水着に着替えてプールに出た上条は、  
「…なんじゃこりゃ…」  
思わず呻いていた。  
シンプルな、簡単に言えば学校のようなプールを想像していたのだが、  
「………南国かよ…」  
上条の視線の先にあるプールは完全に南国のビーチそのものだった。  
多分生きているであろう植物の成育環境に合わせてか、室内の温度は割と高く設定されているようだ。  
しかし暑すぎるという訳ではなく、プールに入るにはちょうどよく感じる。  
「つーか、遅ぇなぁ…」  
入場口で料金を払い、上条が中に入ったのは一番最後で、それから既に30分である。  
 
いくらなんでも遅いような気がする。  
(…なんかあったとかじゃねーよな?)  
思案顔で首を傾げる上条を放って、女子更衣室は『すごいこと』になっていた。  
 
 
こちら女子更衣室。  
時間は20分ほど前まで遡る。  
外観、プールも含め、この施設は広く大きいことこの上ない。  
それは更衣室とて例外ではなかった。  
「はー…これはすごいですねー」  
こんなに利用者がいるのか、と言いたくなるほど大量に理路整然と並んだロッカー群。  
小萌先生が素直に驚くのも頷ける。  
まぁ、驚いているのは一人だけではないが。  
「ナニコレー!?」  
 
インデックスの絶叫もわからなくもない。  
「…うっさいわね、このくらいでイチイチ叫ばないでよ、アイツじゃあるまいし」  
入口付近で呆然と立ち尽くすインデックスの横を抜けながら美琴がぼやく。  
「…お姉様の柔肌…美しく濡れるお姉様の肢体…うふ、あはは…それを余す事なく視姦出来るなんて…最ッ高ですわァあああ!」  
白井は白井でもうすでに暴走を始めているし、姫神と吹寄なんかは早速着替え始めている。  
「…相変わらず。大きいね…。何か羨ましいよ…」  
下着姿の姫神が、ブラを外した吹寄の胸を見ながら言う。  
 
「そ、そうかしら…。結構肩が凝るわよ、コレ」  
コレ、といいつつ自分の胸を指差す吹寄。  
「………。んー…」  
姫神は、指差されたそれをじぃーっと見つめる。  
そして、  
「…ッ…きゃあっ!?」  
突然背後に回った姫神にその豊満な胸をグワシ、とわしづかみにしたのだ。  
「…む。何て感触…! これは脅威ね」  
ふにふにと指を埋めながら呻く姫神。  
「な、ななな…ッ!?」  
着替え始めようとしていた美琴の視線が吹寄達に止まる。その表情は驚愕と羨望の色が濃く現れていた。  
 
「な、何て弾力感ですの!? 見ているだけでもその凄さがわかりますわ!」  
その横にいた白井すらも驚きが隠せないようだ。  
「…! …! …!!」  
インデックスに至っては既に声さえ出なくなっている。  
「あのー…そろそろ着替えていかないと上条ちゃんがですねー」  
わたわたと両手を振りながら現場を収拾しようと小萌先生は声を上げるが、  
「ちょっ! ホントに…ッ…やめッ! ふぁ!?」  
吹寄の口からはなまめかしい声が漏れているし、姫神は一心不乱に乳を揉みしだいている。  
「………ぅぅぅうう!」  
 
美琴は自身のそれに手を合わせわきわきと手を動かしてみた。  
しかし、あまりのボリュームの違いに思わず呻き声を上げてしまう。  
「……。…」  
そんなやり取りの中、姫神の妖しくうごめく両手が動きを止めた。  
無表情だった姫神の口許がにたり、と歪む。  
「!?」  
そしてその視線が美琴をロックオン。  
「ひ…ッ!?」  
呻き声が悲鳴に変わり、美琴が一歩引いた瞬間、  
「お姉様のお肌には何人たりとも触れさせはせん…ッ!!」  
敵は後ろにもいた。  
いつの間にか美琴の手の下に自身のそれを這わせた白井は、やんわりと胸を揉みながらそう宣う。  
 
「…なっ、何すんのよ黒子!? 離しなさいよ!」  
前方の姫神秋沙、後方の白井黒子。  
「だ、だから止めなさいって言っひゃあ!?」  
摘まれた。  
それがどこかは各自の妄想に任せるようと思う。  
もう収集不可かと思われた瞬間、  
「…もういい加減にやめなさいですー!」  
小萌先生が怒った。  
ここまで騒げば流石に他の客にも迷惑になる。  
現状ではこの六人しかいないのだが。  
「いつまで遊んでるんですかー!? 他のお客さんにもご迷惑がかかりますし、何より上条ちゃんを待たせてるんですよー!」  
騒いだ人間にお説教。  
 
