学校に着くとすぐさま靴を履き変え、一息に教室まで走る。
そのまま逡巡して隠れられそうな場所を探す。
目についたのは教卓と掃除用具ロッカー。
(教卓は結構あっさり見つかりそうだしな…)
自分自身で納得し頷いた上条は、
「姫神、ちょっとこっち」
そういって姫神を掃除用具ロッカーの前まで連れてきた。
「とりあえずこの中に入ってやり過ごすから、狭いかもしれないが我慢してくれ」
ロッカーを開きまず姫神を逆さになったバケツの上に立たせる。
そして上条がその隙間に箒を押しのけながら入った。
「とりあえずこの中に入ってやり過ごすから」
そう言って上条が指差したのは掃除用具を収めるロッカーだった。
(成る程。これならだいじょ…)
納得しかけ、ふと思う。
見た目に反して(?)ロッカーは広いのだが、ひと二人を収めるにはやはり手狭だ。
となると当然激しく密着することになる。
(うぇぇぇ!?)
考え、そして心の中で絶叫した。
(いくらさっきまで。ぴったりと。密着していたからといって。流石にこれは。マズイと思うんだけど)
そして盛大に慌て始める。勿論心の中でである。
(いろいろと。その。触れちゃうし)
慌てる姫神を見事スルーしロッカーの中に押し込む上条。
(ぇ。ぅあ。ちょっ)
抵抗しようとするが時既に遅し。
二人ともしっかりピッタリ密着しながら上条はロッカーの扉を締めた。
(…うぅ。…気にしてないの?)
くっついていることで上条の温もりや匂いを感じられるのは充分に幸せな事なのだが、いかんせん状況が状況である。
(やっぱり。胸は。大きい方が。好みなのかな)
いろいろと気になったりもするのだ。
(でも。こうしているのは。嬉しい)
ロッカーの隙間から外を眺める上条を見つめる。
バケツのおかげで上条の顔が思いの外近くにある。
(キス。出来そうな。距離かな)
思った瞬間、急に上条の唇を意識してしまった。
(うぅ。気付かなきゃよかった…)
ちょっとした後悔。
そして、
(…して。みようかな。キス)
膨らむ好奇心。
どんどん動悸が早くなっていき、瞳が上条の唇に強く引き付けられていく。
(頬。頬なら。冗談で。済ませられる)
冗談。
つきん、と心が痛む。
(……冗談で。本当に冗談で。いいの?)
自問する。
答えは、
(やっぱり。いや)
一緒にいればいるほど姫神の中の上条に対する気持ちは大きくなっていく。
もっと私を見てほしい。
私を抱きしめてほしい。
ずっと、ずっと私の側にいてほしい。
(でも)
私だけが思っている事じゃないと思う。
(だからこそ)
側に居たいと思う。
例えどんなに辛くても。
私は離れない、と姫神は心に誓う。
ガラっ!
物思いに耽っていた姫神の耳に教室の扉が開く音が届いた。
若干身を固くする上条。
それを、大丈夫、と慰めるように抱きしめる。
驚いたように視線を姫神へと落とす上条。
「…こっちやと思たんやけど…」
青髪ピアスは暫く教室の中を調べた後、
「…おらん」
ぽつりと呟いて教室から出ていった。
青髪ピアスが教室から出ていっても姫神は上条を抱きしめたままだった。
「あの〜姫神さん?」
まだ近くにいるとバレるので小声で姫神に声をかける。
「何?」
表情的にはいつもと変わらないが姫神の頬は真っ赤に染まっていた。
「えーと、そろそろ外に出ようかと思うのですが」
もぞもぞ動く上条。
(うぁーブラ越しの胸の感触が結構気持ちいいじゃなくてやべ意識したら血液が集まっ密着してるからわかっちまうじゃんこれとか言ってる場合じゃねー)
実はかなり意識していたりする。
姫神は女の子だ。
これだけ密着していれば反応くらいしてしまう。
それまで何とか我慢できたのは追われているという緊張感があったからだ。
(やっぱ姫神ってやらけーなーってそんな事考えてると局部的に元気にみぎゃーヤバいマジで元気になってきフトモモに当たせいやっ)
混乱しつつも腰の位置を調節することで、姫神の体に当たるという危機的状況は回避できた。
ただ、上条ジュニアはしっかり姫神の足の間の微妙に触れないポジションにおりはっきり言ってここから抜け出せなかったりする。
しかもかなり足腰に悪いポーズなのだ。
(男としてそーゆーのはアウトなんじゃないかと思やめきゃー姫神さん動かないでー!)
