そこは小さな町だった。  
 焼き煉瓦が積み重ねられて作られた小さな家々の壁は塩が噴出して白く濁っている。  
 漁港であるこの町の近場で焼かれたのだろう。  
 質の悪い煉瓦の町並みはもはやぼろぼろで人が住んでいるとは到底思えない。  
 そして、少なくとも多少なりの人間が住んでいるはずなのに此処に人の気配はない。  
 狂気を司る月が紅い。  
 凶器のように赤い。  
 狂喜してるかのように朱い。  
 古臭いというよりは化石のような町並みを明々と照らしている。  
 影絵のように切り取られたような町並み。  
 しかし明かりは月ばかりではなかった。  
 それを遥かに上回る光量と熱量。  
 配置された無数のルーンが作り出す火焔巨人。  
 魔女狩りの王。  
 業火そのものである魔人を従えるのは天を突くほど背の高い漆黒の神父。  
 くすんだ赤色の肩まで伸びた髪。ごついシルバーをすべての指に纏わせた両手。  
 咥えた短い紙巻。  
 苛立つ右の目の下にあるバーコード模様の刺青。  
「さてさて。こんなもので終わりとか言わないでくれよ? 僕はまだ本気を出していない」  
 イギリス清教必要悪の教会所属のルーンの魔術師。ステイル=マグヌス。  
 うっとうしげに右手を上げ摘んだカードを放り投げるとそれは無音で空気を切り裂いてステイルの数メートル先の地面へと突き刺さる。  
 瞬間、爆発した。  
 業、という爆ぜる音。  
 火山の口が開いたかのような衝撃。  
 まるで固体のように濃密なそれはいくら幻想殺しといえども完全に殺すことはできなかった。  
 少年は無様に吹き飛ばされる。十数メートルの距離を舞ってごろごろと地面に転がる。  
 だが不思議なことに火傷一つ負っていない。負ってはいないがダメージがないわけではない。  
 疲労の色は明らかだ。息も絶え絶えなほどに体力を使い果たしている。  
 それでも、業火に照らされながら立ち上がる。  
 ツンツンと髪の逆立った東洋人の少年。  
 いかなる困難にもその不可思議な右手と勇気とで立ち向かい勝利してきた少年だが今回ばかりは分が悪い。  
 もはや足はふらふらで立っているのがやっとだ。  
 思考は瞭然としていて定まっていない。だが恐れも不安もない。ただ何かが物足りない。  
 それを求めるように一歩前に進む。  
 炎の音以外に何も聞こえない。  
 闇がすべてを飲み込んでしまうかのよう。  
 波の音すら聞こえてこない。  
 東洋人の少年の荒い息遣いの音がうっとおしいほどに響く。飲み込まれない。  
 
「もうお終いか。いやはや、意外と呆気なかったな。ずいぶんと手加減をしたつもりだったが買いかぶりすぎていたようだ。  
 この程度の男に苛立ちを抱えていた僕自身が許せないね」  
 漆黒の神父は言って、咥えたタバコを摘んで少年に向かって投げ捨てた。  
 暴、という音と共にタバコは無数の火矢へと変貌し少年を襲う。  
 立っているだけがやっとの少年は必死に火矢を打ち消そうとするが右腕はたったの一本。  
 数え切れぬほどの火矢に成す術はない。  
 慟、と顔と腹と左腕と両足を火矢は焼く。  
 戎、と皮膚が焼ける嫌な音がする。  
 ぐあああ、と少年が悲鳴を上げて膝から前のめりに崩れ落ちる。  
 だがしかし、よく見れば少年に火傷の痕はなかった。  
 いくらか燻っているが水ぶくれどころか皮膚の変色すら見受けられない。  
「ふん。別に殺すことが目的ではないからな。痛みで動くこともできないだろうけど命までは取らないよ」  
 パチン、と神父が指を鳴らすとすべての炎が消失する。  
 火焔魔人たる魔女狩りの王ですらも。  
 決着はついた、といわんばかりに無防備に勝利者が敗者へと歩み寄る。  
 だがそれは決して健闘を称えるためではない。  
 少年の短いツンツン髪を掴んで引き起こす。ぶちぶちと髪が千切れる嫌な音がする。  
 不自然に首を伸ばす形になって立たされる。  
 圧倒的な身長差が少年のつま先から地面を奪う。  
