インデックスが自身の幻想と格闘している頃、上条の方はと言うと……、  
(何とか第一段階終了……って所か)  
心の中でそう呟いて胸の中に溜まった息を吐き出していた。  
インデックスが抵抗しだした時には正直もう無理かと諦めかけたが、それでも彼女を信じてわざときつく当たる事で正気に揺さぶりをかけた。  
結果、作戦は功をそうしてそれ以降は至ってスムーズに事が運んだと言えるだろう。  
それでも苦しそうだったインデックスに負担をかけまいと素人ゆえ慎重に慎重を重ねて丁寧に丁寧に扱ったのだが、  
「…………」  
上条はじっと自分の指を見た。  
既にコンドームを外されたそこは自分の汗で少しふやけている。  
これが、この指が少女の体の中に……、薄いゴムの膜越しにも忘れ難いぬるりとして暖かく弾力のある感触が思い出されて、  
(あれがインデックスのな、か……)  
とそこでハッと我に返る。  
(お、思い出すな! 思い出したら先になんか進めない……)  
何度も心がグラついたのを何とかここまで持ちこたえたのだ。  
今更それを反故にするなど、何よりも自分を信じて我慢したインデックスに失礼だ。  
上条は指先の感触もそこから派生したイメージも強引に頭から追い出して、  
(よしインデックスの顔を見て気合を再充填しますか!)  
さらにそれを強固なものとする為に患者であるインデックスの横顔を覗き込んだ。  
少女の顔さえ見れば、今のやましい心など粉微塵に吹き飛ぶに違いない……筈だった。  
「あ、あれ?」  
そこに見えたのは息も絶え絶えな少女の横顔――半分魂が抜けかけている。  
それを見て上条の顔が盛大に引き攣った。  
「あの……頑張ったよお前は……、で、その……大丈夫か?」  
今更とは思いつつも上条は労いと気遣いの声をかけてみる事に。すると閉じられていた瞳が開いて、疲れた様な視線がこちらを向く。  
「(……とうまぁ)」  
やや溜めを置いた呼びかけは囁く様に小さい。  
上条は聞き取りやすい様にインデックスに少し覆いかぶさるように身を乗り出して、  
「ん、どうした?」  
するとインデックスは視線を逸らして唇をもごもごさせた後、  
「(私の……その……触ってどうだった?)」  
「!?」  
その一言は簡単に消えそうなくらい弱弱しいのに、上条の心に深々と突き刺さった。  
「あ……か……」  
喉が干上がって言葉が出ない。  
(い、言い訳を……いや本当の事を……って本当の事って何だ? 治療中にインデックスに欲情しましたってか? 違うだろ? 違う? え? 何が……いやそうじゃ無くて俺が言いたいのは……、俺は何を言えばいいんだ!?)  
頭の中は単語は出るのに言葉にならず、よってぐるぐるぐるぐると空回り。  
そんな状態で気の利いた言葉など如何に上条と言えども出て来る筈も無い。  
ただ空白の時が2人の間を通り過ぎる――だがその時、  
「変な質問だったかも……。ごめんね、今まで一緒に暮して来たのに……、とうまがそんな事考える筈無いよね……」  
消え入りそうな声だった。  
 
