残念ながらミサカ達ではいくら束になってもお姉様に及ばないと、ミサカ一三五七七号は厳しい現実を突きつけて落胆します』  
『しかし諦めたらそこで試合終了ですよと、ミサカ一〇〇三九号は何としても彼と情事を交わしたい旨を強調します』  
『そ、それなら不本意ながら、お姉様もそれに巻き込んでしまえばよいのではないかと、ミサカ一九〇九〇号は控えめに提案します』  
 最後の思わぬ発言に、ネットワーク内の全ミサカは『その発想は無かった』と言わんばかりに沈黙した。  
 
 それからミサカネットワーク内で激論が交わされた後(とはいってもほんの数秒だったが)、『妹達』はいい感じにヒートアップしていた上条と美琴の言い争いを止めるが如く彼に絡み合ったまま『お姉様』へ視線を向けた。  
「お姉様に一つ提案がありますと、ミサカ一〇〇三二号は全ミサカを代表して申し上げます」  
「何よ一体。そんな事より、さっさとその馬鹿を放して――」  
「お姉様の意思を尊重して一番手は譲りますのでここでご一緒しませんかと、ミサカは不承不承ながら提案します」  
 その一言で美琴の身体は、今にも第二撃を放とうとしていた電撃は枯れていくように収束し、代わりにその顔が羞恥と期待で真っ赤に染まっていた。  
「いいいい一緒とか一番手って、一体どういう意味よ!?」  
「どういう意味も何もそのままの意味ですがと、ミサカは今更カマトトぶってんじゃねぇよと内心悪態吐きながらお姉様に返答します」  
 無表情ながら軽侮と悪意が混じった視線を返す御坂妹に、美琴は珍しく何も言い返さないまましばらく考え込んだ。  
「…………その話、マジ?」  
「マジですと、ミサカは先程ミサカネットワーク内でその旨が決定した事も補足して述べます」  
 それを聞くと美琴は覚悟を決めた表情で、何がどうなっているのか分からない表情の上条を見据えた。  
 
「駄目よ」  
「そうですかと、ミサカは落胆の溜息を漏らしながら――」  
「当たり前じゃない、こんなとこで、その、は、初体験だなんて。  
 だからさっさと行くわよ」  
 美琴の予想外な返答に、御坂妹は首を傾げながら口を開いた。  
「一体何処へ行くのですかと、ミサカは困惑気味にお姉様へ尋ねます」  
「私がクローク代わりに使ってるホテルがあるから、そこへこいつを連れて行けばいいじゃない」  
 それがすなわちミサカ達の提案を快諾した旨であるのは、美琴の上気した顔を見れば聞くまでも無いことだった。  
「了解しました。では善を急げと言いますし早く出発しましょうと、ミサカは立ち上がりながらこの場に居る全員を急かします」  
「そうね、あんた達探している間にもこいつ目当てで学園都市に来てる女を何人も見かけたし」  
 二人の頷きを合図に、美琴と妹達はまるでお宝を運ぶような扱いで上条を拘束しながら歩き出した。  
 公園を出ようとしたその時、それまで話をするタイミングを失い全身を彼女達に拘束された上条は訳が分からないという表情のまま、恐る恐る切り出した。  
「あのー、今更なんですが上条さんの意思は?」  
「「「「「無いわよ(です)」」」」」  
 そんな力強い返答に、上条はいつもの台詞を呟きながら項垂れた。  
「不幸だ…………」  
 
 
 一方その頃、とあるマンションの寝室では、一勝負終わったと言わんばかりにベッドの縁で煙草を吹かす番外個体と(ちなみに煙草は黄泉川から奪った物)、やはり同じベッドでもはや喋る気力も尽きた一方通行が打ち止めにしがみ付かれた状態で横たわっていた。  
「やっぱりモヤシだったねぇ、アンタ。こんなんじゃミサカの本気に耐えられないよ」  
「でもでもそれはこれから鍛えていけばいいんだよとと、ミサカはミサカはあなたをミサカ色に染める事を宣言してみる!」  
「…………どうしてこうなったァ?」  
 そんな一方通行の呟きを無視するが如く、番外個体は灰皿に煙草を押し付けて消すと、第二ラウンド開始と言わんばかりに再び彼の上へ覆い被さった。  
 
 
 今度こそ終り  
 
 

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