上条当麻とインデックス、そして強引について来てしまった御坂美琴の3人はイギリスの地に降り立った。
ここを訪れたのは彼らの意志では無い。
レイヴィニア=バードウェイ曰く、これから『グレムリン』との攻防は激化するだろう。
そうなると重要になって来るのはやはりイギリス清教の動向だ。
今の所1人勝ち状態の彼ら。
しかし如何せん彼らの目はイギリスの国益にしか向いていない。
それではただの宝の持ち腐れだ。
なので彼らには陳腐な拘りを捨てて『世界平和』の為に、金、人、知識、その他もろもろ潤沢な資産を惜しみなく提供してもらおう。
その為の橋渡し役に選ばれたのが、上条であり、インデックスであった。
片や世界を救った英雄。
片や世界を滅ぼせるだけの知識を持った魔道図書館。
脅しをかけるには打ってつけだ、と唇の端を吊り上げてニヤリと笑った彼女はどこまで本気だったのか。
少なくとも上条達を本当にイギリス送りつけた辺り100パーセント冗談と言う事は無い様だ。
かくしてインデックスの案内で真っ直ぐ聖ジョージ大聖堂に向かった3人は、入口の前に辿り着いた所で何故か屋台でアイスの買い食いをしていた必要悪の教会のトップ、ローラ=スチュアートと出くわす。
遠路はるばると何をしに来るの少年、とアイスを押し付けられながら聞かれた上条は、何の捻りも無く「力を貸してくれ」と言った直後にインデックスと美琴に石畳の上に叩き伏せられる。
不幸だと呻く上条を尻目に、インデックスと美琴は彼女達の視点から観たこれまでの経緯を代わる代わるに説明した。
するとローラは2つ返事でオッケーを出す。
唖然とする彼らにウインクを1つ。
更にはいつの間にか手にしていた日本語で書かれた観光ガイドを手渡して、用が済んだならイギリス観光でもして行けと言い残し去っていった。
ポツンとその場に置き去りにされた3人は暫し顔を見合わせた後、ローラの言う通りロンドン観光に出かける事にした。
しかし良く考えなければいけない。このイギリス、いやロンドンには上条に縁もゆかりもある人物が多い事に。
しかも男女比率に異常な格差が――もちろん多いのは女性である。
そしてもう1つ忘れてはいけないのが上条の不幸さ。
彼が望まない方向へ方向へ――あくまで表面上はで、最終的には彼の望む結果になるのだが――と常に事態は展開される。
その結果がこうだ。
街を散策していた所を偶然通りかかったレッサーに出くわせば、路地裏に連れ込まれてボンデージルックの少女に迫られ鞭を振るわれ、挙句にインデックスと美琴にぶちのめされる。
一息付こうとオープンカフェに立ちよれば、オリアナ=トムソンに出くわしてこれ見よがしにむき出しにされた胸に打ちひしがれたインデックスと美琴の八つ当たりに晒される。
気を取り直して美術館に入ればシェリー=クロムウェルに出くわして、何しに来たとつれない挨拶とは裏腹のこれ見よがしなスキンシップにインデックスと美琴の肘鉄に脇腹を抉られる。
ボロボロになりながら少女達の後を歩いていれば日本人街の文字。
何故か悪い予感しかしない上条は、突然横合いから現れた五和に抱き付かれた。そして泣かれた。
上条には事態が飲み込めない。
そんな良く判らない状況のまま五和を抱き締めていたら後頭部を思いっきり殴られた。
殴ったのはもちろんインデックスと美琴である。
もう嫌だと思った。
イギリスなんて大っきらいだ。
そして女なんかもうこりごりだ。
そう思ってその場を走り出した上条だったが、元来た道を逆に戻って50メートルも行かない内に目の前に真っ赤な高級スポーツカーがタイヤを鳴らして止まった。
上条が唖然とする中、車から降りて来たのはこれまた真っ赤な衣装を身にまとったキャーリサだ。
踵を返して逃げようとしたが襟首を掴まれた。
「おーい、我らが英雄の身柄を確保したし」
その高らかな声と共に、あちらこちらから修道女(シスター)達がぞろぞろと。
いやその中には長身の、Tシャツにジーンズ、ウエスタンブーツという出で立ちの女性が1人混じっている。