「殺しはしない。が、屈服してもらおう。僕をイラつかせたんだ。それ相応の代償は必要だろう?」  
 言って、すべての指にごついシルバーリングを纏わせた指が少年の服を引きちぎった。  
 引き締まった、そして数え切れぬほどの戦いで負った無数の傷跡を残す肌と肉。  
「ずっと君が気に入らなかった。あの子の傍にいる君が。だが憎しみは反転する。  
 不可思議なことにね。いつしかあの子ではなく君を支配したいと思うようになった」  
 神父の瞳に暗い欲情の炎が宿る。それはまさに這いよる原始生物のような凶った本能。  
 戦い、疲労し、そして敗北した少年に逆らう術はもう何もない。  
「勝利とは奪い取ることだ。陵辱しつくすことだ。支配し君臨することだ。さぁ、代価を支払ってもらおうか」  
 何一つ動作を起こさずに、少年の服もズボンも靴も下着さえも焼け消えた。  
 ただ産まれたままの裸の姿に変換される。  
 それなのに、彼の股間は隆々と勃起していた。  
 疲労によるものか、生命の危機に本能が暴走したのか。  
 ただ口元にはまるで何か探していたものを見付けたようなどこか満足げな笑みが浮かんでいた。  
 
 
 
「やったー! 作業完了ー!」  
 目の下に大きな隈を作り髪飾りの造花も萎れているように見えるほど憔悴しているショートカットの少女。  
 初春飾利はそれを吹き飛ばすように大きな声を上げて両腕を突き上げた。  
 飴玉を転がすような甘い声色が歓喜に震えている。  
 彼女は今パソコンの前に腰掛けている。  
 画面には  
『受信完了しました。お客様の原稿を受付ました。十日程度でサンプルが届きますので落丁等をご確認ください』  
 とブラウザが表示されている。  
 黒髪ロングヘア、白い花のヘアピンが愛らしい元気たっぷり少女、佐天涙子が白いリビングテーブルから顔を上げて引きつきながら微笑む。  
 初春と同じように精根尽き果てた様子だ。  
 テーブルの上にはカラス口やら使ったペン先を入れておくビンやら製図用インクやら墨汁やらトーン指定用の青鉛筆やらが無数に転がっている。  
(青鉛筆の色はスキャナがほとんど拾わないのでトーン指定などに良く用いられる)  
 更に言えば佐天涙子の顔にはトーンの切れ端がいくつか張り付いていた。  
「お、おつかれー」  
 それだけ言って、ばたんと力尽きる佐天。  
 スキャナに挟み込んでいた原稿を纏めて角一の茶封筒に収めながら初春が苦笑する。  
 二人とも学校指定のジャージ姿である上に丸一日シャワーも浴びていないため女を捨てている状態だ。  
 それでも髪飾りもヘアピンも外さないのだから彼女たちなりのオシャレは貫いているのだろう。  
 ここは初春飾利の寮である。  
 春上衿衣が枝先絆理との共同生活を送るためにこの部屋を出て行ってから一人暮らしをしている。  
 中学生の寮では二人一組の共同生活も多いのだが風紀委員として帰宅時間が不定期になりやすい初春飾利はちょっとした特例だ。  
 そういう意味では無能力者で何も役職についていない佐天涙子も一人暮らしなのが不明だが。  
 二人は人には言えない共同の趣味を持っている。  
 腐女子なのである。男同士の恋愛が大好きなのだ。  
 まだ中学一年生の癖に女性向け創作活動を行っていてそれなりに人気があるサークルでもある。  
 初春飾利の職場の同僚であり常盤台のお嬢様で空間移動の大能力者・白井黒子に言わせれば、  
「男同士なんておぞましいだけですの。むしろ乙女同士の愛こそが本物の愛ですのに」  
 ということなのだが彼女の言うことは基本的におかしいので気にしてはいけない。  
 ホモが嫌いな女子なんていないのです。ただしビアンは除く。  
「ふふふ……学校行きながら木金土の三徹は結構きついわぁ」  
「佐天さん頑張りすぎなんですよ」  
「だってぇ。初春が風紀委員の仕事あるからさぁ。そのぶん私が頑張っておかないと原稿上がらないじゃん」  
「もっと計画的に前倒ししておけばいいんですけどねぇ」  