しかし先ほどよりもはっきりとしたインデックスの言葉……それが上条の耳朶を捉えた瞬間、  
「そそそ、そのっ、その通りなんだぜインデックス!! この上条当麻はTPO位わきまえておりますの事よ!!」  
唐突に上条の口に言葉が戻った。  
「(声が……出る!?)」  
そう思わず漏らしてしまった程突然であり本人も理解出来ない。  
「そ……、そうだよね……」  
「そうだとも、そうですとも、その通りですともインデックスさん!! 全てはカミジョーさんの船頭で大船に乗ったつもりでお任せくだされば良いのですとも!!」  
上条は何か強迫観念にも似た焦燥感に駆られて一気にまくし立てた。  
だから、  
「……うん」  
インデックスが暗い顔で頷いた事にも気が付かず、  
(何とかごまかし切れた、のか……?)  
上条は緊張したまま心の中で呟く。  
治療にかまけてエロ行為……正にそれは性犯罪者のそれだった。  
(幾らなんでもそれはヤバいだろ……。つか俺を信じてるインデックスに申し訳が立たねぇだろクソったれ!)  
いっそ根性入れる為に……と自分の股間を凝視して、想像した恐ろしい考えに自ら身震いする。  
「やべぇ……、俺今男を捨てる所だった……」  
こんな事を繰り返していたらいつまでたっても終わらない。  
(ってこれももう何回目だよ……不幸だ……)  
我が身の不甲斐無さにがっくりと肩を落としながら上条は最後の道具――ピンポン玉にストローが付いたピンク色の容器を手に取る。  
指先に温かみを感じるのは先程お湯で容器ごと温めたからだが、  
「はぁ……」  
「とうまぁ……私のお尻に入れるもの見て溜息つかないで欲しいかも……」  
「あ、すまん」  
溜息を聞き咎めたインデックスの言葉に謝ると、上条はやっと重い腰を上げて最後の治療を始める事にした。  
(やるしかねぇんだよな、やるしか……)  
まずストローの先にあるキャップを外して、続いてストローの先端に先程のワセリンを塗り付ける。  
次に中の液体が零れない様にしながらインデックスの尻に近付ける。  
「インデックス、零れない様に力を入れて置いてくれるか」  
「う、うん」  
尻がきゅっと引き締まる様を見届けた上条は、軽く肺の空気を吐きだしてから、  
「いくぞ」  
「い、痛くしないでね。お、お願いなんだよ」  
「自身は無ぇけど約束する」  
緊張からぶっきら棒に返事を返すと、インデックスが少しムッとした声で、  
「そういう時は嘘でも『任せろ』って言って欲しいんだよ」  
その返事にキョトンとして、それから上条は小さくぷっと噴き出した。  
「な、何がおかしいの!?」  
インデックスが慌てた様な怒った様な声を上げると余計可笑しくなって来て、  
「いや何、俺なんかよりずっと随分と落ち着いてんだなと思ってさ」  
こんな時でも彼女は変わらなくて、上条はここでも救われた様な気がした。  
 
一方インデックスは、  
「ううう……、とうまは全然判って無いんだよ」  
「へ?」  
「いいから! もうさっさとして欲しいかも!」  
上条はまた急に怒られて面を食らう。それでもインデックスの準備が良いのなら、  
「お、うん。じゃあいくからな」  
「うん……」  
上条は少女の消え入りそうな返事を合図にすぼまりにストローを押し当てた。  
 
 
 
 
 
インデックスは少しイライラしていた。  
自分はこんなに気持ちが揺らいでいるのに上条と来たら平然としているのだ。  
今しも自分のお尻にあんな不思議なものを刺そうというのに笑っていた。  
(ホントにとうまってデリカシーが無いかも!)  
1人でこんなにドキドキしているのが馬鹿らしくなって来る。  
(あれ?)  
そこでインデックスはふと思う。  
自分は何を治療に……いや上条に求めているのか。  
(…………)  
答えが出て来ない。  
出て来ないままお尻に例のものが押し当てられるとそんな気分は一気に吹き飛んだ。  
(来る……来る……)  
ギュッと目を瞑ってその時を待つ。  
すると程なくして体の中にぬるりとした感触と共に異物感が湧きあがる。  
「くっ」  
やはり声が漏れた。  
指より細くても違和感は変わらない。  
いや上条の指からは優しさが感じられたがこれにはそれが無い。だからそれを思うと自然に体が強張ってしまう。  
「薬を入れるぞ」  
「う、うん!」  
上条の声に答える声が上擦る。  
ギュッと瞑った目に更にギュッと力を込めて何が起きても驚かないぞと気を引き締めた。  
だがそんな気持ちも次の瞬間、  
「ひやぁ!?」  
体の中に液体が注入される感覚にインデックスは思わず悲鳴を上げた。  
それと共に背筋が伸びそうになるとまたも上条にギュッとお尻を掴まれる。  
「落ち付けインデックス! もう少しで終わるから我慢しろ!」  
「う、うん……」  
小さいが鋭い叱責の声にそうは答えたものの、インデックスは先程と同じくまた不安に囚われていた。  
 
