最近、巷ではまことしやかにささやかれる噂があった。
曰く――――――――――、
『立ちはだかるもの有れば老若男女を問わず拳でブチ殺す無能力者の存在』
誰もが一笑に付してもおかしく無い。
それなのに誰もが笑い飛ば素どころか顔を強張らせるのは、目撃情報の余りの多さにあるだろう。
それは例えば――、
そこは河川敷。
少女の放ついかづちの雨をかいくぐって易々と懐に飛び込んだ少年は、少女の顔面に躊躇無く拳を見舞う。
「がっ!?」
ただでさえ少年より体格差の劣る少女は、軽い一撃と言えど弾ける様に後方に飛んだ。
それでも倒れなかったのは、この後を考えると不幸としか言えなかった。
「おら、さっきまでの威勢はどうしたビリビリ? お前が本気出せっつったんだぞ。言っとくが今のは3割くらいって所だ」
「うるひゃい!! だ、だいたいビリビリ言うなビリビリって!! 私にはちゃんと御坂美琴って名前があるって何度言わせたら気が済むの!!」
少女は口元を覆う指の間から血を零しながらも、まだ少年に対して立ち向かおうと言う姿勢を崩さない。
それが気にらなかったのか、少年がずいっと一歩距離を縮めながら、
「名前が呼んで欲しけりゃ一発位当ててみろよ」
「言われるまでも無いわよっ!!」
次の瞬間少女の血塗られた指先にコインが握られ、全身に凝縮された電気エネルギーで空間が歪む。
「死んでも恨むんじゃな――」
だが、その言葉も、凝縮された力も、超低空で踏み込んで来た少年の姿に、
(!?)
少女が目を丸くする。
その先で低く構えた少年の影から固く握られた拳が飛び出して、それはゴキャッと少女の股間に真下からめり込んだ。
「!!!!!!」
瞬間少女の体はあろう事か自分の身長を超えて飛び上がり、そして着地と同時に糸の切れた操り人形の様に前のめりに倒れ込む。
その傍らに、後から落ちて来た血塗れのコインが乾いた音を立てた。
ひくひくと痙攣する少女は、その後少年に股間を再度足蹴にされ、更には虫の息のまま姦されたと言う話だ。
他にもこう言う話がある――。
「これより特定魔術(ローカルウェポン)『聖(セント)ジョージの聖域』を発ど――」
「その幻想をブチ殺す!」
白い修道服の少女の言葉を遮って、少年がその言葉と共に右の拳を空間に叩き付けた。
すると少女の目の前に現れたねじくれた空間は、形を成す前に飴細工の様に粉々に砕け散る。
「!?」
そこへ更に少年が一歩踏み込みながら少女の右頬に拳を叩きこむ。
「おらぁっ!」
「きゃっ!」
悲鳴を上げて小さな身体が錐揉みしながら畳の上に転がると、すかさずその上から少年が覆いかぶさる。
「え、あ」
動転して声も出ない少女。
その胸元を鷲掴んだ少年は、金糸で飾られた豪奢な修道服を迷うことなく引き裂いた。
「いやあああああああああ――!!」
悲鳴を上げる少女――だがそんな少女の頬に平手が飛ぶ。
パチィィンと乾いた音が室内に響き渡る。
少女は呆然と唇から血を滲ませ……、
「とう……」
だが何かを呟こうとするその前に、覆いかぶさって来た少年に遮られてしまった。
「やだ、あ、とう……どうしてっ、わたしっ、まも……んうっっ……」
その後少年に姦された少女を見たものはいないと言う。
他にも――、
操車場にごっ、ごつっ、と骨と骨がぶつかる音がした。
そこには1人の白い髪の少年が、黒髪の少年に馬乗りになられて殴られ続けている。
右手で肩を押さえ、左の拳を振るう。
小さなモーションで繰り出されるその拳は、意識を刈り取るには弱く、しかし着実に白い少年の心を蝕んで行く。
「が! もう……、ごっ! かンべンしぶっ! やめェ、ぎっ! なぐン、ぐがっ!」
