「じゃあよろしくお願いしまーす、ってミサカはミサカはお願いしてみる!」  
 
 一方通行の思考は半ば停止ししていた。座っている自分の膝の上には、見慣れた少女がちょこんと乗っている。  
 問題はその少女――打ち止めが、見慣れたワンピースや白いシャツを纏うことなく、すなわちパンツ一枚という状況ということだ。  
 
(どォしてこォなった…)  
 
 遠い目をしている少年は、とりあえずその原因辿り、状況を整理することにした。  
 
 
 
 まず本日は彼女と自分の二人しかいない状況だった。そして自分が雑誌を読みながらウトウトしているところで、バーン、と元気いっぱいに部屋のドアを開けた打ち止めは、元気いっぱいにアホ毛を振りながら入ってくるなりこう言った。  
 
「ねぇねぇ、今日はあなたにお願いがあるの、ってミサカはミサカは可愛いらしさを武器にとった表情とポーズで可愛らしくあなたにおねだりしてみたり」  
 
「…却下」  
 
「えーっ!?」  
 
 にべもない一方通行の反応に大げさに悲しみを表現し、打ち止めは不満の色をありありと示しつつ、彼のベッドに飛び乗った。  
 
「何だよ。買って欲しいもンでもあるのかよ」  
 
「違うの、あのね、ミサカはとある筋からおっぱいをおっきくする方法をゲットしたんだけど――」  
 
 ああ、また小さいだの大きいだのいった話か、と一方通行は一人納得する。彼女自身はまあ年相応だとは思うが、オリジナルである超電磁砲や同一の遺伝子を持つ『妹達』をベースに己の未来を考えれば、胸の成長はあまり望めない。  
 例外としては番外個体がいるが、その彼女とは調整の条件が異なっているため、あてにならないとのことである。  
 ここで彼が『胸が大きかろうと小さかろうと俺がオマエを愛してることに変わりねェンだよ(キリッ』とでも言ってやれば何かが変わるかもしれないが、それは全くありえない話なのである。  
 ともかく、一方通行としては女はそんなことにいちいち拘って面倒だなくらいにしか思っていない。思っていないが、打ち止めが続けた言葉は、それどころではない作用を彼にもたらした。少女は言った。  
 
「――男の人におっぱい揉んでもらうとおっきくなるんだって、ってなわけでミサカはミサカはあなたにおっぱいを揉んで欲しいのだっ!!!」  
 
「…はァ?」  
 
 異次元である。どこの都市伝説だ、そもそもそんなくだらないことを彼女に吹き込んだのはいったいどこのどいつだという突っ込みを彼が入れる前に、彼女はるんるんで解説を始めた。  
 