初めての感覚。それは、  
(気持ち悪い……)  
薬だと知っていても嫌悪感がどうしても拭えない。  
そんな状態で再び薬を入れられた。  
「!?」  
自然と上体が跳ねあがった。  
そのままぐるりと振り返ると上条がギョッとしてこちらを見ている。  
その様子にインデックスの頭の中は真っ白になって、  
「だ、駄目だよとうま! そんな入る所からじゃないものが入って来るなんて有り得ないんだよ! 父なる神だって御赦しにならないかも!」  
上条の指なら赦せた。  
でもこれは違う。  
そんな物に父なる神に捧げたこの身を荒される訳には……、  
「動くんじゃないインデックス!」  
上条の大きな声にビクッと体が竦んだ。  
続いて起き上がりかけた上体を、ゆっくりとだが強引に押し戻された。  
「イ、イヤぁっ!!」  
悲鳴を上げるが上条は容赦してくれない。  
枕の上にぼふんと頭を打ち付けて、痛くは無いが涙が零れた。  
だが感傷に浸る間もなく再びお尻を掴まれたインデックスはギョッとする。  
「!?」  
慌てて首だけを動かして上条の方を振り返ろうと――だがそれより薬液の注入は一瞬早かった。  
ぶちゅぅぅっという薬液が噴出される音が廊下に響いて、それと同時に生ぬるい薬液が一気に流れ込んで来る。  
「ひぁぁあああああああああ、ああ、あ、ああ……」  
馬鹿になった様な声が自分の口から出ていると思う余裕はインデックスには無い。  
瞬く間に体の中に広がる違和感……それは直ぐに息苦しさに代わる。  
大した量でも無い筈が……いや掌に収まるサイズはまやかしで本当は凄い量だったのかもしれない。  
(私の中があんなもので一杯に……そ、そんなの絶対駄目っ!)  
だが成す術も無く薬はインデックスの中へ注がれる。  
(助けて誰か……もうゆるして……)  
それは誰に対して請うたのか……だがその願いが通じた様に薬の注入が止まった。  
ぶちゅぶちゅぶちゅっという猥雑な音がこれほど心地よく聞えた事は無い。  
つぷりとストローが引き抜かれた時は一瞬ヒヤリとしたが、  
「ふぅぅ……」  
体の力を抜いて……とは行かずに、それでも解放された気分にインデックスは息を吐く。  
そして思う。  
沢山入れられたこの液体……自分はこれからどうなるのか。  
結論からすれば診察室でカエル顔の医者に言われた通りになるのだろうが、本当にそれだけで済むのだろうか。  
自分はもしかしたら何かとんでも無い事に足を踏み込んでしまったのでは……。  
得体の知れない不安と体内の違和感に自分のお腹にそっと手を当てたその時、  
「どうだインデックス?」  
上条の声がした。  
その声に上体を起こして振り返ると、上条が不安そうな顔をしている。  
 
インデックスは自分のお腹をさすって、「変な感じ」と短く答えた。  
「そう、か……」  
上条が言葉と共に安堵の息を吐く。  
とそこでインデックスは気になっていた事を口にする。  
「ねえとうま」  
「ん?」  
「私おかしい?」  
「何が?」  
「何処か変わって無い?」  
その言葉に上条は目頭を親指と人差し指で押さえて暫しうーんと唸ってから、  
「怖いのか?」  
それは実に的確な、それでいて全く答えになってはいない。  
それでもインデックスは、  
「何かね、元通りになれない気がするんだよ……」  
何がどうとは言えないがそんな気がした。  
だから上条に、「何だよそれ?」と言われても答えられない。  
「ううん、何でも無い」  
ただお茶を濁すだけ――本当は上条に教えて欲しかったのだがどうやら彼にも判らないらしい。  
「それより聞いていいか?」  
急に今度は向こうから質問が来た。  
「な、何?」  
思わず構えると上条も心持ち神妙な顔をして、  
「立入った事だけど……何で便秘なんかになったんだ?」  
「え?」  
「食事か? やっぱり偏食が原因とかか?」  
「……そう、かも……」  
インデックスは嘘をついた。  
「ぐはぁ! やっぱりそうなのかよ!? ちくしょうなんてこったこのクソったれ! 俺は何でそんな事に気が付かないで……」  
(ホントは私がトイレに入ってる所をとうまに聞かれたくなかったんだけど)  
そんな乙女としては切実な理由があったのだが、  
(幾らなんでも本当の事は言えないかも)  
苦悩する上条には申し訳ないがそういう事にさせてもらおう。  
そう心の中で舌を出したその時、  
「ん?」  
お腹の中で何かが動いた……それが最後となる試練の、その始まりの合図だった。  
 
 
 
