不幸だ。 これを不幸と言わずして何を不幸と言うのだろうか。  
ドラマや漫画でしかありえないと思った修羅場が、まさに目の前で、自分の部屋の中で繰り広げられている。  
目の前で自分の手を握り、微かに震えながら涙目でこちらを見上げてくる銀髪少女、インデックス。  
今さっき、目に涙を浮かべながら走り去っていった電撃少女、御坂美琴。  
この二人の少女のどちらかを、今ここで上条は捨てなくてはならない。  
 
ぐらぐらと、頭の中で天秤が揺れ動く。  
天秤の皿に乗っているのは、純白のシスターとショートカットの電撃少女。  
二人とも涙目でこちらを見ながら「捨てないで! 私だけを見て!」と言っているようにも見える。  
見える、というかこれは彼の頭の中の映像なのだが、とにかく彼にはそう見える。  
 
(……やっぱりインデックスを捨てることは絶対できないよな、うん。 何があってもこいつだけは捨てれない)  
ぐらり、と天秤が片側に傾いた。  
上条当麻が『死んだ』あの日、あの病室での邂逅から今日に至るまで、彼女は上条にとっての日常の象徴だった。  
朝、起きれば当然のように部屋にいて、一緒に食事をとり、テレビを見ながら世間話をしたり  
たまに着替えを見てしまって頭を齧られたり、風呂で鉢合わせしてしまって頭を齧られたり、空腹に耐えかねて頭を齧られたり  
…齧られてばっかじゃね? とは思うが、この上条当麻の人生のスタートはあの日のあの病室からなのだ。  
その日からずっと傍にいて、共に時間を過ごしてきたインデックスの存在は、家族同然かそれ以上である。  
彼女を捨てることなど絶対にできない。 また彼女は精神的にタフそうに見えて、実はとても脆い。 何かを失うことに慣れていないのだ。  
きっと上条当麻がいなくなってしまえば、インデックスは壊れてしまう。  
そんな彼女をここで捨てるなど、銃弾飛び交う夜の街中で彼女の手を引かずに放置して、その場に置き去りにしていくようなものだ。  
できない。 何があろうとも、彼女だけは捨てたくない。  
 
(……でも、美琴を彼女にするって言った以上は責任持たないとな。 美琴だって大切だ)  
インデックスに傾いていた天秤が、またもや均衡へと戻された。  
御坂美琴とて、上条当麻にとって大切な人間である。  
恋人となる前までは友人として、気持ちを伝えられてからは恋人として、大事な時間を過ごしてきた。  
彼女の活発な姿にはいつも元気付けられたし、極たまに見せる女の子らしい一面には思わずドキリとしたものである。  
恋人同士になってからは、以前とはまた一味違って随分とかわいらしくなったもので、最初はちょっと雰囲気に流されて告白を受けていた上条も、今では確実に御坂に心惹かれていた。  
何より、告白を受けて恋人として付き合い、ベッドインする直前になって捨てるとか人として間違ってると思う。  
こちらを捨てることもできない。  
 
(……家事は御坂のほうがずっと上手いよな。 だったらやっぱり……  
 でもお嬢様故に金銭感覚のズレが…… この前も高いレストランに普通に入っていく羽目になったし、二千円のホットドッグを安いとか言うし……  
 インデックスなら食費はかかるけど余計な気苦労は…… いやいや! でもよく頭をガブッとやられ…… 超電磁砲よりはマシだな、うん。  
 容姿は…… くそっ! どっちもかわいい! しかもどっちも将来有望! インデックスはだんだん胸が育ってる気がするし、美琴は美鈴さんを見れば絶対育つってわかる!  
 性格の面でもどっちも捨てがたい! どっちもたまに鬱陶しいことあるけど、かわいい時は死ぬほどかわいい! ぶっちゃけどっちも抱きしめたい、頭撫ぜたい!  
 能力の面でも、互いに科学と魔術と分野が異なるがどっちもエキスパート! 畜生、どうすりゃいいんだよ!)  
悩んだ上条はいつの間にか、彼女たちの能力や容姿にまで考えが及んでいた。  
これは本気でそれを基準にしようとしているわけではなく「どっちも大切だから、決めるために何か明確な基準が欲しい」という、ある意味現実逃避に近い感情から来たものである。  
決して、上条当麻がこんな打算的な人間であるとかいうわけではありません。 あ、会場内に物を投げないでください! 爆発しろとか言わないでください!  
だが、こちらの面でも両者は互角。  
もはや結論など出ないと思われたその時だった。  
上条当麻の頭の上に、まるで電球でも浮かび上がったかのように、ある一つのアイデアが浮かんだ。  
 
(そうだ…… なんでこんな単純なことを思いつかなかったんだ…… 俺はなんて馬鹿だったんだろう)  
彼の心は決まった。 もう迷いはない。  
そしてある一つの決定を告げるべく、上条当麻は閉ざしていた口を開いた。  
 