「何かね、話によると異性におっぱいを揉んでもらうことで女性ホルモンが分泌されて、おっぱいが大きくなるんだって、ってミサカはミサカは受け売りの知識を披露してみる」  
 
「怪しげなダイエット広告みてェな謳い文句だな」  
 
「そんなこと言わないで試してみようよ、ってミサカはミサカはキラキラとした眼差しであなたを見つめてみたり」  
 
「絶対やンねェ」  
 
 アホなこと言うなという態度を露骨に示した一方通行は、ばっさりと彼女のお願いとやらを切り捨てた。あまりにもくだらなすぎる。しかし打ち止めは納得しない。  
 
「えー、減るもんじゃないじゃないー、ケチー、ってミサカはミサカは訴えかけてみる」  
 
「黙れ」  
 
「ちょっとだけー、ちょっとだけで良いからー、ってミサカはミサカはお休みモードに入るあなたを引き留めてみたり」  
 
「うるせェ」  
 
「ミサカのおっぱいの未来がかかってるんだから、ちょっとくらい協力してくれたって良いじゃない、ってミサカはミサカは不満をあらわにしてみる」  
 
「無視無視」  
 
 とりつく島もない様子の彼の態度に、打ち止めはがっかりした表情を浮かべた。アホ毛も萎れている。  
 
「…じゃあ仕方ないから他の人に頼んでみる、ってミサカはミサカはゲコ太先生かヒーローさんにお願いしにいく決意をかためてみたり」  
 
「……オイ、ちょっと待て」  
 
 入ってきたときとは打って変わって、しょんぼりした様子で出て行こうとする彼女を一方通行は引き留めた。今ものすごく問題のある発言を聞いた気がする。  
 ノコノコと野郎のところに行って胸を揉んでもらうという状況はあまりにも問題だらけで頭の痛くなる展開だ。そもそも彼女が別の野郎のところに行くこと事態妙に腹立たしい。さらに胸を揉まれるとなっては許しがたい。  
 それにしても、ガキ過ぎるのか妙なところで羞恥心が欠如しているのか、それとも胸の大きさがそこまで彼女にとって問題事項なのか、大人びた側面を持つくせにどうしてこれほどまでに彼女が常識と警戒心に欠ける言動ができるのか謎である。  
 
「つーかその人選は何だ」  
 
「だってあなた以外にミサカの知ってる男の人って、ゲコ太先生とヒーローさんしかいないもん、ってミサカはミサカはミサカの交友関係が意外に狭いことをあなたにこっそり告げてみる。  
あ、でもミサカがぼっちの寂しい子だって誤解しないでね! その気になれば友だち一万人出来るかななんだから、ってミサカはミサカは実は『妹達』を投入する強攻策であることを隠しつつ言葉を添えてみたり」  
 
「全くもって隠せてねェぞ」  
 
「しまった、ってミサカはミサカは口元を手で覆ってみる!」  
 
 深々とした溜め息を零した一方通行は、更に少女に問いかける。  
 
「そもそも何でンなコトに拘り出したンだよ」  
 
「それは…」  
 
 打ち止めはじっと一方通行を見上げると、ふいっと視線を逸らした。  
 
「秘密。とにかくミサカ行くね、ってミサカはミサカは――」  
 
「待てクソガキ」  
 
 ガシッと細い腕をつかんで引き留めた一方通行の眉間には深い皺が刻まれているが、きょとりとした表情の子どもにはこたえていない。そこはかとなく漂う不機嫌そうな雰囲気には気付いているが、彼女にとってはそれ以上に気になる案件があるのである。  
 そう、それすなわち『異性に胸を揉んでもらって大きくしちゃうのだ☆』大作戦。  
 ――彼女のオリジナルと同じ思考で、目の前の少年にもう少しつりあったお年頃に見てもらいたいという願いがその根底にあるが、いろいろと間違ってしまっていることに本人は気付かない。  
 
「常識的に考えろ。ダメだ」  
 
「え、何でどうしてミサカの大問題なのに! ってミサカはミサカは」  
 
「うるせェ。ダメなもンはダメに決まってンだろォがグジグジ文句垂れてンじゃねェぞ」  
 
「ゲコ太先生は診察の延長っぽいし、10032号がヒーローさんに触ってもらったことはあるって言ってたから大丈夫だよ、ってミサカはミサカは任務遂行に何の障壁もないことをアピールしてみたり」  
 
「そォいう問題じゃねェっつってンだろォが一歩たりともこの部屋から出さねェぞバカガキ。つーか何やってンだよアイツら…」  
 
「だってだってだってあなたがミサカのおっぱい揉んでくれないからじゃないミサカだって揉んでもらうならあなたが良いのにあなたのバカー、ってミサカはミサカは手足をジタバタさせてブーイングしてみるっ」  
 
「だったら俺が揉めば良いンだろォがクソッたれっ」  
 
 売り言葉に買い言葉、彼がその台詞を放った瞬間に、世界は止まった。  
 彼が言葉を訂正しようとする前に、少女はキラキラとした眼差しで少年を見上げて、「ひゃっほーいありがとうやっぱりあなたは優しいのね!」なんてぶっとんだことを言ってくれるものだから、どうにもこうにも後には引けなくなる。  
 さらに何故かご機嫌モードの彼女が、「とある筋からの情報だと直接揉んでもらう方が効果があるんだって、って」と言い出していそいそと服を脱ぎだした瞬間に、彼は何かを思考することを放棄した。  
 そして漸く半分ほど自我を取り戻せた時点で、冒頭に戻る。  
 