このまま続けさせたら話的にも収拾がつかなくなってしまうので、手早く着替えを済ませることにした。  
 
 
「ぃやったー、ぷぅーるぅうあぁぁぁ!」  
待つことさらに10分、正味40分後に美琴たちが姿を現した。  
絶叫してプールに突っ込み、そのままダイブしたのは白いワンピースタイプの水着を着たインデックスである。  
「ちょっとシスターちゃぁ〜ん、準備体操忘れてますよー」  
その後ろからダッシュで追い掛ける小萌先生は、俗に言うAライン(ボトム部にスカートが着いているもので、主に子供用)タイプの水着を着ている。  
 
それが似合っているあたり流石小萌先生だ。  
(…元気だなー…)  
思わず苦笑が漏れるほど元気な二人である。  
「お待たせ」  
そんな二人を眺めていると後ろから上条を呼ぶ声が。  
「お? やっとこれで全員揃ったか」  
振り返ってそこにいたのは姫神、吹寄、美琴、白井の四人だ。  
「結構。時間かかっちゃった…」  
青いベアバック(背中が大きく開いている)タイプの水着を身にまとった姫神が同じ調子で言う。  
「誰のせいよ、誰の…」  
はぁ、と嘆息を漏らしながら呟く吹寄。こちらは紐がブルーで統一された白ビキニだ。  
 
「うふふふふふふ…あぁ、幸せですわ…」  
白井は満面の笑みでぶっちゃけとろけている。  
水着は黒ビキニ。  
何とも白井らしい選択である。  
「うぅぅ…もう、お嫁に行けないぃ…」  
白井とは対象的にどんよりとしたオーラを発散させながら呻く美琴は、オレンジを基調としたモノキニ(前から見るとワンピース、後ろから見るとビキニに見える)タイプの水着を着て、その上にパーカーの様なものを羽織っていた。  
四者四様。  
「………?」  
女子更衣室の『すごいこと』を知らない為、何がなんだかわからなかったりする。  
 
「……何だかよくわかんねーけど、とりあえず泳ごうぜ」  
という訳で、みんなで泳ぐことになった。  
 
 
上条当麻は小萌先生に奢ってもらったジュースを飲みながら、一休みも兼ねてのんびりと他のメンツを眺めていた。  
当初の予定とは違いだいぶ人も増えてしまったが、美琴も楽しんでいるようなので問題ないだろう。  
(……………)  
多分。  
とりあえずビリビリ被害が一般客に出ていないので、ひとまず安心。  
そんな風に考え事をしていたら、  
「…と。当麻君…」  
いつの間にか近くにいた姫神に声をかけられた。  
下の名前で呼ばれているが上条少年はたいして気にしていないらしい。  
「ん? どうした?」  
 
おずおず、といった様子が見てとれ、何とも自信なさ気だ。  
「どう。かな…。この水着…」  
そういうことか、と心の中で納得する。  
「…んー……」  
青一色で若干冷たい印象を受けるが、ベアバックの水着のふとした瞬間に見せる無防備な背中はチラリズム的な雰囲気を感じさせる。  
姫神自身が白くて華奢なので余計にそう見えるのだろう。  
普段の無表情と、今のテレテレとのギャップはいつ見ても愛らしい。  
「似合ってんじゃね?」  
どこを褒めるでなく口にされた言葉に、  
「ほっ。本当に?」  
 
唇を少し突き出せば触れてしまいそうな距離まで紅潮した顔を近付けてそう問い返していた。  
「お、おう。ホントに似合ってるって」  
一瞬だけたじろいでしまいそうになるほどの勢い。  
姫神は嬉しそうに微笑むと、  
「…ん…ッ…。ありがと。すごく嬉しいよ」  
言葉とともに上条の唇を奪い、あっという間にプールに飛び込んでいった。  
「…ぁ………」  
呆然とする上条。  
最近ますます姫神のスキンシップがエスカレートしている気がする。  
それが悪い方向に向いているわけではないのが唯一の救いか。  
(………喜ぶべきことなのだろうか…)  
 
いつまでこんな宙ぶらりんの状態を続けているつもりかと、悩む。  
ただでさえ返答を先のばしにした影響で、吹寄に告白まがいの宣言までさせているのだ。  
(なんだかなぁ…)  
吹寄のことまで思考が至り、ジュースを飲もうと手を伸ばすがいつまで経っても掴めない。  
ふと気配を感じ視線を背後に向けると、  
「…全くもう…、姫神さんてば油断も隙もないわね…」  
仁王立ち状態で上条の持っていたジュースをちるるーと啜っている吹寄と目が合った。  
「ぅおう!? 人の背後に立って何してるんですか吹寄サン!」  
半歩だけ後ずさる。  
 
