「………私はアンタと」  
言いかけて止まる。  
見ると、一気に頬が朱に染まり、しまった、といった様子で口元を手で覆っていた。  
バッ、と顔を上条から逸らし明後日の方向に視線を向ける美琴。  
「…どうした?」  
流石にその挙動ではいくら上条でも訝しげに見つめてしまうだろう。  
「…何でも、ない…」  
苦しげに顔を歪め、決して上条と顔を合わせようとしない。  
これでは『何かあるから心配して』と無言で訴えているようなものだ。  
「………そうか…」  
聞いてほしいけど、聞かれたくない。  
美琴の周りはそんな雰囲気に満ち溢れている。  
 
美琴の周りはそんな雰囲気に満ち溢れている。  
だから上条は、小さく呟くだけにとどめた。  
今はまだ、とそう思う。  
話してくれるかはわからない。  
でも、出来ることなら全力で挑もう。  
それが守ると決めた人達に対する、本気の姿勢だと上条は思うからだ。  
しかしまぁ、  
(…猛烈に嫌な予感がするのは気のせいなのか?)  
直感的に、そんなことを思っていたりもする上条さんでした。  
 
 
「………私はアンタと」  
言いかけた瞬間、自分が無意識に何を言おうとしていたのか理解して、思わず口を押さえてそっぽを向いてしまった。  
 
 
(…わ、私っ、なに言おうとしてんのよ)  
多分、顔は確認するまでもなく真っ赤になっているだろう。  
「…どうした?」  
かなり訝しげに見られている。  
まぁ、これだけ唐突にこんな挙動をしていれば怪しまれるのも当然かもしれないが。  
「…何でも、ない…」  
何でもなくない。  
他の女の子なんか見ないで私だけを見て。  
後から後から溢れ出す気持ち。  
ダメだ。  
それを外に出しては、ダメだ。  
今言葉にすればそれは上条を惑わす枷となる。  
だが、認めてしまった自分の気持ちは、もはや偽ることの出来ないところまで成長してしまっていた。  
 
他の女に上条を奪われたくない。  
 
自己中心的な考えであることは美琴自身、よくわかっている。  
 
わかっていても。  
 
だからこそ。  
 
ずっとずっと誰よりも長く愛しい人の側にいたい。  
 
私を独り占めしてほしい。  
 
私に独り占めさせてほしい。  
 
素直じゃない私だけど、それは偽らざる本当の気持ちだから。  
 
でも、今は言葉にしない。  
 
決めたから。  
 
今のアイツを困らせるようなことはしないと。  
 
いつか困らせることがわかっているから。  
 
溢れ出た気持ちが本当に抑えられなくなったら、その時、言葉にしよう。  
 
それまではいつもの私でいるわ。  
 
鈍感なアイツの行動の一つひとつにヤキモキして。  
 
バカみたいに騒ぎながら一緒に歩いたり。  
 
喧嘩するのも、嫉妬するのも、確かに嫌だけど…それはみんなかけがえのないものだから。  
 
痛みだって喜びだって哀しみだって、全部全部抱き抱えて前に進むのよ。  
 
いつか、いつかきっと。  
 
そう、願いながら前に進む。  
 
それが今の、言葉にしないと決めた今の私に出来る最大限のことだから…。  
 
 
 
楽しい時間というのはえてして早く過ぎるものである。  
まぁ、楽しいということに限った事象ではないが。  
 
 
朝も早くから集まり、泳ぎに騒ぎに奮闘した上条一行は、皆一様に満足した表情で帰路についていた。  
「泳ぎに泳ぎましたねー…こっそりと明後日あたり筋肉痛になっていないかとても心配な小萌先生なのですー…」  
しょんぼりと、全然こっそりじゃなく宣う小萌先生。  
「明後日。あたりというのが。ミソだと思う…」  
その後ろを歩く姫神が、口の端をぴくぴくさせながら(笑いを堪えているらしい)ボソリと呟くと、  
「…明後日、ね。……先生も大変ですね、いろいろと」  
それに合わせて肩を竦める吹寄。  
 
「な、なんなんですかー! 明後日明後日連呼しないでくださいー!」  
腕をブンブン振り回しながら抗議する小萌先生を眺めながら、上条は思わず笑い出していた。  
「…笑っちゃ可哀相でしょうが。仮にも先生なんでしょ?」  
そういいながら上条の脇を肘でつつく御坂美琴の表情も、どこと無く笑いを堪えているように見えるのは気のせいか。  
「ぶ、ぷぷー!! 笑っては失礼ですのに…わ、笑いが…クッ…ぷはー!」  
腹を抱えて身もだえながら大爆笑(堪え気味)している白井に至っては正直他人の振りを押し通したいくらいである。  
 
「明後日? どういうことかな? 説明してほしいかも」  
一人理解の遅れているシスターがいるが、今後メインを張ることが(多分)ないのでスルー推奨。  
そんなこんなで夕暮れの中を歩く一行。  
楽しげに言葉を交わす一行の最後尾で、美琴がゆっくりと口を開いた。  
「…あの、さ…」  
隣にいる上条にだけ聞こえるような小さな声で美琴は言う。  
「…ん?」  
「…今度また、誘ってもいい? その時は二人っきりで。…話したい、こともあるし…」  
怖ず怖ずと言葉を紡ぐその様子は普段のそれと丸っきり違う弱々しいものだ。  
 
「私の中で…いろいろとケリをつけて、それで…」  
段々と尻すぼみになっていく言葉。  
そんな美琴の前でも普段と変わらず、  
「…ったく…改まって何言ってんだよ御坂」  
暢気そうな面で答える。  
「別に迷惑じゃねーんだからさ。あいや、電撃の槍と超電磁砲は勘弁な、あれマジ恐ェから」  
けだるそうな上条の横顔は、どこか吹っ切れたような表情で。  
「何よ! 私がなんかするとき決まってアンタが悪いんでしょうが!」  
「はいぃ!? 責任転嫁かよエース様が」  
「ぁにふざけたこと言ってんの!? あの時だってアンタが…」  
「あれはお前が」  
 
いつものような変わらぬ口論。  
これが今の美琴が望んだことで、美琴の気持ちそのものなのだ。  
いつか、いつかきっと…自分の気持ちが抑えられなくなるその時まで。  
 
軽口のたたき合える友達でいよう。  
 
上条の側に。  
 
愛しき人の、すぐ側に。  
 
しかしまぁ、御坂美琴の気苦労はこれからも絶えることがなさそうだ。  
何せ姫神秋沙や吹寄制理だけでなく、近くで笑い転げている白井黒子まで上条を巡る争奪戦(?)に入り込んでしまうのだから。  
新たな不幸に、ぶっちゃけ上条がついていけるか心配である。  
 
 
〜fin〜  
 

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