「……何だそれは」  
 
 
 至高にして最愛のご主人さ…恋人が持ってきた見慣れたケースを見て、学園都市第一位の少年は眉を寄せる。  
 そんな一方通行の様子が珍しくて、幼い少女――打ち止めは思わずきょとんと首を傾げた。  
 何がいけないんだろう、と疑問を浮かべながら手元のケースに視線を落とす。  
 早く早くと急かされたり有無を言わさず食らいつかれることは日常茶飯事だが、不満そうな表情を向けられたことは今まで一度もなかったのに。  
 確かにいつも使っているものとは違うが、そんなに過剰な反応をする程の差はないと思うのだけど。  
 はてこの人は一体何が気に入らないのかなと疑問を浮かべる打ち止めに大股で近づいて、彼女の持つケースを確認した一方通行は盛大に溜息をついた。  
 
「やっぱりかよ。……信っじらンねェ」  
「何が? 言ってくれないと分からないよ、ってミサカはミサカは説明を求めてみたり!」  
「オマエ、これさァ……マーガリンじゃねェか」  
 
 マジあり得ねェンだけど、と呟いて学園都市第一位の超能力者はげんなりしながらベットに胡坐をかいた。  
 マーガリンを見つめる打ち止めを膝の上に抱え上げ、彼女から受け取った容器の蓋をあける。  
 途端に室内に特有の香りが立ち上る。それは連日この部屋を満たしている匂いと似てはいるものの、やはり違うものだ。  
 少年はがっくりと肩を落とす。  
 風呂上がりで火照った肌の打ち止めという極上の晩餐を目の前にして、何故こんな気分にならねばならないのだろう。  
 
「萎えるわァ……頼むぜほンと」  
「ミサカにはあなたの基準が良くわかんない……あんまり変わらなくない?ってミサカはミサカは、にゃ、あっ」  
「全然違ェっつの。大体マーガリンってのはなァ」  
 
 トランス脂肪酸だの乳化剤がどうこう、などとぶつくさ文句を言いながら、彼の手は的確に打ち止めを乱していく。  
 キスと軽い愛撫で火照った肌を更に温めて、とろとろに蕩けさせる。  
 打ち止めのほっそりした脚がもどかしげに擦り合わされ、くちゅりといやらしい水音が響いた。  
 一方通行の膝に零れ落ちた粘着質の液体がてらてらと光を弾く。  
 
「ぁふ……そ、んな、に、マーガリンって身体に悪かったの、ってミサカは、ミサカは、ひぁ、……今日パンに塗っちゃったのを思い、だしてみ、たり……」  
「……別に普通に食うくらいなら構わねえよ。継続的に、大量に摂取するンじゃなければな」  
 
 憮然とした一方通行の声を蕩けた頭で聞いて、打ち止めは、ああなるほどと納得した。  
 これからやる行為はまさにその「大量に摂取」することなのだ。  
 普段通りに振る舞えば今夜だけでひとケース使い果たすのは間違いない。  
 バターの在庫が切れていたのをすっかり忘れていたのでたまたま目に付いたマーガリンを持ってきたのだが、申し訳ない事をした。  
 次から買い忘れたりしないようによく注意してあげなければ。  
 
「あ、」  
 
 一方通行は打ち止めをベットの壁際、集めたクッションの山に凭れかけさせ、彼女の前に膝をついて座り込んだ。  
 真直ぐな深紅の瞳に誘われて、彼の真っ白い髪を優しく撫でる。  
 一方通行の目が気持ち良さそうに細められて、打ち止めの心をほっこりと温めた。  
 従順に首元に顔を擦り寄せてくる仕草は、公園で飼い主に甘えていたコリー犬に似ている、と思う。  
   
「ごめんね。ミサカ知らなかったの」  
「……」  
「身体に悪いんなら、しょうがないよね。今日はやめる? ってミサカはミサカは聞いてみる」  
「……、……」  
「やめる?」  
 
 一方通行は一瞬気まずそうに眼を逸らした。  
 それから、クッションに埋もれた打ち止めに獣のように伸しかかり、首筋に齧りつく。  
 甘ったるい悲鳴を上げた少女の手に件のケースが押しつけられて、打ち止めは思わず笑ってしまった。  
 本当に、この人は我慢が出来なくて可愛い。  
 
「これ、マーガリンだけどいいの? ってミサカはミサカは、うふふ。最終確認を取ってみたり」  
「……うるっせェな……いいから早く、……早くしろ」  
「はあい」  
 
 ぐりぐり頭を押しつけてくる少年の、普段からは考えられないほど性急で我儘な仕草が愛おしくて。  
 思わずうっとりと微笑んだ打ち止めの表情は、子供らしからぬ婀娜さを孕み一方通行を惹きつけて離さない。  
 
 歓びに震える少女の指先がマーガリンの中に沈んでたっぷりと掬いあげる。  
 打ち止めが自ら塗り広げてくれなければ意味がない。だから一方通行は掠れた声で早く、と繰り返した。  
 女の匂いとマーガリンの匂いが混じり合って、彼の頭を酩酊させる。  
 
「ん、……」  
 
 マーガリンを掬いあげた指先をまずどこへ降ろそうか少しばかり迷って、打ち止めは自分に覆いかぶさる少年を見上げた。  
 どうせ最後には全身余すところなく食べられてしまうのだが、最初はやっぱり肝心だ。  
 今回は彼にとって不本意な味になるのだろうし、出来れば好きな所から食べさせてあげたいなあと思う。  
 首筋、つんと主張した胸の先端、二の腕、へそ周りの柔らかな部分、とろとろ液体を零し続けている内側に太股の付け根、それから指先。  
 彼が特に好んでいるらしいところは数か所あるが、今日はどこがいいのだろう。  
 
 もたもたしている少女を見下ろす一方通行は、さっきまでは従順な犬みたいだったのに今はぎらぎらと獲物を狙う狼のようだ。  
 焦れて焦らされて、待てが得意ではない少年のまとう空気がどんどん剣呑になっていく。  
 今日はもしかしたら何時もより数倍激しいコトになるかもしれない。それを考えただけで打ち止めの未熟な子宮からこぽこぽと愛液が湧き出した。  
 
 指先の熱で溶けたマーガリンが、ぽたり、と打ち止めの腹に滴り落ちる。  
 つう……と肌を滑り落ちる液体を追う一方通行の目線を痛いほど意識しながら、打ち止めはうっとりと囁いた。  
 
 
 
 
「……ねぇ、最初はどこがいい? って……ミサカはミサカは、あなたの希望を、聞いてみる」  
 
 
 
 
 
 
おわり。  
 

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