「人の横っ面に拳叩き込みやがった野郎の言えたことかァ!?」  
「先に手を出したのはそっちじゃねーか!」  
まさに一触即発。  
二人の間に火花が見えそうなほど、上条と『一方通行』は激しく睨み合っている。  
その、今にも殴り合いを始めそうな二人が、突然動いた。  
同時に近くにあったビデオゲームの椅子に座ると、これまたピッタリとシンクロした動作でコインを放り込む。  
その際、激しくコインを持った手がぶつかり、強烈にメンチを切り合うが、一瞬早く動いた上条が一足先にコインを入れることに成功した。  
(…何なんですの? これは…)  
白井の呆れたような疑問も、もっともだろう。  
彼等は本気なのだと思われる。  
殺気走った気配を発しているのだ、それは間違いない。  
だがしかし見る側に『今の様がシリアスに見えるか』と問うたならば、ほぼ確実に『見えない』という返答が返ってくるだろう。  
何せ、二人仲良くゲーム台の椅子に座ってゲームをしているのだから。  
まぁ、考えれば相当レアな光景であることは確かだ。  
そもそも『一方通行』がゲームセンターにいるというのも、本来ならばありえないことだろう。  
かなり前の噂だが、『無能力』に『超能力』が倒されたという話はもしかして、と白井は首を捻った。  
(…しかし…のどかな光景ですわね…)  
そして苦笑混じりに思う。  
御坂シスターズは無駄に激しい二人のバトルを好き勝手に批評しながら周りの椅子を占領ののち眺め見ていた。  
さっきだって白井がゲーム台をぶっ飛ばしたり、テレポートでびゅんびゅん飛び回っていたというのに店員は何か言ってくる気配もない。  
(…職務怠慢、というわけではないのでしょうが…)  
掃除も行き届いていたし、クレーンゲームのプライズも他の店と大差ないもののように思える。  
何の気無しにが埃をチェックするような感じで指をゲーム台に這わせてみたものの、手に着くことも無く。  
(…逆に行き届いているみたいですの…)  
そういう結論にたどり着いてしまう。  
ふと、視線を皆のところに戻してみると、  
「ち、ちょッ! お前、それずりーぞ!」  
「ハッ! とろとろしてるテメェが悪ィんだ…って、オイ! 何しやがンだ!」  
「これそっちでしょうが、アンタ何やってんのよ」  
「むしろそのままの方がいいのでは、とミサカは冷静に提案します」  
「うははー、そこだーやれー、ってミサカはミサカは応援してみるー」  
和気あいあいと盛り上がっていた。  
すっかり、登場当初のけんのんとしたシリアスさが抜け切っている。  
とてつもなくいまさら感を感じるかもしれないが。  
「あー…クソ、ギリギリだけど勝ってやったぞこのヤロウ…」  
どうやらゲームが終わったらしい。  
ぐったりと操作台の上で俯せになる上条。  
「もォ一回だ! 負けたままっつーのは癪なンだよ!」  
なんかいろんな物をぶっ飛ばしそうな勢いで『一方通行』が吠える。  
「次は私よ」  
いつの間にか上条を蹴り落とした美琴は、しっかと椅子に陣取ると勝手にゲームをプレイし始めた。  
ずりずりと床を転がりながら進む(?)上条の側で、しゃがんでそれを見つめる白井。  
 
角度的にスカートの布っ切れガードがほぼ皆無な状態なのに白井は気付いていない。  
「大丈夫ですの?」  
「も、問題ないでありますっ」  
ぎゅりん、と高速で顔を明後日の方向へ向けた上条を、少々訝しげな瞳で眺めつつも、彼の手をとって立ち上がらせる。  
「はい」  
「さんきゅ、白井」  
色々と疲れたような表情の上条が美琴や『一方通行』達の方に視線をやりながらぽつりと呟いた。  
「…仲、良さそうじゃねーか」  
優しそうな微笑みで。  
(……あ…)  
ずき、と鈍い疼きが走った。  
彼の向けた視線の先に自分はいない。  
その微笑みは自分を見ていない。  
たったそれだけのことなのに、心が疼いた。  
(…嫉妬…独占欲…醜いですわね…)  
白井自身、そのことはよく理解していた。  
醜い云々はともかく、上条と美琴、その二人に同じような感情を持っていることは十分に。  
ふと、  
(……お姉様達、ゲームに熱中してますの…)  
普段ならさして重要ではないような状況だが(むしろお姉様の興味が他に向いているのだから、逆に悪い状態とも言える)、恋する乙女にとってはかなりラッキーな状態であることに彼女は気がついた。  
(…これは…上条さんと二人っきりになれる、チャンスなのでは…?)  
即座に、脳内で様々なことが高速でシュミレートされていく。  
さっきの醜い云々の話はどこへやら。  
独占欲丸出しである。  
彼女らしいといえば、彼女らしいのだが。  
(…………ふふ…)  
そして、唇の端がゆるりと持ち上がり、瞳がギュピーンと効果音が聞こえてきそうな勢いで輝いたのだった。  
 