うねうねくねくねと腰を振りながら何とか接触は避ける。
(バレてないバレてないはずとりあえず脱出しないとだー右はダメだってしゃがもうとしないー!)
上条の中で理性と欲望が交錯する。
(あー『不幸』だー!)
(う。何で。こんな。妙な。動き方を。するの?)
この時、上条の意識は膨張した下腹部に向いており上半身も動いていたことに気付いていない。
(ぁ。ぁう。ん。ぅ)
まぁ、例えブラ越しとはいえ擦れば多少気持ちも良くなる訳で。
(はぅ。ちょっと。もどかし)
なんて思ってしまい頭を振ってそれを追い出そうとする。
(違っ。そうじゃなくて。早く出ないと。変な。気分になる)
多少息も荒くなっているが、とりあえずロッカーの扉を開けまず姫神が降り、
(は。ぇ?)
ようとして何かに引っ掛かった。
姫神の視線が上条の下腹部に向き、
(これは。もしかし)
ぼふん。
「てぇぇ!?」
気付いたところでまたもや煙を上げる。
(え。だ。だって。全然気にしてなくて。でも。ちょっと嬉し。じゃなくて)
混乱する思考の中でともかく上条から離れる選択肢を選ぶ。
(ぅ。うぅ。当たる…。すごく)
が、当然の事ながらバッチリ触れちゃう訳で。
「えいやっ」
無理矢理体を捻って脱出した。
そして床に手を着き、
「…はぁー。ふぅー。…はぁー。ふぅー」
激しく息継ぎをする。
(損したのか。得したのか。いまいち。わからない)
暫く悩んだ後、自分が上条から離れていることに気付いた。
(あんなことがあって。すぐだから。ちょっと気まずい)
それでも手は繋がなくてはならない。
上条は上条で恥ずかしそうに頬を掻いていたりする。
数瞬の間。
先に動いたのは姫神だった。
「手。繋がないと」
困る、と続けようとして口ごもる。
(…困るから。手を。繋ぐ)
どうしても割り切れなかった。
(…仕方なく。手を。繋ぐ)
頭で理解しているつもりでも心のどこかが拒絶する。
「………やっぱり。……好きだから。って。手を繋いで。ほしい」
思わず口をついて出た言葉。自分でも驚き、慌てて口をつぐむ。
(どう。しよう)
余計気まずくなった気がする。
でもそう思っていることは本当で、自分だけを見てほしいことも事実で、そうならないこともわかってて。
(せつない)
想えば想うほど切なさは募り、どうしようもない塊になっていく。
(何で。こんなに)
理由はわかっている。
でも、それを形にしたら多分あの人の重荷になる。
だから、駄目。
(でも)
恋しい。
好きといってほしい。
抱きしめてほしい。
キスしてほしい。
とめどなくあふれる上条に対する気持ち。
(抑え。なきゃ)
その気持ちに無理矢理フタをしようとする。
想っては駄目だと、叶わないのだからと無理に納得させる。
(私は。大丈夫)
そう思った。
だが姫神は、
「…ひ、め…神?」
泣いていた。
「…ひ、め…神?」
突然泣き出した姫神。
思わず呟く上条。
その透明な雫は姫神の真っ白な頬を伝い、制服に小さな染みを作る。
(何でイキナリ!? 上条さん何かしましたか!?)
見た目呆然とした表情だが、心の中では相当焦っていた。
(アレか!? やっぱり上条ジュニアが悪いのか!? でもあれは不可抗力だし!)
心の中で頭を抱える。
「…っぱ………理…」
ぽつりと姫神が呟いた。
そしてガバッ、と上条に抱き着く。
(はぃぃ!?)
狼狽える上条。
「…無理だよ。君への気持ちは。ごまかせない」
今度こそはっきり聞こえる姫神の呟き。
(俺への、気持ち?)
どういうことだろう、と考えるより早く姫神が答えを口にした。
「私は。君が。好き」
ドキン、と鼓動が一拍速くなる。
(…好き? …誰を? 俺を!?)
