†††  
 
 張り詰めそうなくらいに静かな夜はどうにも苦手で、息苦しい。  
 それを『感傷』と呼んでいいのかどうかは、所詮プログラムで固められたこの頭では解らないけれど。  
 
「……、何してる」  
「ちょっとあなたの寝首を掻きに」  
 今夜の睡眠を放棄して、暇つぶしにたどり着いた先は寝ぼけ眼の少年の枕元だった。  
 番外個体の不穏な言葉に顔を歪めつつも、一方通行はベッドの中から飛び起きる気にはなれないらしく、  
ただぼんやりとした瞳で壁に掛けたデジタル時計を確認してはため息を吐いていた。  
 迷惑そうなその様子を見て悦に浸るように笑い、彼女は両手に握った二つのマグカップのうち片方を差し出す。  
「飲む? あなた好みの濃くて熱くて苦ぁいの☆」  
「……どォあっても黙って寝かせる気は無ェらしいな」  
 気怠い動作でゆっくりと上半身を起こし、一方通行はコーヒーでなみなみと満たされたカップを受け取った。  
 勝手に人様のベッドに腰を下ろして布団の端をひざ掛け代わりにと引っ張っている番外個体は、ふと窓から  
夜空を見上げ、何とはなしに呟く。  
「ふうん。いいなあこの部屋、枕元から月がバッチリ見えるんだ」  
「……ンなモンに興味示すキャラだったか、オマエ」  
「べっつにー。ただ真っ暗だと万一の敵襲のことを考えて変に神経が冴えちゅうからねぇ。にしても第一位、  
月明かりの下であなた見ると白すぎてすげー不気味なんだけど。ひょっとして進路希望が蝋人形な感じ?」  
「返り血で真っ赤に染めてェってンなら相談に乗るぞ」  
 互いにコーヒーを一口一口と含みながら、眠気と共に大して深い意味も無い会話をダラダラと進める。  
 余談だが、番外個体が一方通行に淹れてきたコーヒーは嫌がらせかというぐらいにインスタントコーヒーを  
ぶち込んだ特製仕様であった。文句を言ってもただ彼女が喜ぶだけだと経験から学んでいるため、一方通行は  
眉間をしかめながらそれでも無言で飲み続けてやることにする。  
 月が浮くマグカップの水面に息を吹きかけて揺らす番外個体が、やがてこんなことを言い出した。  
「……第一位は眠れないことってある?」  
「あることにはあるが、まァ、それに惰眠を貪ってる他人を巻き込んだ経験はねェな」  
「何の夢を見てるやら、急に飛び起きて自分の脈拍呼吸音の変動に気付いて一人で舌打ちとかはしてるけどねぇ」  
「……、」  
「ミサカは何でも知ってるよ。ネットワーク経由で強い意識の揺れとかは何となく検知するし」  
 睨みつける第一位の視線を快いものと受け止めるように、含み笑いを浮かべた彼女は一人で喋り続けた。  
「ミサカもよく夢を見るよ。手足もぎ取られたり踏み潰されたり、あなたの悪趣味なダンスに付き合わされる夢」  
 何気ない声音を受け、一方通行の顔面に無表情が張り付く。  
 
「……それで眠れなくなって、ミサカのお肌なんかもうボロボロだよ。道連れに夜中の話相手を求めるくらい、  
あなたが目くじら立てるようなことじゃないと思うけれど」  
「……」  
「第一位の夢見の悪さは自業自得だけど、このミサカは立派な二次被害を受けてる最中だしねぇ。もうちょっと  
ミサカの夜這いを優しくお招きしてくれてもいいんじゃないの?」  
 くつくつと笑いながら満月を仰ぐ番外個体。  
 相変わらず、一方通行からの返事は無い。  
 頭が上手く回らない時刻なのもあるし、反論する意味がないとも自覚しているのだろう。  
 今彼が何を言おうとも、それを墓穴に換えてやるための言葉を山のように用意しておくのが、彼女の本来の  
性質ではあるのだが。  
「……ま、悪夢の元凶の男に助けを求めるってのも妙な話だけどね。憎まれ口はこのミサカのアイデンティティ  
みたいなもんだし、あんま深く考えると余計に寝れなくなるよ、お互いに」  
「……どの口が言ってやがる」  
「ねぇ第一位」  
「何だ」  
「ここで寝ていい?」  
 自分に背を向けて窓の外を見ている番外個体の発言に、一方通行は怪訝そうな表情を作る。  
 少女は楽しそうに笑うと、  
「けけけ。別に変な意味じゃないから期待したらもれなく残念な気分になるよん。小さな子供とかは眠れない  
時とかにそうするらしいから。最終信号とやってることは変わらないじゃん」  
「期待すンのは一生有り得ねェから安心しとけ。つか大量にカフェイン摂取した人間の台詞じゃねェだろそれ」  
「なんか喋ってたら眠くなってきたもので。一通り悪意を吐き出して脳みそが満足したのかねぇ」  
 子猫のようなあくびを漏らしながら彼女は、何のためらいもなく二人入るには手狭なベッドに潜り込んでくる。  
 締め出す暇もなく、ほんの数センチだけ離れた位置を確保されたまま寝の体勢になってしまった番外個体を、  
判断能力が鈍っている一方通行はついに自力で追い払うことができなかった。  
「……出ろ。ウゼェから部屋戻れ」  
「やだ。ここいい感じに温い」  
「……」  
 眠れないと言っていた割には随分都合よく眠気が襲ってきたようで、番外個体の口調は段々と不明瞭なものに  
なっていく。  
 さらに、彼女が一度静かになってしまったためか一方通行も次第に気怠さが勝りはじめた。  
「チッ……」  
 マグカップを傍らのデスクに置き、マットレスに体重を預ける。  
 寝転がった視界には、先程まで傍らの少女が眺めていた、窓の中の満月が垣間見えていた。  
 ふと横を見ると、いつの間にか番外個体も瞼を開けて同じ景色を見ているらしい。  
 やがて彼女は、極めてらしからぬ小さな声で、何かをポツリと呟く。  
「あいらぶゆー」  
「……」  
「間違えた。月が綺麗ですねってヤツだ」  
「……」  
「……ドキッとした? 第一位」  
「寝言は寝てから言え。っつーか本気で部屋帰って寝てろ」  
「やーだ」  
 淡い月の光が差し込む部屋の中、そんな途切れ途切れの会話はいつまでも続いていった。  
 
 翌朝、目が覚めたら何故かお互い密着体勢になっていた所を小さな少女や大人たちに見つけられ、黄泉川家  
全体が軽いハプニングに陥ったのはまた別の話である。  
 
END  
 

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