「チクショオオオオ! 喰らえ見知らぬ能力者! 新必殺音速幻想殺し!」
「さあ来い無能力者アア! 俺は実は一回殴られただけで気絶するぞオオ!」
ザンと言う、まるで剣で突き刺したような音と共に、上条 当麻の右手は風の渦を貫いて学生服の男の顔面を打った。
「グアアアア! こ、この大能力者の俺がこんな小僧に……バ、バカなアアアアアア」
ドドドドドと舗装された道を転がる男。
「レベル4がやら」
「くらええええ!」
以下省略。
「やった……ついに能力者達を倒したぞ……これで御坂の助けに行ける! 御坂ー!」
「あん? 何よ?」
「うおっ、後ろっ! そしてさらに後ろには能力者達が山積みに!」
テンドンもしつこいと嫌われると言うことを学習した誰かの差し金によりパワーアップした美琴は、それこそ山ほどいた能力者を全て薙ぎ払っていた。
やっとの思いで数人片付け、さあ本番だと気合を入れた上条の右手がむなしく開閉を繰り返す。
「さ、てと……む、む、ゴホン」
腰に手を当てて足元の襤褸屑どもを眺めていた美琴が、片手を口元に遣ってわざとらしく咳をする。
上条があん? と視線を寄越すのを確認して、美琴は口を開いた。
「そ、その……今日は、ありがと。猫の手程度には役に立ったから、一応言っとく」
「お前……猫の手は迫り来る砂浜から吹き出た拳やら海水を固めた氷の槍やらを掻き消せませんよ?」
抗議するボロボロの上条を無視して続ける美琴。
「そこで! あー、んー、うん。お礼、とか……しようかな、って……思ったり、するわけなの。うん」
何が「うん」なのだろう何で自己解決してるんだろう、と首を捻る上条。
「お礼? いらねーよーんなもん。猫の手ぐらいにしか役に立ってませんからー俺はー」
うへへーいといじける上条。しゃがみこんで砂にのの字を書いている。
「んなっ! イヤミったらしいわねアンタも! 言葉の綾よ! この美琴センセーが感謝して更にお礼までしよーってのよ!? ありがたく受け取るのが筋ってもんでしょうが!」
「善意の押し付けは良くないって知らないの御坂!? そんな脅迫めいたお礼なんてノーサンキューです!」
「何よっ!?」
ばちーんと美琴の額から雷撃の槍が飛び出た。上条は身に染み付いた咄嗟の判断で右手を突き出し掻き消して事無きを得た。
「とにかく! せっかくインデックスが小萌先生の所にお泊りだってんで明日から一人っきりの週末をエンジョイするつもりなんだ、礼とかマジでいらねえからな!」
と、ご丁寧に事情を説明してうわーんと泣きながら砂浜から走り去る上条。
その後姿を見送る美琴が、ぽつりと呟く。
「明日から、一人っきり……明日は、一人……ふむ……む、ぅ、ぁぁぁぁぁぁ……」
考え事をしていた筈の美琴だったが、最終的に頭から湯気を出してしゃがみこんでしまった。
土曜日。
朝。
上条 当麻はバスタブの中で目を覚ました。
静かな朝だった。
その朝の静謐な空気を破った目覚めの第一声が、
「ハイすいません今すぐ朝飯作ります!」
だったことがなんとも悲哀を誘うが、まあ仕方が無い。
能力者を殴って帰って来たのが夕方、その頃は、丁度インデックスが荷物を纏めて出かける準備をしていた所だった。
もうすぐ迎えに小萌先生の所の居候である姫神 秋沙が来るらしい。
しばらくして男子寮の入り口まで来た姫神にインデックスを引き渡した上条は、久しぶりに訪れた自由に絶叫して窓から顔を出した数人の寮生にしこたま痛めつけられた。
しかしそれもなんのその、ご機嫌で自室へ帰った上条はいやっほおおおおおおおうと占領されていたベッドに飛び込んだ。
飛び込んだはいいものの、そこには数ヶ月に渡り染み込んだ少女の甘い匂いで満ちていた。
キング・オブ・ヘタレ上条 当麻は、晩御飯もおざなりに、いそいそといつものバスタブへ引っ込んで夜を過ごすのであった。
目覚めた上条は、浴室内でんんーと伸びをする。
べきぱきぼきびきと折れ曲がっていた体が真っ直ぐに伸びる。痛い。
「ててて……」
腰をトントンと叩く姿が変に様になっているのが一段と泣けるが、上条は気にしていない。
意識を覚醒させた上条が浴室を出て、脱衣所と一体になっている洗面所を出る。
リビングへ繋がるドアを開ける。
そこで、キッチンに立つ少女の背中を見た。
「………………………………はい?」
声が上がった。
その声に気づいた少女がこちらを振り向く。
振り向いた少女の視線が上条の視線とぶつかった。
少女はかっと頬を赤くして、目を斜め下に逸らす。
可愛らしいデザインのエプロンの裾をぎゅっと握る仕草がなんとも可愛らしい。
「………………………………………………………………いや、そんな使い古された萌え要素は置いといて。なにしてんだ御坂」
なんかもう起床より数秒で一日の終わりの様に疲れ果てた顔の上条が少女―――御坂 美琴に尋ねた時から、二人の謎の週末が幕を開けた。