「お話中なんだけどって、噛み付いてるだけじゃないの! 会話が成立してないわよッ!」  
すかさず言い返す。  
「…短髪には関係ないんだよ。そもそもなんでいきなり口だししてくるのかな?」  
が、熱く突っ掛かる美琴とは反対に、ドライに対応するインデックス。  
ある意味一触即発の雰囲気である。  
「…あの〜…」  
そんな二人の雰囲気に、ようやく噛み付きから復活した上条が、おずおずといった様子で声をかけた。  
「「何?」」  
ピタリとシンクロする二人の言葉。  
互いの視線が交錯するのも束の間、視線はすぐに上条へと向けられる。  
 
「…折角のプールなんですから、ここは穏便に…ねぇ?」  
上条が出来得る限りの愛想笑いを浮かべながら提案するが、  
「それじゃとうま、一緒に泳ご?」  
小首を傾げながらインデックスが上条の腕を掴んで引っ張っていこうとする。  
「ちょっと待ちなさい! コイツを誘ったの私なのよ!」  
間髪入れずに反対側の腕を取られ、力任せに引き戻された上条。  
「短髪煩い! 邪魔しないいでよ!」  
インデックスも負けじと引っ張る。  
「何よ! 邪魔してるのはアンタの方でしょぉがぁ!」  
瞬く間に悪化する現状。  
 
ドライだったインデックスも、何だか文字通り噛み付かんばかりの勢いになっていた。  
「痛ったァ!? 痛いっつーの! あだだだだ!? そっちは無理! 無理だってギャー無理矢理曲げちゃダメー!!」  
ぶっちゃけまたしても大岡裁きの様相を呈している訳で。  
見るに見兼ねた姫神と吹寄にインデックスが連行されていくまで、延々と上条は引っ張られ続けていたのでした。  
 
 
「せーの…腹減ったーであります…」  
インデックスの我が儘から開放された上条は、市営プールによくあるあの安っぽい白テーブルに突っ伏していた。  
 
別に吊された男を倒した訳でも上条がロボ子という訳でもないのだが。  
それはさておき、何故上条がこんなところで突っ伏しているかと言うと、ぶっちゃけ空腹を持て余したためである。  
財布とメニューを鬼のような形相で往復する上条(今後の経済状況を考慮していたらそんな表情になっていたらしい)を哀れに思った美琴が、  
『何か適当に買ってきてあげるから、席確保しておいてよ』  
という上条にとって嬉しいような情けないような微妙な心情にしてくれる言葉を残して、さっさとカウンターの方へ歩いていってしまった。  
 
それで仕方なく近場の白テーブルに陣取っていたという訳だ。  
「…うっだー……」  
今は昼を少し過ぎたくらいなのだが、予想を遥かに上回る勢いで体力が奪われていった。  
ドロップキックを喰らったり溺れたりしたら、それは体力だってガシガシと削れていくだろう。  
魔術師との戦闘も疲れるには疲れるのだが、こちらは精神的にクるのでかなり辛い。  
退屈だけはしないというのも正直いただけない気がする。  
そんなこんなで数分後、飲み物とホットドックを二つずつ持った美琴が、なんだかげんなりした表情で戻って来た。  
「………どうしたんだ御坂」  
 
何と言うかあまりの不幸オーラ発散具合に、不幸が服を着て歩いているような男に心配までさせるほどのげんなり加減だ。  
そして持っていたものを上条に手渡すと、  
「………はぁ〜……」  
先刻の彼と全く一緒のポーズで机に突っ伏したのだった。  
 
 
「もういや…疲れた…」  
ぐでーっと机の上でだらし無く伸びる。  
押し潰された胸が微妙にいやらしかったりするが、そんな事を気にしていられるほど健全な精神状態ではない。  
「……白井がなぁ…まぁ、前からそんな様子だった気もしないでもないが」  
 
「前にアンタと二人で私を仰ぎ見てたときの倍ぐらいの勢いとテンションだったわよ!」  
美琴の話を聞いた上条がのんびりと呟くと、顔だけ上げて美琴が叫び返すが、  
「愛玩奴隷上条当麻?」  
その単語が出た瞬間顔を伏せてしまう。  
ほんのりと頬が紅潮しているのが見えるあたり、その日のことを思い出して恥ずかしがっているのだろう。  
「……奴隷の割に妹には手を出すし、私の言うこと全然聞きやしなかったじゃない…」  
その状態で呻く。  
「そうか?」  
ほとんどノリでやっていた上条に自覚は無い。  
 
「だいたいアンタは自分のしてることがどれだけ影響を及ぼしてるか考えたことあるの? ないでしょ…もぐもぐ…」  
ホットドックを噛りながら飲み物を啜る。  
「…いや、ないっつーか…」  
「あっちへふらふら、こっちへふらふらで色んな人を助けてさ…んくんく…それが悪いとは言わないけど、少しは助けた人の気持ちも考えてみなさいよ! いい加減一人に落ち着いたらどうなの!?」  
怒気もあらわに荒れる美琴。  
「…まぁ、そうなんだけどさ…」  
途端、上条の表情が変わった。  
 
「………俺としても答えは出したいんだけどな…生憎とテメェの考えてることもわからねーていたらく振りでね…情けなくて上条さん涙が出そうです」  
冗談めかして語るそれは、普段の彼を知る者ならばまず驚きを隠せなかっただろう。  
「………ぇ…?」  
美琴もその一人。  
自嘲気味に語るなど上条当麻という人間がすることではない。  
「…何があっても守ると決めた…その守ると決めた『そいつら』を、選んで傷つけなきゃならねーんだ」  
何を言っているのかあまりに曖昧で掴めないが、上条がこれ以上なく苦悩しているのは嫌でも感じとれた。  
 
