ある土曜日の昼下がり。  
一通り『風紀委員』の仕事に始末を付けた白井黒子は、一人ベンチに腰掛け物思いに耽っていた。  
ここ一帯はわりと静かで、一人で考え事をするのに最適な場所だ。  
人気がない場所といってしまえばそれまでのことだったりするが、気にしてはいけない。  
 
それはさておき。  
 
彼女が物思いに耽る理由、それはお察しの通り彼女のルームメートであり常盤台中学のエース『超電磁砲』御坂美琴のことである。  
その御坂美琴なのだが、プールでの一件以来、ますますもって美琴の恋する乙女具合に拍車がかかってきている気がした。  
 
外に出ている時は取り繕っているのかいつもの美琴だが、部屋に戻ってくるとクマのヌイグルミを抱き抱えぽーっと天井を眺めていたり、 
時折小さく溜息を吐きながら物憂げな表情を窓の外に向けたり何かしちゃったりしている。  
 
奴か、奴なのか。  
 
とは心の中で思いつつも、こんな状態のお姉様に何もしてあげられない自分が歯痒いのもまた事実。  
(…はぁ…困りましたの…)  
綺麗に澄み渡った空を見つめても、何が変わるでもなく。  
きらきらと瞬く木漏れ日を浴びながら、頬を撫でる心地よい風に身を任せても良案が浮かぶ訳ではない。  
 
はっきり言ってダメダメである。  
ダメダメダメである。  
普段通り接したらどうか、とは思ったものの、お姉様の調子があれじゃ何やってもムダな気がしますの、という結論にたどり着いてしまう。  
「…わたくしってば相当、無力ですわ…」  
むしろ障害か。  
美琴のために何かしてあげたいという気持ちはあるのだが、やっぱりお姉様を盗られる(?)ことだけは容認できない。  
そもそも彼女にはライバルが多い。  
白井は美琴を追ってプールへ行った、というかテレポートしてきのだが、そのときには既に先客がいた。  
 
銀髪の日本人ではない少女と、小学生くらいの女の子、そして女子高生らしき少女が二人。  
銀髪の少女とは後の会話で美琴と面識があることわかったのだが。  
女子高生二人は明らかにあの少年を狙っていた。  
(…てゆーか無理矢理キスまでされてましたし…)  
その様子を思い出して何故か不機嫌になり半眼になるが、まぁそれは置いておくとして。  
あの場にいた全員が少年に好意を持っていないとは思うが。  
告白はまだしていないようだが、それは美琴にとってマイナスにしか働かない。  
 
フラグが立ち、選択肢が出現しなければ分岐が出来ないが如く、あの少年に美琴を意識させなければ、多分あの二人のどちらかを選ぶだろう。  
あの会話にしたとしてもそうだ。  
バレるバレない云々の前に告白があった可能性を示唆している内容だった。  
(…お姉様もお優しいですわね。他人に恋愛のアドバイスなんて…)  
認めたくはないがあの少年に美琴が好意を持っていることは間違いない。  
にも関わらず、自身の気持ちを秘匿したまま彼女は最適であろうアドバイスをしたのだ。  
(…不憫の一言に尽きますわ…)  
 
何とかしてやりたいが、その先を考えると何も出来ない。  
矛盾、というか何と言うか。  
しかしまぁ、白井自身は気付いていないようだが、確実に美琴を通して少年のことを考える時間が増えてきている。  
それだけではなく、御坂美琴と一緒に歩いている時でさえ無意識のうちに少年の姿を探していたりするのだ。  
これはある意味かなり危ない状況と言える。  
どこかで小さなきっかけさえ起こってしまえば、まず間違いなく感情のベクトルは『お姉様を奪う恋敵』から、『何故か気にかかる異性』へとシフトしてしまうだろう。  
 
変わらない可能性もなくはないが、気付いても止められないのが恋だ。  
(…はぁ〜、仕方がないですわね…)  
いくら考えても何も出てこないのなら、この場所に留まっていても時間のムダである。  
グルグルとループを繰り返す思考に区切りを付け、立ち上がろうとした瞬間、  
「…ねぇ、君さぁ」  
軽薄そうな声が白井に向けて放たれた。  
顔を上げて辺りを見回すと、白井の周りには高校生くらいの少年が数人。  
白井を取り囲むように立っている。  
「今、暇?」  
その中で白井の正面に立った男が言う。  
「暇だったらさ、俺らと遊ばない?」  
 
ナンパにしては取り囲むという行為はいささか威圧的過ぎる気がするのだが。  
「結構ですわ。間に合ってますの」  
少年たちに一瞥をくれるとすぐに視線をそらす白井。  
こんな男たちに構っている暇はない。  
そう言いたげな仕種だった。  
「ツレないねぇ…ま、この際君の意思なんてどうでもいいや」  
正面の男が肩を竦め、にたりと笑う。  
「おい」  
顎をしゃくりながら小さく放たれた言葉と同時に、周りの男たちが表情を変えた。  
「いやぁ、本当は人気のない所でやろうと思ったんだけど…めんどくさくなったよ」  
 
掌を軽く開くとその上に炎が生まれる。レベルはわからないが見たところ『発火能力者』だろう。  
「……何なんですの…全くもう…」  
重ーい重ーい溜息を吐きたくなる。こっちはお姉様とあの少年のことで頭が一杯だというのに。  
「いやぁ、ある人から頼まれてね。君のことを『生意気言えないように痛め付けて差し上げなさい』ってさ」  
馬鹿らしい。  
こっちはレベル4の『空間転移』能力者だ。  
この男たちはそれを知らないのだろうか。  
「わかっていますの? わたくしは――」  
 
「わかってるさ。常盤台中学唯一の『空間転移』能力者、白井黒子。そういえば『風紀委員』でもあったねぇ」  
白井の言葉を遮って言う男。相変わらずニタニタと笑い続けている。  
その様子に白井は思わず訝しげに眉をしかめてしまう。  
「因みにもう一つ知ってるよ。君の弱点も、さ!」  
瞬間、男の掌の上で燻っていた赤い炎が男の叫びに応じるようにうねり、白井を襲った。  
「…ッ!?」  
あまりに突然だったが、テレポートの計算が間に合わないほど急ではない。  
が、  
 
パァン!  
 
と、唐突に響く炸裂音。  
ビクリと思わず反応してしまい、  
 
(…しま…ッ!)  
気付いたときには目の前に紅蓮に燃える炎が迫っていた。  
 
 
 
「うあー…暇だー…どれくらい暇かっつーとそりゃ『蝶・暇・だ!』とか叫びたくなるくらい暇だー…」  
今日の上条は不幸ではなく異常なまでに暇だった。  
三バカ残りとゲーセンに行こうと思ったらいつの間にかいなくなっていたし、こういう日に限って姫神や吹寄は用事でいない。  
美琴に至っては見掛けもしない始末だ。  
(…どうすっかなぁ…)  
あまりに暇だったので普段の帰宅コースから外れて歩いていると、  
「ん?」  
ふと視界の端に違和感を感じた。  
 

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