今日の上条当麻は珍しくイライラしていた。  
 とある不運が重なった――彼にしてはそれはよくある事なのだが、よくあるからと言って別に慣れる訳でも、慣れたい訳でもない。  
「……クソっ……俺が運が悪いのは知ってるよ……知ってはいるけど……」  
 まさか無人だと思ったていた放課後の教室で、クラスの女生徒達が一端覧祭(いちはならんさい)の衣装合わせをしているとは思わなかった。  
 何故よりにもよって衣装がバニーガールだったのか。  
 皆レオタードを着ようと、半裸と言うかTバック一枚と言う全裸よりもいやらしい格好になっていた。  
 そんな所へ、誰かがうっかりしたのか鍵が掛っていなかった扉を開けて、上条は踏み込んでしまったのである。  
「……日を改めてゆっくり詫び入れて貰うって……その場で殴り倒されるより怖いんだけど? はぁ、何で俺がこんな目に……不幸だぁ……」  
 吐きだした溜息と同じくらいに気分が重い。  
 いっそ、もう一回あの教室に乗り込んでひと騒ぎ起こして本格的にぶちのめされてこようか……とそんな自暴自棄な考えさえ浮かんでくる。  
 だがそれと共に――、  
『ここは私が収めておくから行きなさい。貴様はここに来なかった――いいわね』  
 吹寄制理の、今まで聞いた事の無い低い声。それを思い出すと奮い起した気力がしぼむ。  
 その瞬間、後日とやらまでの生殺しがここに確定した。  
「……ぅぅ、不幸だっ……」  
 やりきれない気持ちを携えたままトボトボと歩いていると、そんな彼の目の前にとある少女が現れる。  
「や、やあ」  
 御坂美琴は、何故だか曖昧な笑みを浮かべながら挨拶して来る。  
 何時もなら口より先に電撃が飛んでくる――あくまで上条個人のイメージ――が一体……。  
 その瞬間、上条は思わず天を仰いでしまう。  
「神様、俺が一体何をしたんでせう?」  
「人の顔見るなり何よアンタ?」  
「……いや別にお前には一個も関係ねーけど……」  
 先ほどとは一変した美琴の不機嫌そうな顔と声音。  
 それらひっくるめて関わるのはよそうと話を、そして顔を逸らし、更にそのまま踵も返して彼女に背を向けた。  
 取りあえず後ろに向かって右手をひらひらさせて『さようなら』の合図を送って立ち去ろうとしたのだが、  
「ちょ、ちょっと待ちなさいよアンタ!! 逃げるわけ!?」  
 普段なら何気ない、彼らの間では挨拶代わりの様なその一言。  
 だが、先より虫の居所が悪かった上条はその一言にカチンと来た。  
 こいつは常々目上の者に対する態度が悪い。コイツとかアイツとかアンタとか――。  
「おい御坂」  
「な、何よ」  
 振りかえり様に不機さを露わにしただけで、少女の顔に怯えた表情が浮かぶ。  
 所詮は中学生、高校生の上条にとっては子供も同じ。  
「アンタアンタってお前は俺のなんだ?」  
「ぇ……、え?」  
「だ、か、ら。『アンタ』って何で俺を呼ぶんだ? て言ってるんですよ」  
「そ、それは……」  
 一気に美琴が泣きそうな顔になる。  
 ちょっとやりすぎの感もあるが今更止められない。  
 子供を躾けるのは大人の仕事なのだ。  
 今こそガツンと言わせる時。  
「お前は俺のもんだ」  
「!!」  
 美琴の瞳が大きく見開かれ、その瞳の端から涙が頬を伝う。  
 拒絶されたとショックを受けたのだろう。わなわなと震える桜色の唇に、些か言いすぎたかと流石の上条も気が引けて来る。  
 元より彼女に対して悪感情は無い。ただちょっと懲らしめてやろうと思っただけ。  
 この辺で勘弁してやるか――と浅く溜息を吐いた瞬間、美琴に抱き締められていた。  
「え?」  
 気が付いた時には美琴の腕はしっかりと上条の首に絡みつき、それがぎゅうっと閉まるものだから、  
「く、くる、しぃ……」  
 
