隣で映画を見ているショチトルが、内容に集中できていないのがわかる。
まるで気のない目でスクリーンを眺めたまま、椅子の上で時折もぞもぞと体を動かしたり、惰性でポップコーンを口に運んだりしている。
「この映画は好みではありませんか?」
「……別に。よくわからないだけだ」
小声で問いかけると、彼女は視線を正面に注いだまま否定する。
「やはり日本語は難しいですか?」
「違う、そうじゃない。理解できないと言ってるんだ」
むっとしたような顔をこちらに向け、ショチトルは前方を指さす。
「なあエツァリ、何故この者たちはこうもはっきりしないんだ。
言いたいことがあるならはっきりと言え。誤魔化すな。顔を逸らして黙るな。
そして、何故この女はバレバレの態度をとっておいて、指摘されると怒るのか。
無性にイライラする」
スクリーンの中で繰り広げられる、日本のティーンエイジャーのもどかしい恋物語に矢継ぎ早に質問と苦言を投げかける。
……最後のあたりで苦虫を潰したような顔をしていたのは何故なんだろう。
ああいうタイプとはそりが合わないんでしょうか、ショチトルは。
「婉曲や恥じらいはこの国の美徳なんですよ」
可愛らしいと思うんですけれどねえ、ああいう女性。
「ふうん、文化が違うと、こうも考え方が違うのか。……理解できない」
「すみません。気晴らしに、とでも思ったのですが。選択ミスでしたね」
どうもこのごろ、よかれと思ってやったことが裏目に出てしまう。込み上げてくる苦笑を頬に乗せ、彼女に提案する。
「帰りましょうか?」
「イヤ!」
突然、ショチトルの大きな声が劇場に響いた。
言われた自分も驚いたが、声を出した本人が一番驚いているようで、目を見開いて唖然としている。
硬直した彼女はひとまず置いて、周囲の非難の視線に慌てて頭を下げてまわった。ぐるりと会釈を済ませて席につく。
ショチトルを見やると、やっとフリーズが解けた彼女が、あわあわと小声で弁明を始めた。
「………………イ、いや、か、帰、ちがう、感情移入、い、いや、共感しにくいだけで!
好みじゃないとか……嫌だとか、……そういうことをいっているのではない。
…………………帰りたいなんて、言って、ない…………」
要領を得ないソレはどんどん尻すぼみになっていき、最後はほとんど消え入るような調子だった。
「………………」
「…………はあ」
一息ごとに動揺し平静さを失っていく顔を見詰めていると、ショチトルはだんだん顔を背けていく。十秒もしないうちに、完全に俯いてしまった。
……やれやれ。
「ショチトル」
肘掛けに置かれた手の項にそっと手を重ねると、彼女は少し身を固くした。
「―――― ッな」
何かを言いかけた彼女を制するように、手のひらを撫でる。
そっと指先で爪を擽ると、ショチトルはますます深く俯いた。
ふわりとかかるサイドの髪の間から見える、小さな耳が赤い。
白い肌というのは、人によっては羨望の対象だが、これもまた難儀なものだなと思う。
ねえショチトル。素直で、嘘をつけない子。
照れてしまっているのが簡単にわかってしまいますよ。
期待してしまっているんでしょう。
本当にあなたは、自分のことが好きですね。
なんて可愛らしい、なんてかわいそうなショチトル。
「ねえ、帰ってもっと楽しいことしましょうか、ショチトル」