かくして見事拉致された上条ご一行はキャーリサの私邸の1つに連れて来られた。
そこに集まったのは女性ばかりが二百数十名余り。
それら全てを交えてのドンチャン騒ぎが始まった。
呑めや歌えや踊れやキスやらスキンシップやら。
上条は揉みくちゃにされてボロボロへろへろ。
アルコールも幾分入って、何度理性が飛びそうになった事か。
それでもベルトが無事な所を見ると、己の貞操は今の所何とか守られている様だ。
下着を付けていればまだいい方で、中には女同士で始まってしまっている一角さえあった。
これが都市伝説にもうたわれた『本当の女子学校』か……。
「女って怖いよ……不幸だ……」
上条は何処かも判らない部屋の窓から星を眺めてそうぼやく。
とにかくこの場はもう誰にも会わないで一晩過ごしたい。
時折聞える上条を探す声に耳を塞ぎながら彼は部屋の片隅で蹲っていた。
そんな時だ。
「上条さん?」
微かに聞えたその声に上条は身を固くした。
そんな彼の方へと絨毯を踏む音が近付いて来る。
「上条さん」
「!!」
上条は一層耳を塞ぐ手に力を込めギュッと目を瞑る。
するとそんな額にひんやりとしたものが触れた。
「!?」
それに驚いて目を開けば、
「ただのお水です」
差し出されたそれを奪う様に手にとって一気に飲み干す。
そうしてから自分がどれだけ喉が渇いていたのかを知る。
「大丈夫ですか?」
「ああ、サンキュー五和」
そう言うと彼女ははにかんだ様な笑みを見せてから、「隣に座っても良いですか?」と聞いて来た。
「あ、うん」
「大騒ぎになっちゃいましたね」
隣に座った五和が開口一番そう言った。
「まあな……はぁ、何であいつらあんなに浮かれてるんだか……」
「それはもちろん上条さんに会えたからですよ」
「会えたから……?」
上条には五和の言っている事の意味が良く判らない。
判らないのでそこはスルーして別の話を振った。
「そういや五和。何で泣いてたんだ?」
「え?」
お驚いた様な顔をした五和は顔を赤くすると俯いてしまう。
「あれ、何か聞いちゃいけない事だったのか?」
「ち、違いますよ。そんなんじゃ……ええ、全然そんなんじゃないんです」
「?」
上条はまた判らなくなってしまう。
すると、
「か、上条さん」
「はい?」
「お帰りなさい」
「は?」
また唐突にそんな事を言われて上条は面喰ってしまう。
「あなたが北極海に消えたって聞いた時私……本当に……ほんと……」
その時、五和の瞳から涙が零れた。
「ごめんなさい! 折角のお祝いなのに湿っぽくなっちゃって、ぐすっ……わ、私行きますねっ」
そう言って立ち上がろうとした五和の手を上条が掴んだ。
「もう少し……側にいてくれ……」
上条はここで改めて思い出した……あの時極寒の海に放り込まれた自分をどれだけの人間が心配してくれていたのかを。
「話し相手になってくれるか五和」
「はい、私で良ければいくらでも」
そう言って笑顔を見せた彼女が天使に見えた。
今着ている服装――大精霊チラメイド――を差し引いても上条にはそう見えたのだ。
そんな2人の姿を影でそっと見つめる少女の姿が有った。
「(アイツが……アイツか取られちゃう!?)」
出る機会を伺っていたら先を越された美琴が焦りの声を漏らす。
勢いで散々酷い事をしてしまった。
そのせいで嫌われたかもしれない……その不安は会席の間に雪だるま式に膨らんでいた。
だから1人そっと席を立った上条の姿にチャンスだと思って後を追って来たのだ。
「(何で!? どうして!? いっつもいっつも邪魔が入っちゃう! イギリスまで着いて来たのよ……それなのにこんな所でも私は味噌っカスなの?)」
己が巻いた種とは言え受け入れがたい状況に美琴は唇をギュッと噛締める。
このままではいけない。
今も2人はますますいい雰囲気になって肩を寄せ合っている。
これ以上進めば本当に飛び出す機会は永遠に失われてしまう。
(行くのよ私! アイツをこのまま取られちゃっても良い訳無い!)
ブルブルっと頭を振った美琴は、キッと前方を睨み付けると物影から走り出して行った。