 一体何が起きたのか。  
 その答えのヒントはすぐ耳元で熱く囁かれた。  
「(わ、私もアン……、当麻が好きっ!!)」  
 名字を飛び越えて一足飛びに飛び越えてきやがった――では無く、何故こうなった。  
 一触即発の状況に、上条はこんな時こそフル回転する頭で状況を把握する。  
 そしてそれはほんの一瞬前に放った一言だと合点が行く。  
 『お前は俺の何なんだ』のつもりが何を言い間違ったか『お前は俺のもんだ』……これではまるで愛の告白の様ではないか。  
「よし当麻行くわよ!!」  
「行くって何処へ!?」  
 突然解放されたかと思ったら、思わぬ力で腕を引かれて上条はたたらを踏む事になる。  
 そんな上条などお構いなしに、美琴はズンズン歩きながら空いた手で携帯端末から次々と何かを選び出す。  
「まずはチャペル。それからそのままホテルに直行して、その後はハネムーンよん♪」  
「は、はあっ!?」  
「全くこれだけ科学が進んだのに相変わらず婚姻届は紙じゃないと出せないなんて……。まあいいわ、全ては既成事実の積み重ねで万事オッケーでしょ♪」  
 そう言って振り返った美琴の瞳が、尋常では無い光を放つのを見て上条は戦慄する。  
「ちょっと待てお前変だぞ!? もしかしてまた御坂妹の変装じゃ――」  
「アン……当麻はやっぱり妹がいいんか!? よし、姉より優れた妹などいないって事を身体と心に刻んであげるわ!!」  
「やだ、何それ怖い!?」  
 いくら踏ん張っても引き摺られて行く上条は、流石にこれはまずいと思い始めたその時、彼には珍しく救世主が現れた。  
 その救世主の第一印象はパンツ丸見えだったのだが。  
「ごふぁ!?」  
 顔面へのドロップキックに上条が吹っ飛ぶ。  
 もんどりうって路上に転がると、うつ伏せになった頭の横に人の気配が。  
「(お姉さまのテンションが尋常ではありません。殿方さんは取りあえずそのまま)」  
「(し、白井……)」  
「(殿方さんは後でたぁーっぷりわたくしがお相手して差し上げますわ)」  
 ワイシャツの襟首に何かが触れたが、上条は白井黒子の言うとおりそのまま動かない。  
「黒子!!」  
「探しましたわよお姉さま。寮監様がお探しでございますの」  
「りょ、寮監が!? 何で!!」  
「先日の無断外泊の裏工作が全て露呈したみたいですの」  
「あ……が……」  
「さあ、一刻も早く参りませんとプール掃除どころか校内隈なく清掃にもなりかねませんの。勿論その前にきっつーい折檻……」  
 その言葉が合図になったのか、地面を蹴る音が遠のいていった。  
 ようよう暫く地面に寝そべっていた上条は、人の気配が無くなった所でやっとその身を起こす。  
 キョロキョロと辺りを見回しても人影は見えない。  
「た、助かったのか?」  
 貞操の危機は去った。  
 それに安堵して、やれやれと頭の後ろに手を当てた所で、カサカサと何かが指先に触れる。  
 それを指で摘まむと、それは4つ折りにされた紙片。  
 開いてみると『この座標を検索!』と言う言葉と共に数字が書かれている。  
「白井か……?」  
 携帯を使って律儀に調べてみると、上条も知る某高級ホテルがデンと地図の真ん中にそびえ立つ。まさか今回のお礼にここで奢れと言う事なのか……。  
「ふ、不幸だっ」  
 上条はまた一つ重い十字架を背負った事に気が付かず、己の不幸を呪うのであった。  
 
 
おわり  
 
 

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