「無理無理。学生は忙しいのだ。赤点ぎりぎりの私には試験勉強をサボるわけにはいかないのだよ、初春」  
「佐天さん、私より勉強しているはずなんですけどねぇ」  
「はははは。露骨に馬鹿だと言われてしまった」  
「ち、違いますよ!」  
 ピンクのスリッパを引っ掛けながらキッチンで二人分のコーヒーを沸かす初春を徹夜のしすぎてテンションのおかしい佐天がからかう。  
 圧倒的なまでに陽性の佐天とどちらかといえば大人しい初春という二人の関係は大抵こうなるのだ  
 
 佐天涙子も色々コンプレックスを抱えているし初春飾利も熱血漢(乙女?)の部分はあるのだが彼女たちの日常は得てしてこういうものだ。  
 頬に張り付いたトーンの四十番を剥がしながらぼさぼさになった髪を気にする涙子に飾利は言う。  
「なんか、終わってから言うのも何なんですけど、佐天さんのお話凄く良くなってますよね。なんていうか幻想的でありながらリアルで。  
 絵も綺麗になってきているし。今回も売れますよ。ホームページで告知しておかないと」  
「あー、やらしいなぁ。売り上げのことなんか気にしちゃって。お金儲けに敏感なんだから」  
「違いますって!」  
 尖った顎をテーブルに立てにまにま笑って佐天がからかうと火のついたように真っ赤になった初春が両手を振って否定する。  
 そんな彼女を見て相好を崩したままの佐天がふと表情を改める。  
「お金儲けが好きなのは私か。マネーカードとかずいぶん拾ったし」  
 これって拾得物横領だよね、と言いながらこてんと首をテーブルに横にすると髪がふわりと広がる。  
 そんな彼女を見て風紀委員であるはずの初春は苦笑しながらも言った。  
「でもあのマネーカードのおかげで色々と揃えられたんですよね。漫画用の道具だって私たち一般の中学生には大きな出費です」  
「だねー。刷るのだって只じゃないからねぇ。ただ好きな話だけ考えて萌え萌えできるだけでいい、って訳にはいかないし」  
「でもファンの人からお手紙貰うのとか、作る側にならないとわからない喜びですよ。それだけでも私は創作活動してる意味あると思います」  
「にゃははは。他のサークルさんともお友達になれるしね」  
 繰り返すが徹夜明けである。  
 初春は流石に三徹もしていないがそれでも徹夜明けである。  
 どうしたってテンションはあがる。  
 一仕事終えたばかりだという喜びもある。  
 ほかほかの湯気の上がるマグカップが涙子の前に差し出される。  
 ありがと、と小さく言って原稿を汚さないための白い手袋を脱いでピンクのウサギのプリントの入ったマグを両手で抱えた。  
「あふぅ。生き返るぅ」  
 砂糖三杯入ったこってりと甘くて熱いコーヒーをふうふういいながら飲む。  
 熱いのも贅沢だと痛感させられる一時。  
 脳が甘いものを欲しがっていたということもある。  
 だが成長期の、そして徹夜あがりの少女の脳みそにはこれっぽっちの糖分では不足なのも現実だ。  
 佐天は満足したように飲み干したが、直後に少しだけ柳眉を顰めて眉間に皺を作ってみせる。  
「んにゃー。ちょっと物足りないかな」  
「もう一杯飲みます?」  
「うんと、そうでなくてさ。チョコレートとかアイスとかないかな? 昨日から何も食べてないじゃん。甘いもの食べたい」  
「ないんですよ、すみません。家に置いておくと節操なく食べちゃってにきびができちゃいますんで」  
「そっかー。面倒くさいけどコンビニで買ってこようかな?」  
 初春飾利が厚手のカーテンを見ると早朝の如何にも爽やかです、という光が漏れている。外は快晴のようだ。  
 壁掛け時計を見上げれば朝の六時。別段女の子が出歩いても危険な時間帯ではない。  
 それにコンビニは結構近いのである。往復徒歩でも十分とかからない。  
「じゃあ、私行ってきますよ。佐天さんは少し休んでいてください」  
「いいの? あ、じゃあさ。ふてぶてしいんだけどお風呂借りていいかな? ちょっとお肌べたべたするし髪も汚れてると思うんだよね」  
「いいですよ。着替え持ってきてますよね?」  