 
 
上条の耳は確かにぎゅるぎゅるっという音を聞いた。  
「!!」  
そして音にギョッとする傍らでは、  
「ふうっ……、うぅ……」  
インデックスがお腹を抱える様にして体を丸め、苦しそうに呻きだした。  
「だ、大丈夫か!?」  
上条は慌て側に寄り添う。  
だが早くも額に汗をにじませた少女は、  
「でちゃうぅ……」  
言葉だけでは無くその様子からも彼女の限界が近い事が判る。  
トイレに連れて行くか――だが上条は直ぐに説明書の内容を思い出してクソっと小さく吐き出した。  
「我慢しろインデックス」  
「へ、ぇ……?」  
言葉の意味が判らないと言う顔をするインデックスに、  
「薬がちゃんと効くまで3……いや5分。それまでは我慢しなくちゃいけない」  
早くに出してしまうと薬液の効果が出ずやり直しになってしまう。  
心の中では判っていても、  
「ご、ふん……?」  
苦しそうにしているインデックスを見ていると心が痛んだ。  
そしてその顔が今度は驚愕に歪む。  
「む、むりっ!! むりなんだよ!! 私トイレに行くっ!!」  
そう叫んで立ち上がろうとしたインデックスを、だが上条は行かせなかった。  
あくまで刺激しない様に、だが決して逃がさない様にしっかりと抱きしめる。  
「やぁっ!?は、放して!」  
「無理でも何でも頑張らなくちゃ駄目なんだインデックス」  
ここで彼女を放してしまえばお終いだと心を鬼にする。  
「だ、だっ……は、ふう、くぐぐ……」  
突如何か言おうとしたインデックスが苦悶の表情を浮かべて体をブルブルとッふるわせ始めた。  
「どうしたインデックス?」  
だが上条は答えより先に彼女の仕草で気が付いた。  
必死に尻を両手で抑えるという事は……、  
「でる、う、うう……」  
(考えてる暇は無えっ!)  
上条はインデックスの手を退かして、割れ目の奥に隠れたすぼまりに指を添えた。  
「い!?」  
インデックスの悲鳴。そして体が大きくビクビクっと震える。  
今大きな波が来たのだろう。だが幸い指先に漏れた様な感触は無い。  
「抑えててやるから我慢しろ」  
空いた方の手で背中をさすりながらそう話しかけるが、  
「は、は、は、は……」  
もう声も出せないのかインデックスは体を丸めて小さく呼吸するばかり。  
上条は指先の感触を確かめながら、インデックスに「頑張れ……、頑張れ……」と声をかけ続ける。  
そうしながら時折時間を確認するが、  
「クソったれブッ壊れてんのか遅ぇぞ秒針!!」  
時計に毒づくしか出来ない自分がもどかしかった。  
 
そんな時、インデックスが身じろぎすると薄眼を開けてこちらを見た。  
「どうした?」  
「なん、ぷ……」  
その声に上条は腕時計に視線を落として、  
「あ、後1分だ……頑張れるか?」  
「い、ぷ……」  
「もう少しだ頑張れ」  
そこからが本当の戦いだった。  
「ん゛ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぅ……」  
下手に時間を聞いたせいで苦しみが増したのか、インデックスがくぐもった悲痛な声を上げ始めた。  
この状況では何が悪い方向に転がるか判らない。  
ただ黙って見守る……。  
(苦しいのは俺じゃ無い、インデックスだ)  
とは言え祈る事しか出来ない上条は針のむしろに座る思いで時計を睨みつけていた。  
1分がこんなに長く感じた事は初めてだ――だが終わりが来ない時は無い。  
やがて秒針が予定の時刻を指した時、  
「時間だ! 5分過ぎたぞインデックス!」  
上条は心底嬉しそうにそう叫んだ。  
だがしかし喜びを分かち合う相手から返事が無い。  
「インデックス!?」  
それどころか苦しそうに歯を食いしばるばかりで、自らの脚で立ち上がろうともしない。  
何事か――だがそれは直ぐ彼女の口から明らかになる。  
「むり……、おきたら……でちゃうよ……」  
間に合わなかったのか……上条はガックリと肩を落とした。  
だがすぐそこで考え直す。  
(待てよ? 治療はちゃんと終わったじゃないのか)  
そうだ。薬の効果はちゃんと出る筈だ。それなら別にここで漏らしても誰も困らない。  
「このままここで……」  
そう言いかけた所でインデックスが、  
「つれて……て」  
その言葉に上条はチラリとトイレの方を見た。  
ドアは既に開けてある。  
「よしっ!」  
その気合とは裏腹に慎重に、インデックスに刺激を与えない様にそっと抱きあげる。  
「はううううう……」  
尻に栓代わりにあてがった指が少し中に沈み込んだが構わない。  
要はトイレまで無事に運べばいい。  
今までに比べれば、それはとても簡単に思えたし、実際に簡単な作業であった。  
「下ろすぞ」  
 