 
白井の指が少年の腕を掴み、くいっ、と優しく引っ張る。  
「ん? 何だ?」  
腕を引かれ、白井の方へ向いた上条。  
「喉が渇いたですわ。そこのコンビニまでご一緒していただけませんの?」  
そこの、といって向かいにあるコンビニを指差しながら白井は言う。  
「ここの自販にねーのか?」  
首を傾げながら聞き返す上条は、一瞬ゲームに熱中している美琴達の方に視線を向けた。  
彼女等を放って出掛けるわけには行かないと、そう言いたいらしい。  
確かに、ほったらかしにしたら後でどうなるかわからない。主に『超電磁砲』の方面で。  
「飲みたいものがありませんわ」  
上条の心情を知ってか知らずか、彼の問いに迷いなくスパッと答える。  
ぶっちゃけ彼と二人になりたいだけなので、あろうとなかろうと関係がないのだ。  
「まぁ、いいか…」  
少しぐらいならかまわねーだろ、と後頭部を掻きながら呟いた。  
ぐっ、と小さくガッツポーズをキメる白井。  
強引に押し切れば大体付き合ってくれるだろうことは美琴とのやり取りでおおよそは把握していた。  
見ていたのは主にお姉様の方なのだが、この際気にしてはいけない。  
「一応、声かけてくるから待っててくれな」  
そう断って、少年は美琴に声をかけるも、誰も見向きもしてくれなかった為にしょげて戻って来た。  
「…ふふ。上条さん、何かに熱中してるお姉様に、何言っても無駄ですわよ」  
その様子に思わず笑ってしまう。  
 
「ご存知でしょう?」  
「…………わかってました。だからいちおっつったろ?」  
言葉通り、熱中すると周りが見えないタイプばかりだからこそ、抜け駆けも容易なのだが。  
その点に関しては感謝をしたいくらいだ。  
「じゃあ、行くかー」  
「ええ、参りましょう」  
言いながらポケットに突っ込まれた腕に、ニッコリ笑顔で腕を絡ませる白井。  
それで上条がいたく狼狽したことは、言うまでもないだろう。  
 
 
場所は移って、ここは向かいのコンビニである。  
その店内には、最近よくセットで登場させられることが無駄に多い姫神秋沙と、吹寄制理が仲良く買い物をしていた。  
「んー…」  
顎に人差し指を添えて飲み物を睨む吹寄。  
彼女の恰好は黒のロング丈パーカーにタイツ、同色のロングブーツでまとめられた、なんともカジュアルなスタイルだ。  
「…ねぇ、姫神さん」  
睨むように寄っていた眉が、呆れたような形に変わる。  
「………どうしたの?」  
横にいた姫神があまり変わらないが、少し迷っているような表情で吹寄の方を向いた。  
手にしているのは『グレープ抹茶』と『苺コーヒー』の二つ。  
「この不健康の極みを絵に書いたような飲み物達はなんなの?」  
インディゴのサロペット、グリーンベースのラグランTシャツにグレーのニット帽という組み合わせはなんとも活発そうな印象を受ける。  
その姫神は少しだけ帽子を上げると、  
「…美味しそうに。見えないかな?」  
小首を傾げながら呟いた。  
「………正直に言えば、このコンビニの品揃えにとてつもない危機感を感じるわね…」  
遠回しな物言い。  
「つまり。美味しそうに見えない。と」  
そうね、と吹寄は小さく苦笑を浮かべた。  
「大丈夫…。結構。コアなファンがいるみたいだから」  
「…ふーん…イケても『抹茶牛乳』くらいかしらね、私は…」  
かなり今更ではあるが、今日は二人で遊びに出向いていた。  
もはやすっかり親友さんである。  
「先に済ませてくるわ」  
「うん」  
そういって、レジに足を向けた瞬間、  
「ちょ、そろそろ離れてくれませんか!?」  
「いーや、ですわーっ」  
かなり聞き慣れた声と、やけに弾んだ少女の声とがコンビニに響き渡った。  
 

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