多分上条の鼓動は全て姫神に伝わっているだろう。
「…姫が」
するりと抱擁を解いた姫神は、その流れで首に腕を絡め自身を持ち上げると、
「ん」
上条の唇に自身のそれを重ねた。
「んぅ!?」
ほんの一瞬の口づけ。
たったそれだけの行為で思考能力の大半を奪われてしまう。
「…な、ぅえ?」
頬に水が伝う感触を感じる。
意識の外で、自分が涙を流しているんだと姫神は認識していた。
「やっぱり。無理」
呟く。それは聞こえないほど小さなものだった。
そして、これ以上ないくらい強く上条に抱き着く。
「…無理だよ。君への気持ちは。ごまかせない」
今度ははっきりと、でも呟くように言葉を紡いだ。
(私は。上条当麻が。好き)
そう、それは確かな想い。
姫神秋沙の確かな気持ち。
だから言おう。
「私は。君が。好き」
淀みなく放たれる言葉。
どこまでも真っ直ぐな姫神の気持ち。
(ドキドキ。してくれてる。嬉しい)
速くなった鼓動を聞きながら思う。
それなら、
「…姫が」
もう一つの意思表示を。
体に回していた腕を解くと、今度は首に腕を伸ばし、自身の体を持ち上げるように上条を引き寄せ、
「ん」
上条の唇を奪った。
「んぅ!?」
驚いて目を見開く上条。
「…な、ぅえ?」
戯れのような刹那のキス。
それは姫神が本気であることの証明でもあった。
「ごめん。君が。欲しかったの」
もう一度腕を解き上条を見つめる。
その瞳はとても不安げで、頬に残る雫とあいまってまるで泣いているようにも見える。
「ごめん。君が。欲しかったの」
思考能力が低下した上条の頭に、その言葉はまるでハンマーでも振り下ろしたかのようなダメージがあった。
危うく理性が崩れそうになる。
(…ひ、め…神)
上条に向けられる不安げな瞳。
(…姫、神)
その表情を見つめているうちに、急速に思考能力を取り戻す。
そして、
(俺は姫神のことをどう思ってんだ?)
ひどく簡単で、ひどく重要なことを思った。
(確かに姫神は可愛いし、一緒にいて楽しい)
けど。
(…それって姫神の言ってる好きと同じなのか?)
自分は姫神のことをどう思っているのか。
(安易に応えていいことじゃない)
だから、言った。
「………悪い」
(……え?)
拒絶された?
姫神の心に一番大きな痛みが走る。
(…やっぱり。迷惑。だったんだ)
そして表情が崩れそうになった瞬間、
「…今の俺には姫神の気持ちに応える資格がない」
上条の口から真剣な言葉が紡がれた。
「こんな曖昧な気持ちで応えたら多分二人とも後悔する…だから…」
優しい声。
自分の決めたことは決して曲げない声。
「待ってくれ。必ず答えは出すから、それまで…」
否定でも、肯定でもない言葉。
でも。
「…ぁぅ。ぅ。っく」
漏れる鳴咽。
(嬉しい。嬉しいよ)
両手の甲で溢れ出る涙を拭う姫神。
「…待っ。…て。る。…待って。…っく。から」
嬉しいから頑張って笑顔を作る。
今まで見せたことのない最高の笑顔だった。
いつの間にかすっかり陽が傾き、手を繋いで歩く二人を優しく照らしていた。
とりあえず連絡を取ったところによると『歩く教会』は無事回収され、今は上条の寮にあるらしい。
だから今、二人は上条の自室へ向かっていた。
てくてくと歩く。
ゆっくりと。
今日が終われば明日が来る。
「………ん…」
実はちょっと気まずかったりする上条さん。
あんな素敵な笑顔を見て、心揺れてたりします。
「どう。したの?」
不思議そう(といってもあまり表情に変化はないが)にきく姫神。
「…んー、いや」
言葉を軽く濁す。
本気で向けてくれた気持ちだからそこ、こちらもそれ相応の気持ちで答えなければならないと思う。
「俺なんかでいいのかな、と」
これは本心。
「何を。今更」
これも本心。
「うぅ…」
凹む上条。
「自分の。魅力が。わかってないの?」
呆れたように呟く。
「まぁ。それが。君らしいかな」
手を繋いで歩いているその姿はまるで恋人のよう。
「魅力、ねぇ」
陽はすっかり沈んですっかり宵闇に包まれている。
「そろそろ寮につくな」
喋りながらだとあっという間だなぁ、と上条。
「うん。そうだね」
インデックスから『歩く教会』を受け取り、それを姫神に渡す。
「…。…」
「……」
しばし見つめ合って、インデックスにジト目で見られるまでそうやって、
「それじゃ。また。明日」
「ああ、またな」
笑顔で別れた。
変わらない明日。
でも違う明日。
少しずつでも変化がある。
そんな一日。
〜Fin〜