「う、うん……」  
そっと便座にインデックスを座らせる。  
そして栓にしていた指を外して、  
「いいぞインデックス」  
上条はそのまま返事も待たずに脱兎の如くトイレから身を翻して――その筈が、  
「インデックス?」  
最後に残した手を、少女の震える指がしっかりと掴んでいる。  
「こわ、い」  
震える声がそう訴えるが、こういう時は1人が良いと説明書にもあった。  
「インデックス」  
上条は励ますつもりで名を呼んだ。  
だが、  
「しん、じゃう、よ」  
「死なねぇよ!! ふざけんじゃねえこれからお前は元気になるんだ!!」  
思わずそう怒鳴ってからしまったと慌てた。  
どうもこの落ち着かない状況が上条を焦らせる。  
「でかい声出して悪かったなインデックス……ほら、この手を放せ」  
「いて、とうま」  
「!?」  
その言葉にほんの一瞬だけ戸惑ったが直ぐに「判った」と頷く。  
そしてせめて少しでも彼女の負担を和らげようと視線を天井に向けた。  
「う、うう……」  
狭い室内に少女の苦しそうな声が響く。  
手を掴む細い指から緊張が伝わって来るのが判ると、自分も何だか落ち着かなくなって来る。  
(いくら人よりほんのちょっと変わった日常を送る上条さんでも、まさか人の……に立ち会う事になるなんて……不幸だ)  
上条はそんな事を考えながら気を紛らわせていた。  
そうでもしないと何だか叫びだしそうだった。  
所が、直ぐにでも始まると思われた合図が来ない。  
それどころか、  
「で、でない……」  
インデックスの言葉に上条は驚いた。  
「な、出ない!? 何で出ないんだよ!!」  
最もな質問だ。ついさっきまで漏れそうだと苦しんでいたのに。  
「わ、かんな、い……くるし……」  
「判んないって何だよそれ!!」  
上条はまた反射的に怒鳴ってから、  
(しまっ……!?)  
慌てて取り消そうとしたが間に合わない。  
少女の目が零れんばかりに見開かれて、そこにジワリと滲むもが――、  
「ごめ……ん、なさ……」  
そう呟いたインデックスの頬を涙が伝う。  
 
「ごめん! インデックスが謝る様なこっちゃねえよなっ!」  
上条はすぐさま謝った。  
しかし今度は、  
「ぅぅ……」  
「イ、インデックス!?」  
インデックスは急にお腹を押さえて蹲ってしまったのだ。  
「はわわわわわわわ……」  
次々に振って湧く事態に上条は慌てふためく。  
その間にもインデックスは、「い、いたい……たす……け……」と苦しそうに助けを求めている。  
「どうしたらいい……どうすればインデックスを助けられる……」  
上条はインデックスの苦しみを少しでも和らげるために背中をさすりながら考えた。  
(インデックスは多分今も極度の緊張状態にある。何処かで聞いたけど緊張は人の体を委縮させて、思い通りの行動を出来なくしたり、予期しない行動を取らせたりするんだ。つまりその緊張を解けば……)  
緊張感を解く――その為の行為を考えて、上条はインデックスの耳元に口を近付けると、  
「インデックス」  
「う゛?」  
苦しそうだがインデックスから返事が返って来た。  
これならいけるだろうか……一抹の不安を覚えつつ、  
「笑えインデックス、笑ってみろ。そしたら楽になる」  
笑いは副交感神経を刺激して人をリラックスさせる。  
それは笑う『ふり』でも効果はあると医学的にも証明されて入るのだが……、  
「むり、だよ……」  
(だよな)  
上条は作戦失敗にがっくりとうなだれた。  
と突然インデックスの体がビクンと跳ねたかと思うと、「ぐぎゅううううぅぅぅ……」とこの世のものとも思えない音が響いた。  
「う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛……」  
薬液による便意がインデックスの中で暴れているのだ。  
このままではインデックスが壊れてしまう。  
(後はなんだ……緊張感を解く方法……他に……何か……)  
上条は頭の中の知識の戸棚を片っ端から引っ掻きまわした。  
そして、  
「あ!」  
唐突にある事が閃いた。  
「インデックス」  
上条は先程と同じように呼びかけながら、今度は少女の体をそっと抱き起す。  
「ふううう……」  
インデックスが息を吐く様な唸り声を上げた。  
その横顔は汗と涙と鼻水でドロドロになって本来の美しいさが見る影もない。  
だが上条に一瞬の躊躇も無い。  
「インデックス」  
上条はもう一度、今度は心の奥底から思いを込めて名前を呼んだ。  
 