 
「いいぜ白井、美琴、インデックス……  
 俺が美琴とインデックスのどちらかしか選べないっていうなら、まずはその幻想をぶち壊す!!」  
 
 
「……は?」  
白井黒子が、まるで鳩が豆鉄砲…… いや、マテリアルライフルでもを食らったような顔をしながら、素っ頓狂な声を上げた。  
 
お前は何を言っているんだ。  
いや、本当にお前は何を言っているんだ。  
 
「え、え…… は? それはどういう……」  
「俺はどっちかを捨てるなんてできねえ。 どっちも俺の大切な人だからな。  
 だから、どっちも娶る! どっちかしか選べないなんていう、そんなくだらない幻想をぶち壊してやる!」  
 
「ははぁ、なるほど…… つまり死にたいということですのね?」  
その言葉を理解するのに数秒を要した白井黒子は、理解してすぐににっこりと微笑みながらそう言った。  
元来、笑うという行動は動物にとって殺意を(以下略)というが、彼女のとった表情はまさにそれである。  
御坂をとると言ったなら、自分は御坂のことを諦めるつもりだった。 悔しい話ではあるが彼に御坂を渡す覚悟だった。 彼女の幸せが、白井の行動原理の一つでもあったのだから。  
そこの純白の少女をとると言ったなら、それも仕方の無いことだと思った。 きっと二人は、御坂が彼と付き合う以前から、何か強い絆で結ばれてたのだろうなと察したから。  
だが眼前のウニ頭はこともあろうか、どっちも貰うなどと言い出した。 当人である少女達の気持ちも知れずに。  
これはもう殺るしかねえ。 女の敵、いや全人類の敵だ。 こいつはもう生かしておけねえ。  
そう思って鉄矢を彼の心臓にテレポートしようとしたその時。  
 
 
「話は聞かせてもらったわ! し、仕方ないわね! あんたがそれでいいなら…… それでもいいわよ!」  
ベランダの窓をガラッ、と開けつつからそんなことを言いながら、泣いて出て行ったはずの御坂美琴が部屋に乱入してきた。  
そして、その言葉を聞いた白井黒子、本日二度目の硬直。   
 
「お、お姉様!? もしかしてさっきからずっとそこに……? ではなく! 『それでいい』とはどのようなおつもりですの!?」  
「え? どういうつもりって…… こいつがそれでいいなら、このシスターと私を二人同時に彼女にしてもいいかなって……  
 さっきは『どっちが大切なの!?』とか言ったけど、どっちも大切なら仕方ないじゃない?  
 今すぐどっちかを選べないなら、いっそ三人で付き合ってみてから、どっちを選ぶか決めてもらったほうが……」  
「何を、何を言ってますの!! 言ってることが支離滅裂ですのよ!? そんな馬鹿な話がどこにありますの!  
 ほら、そこのシスター! あなたからも何か、この優柔不断クズ男に言っておやりなさい!」  
予想外の状況に直面した白井が、喚きたてるようにインデックスを嗾ける。 混乱するのも無理はない、誰が予想するかよこんな事。  
そして話を振られたインデックスは、修道服の裾をぎゅっと握り締めながら、上条と御坂をキッと見据えてこう言った。  
 
「短髪…… 正妻の座は渡さないんだよ? 最終的には、絶対に私のほうを選んでもらうんだから!」  
 
白井黒子は思わず卒倒しかけた。 たった一つの言葉の理解を脳が拒んだのは、本日三度目である。  
 
「いや、何を言ってますの! さっきまで目を真っ赤にしてその類人猿にしがみついていたでしょう!? それでいいんですの!?」  
「え? だって、とうまと一緒にいれるなら私はそれでいいもん……」  
「よくありませんの! あなたにはよくても、倫理的には明らかに問題がありますの!」  
「いいぜ白井…… 倫理に問題があるってんなら、まずはそのふざけたモラルをぶち壊す!」  
「ぶち壊れてるのはあなたの頭ですの! あなたのっていうかあなた方の!」  
 
最早、修羅場などどこにもなかった。 上条がインデックスと御坂の手をとると、二人は心の底から幸せそうに顔を赤らめる。  
インデックスと御坂は互いの顔を見合わせて、少しだけ恥ずかしそうにはにかみながら仲直りの握手をした。  
白井には何が起きているのか、最早脳が処理しきれない。 わかりやすくぶっちゃけると、ツッコミきれない。  
 
「よし、じゃあそういうことでいいな? 今日から二人とも俺の彼女だ!」  
「うん、じゃあさっきの続きから始めるわよ? あ、当然シスターも混ぜてね」  
「い、いきなりそこからなの!? わ、わぁ…… そんな、心の準備がまだなんだよ……」  
「悪い白井…… ちょっと中学一年生には見せられないことするから、部屋から出てってもらえるか?」  
「あ、あわわわ! シャ、シャワーは私が最初でいいのかな? それともとうまや短髪が……」  
「バカね、三人一緒に決まってるでしょ? えっと……名前なんていうんだっけあんた」  
「私はインデックスっていうんだよ? 短髪……じゃなかった、みこと」  
 
やいのやいの、とベッドに陣取る三人を見ながら、白井黒子は黙って部屋を出た。  
そして「上条当麻、爆発しろですの……」と一言だけ小さな声で呟き、家に帰ってベッドで二時間くらい泣いたという。  
 
 
 
 

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