いつも勝手に家を出て行く一方通行から、打ち止めのもとに電話がかかってきたのは、彼女がベッドの中で眠りにつこうとしているときだった。
彼からもらったぬいぐるみのウサギをおともに、彼のベッドに潜り込んでまどろんでいた打ち止めは、弾かれたように電話をとる。
「もしもしっ! ってミサカはミサカはあなたが電話を切らないうちに慌てて電話に出てみたりっ」
『…耳元でキャンキャン騒ぐな。うるせェ』
ワンテンポ遅れて聞こえてきた声は、機械越しのせいかいつもと違った余韻が残る。
『今何やってンだ?』
「そろそろお休みの時間だからお布団の中でぬくぬくしてるよ、ってミサカはミサカの現状報告。あ、でもまだ起きてられるから電話切っちゃヤダよ、ってミサカはミサカはあなたの行動を予測して先手をとってみる」
『……あっそォ』
そこからは普段のように打ち止め7割一方通行3割の会話が始まった。眠りに近い夜であるせいか、いつもより声のトーンを落とした一方通行の声が、打ち止めの耳元に近く響く。
その常とは違う雰囲気の声が耳朶に注がれ、そして毛布の残り香のせいか、目を閉じれば抱きしめられているような錯覚までして打ち止めは一人で笑みを浮かべる。
一人置いてきぼりで留守番する寂しさが紛れるようで、とてもとても嬉しいのだ。
「それでね、」
そんなほのぼのした夜だったが、ぎゅっと赤目の白ウサギを抱きしめ、ウサギの鼻先がパジャマ越しに胸の先端を掠めたとき、違和感が彼女に萌した。
(あれ? ってミサカはミサカは首を傾げてみたり)
普段ウサギを抱きしめたときには生じない感覚を確認するように、彼女は未発達な胸にウサギを押しつける。電話越しの声と連動して動かすと、甘い何かがほんの少し深さを増した気がした。
会話は止まらないせいで、自然と彼の喋る時間が長くなる。その分だけウサギを抱える手の動きが強くなり、下半身が自然と揺れる。もじもじと内ももを擦り合わせると、そのゆるい刺激も心地良い。
思考が別のところに半ば取られている彼女に対し、訝しむ声を一方通行があげるのにそう時間はかからなかった。
『――オイ。眠いのか? それとも体調不良か?』
電話越しで上がる怪訝な声。寧ろその真逆で、眠気とは正反対の穏やかな焦燥感に包まれている打ち止めは、相手に見えないことを気にもせず小さく首を振った。
「…何で? って、ミサカはミサカは、あなたに、訊ねてみる」
『口数が減ってる、話が上の空、息が上がってる。眠いなら切るぞ』
「待って! ってミサカはミサカは引き留めてみたり。ミサカ、眠くなんかないよ、ってミサカはミサカは、反論してみたり」
本気で通話を終わらせようとする一方通行を、慌てて打ち止めは制止した。原因は自分が行為に気をとられているせいだと理解しているが、ゆるく動かす手を止めることは出来ない。
『眠くねェなら何だっつの』
「う、それは…」
打ち止めが言葉に詰まったのを、電話越しに確実に拾い上げたらしい。矢継ぎ早の気遣うような発言に申し訳なく居心地の悪い思いをした打ち止めは、そろそろと現状を打ち明ける。
「あの、ね」
『あァ』
「あなたにもらったウサギさんがね、」
『おゥ』
「おっぱいにあたって、」
『……へェ』
「へ、変な感じに、なっちゃって、ってミサカはミサカは、羞恥心を押し隠しつつ、その、報告してみる…」
息を呑むような音がして、一瞬の間の後、盛大な溜め息が耳元に響く。その音に、ぞわりとした感覚が打ち止めの背に走った。
『盛ってンじゃねェよマセガキ。こっちがわざわざ電話してやってンのに、それネタにしてオナってンじゃねェ』
「ご、ごめんなさい、ってミサカはミサカは謝罪してみたり」
『――で、イったのか?』
オブラートに包むことのない一方通行の発言に、打ち止めは思わず真っ赤になった。
「…まだ、ってミサカはミサカは、正直に告白してみたり…」
『ふゥン』
とてつもなく楽しそうな呟きが耳に届き、打ち止めは知らず知らずのうちに唾液を呑み込んだ。小さな喉がこくんと動く。
『服を全部脱げ。とりあえずイかせてやる』
「う、うん、ってミサカはミサカは急いで準備を開始してみる」
慌てて打ち止めはパジャマを脱ぎ、キャラクターがプリントされた下着を脱いだ。さすがに服を脱ぐと寒さが増すので、すっぽりと頭まで布団の中に潜り込んで、足を折ったうつぶせの姿勢をとる。
一方通行の枕を抱えると、さっきよりも残り香が立った。普段なら安心できる匂いなのに今は無性に切ない気分に駆られる。
『準備できたか?』
布団の中で籠もって響く電話越しの声と、携帯の光だけが光源という現状は、いけない秘め事をしているようで高揚感を煽られる。
「脱いだよ、ってミサカはミサカは返事してみたり」
『今はどういった格好でどういう体勢なンだ?』
「…パジャマもパンツも全部脱いで、枕をぎゅっとして、布団に潜ってるよ、ってミサカはミサカはあなたに報告してみる」
外気に触れたせいで、余計にかたくなった乳首が、抱きしめた枕にこすれて思わず喉が鳴る。
『さっきまで俺の声聞きながら何をやってた?』