すると、  
「う゛……あ゛……?」  
インデックスの顔がゆっくりと上条の方を向いた。  
「くる……じぃ……よぉ」  
「今助けてやるからな」  
上条はそう言うとインデックスの顎をそっと上げさせつつ自らも顔を寄せて行き……口付をした。  
「ん゛」  
予想以上に柔らかい唇に戸惑い、少女の唾液の甘さに驚きを覚えつつも、  
(インデックス……)  
全ては彼女を苦しみから解き放つ為に深く深く深く……。  
やがて、  
「お゛あ゛っ!?」  
インデックスの体がかつてない程震えた。  
既に絡めていた舌が助けを求める様にギュッと巻くついて来る。  
そして――――――――――――。  
 
 
 
 
 
天井から落ちた小さな滴が湯船に落ちてぴちゃんと音を立てた。  
「はあぁぁ……」  
大きな溜息を吐いたインデックスは、大量の湯気が立ち上るお湯の中に力尽きた様に肩まで沈み込む。  
あれから良く判らない内に全ては終わっていた。  
少女は事前に用意されていたお風呂に入り……いや、正確には放り込まれて上条に頭のてっぺんから足のつま先まで入念に洗われたのだ。  
長い髪の毛を乱暴に扱われた時はどうなるかと心配になったが、  
「ん」  
ひと房を摘まんでついっと引いてみたが、特に問題がある様には見えない。  
「ふぅ……」  
また溜息が洩れる。  
それにしても酷い目にあったとインデックスは先程の事を思い出す。  
お尻に指を入れられて逝かされかけるわ、変な液体を体の中に注がれるわ、トイレでは……、  
「…………」  
ぶくぶくと泡を吹きながら顔の半分まで湯船に沈み込む。  
自らそこにいて欲しいと頼んだ事ははっきりと覚えている。  
でも恥ずかしい事には変わりない。  
何もかも見られてしまったのだ。あれもこれもそれも――、  
「ぶはあっ!」  
いい加減息が続かなくなって、お湯をまき散らしながら浴槽の中に立ち上がる。  
 
そのままぜえぜえと荒い呼吸をしていると、  
『大丈夫かインデックス!?』  
今日はもう何度と聞いた台詞が、ユニットバスのすりガラスの扉越しに聞えて来る。  
「な、何でも無いかも!?」  
『お、おう……』  
インデックスはそう言うとまた湯船に沈んで、  
「はぁ……、ん?」  
お尻に走った違和感に溜息を中断させられて、そっと指をそこに触れてみた。  
「ぅ……」  
ぴりっとした感触に自然と眉間に皺が寄る。  
それでも我慢して押し込むと、指先がくぷっとそこに潜り込んだ。  
「んっ」  
痛みとは別の感触に声が溢れる。  
あれからどうもここが弱い。  
さっきも不意にシャワーをあてがわれた時、お湯が入って来てビックリした。  
だが驚きは嫌悪感では無く、快感を感じてしまったから……。  
(とうま……、気が付いて……無い……よね……?)  
指先を少し引っ掛けながら引っ張ると思いのほか入口が伸びる事に内心驚く。  
そうして出来た隙間からまた体の内にお湯が入って来る。  
「ふぅ……ん……」  
隠し様の無い快感に声が漏れるのを抑えられない。  
もしかしたら上条に聞えるかもしれない――そう思うと余計に奥が熱くなって来る。  
だが、インデックスはそこで手を離し、浴槽の縁に両手を組んで頭を載せると、  
「はぁ……」  
大きな溜息を吐いてから、片手をお湯の中に沈めて下腹部をそっと撫でてみる。  
張りも、あの死んでしまいそうな痛みも今は全く感じられない。  
多分、全部出し切った――そういう事なのだろう。  
(治ったんだよね)  
その割に何だかもやもやする。  
何か忘れている様な、心の大事なパーツを何処かに落して来てしまった様な感覚……。  
「ん」  
またお尻がムズムズしだした。  
お尻を浮かせて、ちょっと突き出す様な格好になって、そこに先程お腹に当てていた手を回して入口の周りを揉む様にふにふにと触る。  
「あっ、ふ……んっ」  
今度は痛みより先にあの痺れが来た。  
(大丈夫かな私……)  
薬を入れられた時の不安がまた甦る。  
もしこのままお尻が緩くなって、しかも定期的にムズムズして、触るともっともっと触りたくなって……。  
「ん、はぁ、ぅん……」  
少女の口からまた無防備に嬌声が零れ出る。  
 
