その姿は異様だった。
頭にはすっぽりと黒いマスク――左右に犬の耳に似たひれが付き、目と思しき部分はメッシュ、口の部分に大きな開口――を被り、顔のパーツで唯一露出した口には穴開きボールを嵌め、首には棘の付いた首輪を嵌め、
上半身は裸の上に縦横に走る黒いベルト、下半身は黒のビキニパンツ――イチモツにぴったりとフィットしたペ○スサック一体型――に、ブーツと一体になった太ももの半ばまでを覆った黒いチャップス。
まるで地獄の番犬の様な出で立ちに、御坂美琴はただただ唖然する中、その黒い獣が恐ろしい咆哮を――――、
「あおあおうええああらうぇ、あわぁう゛ぇああおおう゛おう゛ああうおお!!(愛玩奴隷改めバター犬上条当麻参上!!)」
「やっぱりアンタなの!? て言うか何て格好してんのよアンタわああああああああああああああああああ!!!!!!」
次の瞬間美琴の身体がまばゆく輝いたかと思うと上条目掛けて一直線に迸る。
その致死量とも思える電撃は、しかし少年が咄嗟に翳した右の掌に吸い込まれる様に消えてしまった。
「ぶべら危ねぇじゃねえか御坂!? いっつもいっつも一撃必殺の電撃見舞いやがって、マジ上条さんを亡き者にするつもりですか!!」
「……いっそ本当に消えて欲しいわ……」
「え、マジで……? 不幸だ……」
美琴の呟きに、上条は今外したばかりの猿ぐつわを手にガックリとうなだれた。
しかし不幸は美琴も同じだ。
宛先不明のメールに書いてあった『貴女の思い人の本当の姿を見たくは無い?』の言葉に誘われて来て見れば……、
(最っ悪っっ……こんな事になるんなら来るんじゃなかった……)
そう心の中で後悔して思わず涙ぐんでしまう。
2人の間に重苦しい、淀んだ空気が立ち込め始めた時だった。
うなだれるボンデージ少年の側に突如ふわりと赤い髪の少女が現れる。
少女はすとっと床に足を付くと、
「あらあらお気に召さなかったかしら?」
「ア、アンタは結標淡希!?」
「第3位に名前を覚えていて頂けるなんて光栄だわ」
結標は美琴に向かって妖艶に微笑んで見せた。
「……何しに来たの……」
美琴はいぶかしむ様子でそこまで口に出してからハッとする。
「アンタでしょ私にメールを送って来たのはっ!」
この状況で疑うなと言う方がおかしい。
そしてそれを肯定するかの様に結標は指摘を無視して、
「あら、ペットが粗相をしたのだから飼い主が出て来るのは当然と言うものでしょ?」
「私が聞きたいのはそこじゃ……あ、え……か、飼い主?」
「そ」
急にブレーキのかかった美琴に対して、あくまで結標は余裕を崩さずに美琴に背を向けると、
「ほらほら勝手にギャグ(それ)を外しては駄目よ」
「だってこれをしていると喋り辛い……」
結標は注意されて不貞腐れる上条からボールギャグを奪う。
「犬が人の言葉なんか必要無いって教えたでしょ?」
「う゛」
「それにほら、喋らなくたって意志疎通が出来る方法だって教えたでしょう?」
「じょ、冗だもがっ!?」
何か言おうとした上条の口に再びボールギャグが押し込まれ――――、
「ねえ」
か細い声に結標が振り返ると、所在無げに立ち尽くす美琴と目が合う。
「あら、まだいたの?」
「…………」
「貴女が居るとこの子が恥ずかしがって何も出来ないの。申し訳無いけど御引き取り願えないかしら?」
「嫌だ、と言ったら?」
その言葉と共に消えかけていた美琴の気迫が甦るのを見て、結標は背筋に鳥肌が立った。
だが、それとは裏腹にその顔には蠱惑的な笑みがこぼれる。
「簡単よ」
その言葉に美琴の身体が僅かに沈み込む。
その様はまるで獲物に飛び掛る直前の獣に等しい。
この距離で仕留めそこなう美琴では無い――しかし結標の打った手は確実に美琴の出鼻を挫いた。
「このままここでこの子を躾けるから」