「お前が殺した妹達(シスターズ)だって心の中ではそう言っていたんだ」
「しらがはっ! しらなかった! しらなンがっ! ホントにしらぎっ! だ、あがっ!」
一撃一撃は弱いとは言えもうかれこれ数時間殴られ続ければ、顔面は赤黒く変形し、既に白い少年の顔に見る影もない。
それでも馬乗りになった少年は拳を振るい続けたと言う。
その後白い少年は重い後遺症を患い、人生の転落を味わったと言う。
その他にも、通りすがりの長身ウェスタンサムライガールにエロいと因縁を付けて殴り倒して姦したとか。
たった百円を形に巫女服の少女をスタンガンで処女喪失させたとか。
通りかかった少女がパーフェクトクールビューティーと見るや、下着露出を強要して自宅まで荷物を持たせ、
その荷物だった自動販売機から強奪した缶ジュースで人間自動販売機ごっこと言う人道を無視した行為に耽ったとか。
異国にて右も左も判らないロシア少女をガムひとつで貸しは貸しだと脅して砂浜で露出調教したとか。
イケメンを鉄骨の下敷きにして人柱にしたとか。
また異国にて右も左も判らないゴスロリ女性を抵抗出来ないまで殴り倒して、その長いスカートで茶巾にしたとか。
知り合ったばかりの眼鏡巨乳を、右手の力で四肢の自由を奪った上でプリクラに撮りながら姦したとか…………………………。
「お、女の敵ね! 見つけたら私がやっつけてやる」
「短髪、初めて意見が合ったみたいなんだよ」
「短髪ってアンタ……ふん、まあいいわ。同士として特別に許してあげるわ」
「あの……盛り上がってる所悪いんだけどさ……」
と割って入ったのは上条当麻。
因みに彼は御坂美とインデックスに挟まれて、正に割って入る……と言うよりもサンドイッチに近い。
「さっきからくっつかれて歩きにくいんだけど?」
上条がそう言うと、美琴とインデックスが同時に頬を引き攣らせ、
「な、何言ってんのよ!? アンタを守ってやろうって言う私の心意気が判らない訳?」
「そ、そうなんだよ! あんな物騒な話を聞いたらとうまがまた首を突っ込まないとも限らないから私達が見張ってるの!」
そう言って2人は仲良く頷き合う。
「おい、それってまさか……だってありゃ噂話……」
「「噂だって馬鹿には出来ないわよ(かも)!!」」
「いっ!?」
息まく2人に気押される形で上条は押黙る。
そうしながらも……、
(しかし妙に引っかかる噂だった……何と言うか、俺をピンポイントで攻撃している様な……)
そう考えながら上条は視線を泳がせた。そしてその先に有り得ないものを見て愕然とする。
「君達、実はこの学園都市には恐ろしい伝説があってね……」
染め上げた様な真っ赤な長髪の神父は手にしたカードを自在に操りながら、目の前の女子高生に世間話の様に語っていた。
「わたくし最近ある噂を耳にしましたの。何でも婦女子を中心に暴行をはたらく不埒者が学園都市にいるそうですわ」
ツインテールの少女の意味深な台詞に、一緒に歩いていた少女達から黄色い悲鳴が上がった。
「お、お前ら……!?」
「何処に行くつもりよアンタ?」
「とうま、私達から離れちゃ駄目なんだよ」
「だ……」
上条は何か言おうとしたが言葉が出て来ない。
と、ふと背筋に寒いものを感じて顔を上げると、冷たい二対の瞳が此方を見ていた。
「…………」
「さ、こ、これからわ、私が用意したアジトに……行こう……」
「と、とうま……」
押し黙って冷や汗を流していると、此方は此方で不穏極まりない空気が立ち上っていた。
(最速噂全然関係無いんですけど……って、どうなるのかな俺? 不幸だああああああああああああああ!!)
おしまい