「……ウサギさん、おっぱいにあててた、ってミサカはミサカは、ん、端的に告げてみたり』
『そこだけか? 直接?』
「おっぱいだけで、あと、パジャマの上から、だよ、ってミサカはミサカは、振り返ってみる」
自分の状況を報告するだけなのに、羞恥心はどんどん募り、しかし同時に甘く痺れていく。愉悦の混じった彼の声が、抑えられた音量で打ち止めの耳を擽っている。
『ねだるから買ったウサギなのに碌な使い方されてねェな。で、今は何やってンだ?』
「今は、枕に、おっぱいを」
『具体的に』
「……ちく……さ、先っちょあててるの、ってミサカは、ミサカは報告してみ、たり」
意識がそちらに向くと、刺激に対しより敏感になった気がした。小さな胸を枕に押し付ける手に力がこもる。
『へェ、じゃあちょっと乳首を指で摘まんでみろ』
「う、うん…」
言われるがままにそろそろと指を胸元に這わして色づいた先端を摘まむと、きゅんと走った電流に甘い悲鳴が小さくあがる。
「っ、ひゃう、ヘンだよぉ」
『乳首が感じてるだけだろ』
そこ弱ェよな、と笑い交じりに言われて、普段彼に良いようにされている自分の姿を思い出し、打ち止めはさらに頬を染めた。…ぷっくり立ち上がった乳首を刺激する指は止まらなかったが。
『じゃあそろそろ下いくかァ? とりあえず指、舐めて濡らせ』
「? う、うん、ってミサカは、ミサカは指示に、んっ、従ってみる…」
その意図はわからなかったが、彼女は素直に言われた通りに動いた。自分の舌先なのに、指を舐るとぞわりとした感覚が走る。柔らかい口腔は驚くほど熱い。
しっかり濡らせという指示に従って、ちゅくちゅくと唾液を指先に塗していくと、電話越しに褒められて嬉しくなって、打ち止めはさらに音を大きくして指先を舐めた。
『もォそろそろイイか。ンじゃ足の間割ってけ。…気を付けてやれよ』
「わかった、って、ミサカは、ミサカは…はぅ」
何も生えていない柔らかい恥丘を割ると、くちゅりと音を立てて濡れた秘所に指先が触れる。いつもは相手に触れられてばかりで、自分で触れたとこともない場所だ。
思わず指先を動かすと、じんとした感覚が下半身を襲った。内腿にかかる力が強くなる。
『下はどォなってる?』
「…っ、ぬれて、…あつ、い、よ」
『ふゥン。じゃあ別に指濡らさなくて良かったのか』
「ミサカ、そんなの、わかんなっ…」
『ああそォだ、中に挿入れンなよ。そっちは解さねェと無理だ。クリトリス探せ。ちょっと上の方にある突起みてェなンで、一番感じる場所だ』
「りょお、かい…っ」
律儀に指示に従って割れ目をまさぐり、探し当てたそれに触れると、一つ飛び抜けた感覚に嬌声が漏れた。捏ねる指は止まらず、腰は勝手に揺れる。
枕に押し付けた胸からも、ジンジンとした感覚が湧いて、擦り付けるのを止められそうになかった。
「ひぁ、な、なんか、じゅん、ってするよお…っ」
『オマエそこ弄るといつもめちゃくちゃ濡れンだよな』
「あ、やだ、ん、ヘンだよっ、あなた、み、ミサカ、」
『爪で傷つけねェよォにしろよ。指の腹ァ濡らして円描くみてェにして撫でてみろ』
「んっ、ね、こ、これで、あ、イイの…?」
『見えねェっつの。帰ったらやって見せろ、答え合わせしてやる』
電話の声の主に、くちゅくちゅとあがる粘性の水音は届いているのだろうか。少なくとも耳元に響く声はひどく楽しそうだ。
言われた動きは、いつも一方通行が彼女にするのに似た指の動かし方で、どんどんと快感が溜まっていく。閾値はもう間近だった。
「…っ、あなたぁ、ミサカ、ひゃう…っ」
『限界か? ならイっちまえ』
一呼吸置いた後、耳元で一番切なくなる声で名を囁かれて、打ち止めは絶頂を迎えた。
『イったな』
脱力し荒い息を零す打ち止めに対し、一方通行が確認するように声をかけてきた。
「うん、って、ミサカはミサカは、頷いてみる…」
ぎゅっと抱きしめた枕に濡れた名残がついてしまったが、完全にとろけてしまった彼女はそこまで気が回らない。
そォか、と、相変わらず楽しそうで、そしてどこか満足そうな様子の一方通行に対し、打ち止めは小さく話しかける。
「でもね、あなた」
『何だよ』
「やっぱりあなたにしてもらった方が気持ち良いよ、ってミサカはミサカは打ち明けてみたり…」
『……オマエなァ、』
僅かに間が空いた後で、疲れ切った打ち止めの耳朶に、あきれたような声が落ちた。
『イっといて何言ってンだバカ。始末して服着て寝ろよ。また電話する』
「わかった、無茶してケガとかしないでね、ってミサカはミサカは注意してみる。…早く帰ってきてね」
『………わかった。じゃあな』
余韻を残して切れた携帯電話に、愛しいものを見る眼差しを向けながら、打ち止めはそっと撫でた。
*****
通話を終えた掌の携帯電話を眺めながら、一方通行は溜息を吐いた。物凄い殺し文句を聞いた気がする。アレを素で言えるのだから、末恐ろしい存在だ。
――まあ、自分以外に言わせる気はさらさらないのだが。
とっとと打ち止めのもとに帰れるように面倒なことを片付けようと決意して、一方通行はまずはトイレに向かった。
終わり。