微妙にシリアス気味な雰囲気。  
美琴が何か言おうと口を開こうとした瞬間、  
「…御坂は好きな奴とかいるか?」  
ある意味この雰囲気に正しくて、壮絶にズレた一言が上条の口から放たれたのだった。  
 
 
「…御坂は好きな奴とかいるか?」  
呆気に取られたまま危うくこけそうになった。  
(…あああアンタって奴は真面目な顔して何聞いてんのよーっ!)  
心の中で絶叫するが、この上なく真剣な上条の表情を見て冗談やなにかの類でないことだけはわかった。  
「…好きなヤツ…」  
アンタよっ! とは多分現状では口が裂けても言えない美琴たんである。  
 
つい呟いてしまった彼女の脳裏に、上条さんのカッコイイ姿が過ぎりまくるのだが、頭を振ってそれを振り払う。  
てゆーか気付いてなかったのかコイツは。  
あまりの鈍感っぷりに振った頭が痛んだが、今更気にしたら負けだと思う。  
「…いるには…いるけど…」  
何とか捻り出したのはそんな可愛さのかけらもない言葉。  
「いるのか。あー…そうだなぁ…」  
答えを聞いた上条は頷き思案深げに顔をしかめる。  
「御坂の知り合いが二人、似たような時期に告白してきたとする。どっちもちっとはいいなぁって思ってる相手だ」  
 
ゆっくりと、言葉を少しずつ選んで考えを読ませまいとしているようだ。  
「そうなったら…お前ならどうするんだ?」  
あまりに突拍子もない例え。  
一生懸命バラすまいと頑張っているようだが、美琴には上条が今どういう状況にいて何を悩んでいるかがなんとなく理解できてしまった。  
(…胸が…痛い…)  
見えない何かが美琴の心をえぐる。  
「…すぐには選べないと思う…私は…」  
上条なら大丈夫だろうが、一応美琴も、言葉を選びながら答えを伝える。  
 
「…一緒にいるとか、その人が他の異性と一緒にいるところを見るとか…そうすれば自分の気持ちがわかるんじゃないの?」  
実体験も兼ねた美琴の言葉。  
上条が他の女の子と話していると胸が痛くなる。  
それを発散するため上条に絡むと、いつにもまして嬉しい気分にさせられる。  
(…あーあ…そんなことない、って…意地張って言わなきゃよかったなぁ…)  
そうすれば相談される側に回ることはなかっただろう。  
こうして一緒にいられることは嬉しいし、幸せだ。  
しかし、  
 
(…こうやって私と一緒にいても…アンタは他の女の子のこと考えてるんだもんね…)  
端から見ればバレバレの行為でも、対象者が自覚しないことにはなんの意味もない。  
それが美琴のした否定であり、決して本当の気持ちが上条に届くことはない。  
そう、現状では。  
(…今ここでアンタに告白したら…驚くわよね…)  
表情には出さず、クスクスと笑う。  
意味のない妄想。  
言葉にしなければ伝わらない。  
わかってはいるのに…、  
(…恥ずかしくて…恐くて…どうしようもなくて…その一歩が踏み出せない…)  
 
今という現状。それは『友達』という境界線がどれだけ曖昧で危ういものなのか、理解するには充分なものだ。  
ギリギリの均衡。  
ほんの僅かな衝撃ですらバランスを崩してしまう。  
(…友達、かぁ…)  
友達とすら言えない関係かもしれないけど。  
拒絶されることが恐い。  
それは多分どんなことよりも。  
でも多分、  
(…好きって気持ちが勝るのよね…)  
それが恋をするってことだから。  
恐いことを飲み込んで、  
(…私だってあんたの側にいたいのよ…)  
素直に気持ちを伝えられたのなら、  
(…後悔なんてしたくない…)  
そうしたらきっと…。  
 
 
 
「…すぐには選べないと思う…私は…」  
美琴がゆっくりと口を開く。  
「…一緒にいるとか、その人が他の異性と一緒にいるところを見るとか…そうすれば自分の気持ちがわかるんじゃないの?」  
嫉妬するか否か、ということか。  
しかし上条にそれは酷ではないか。  
不幸、並びに鈍感が服を着ているような少年である。  
「まぁ、アンタ場合気付かないことがほとんどでしょうけど。…少しでも嫌だと思ったらそうなのよ」  
補足のように締め括る美琴の瞳からは、どこと無く決意の色が見て取れた。  
(…てゆーか中学生に恋の相談してる俺って…)  
 
気付かれてはいない…、とは思うが。  
心の底から、  
 
|||orz  
 
な気分である。  
(…でも御坂って…こんな落ち着いた奴だったっけ?)  
失礼な。  
無駄にテンションを上げさせ、怒らせているのは上条だというのに。  
キシ…、と安っぽい白い椅子を軋らせ、視線を天井に向けた。  
太陽の光を取り込むために――紫外線の処理など多少の細工はしてあるのだろうが――全面ガラス張りにされた天井。  
それを眺めながら静かに考えを廻らせる。  
 
(…もう少し…時間かかるかも知れねーな…)  
美琴の意見を実行してみるには多少なりと時間がかかるだろう。  
それはまた、答えを先延ばしにするということで。  
「……ふぅ…」  
眉根を寄せたのと同時にため息が漏れた。  
美琴はさっきからずっと、静かに上条を見つめている。  
「…色々とサンキューな御坂」  
視線を美琴に移し、礼を言う上条。  
「…いいわよ、別に…」  
それに、美琴は小さな声で答える。  
 

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