「ジュースを飲んでいる、それ以外の何に見える?」  
ちゅぽんと口からストローを離し答えた。  
「つーかそのジュース俺んじゃん!」  
「そうね」  
叫ぶ上条に、涼しい表情で返す吹寄。  
よく考えると間接キスだが、これはお互いが意識しないかぎり全くもって意味を成さないものだ。  
現状の二人のように。  
「だぁー…」  
かくいう吹寄も、姫神と張り合うように上条とのスキンシップをエスカレートさせていた。  
姫神のように結構大胆な手にでるのではなく、例えば二人きりのときにそっと手を握ったり、こっそりお弁当を作ってやったり。  
 
上条といることをこの上なく楽しんでいるようである。  
「はい、ありがと。美味しかったわ」  
ニッコリ笑いながらジュースを返す。  
「……いえこちらこそ」  
とはいえ、吹寄のこういう微妙に子供っぽいところが気になっていたりするのもまた事実なのだが。  
「あ、そうだ。当麻、貴様の感想を聞かせてちょうだい。勿論この水着のね」  
気付いたように話題を振ると、その場でくるりと一回転。  
登場したときの台詞から察するに姫神との会話を聞いていたのだろう。  
「…さっき姫神にも同じこと聞かれたんだが…」  
 
そういいつつも彼女の体を…もとい水着を見つめる。  
「いいから答えなさいってば!」  
威勢よく言い放ったが直後に一転して思いっきりテレ始めた。  
「……………それにしても………そうやってじぃーっと見られるのって、結構恥ずかしいものね…」  
頬を染め、はにかみながら恥ずかしげに身をくねらす彼女がこの上なく魅力的に見えるのはとりあえず置いておくとして。  
まずは水着の評価の方が先だ。  
吹寄の水着にはチラリズム的な要素がない代わりに大胆さ全開である。  
シンプルな白の水着は吹寄の身体をより美しいものへと昇華していた。  
 
しっかりと押し付けているのか彼女の大きな胸はあまり揺れることがなく、逆にむっちりとした胸の弾力を、本人の意思とは関係なくビシバシ伝えていた。  
姫神が可愛い天使とするなら、吹寄は豊満な女神といったところか。  
「いいんじゃねーの?」  
知っての通り上条少年は乙女心なんてこれっぽっちも理解できないかなりの鈍感君である。  
よって姫神の時もそうだったが、判断基準が上条の独断と偏見による似合っているかいないかに限られてしまうのだ。  
 
そこへさらに追い撃ちをかけるが如く彼のボキャブラリの無さがプラスされた結果、似たような感想になってしまう。  
「…ふむ…貴様にしては上出来だわ。当麻は泳がないのかしら?」  
吹寄はその辺をそれとなく理解しているので以前のように怒ったりはしない。  
「悪い、俺はもう少しゆっくりしてるわ。まだジュース残ってるしな」  
「そう、なら仕方ないわね…それじゃ私は泳いでくるから」  
申し訳なさそうにしている上条に向かって微笑みかけると颯爽とその場を去っていった。  
「吹寄も変わったよなぁ…」  
変えた張本人が何を言うか、と思う。  
 
丸くなった、と言うか不必要に突っ掛かって来なくなった。  
そのかわりなのか、前述の通りのスキンシップが頻発しているのだ。  
「うーむ…」  
また物思いに耽る。  
ついさっきも考えを巡らせていたらいつの間にか背後を取られていた。  
「…いつまでもグダグダ言ってたって仕方ねー! 折角のプールだしそろそろ泳ぐか」  
ジュースを一気に飲み干しそのカラを捨てて、走り出そうとした瞬間、  
「…ッ…きゃあ!?」  
突如横切った少女に割りと強めでぶつかってしまった。  
「うぉ!?」  
そのままバランスを崩し少女の上に倒れ込む上条。  
 
倒れた拍子に絶妙に柔らかい物体を掴んでしまう。  
「…って、御坂!?」  
よくよく見るとぶつかってしまった少女は美琴で、その顔は湯気でも出るんじゃないかと思うほど真っ赤だった。  
「………て…」  
普段の彼女からは考えも及ばないくらい小さく弱い声でなにかを呟いた。  
「ん? 何だ?」  
あまりに小さすぎて聞き取れず、ほうけたような表情で問い返す上条。  
「…どきなさいよ!!」  
刹那、噛み付くような大声に変わった。  
しかし怒鳴るだけで拳もビリビリも全く飛んでこない。  
不思議に思って首を傾げた瞬間、  
 
「おっ、お姉様に何してるんですのこのクサレ外道がァァァァ!!」  
テレポートの力も使わず己が体力のみで吶喊してきた白井黒子のドロップキックが、上条の無防備に傾げられた側頭部に、  
 
ゴギャ!!  
 
というあまり美しくない音とともに完璧に直撃したのだった。  
ごろんごろんと床を勢いよく転がりそのままプールに落下、ドラマやアニメでぷかぷか浮かぶ死体よろしく力無く浮き、ゆったり波間を漂い始めた。  
あれだけ勢いよく床に当たりまくって血の一滴もばらまいていない現状というのもある意味恐ろしいものである。  
 

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