「初春も入るよね? お湯張っていい?」  
「遠慮なんかしないでくださいよ。熱いお風呂入ってすっきりしましょうよ」  
「ありがと。じゃあさ、掃除もしておくから。トーンの切れ端とか削りカスとかいっぱい落ちてるし」  
「いいんですか? すみませんね。じゃあ、朝ごはんも奢っちゃいますよ。コンビニのお弁当ですけど。昨日から何も食べてませんしね」  
 
 徹夜明けの上に断食で少々胃が荒れているのも事実だが、こんなときにコーヒーを飲んでしまう二人である。若さは食欲を優先させる。  
 初春は簡単にワンピースに着替えて髪をブラッシングして玄関に立った。所要時間実に三分。  
 その間に佐天がお風呂の自動張りボタンを押す。押入れから掃除機を取り出す。勝手知ったる他人の我が家である。  
 用具を自分の鞄と初春の書棚に片付けながら佐天涙子が玄関の初春飾利を見遣る。  
 にっこりと笑った。  
「いってらっしゃい。のんびりしてきていいよ。部屋漁るから」  
「……早く帰ってきますからね。見られて困るものとか別にないですけど」  
「一緒にお風呂入る? 初春のえっちなの見付けてさ。うぃんうぃんいうやつとか」  
「ありませんから!」  
 初春飾利は僅かに額に青筋を立てながら玄関の扉を開けて出て行く。  
 十秒。二十秒と佐天は立ちすくみ、三十秒を経過した時点でにやりと笑った。  
「んふふっ♪ 当然、あっさるよねー。ないわけないんだよねー。腐女子の初春が何も隠してないわけがないんだよねー」  
 何度も繰り返すが徹夜明けでテンションが高いのだ。  
 ましてや佐天涙子は噂話のように隠されたものを見つけ出すことが大好きである。  
 ぱぱぱ、と簡単に作画用具を片付けてざぁっと掃除機をかけてテーブルを拭いて後片付けを済ましても五分とかからない。  
 湯船にお湯が張る告知メロディもまだ鳴っていない。  
 ざっと部屋を見る。  
 二段ベット。下は物置になっている。  
 パソコン。複数台が置かれていてその脇に「パソコン用具」と書かれたダンボールが置いてある。  
 勉強机には参考書が整えられて置いてある。  
 本棚には埃がかからないようレースカーテンが取り付けられていて中にはBL本が何十冊も納められている。  
「ぴーんっ」  
 新しい悪戯を思いついた子供の目で瞳を輝かせながら佐天涙子がパソコンに近づいた。  
 ベットの中は怪しすぎて逆に何も置いていないだろう。  
 勉強机に変なものを置くような性格でもない。  
 本棚はBL本がいっぱいあるが佐天が勝手に手を伸ばす可能性がある。  
 となると答えは自然と決まってくる。  
 ダンボール、ではない。  
 そちらは囮だろう。  
 パソコンラックの下に置かれているパソコン本体。  
 キューブ型とスリムタイプのパソコンが置いてある。  
 スリムタイプは電源が入っておらずカバーもスイッチ一つで外れる構造だ。  
 つまり。  
「お宝はここだよねぇ」  
 スイッチを押すとサイドカバーが外れた。  
 内側には電源もマザーボードも入っていない。  
 すかすかの空間。  
 そして小さく丸められたピンク色のコード。  
 
「あははっ。初春ったらやっぱりむっつりだ」  
 手を伸ばして引き出すとそれはピンク色のローターだった。しかも三つ。  
 延びたコードの先の電源を押すとぶぶぶと鈍い音がする。  
 さらにはドレッシングのビンのようなものもあった。中にはどろりとする液体。ローションだ。  
 到底中学生の女の子が持つものとは思えない。  
 にんまりと笑う佐天涙子。だが取り出したお宝は丁寧に元の形に収めてパソコンカバーも元に戻す。  
 カードは手に入れた。だとしたら焦ることはない。  
 初春飾利には少々抜けているところがある。風紀委員の勤務中に甘いものに誘われてしまうという意思の弱い部分もある。  
 快楽主義的な一面があるのだ。楽観主義でもあるのだ。  
 警報機でもなんでも仕込んでおく、という概念がない。  
 それだけ善人なのだ。  