『おい本当に大丈夫なのかインデックス? お前さっきから溜息ばかり吐いてるぞ』  
「!!」  
唐突に聞えた上条の声がインデックスを現実に引き戻した。  
快感とは別の意味で体が熱くなる。  
「と、とうまは何女の子のお風呂に聞き耳立ててるのかな!?」  
『や!? ちょっとそれは誤解で……』  
「そういうのをむっつりスケベって言うのかも。とうまのむっつりスケベ」  
『そ、そんな俺はただ……、はぁぁ、不幸だ……』  
矢継ぎ早に言葉の刃で上条を撃退したインデックスは、また湯船に沈んでから鼻から大きく息を吐き出した。  
(どうなっちゃうのかな私……)  
天井から垂れて来る滴を目で追いながら考える。  
(もしかしてお尻から頭の中身も出て行っちゃったのかも)  
とそこまで話を飛躍させて、  
「そうだったら私の価値は無いなぁ……それに禁書目録(インデックス)の名前も変えなくちゃ……」  
少しのぼせて来たのか段々考えがあやふやになって来る。  
というか正直面倒になって来ていたのだが。  
「駄目かも私……」  
そんな時、天井から新たなしずくが珠となって落ちた。  
それは真っ直ぐにインデックスの上向いた唇に目掛けて真っ直ぐに――。  
「!?」  
取るに足らない、たかが水の一粒……だがその衝撃は想像以上に彼女を驚かせ、思わずのけ反った拍子に浴室の壁に頭をぶつけてしまった。  
「あぐっ!!」  
ゴンという音とインデックスの声が重なる。  
続いて上がるお湯しぶきの派手な水音に、外で出番を待っていた彼が黙っている筈は無くて、  
「どうしたインデックス!!」  
異常を感じた上条が扉を開けて踏み込んで来た。  
「う゛う゛……」  
「だ、大丈夫か?」  
上条が声を掛けて来るが返事をするどころでは無い。  
いや――、  
「へ? とうま!?」  
「は?」  
インデックスは上条の声に思わず立ち上がってそちらを見た。  
するとそこには案の定上条が立っていて、  
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」  
インデックスは慌てて湯船の中へ沈み、またもやしぶきが飛び散った。  
そして上条はと言えば、  
「ご、ごめん!!」  
慌てて回れ右して背中を向け……た所で何故か転がっていたシャンプーボトルをぐしゃっと踏んづけた。  
 
「ぬおっ!?」  
上条の驚きの声。  
続いてお湯の中に頭まで沈んでいたインデックスの隣に何かが降って来た。  
(!?)  
気配で目を開けたインデックスが見たものは――逆さまの上条の顔だった。  
「ぶはぁ!?」  
驚いてお湯の中から飛び出せば、上条が逆さに沈んでいて、  
「とうま!! お風呂の中まで追い掛けて来るなんて父なる神が御赦しにならないんだよ!!」  
だが、  
「ごぼがぼごぼごぼ……」  
何やら上条の様子がおかしい。  
「とうま?」  
「ごぼっ、ぼごぼご、がぼっ」  
インデックスの見守る先で湯船に立ち上る泡が大きく2度、3度と弾けた後、  
「とう……ま?」  
「……こぽ……」  
そしてそれっきり泡は止んだ。  
「とうまあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」  
 
 
 
 

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