そこは薄暗い空間だった。
どこもかしこもがぼんやりとしていて頼りなく、まるで現実味がない空間。
それなのに、そこに置かれた椅子と、その椅子に座る金髪の少女の姿はアンバランスなほどにはっきりと輪郭を保っている。
肘掛に頬杖を付き、黒いタイツで覆われた華奢な脚を組んだ姿――そしてそこから見下ろすように見つめる青い瞳。
レイヴィニア=バードウェイは唇を意地悪くゆがめると、あえてゆっくりと言い放つ。
「いいかよく聞け――3月14日は何の日か、知っているな?」
それから数秒間、相手の出方を待つように無言を貫いた。
そして、
「ふん。その様子では解っていない様だな」
そう言うとバートウェイは、「おいマーク」と側に居るであろう部下に呼びかけながら、左手を自分の頭の位置に五本の指をそろえる様にして差し出す。
すると、その白く細い指先に不思議な色をした小さな丸いものが載せられた。
バードウェイはそれを躊躇無く口の中に放り込む。
コロ、カラ、と先ほどの丸いものが少女の歯とぶつかって軽い音を響かせ、
「ん、美味ひ」
桜色の唇を閉じて、白い頬を膨らませて暫く何かに浸っていた少女は、突如両の肘掛をバンと叩いて立ち上がると、
「ホらイトれ……」
舌足らずにそこまで呟いたところで、はたと我に返ってくるっと背中を見せた。
「(ボス、口の中のそれを出さないと……)」
「(ばひゃ言え! わたひはレりィらぞ! くひのなひゃにいれら物をそう簡ひゃんに出ひぇるか! くひょ、こおなればぁ……)」
「(あ!? 駄目ですよボス! 飴は噛むものじゃありませんよ!)」
暫く少女の背中越しに、バリ、ボリボリッ、ボキィと聞くに堪えない音が響き渡り、やがて振り返ったバードウェイは、
「か、は……、あ、顎が砕けるかと思った……」
顎を両手で押さえて暫くがくがくと左右に動かして何かを確認した後、ハッと我に返ってから何事も無かったかの様に金髪をかき上げてから、
「ホ、ワ、イ、ト、デェ」
そして再び椅子にドカッと腰掛けると脚を組み、胸の前で腕を組んだ。
「そう驚いたような顔をするな。この『明け色の陽射し』のボス、レイヴィニア=バードウェイ ともなれば東の小国に伝わる悪しき慣習も当然網羅していて当然だ」
歌う様にそう述べると、再びにやりと意地悪そうな笑みを頬に浮かべて、
「でだ」
先ほどと同じように、今度は右の手を頭上に翳すとパチンと指を鳴らす。
するとバードウェイのすぐ側にスポットが辺り、小さなテーブルとその上に載せられた袋が浮かび上がる。
「飴はこっちで『用意』しておいた。お前はそれを世話になった女達に配ってやれ」
組んだ脚をを解いてテーブルの端をドカッと足蹴にする。
だが、
「……いや配るだけではアレだな……」
うーん、と唸って考え込む様に自分の顎に拳を当てた。
そして、その拳でポンと掌を打った少女は、
「そうだ。包みを開けて食べさせろ。うん。その方が女達も喜ぶだろうからな」
そう言うとこれ以上ないくらいに邪悪な笑みを浮かべる。
すると、まるで演出の様に下からスポットライトが当たり、顔に出来た陰影が更に邪悪さを醸し出す。
「と言う訳だ。理解したならさっさと行動しろ。因みに私はお前達の事をしっかりと見ているので、興ざめする様な行動を取った場ペナルティーを科すからそのつもりで」
「はぁ!? おま、ふざけ……、え、えぇえぇぇっ!?」
「チッ」
「え? あの、ちょ、ちょっと意味判んねぇんだけど……」
少年達の騒乱はまさにこれから始まろうとしていた。