 そして佐天は初春のそんな部分が嫌いではない。と同時に利用することに躊躇いはない。  
 別に佐天が悪人というわけではなく、初春との距離感の問題である。  
 自分の好きなことは初春も好きに違いない、という依存に近い信頼があるのだ。  
 佐天涙子は独り言つ。  
「ローター三つってことはやっぱりお尻にも興味あるんだろうねぇ。腐女子だし。だとしたら経験って重要だよねぇ」  
 徹夜明けとは思えないほど爛々と瞳孔を輝かせて佐天涙子が笑う。その場でくるっと一回転してお姫様のように踊る。  
 ふわりと長い髪が開いた。  
「膜は大切に取っておいてあげるとして、お尻で経験させてあげればきっと漫画も面白くなると思うよ?」  
 誰に聞かせるというわけでもないハイテンション。  
 ニコニコ笑いながら携帯電話を取り出す。  
「起きてるかなぁ。日曜の朝だからまだぐっすりかもね」  
 か行を検索。発見。すぐさま呼び出す。  
 十数回のコールのあと、相手が出た。  
 眠そうな声で不満を訴える相手を無視して簡単に状況を説明する。初春の寮の住所を伝える。  
「うん、初春。知ってますよね? うん、初物ですよ? 賭けてもいいってば。  
 すっごく可愛い子ですし。大丈夫大丈夫。お尻に興味あるのは間違いないんですよ。  
 あ、でも膜破っちゃダメですよ? いいじゃないですか。御坂さんと私のだけじゃ足りないんですか?  
 ――うん。そろそろあげようかなぁって思ってたんです。好きになっちゃったし」  
 
 生まれたままの姿で頬を染めながら佐天涙子が妖艶にけらけらと笑う。  
 携帯を持ったまま、リビングという生活空間で服を脱ぎだす。  
 片手でジャージのファスナーを開ける。ひらりとあけて簡単に脱ぐ。すとんとズボンを落とす。  
 桜色の下着を纏った白く染め抜かれたような細い肢体が現れる。  
 中学一年生とは思えない肉付きのいい肉体。細い四肢と裏腹に手に余るほどたわわに実った二つの乳房と丸い尻。  
 圧倒的に狂うほどの陽性の笑みを浮かべながら下着姿で踊るように一回転する。  
「ローションはあるけど一応準備してきてくださいね? 昨日から栄養補給ゼリーぐらいしか食べてないから空っぽだとは思うけど。  
 なんだったらお風呂で洗いっことかして確かめておきましょうか?」  
 脱いだジャージを空いた手で引っ掛けて持ってきたスポーツバックの上に落とす。  
 バックから替えの下着と着替えとを取り出す。  
 もっとも、すぐ脱ぐかもしれないけれども。  
 ちょうどタイミングよく「お風呂が沸きました」という告知音。湯が張り終わったようだ。  
「じゃあ、また後ほど。  
 テンション高いって? あはは、三徹したんですよ。もう、本能暴走状態。ひーはーってなもんですよ。  
 え? そうですそうです。新作描きあげたところです。今回も楽しく描けましたよ。  
 え、ええ。大丈夫ですって。私若いんだから。体力問題なし!  
 ええ? いいじゃないですか。ホモが嫌いな女の子なんていないんですよ。  
 モデルと本人の人格は別ですってば。肖像権分私の身体を楽しんでるでしょ? 私も楽しんでるんですけどね。  
 可愛いセックスフレンドの我儘ぐらいきいてくださいよ。こんな都合のいい女の子っていないと思いますけどね」  
 きょとんとしたり甘えてみたり戯けてみたりと百面相を繰り広げながら佐天涙子がけらけらと笑う。  
 赤く頬を染めながら瞳を泳がせている。  
 実に楽しそうだ。  
 根が奔放な快楽主義者である佐天涙子にとっては楽しみでしょうがない出来事がこれから待っている。  
 通話を切って携帯を折りたたんでスポーツバックの上に放り投げて、下着と着替えとを抱えて初春家の浴室へと足取り軽く向かう。  
 丁寧に身体の汚れを落として脂っぽくなった髪を整えよう。  
 年相応の無邪気さと年齢以上に甘酸っぱい相貌を両立させた佐天涙子は鼻歌交じりで浴室に足を踏み入れた。  
 

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