私が最後まで記憶に留めていたいものはなんだろう?  
 
なんとなく考えてしまったのは、なんでもない昼下がり。家主不在の部屋の中。  
満ちた午後の空白は、普段は考えもしないような、唐突で、そしてとても根源的な問いを展開する。  
はて。さて。私は自問する。  
 
『私が最後まで記憶に留めていたいものはなんだろう?』  
 
目を閉じた私が真っ先に思い浮かべたのは。  
 
(インデックス)  
 
差し伸べられた右手の先。見上げた彼の笑顔。  
 
ああ。  
 
胸がじわりとあたたかいもので満ちて。  
ーーーー次の瞬間、ぶわ、と血の気がひいた。  
 
「ひっ」  
 
目を見開く。視界が開ける。なのに、脳裏に浮かぶ彼の姿。  
消えない。頭が勝手に彼の姿を思い描く。  
いつもは気怠そうに瞼のかかった半目気味の瞳が、優しく弛む。  
いつもは下がり気味に引き結ばれた薄い唇の端が、ゆるく弧を刻む。  
 
(インデックス)  
 
……ああ。  
 
想うだけで、私は満ちる。満ちてしまう。  
なんて、なんておそろしい。  
込み上げてくる、得体のしれない恐怖。震える肩を自ら抱きしめ体を折る。祈るように項垂れる。  
 
やめて!  
やめて。  
やめてぇ……。  
 
揺らいでしまう。  
信仰。私の中に通った、絶対的な芯。  
主よ。あなたさまがいつでもこの胸におられますのだから、だから。  
……だからすべてを忘れ失ってしまっても、『私』は大丈夫だと信じていたのに!  
 
「……主よ」  
 
(とうま)  
 
「……主よ……!」  
 
(とうま!)  
 
「    」  
 
唇からこぼれ落ちるはずだった言葉は、嗚咽に押しつぶされて消えた。  
           恋  
胸を温める淡い思慕が確信に変わるとき、私は絶望するのだ。  
 
 

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