 
 
「…マジかよ」  
 
 がっくりと項垂れる一方通行。視界に入るのは打ち止めの明るい茶色の髪と、首筋から背中、そして腕のあたりの白い肌程度だが、あらゆる意味で始末が悪いことは明白だ。  
 
「早く早くー、ってミサカはミサカはネットワークは切断済みで準備万端オッケーなことをアピールしてみたり」  
 
「……はァ」  
 
 魂の抜け出るほどの溜め息を零して、彼はのろのろと腕を上げた。こんなあほくさいことはとっとと済ませてしまうに限るのである。律儀に打ち止めのおねだりに付き合ってしまうあたりに、彼の融通の利かない生真面目かつ世間ズレした一面がうかがえなくもない。  
 だいたいの見当をつけたあたりで手のひらを少女の肌に滑らせれば、絶壁だと思っていたはずの場所に、汁物の椀の蓋をひっくりかえした程度のかすかな膨らみの感触があって、やんわりと押しつけた手のひらを押し返す。  
 
「んっ」  
 
 くすぐったいのか、打ち止めは小さな声を上げて身動いだ。それを無視して、とりあえず要求通りかすかな膨らみを揉んでみる。  
 しかし彼はすぐそれを後悔することになる。  
 
 滑らかな肌はしっとりとしていて、小さな膨らみは芯が残っているかのように中央部にはかたさがあるが柔らかく、とてもとても認めがたいことに、気持ちイイものだった。  
 そしてその柔らかい中に主張するぷくりとした感触が手のひらをくすぐり、単純に外部刺激に対しての反射によるものだとは思うが、どうにもゲスな勘ぐりを呼ぶ。   
 それに更に「ふぁ、」だの「んんっ」だの、普段の彼女らしくない――艶の滲んだ、とでも言おうか――声が、妙に耳に残るのである。  
 ここで普段の彼ならば、「一丁前に感じてンのかァ?」くらいの台詞を吐けそうなものだが、一応その手のセクハラの入り交じった発言は彼女に向けてしないように心がけている成果を発揮しているわけでもないのに、  
何故かそういったことをして場を茶化すこともできない。  
 ヤバイと頭の中で警鐘をが鳴り響いているにも関わらず、打ち止めの胸を揉む手の動きがどうしても止まらないのだった。  
 部屋の中は妙な空気に包まれた。膝の上の少女は、ふわふわとした吐息を漏らし、白い肌をほんのりとした桜色に染めながら、落ちつきなく少年の膝の上で揺れている。その熱を孕んだ白い首筋がひどく甘く見えて、くらりと項に近付くように一方通行の頭が傾いだ。  
 
 そのとき。  
 
 
 ――ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ  と、電子音が響きわたる。  
 
 
 
   
 途端、一方通行は弾かれたように打ち止めから手を離すと、そのままその背中を突き飛ばした。バランスを崩した打ち止めは、不安定な姿勢のまま顔面からベッドの上に倒れ込む。  
 
「いったーい何するの?! ってミサカはミサカは恨みがましい目線であなたをじっとりと睨みつけてみるっ」  
 
「っせーなっ! 終わりだ終わりっ! とっとと服着ろっ!」  
 
 ワンピースと白いシャツを文句を言い続ける打ち止めに投げつけると、一方通行は乱暴な動作で部屋を後にした。向かった先は残念ながらお手洗いである。  
   
   
 
 そして数分後、自己嫌悪と罪悪感に死にそうな表情で戻ってきた一方通行に向かって、着替えを完了した打ち止めが飛びついてきた。勘弁してください許してくださいなんて心中を隠したまま、思い切り不機嫌な顔をした一方通行は彼女に問いかける。  
 
「もォ満足しただろ。二度とこンなこと――」  
 
「とある筋によれば、継続して行わないと効果は出ないんだって、ってミサカはミサカは次はいつにしよっかとあなたに問いかけてみたり」  
 
 にこにこと。にこにこと。純粋な子ども故の凶悪さで引っ付いてくる打ち止めに対し、一方通行は口の端を引き攣らせたまま彼岸を見た。  
 
 

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