今日は朝のHRから一限目まで小萌先生の担当なのだが、本人は未だぶっ倒れているので自習だ。  
普段は周りの教室に迷惑をかけない程度(と本人達は思っているつもり)で騒ぐのだが、今日は水を打ったように静まりかえっている。  
静寂の中心は、上条 当麻。  
何食わぬ顔で手元の本に視線を落としている(この時点でまずおかしい。本来なら間違いなく死んだように眠っている)彼を、教室の誰もが距離を置いて見ている。  
男子同士の作戦会議、女子同士の僅かにはしゃいだ様子のこそこそ話。  
いくつかの声が聞こえるものの、普段の授業中より明らかに静かな教室は、不思議な空気を漂わせていた。  
「ふぅ」  
そんな中、上条が動いた。  
「「「!!!」」」  
パタンと本を閉じただけだが、過剰反応した周囲の生徒が逃げるように後ずさりしたり、立ち上がったりする。  
上条は数秒呆けて、静かに立ち上がろうとして、大きくよろけた。  
野郎共は新必殺技か!?と臨戦態勢をとり、乙女達は駆け寄るか寄るまいかと体を前後に揺らしている。  
ちなみにインデックスと小萌先生、そして吹寄は教室の後ろで姫神に介抱されている。その様子はさながら野戦病院の様でもあった。  
短いざわめきの後、床にドラマチックに膝を付いて苦しそうにする上条に一人の女子生徒が近づいた。  
彼女はこのクラスの保健委員だ。そのアドバンテージを最大限に使うつもりなのだろう。  
彼女…女子生徒Cは後ろの友人から  
「あっ、抜け駆け!」  
「ずるい! 体育委員の私はどうすれば!?」  
「転べ! あんたもいっそ転べ!」  
等と、ぶーぶー文句を浴びながら上条に近寄る。  
「か、上条くん大丈夫? 気分悪いなら、えと……保健室、行く? ぃ、いっしょに……」  
もじもじ照れ照れ女子生徒Cが言うが、上条は本気で具合が悪いらしくうずくまったままだ。  
「あ、その、ほんとに、大丈夫? そんなに体、悪い?」  
若干深刻な顔を作って女子生徒Cもしゃがみこむ。  
と。  
上条の手が、すがるように弱弱しい動きで、女子生徒Cの肩を掴む。  
「っ、かみ、じょうくん?」  
どきりとする女子生徒C。上条は、浅く息を一度吐いて、  
 
「あぁ……大丈夫、だから。心配かけて、悪いな……?」  
 
と、女子生徒Cの顔を見上げるように、痛みを交えた笑顔で言った。  
ズギューン!  
西部劇のガンマンもお手上げの早撃ちで、女子生徒Cのハートをなにかが通り過ぎていった。  
「ぁ、あ、っあ、あうあうあうあうあうあう……」  
女子生徒Cは、顔を真っ赤にしてあたふたと意味もなく周囲を見渡し、もう一度上条の笑顔を見て、  
「はう……っ」  
ぽてんと倒れた。  
ええー……とクラス全員がドン引きしていた。  
「あっ! だ、大丈夫か!?」  
上条を除いて。  
上条は素早く女子生徒Cをお姫様抱っこで抱えると、  
「俺はこの子を保健室に連れて行くから。皆騒がせてごめんな」  
と丁寧に断って、教室を出て行った。  
「「「………………」」」  
残された生徒達が思うことはただひとつ。  
『女子生徒C、無事には休めないだろうなあ』、だった。  
 
 
午前最後の授業の途中から教室に戻ってきた女子生徒Cはまずこう語る。  
「上条くんの、すっごく熱かった……」  
この一言に教室騒然。革命だ聖戦だと大事になりそうだったが、女子生徒Cは慌てて付け足す。  
「わわっ、ち、違くて! 上条くん、すっごい熱で、わたしを保健室に運んでくれた後倒れちゃって、おでこがすごく熱かったってだけで……!」  
この一言に教室沈静。不満だ不平だを噴出していた野郎共も拳を収めざるをえなかった。  
このまま上条は帰ってこず、小萌先生はまだ赤い顔で職場復帰、吹寄は危なっかしい足取りで早退した。  
昼休みになると、インデックスは教室で皆のお弁当やらパンやらを恵んでもらっていた。餌のやりすぎに注意。  
病人怪我人早退諸々を抱えている非常に危なっかしい教室での昼休みは、割と何事もなく過ぎて行った。  
 
そして放課後の人気も大分減った教室の隅っこに、集まる人影が三つ。  
インデックス、姫神 秋沙、月詠 小萌の三人だ。  
「で、シスターちゃん。早速本題ですが……上条ちゃんのどこをどう噛み千切ったんですか!?」  
ドシャアと派手にインデックスが滑った。屈んだ状態からよく転べるものだと関心する姫神を他所に、興奮する小萌先生にインデックスは立ち向かう。  
「なんで私が主犯確定なの!? 私は修道女なんだから、病人に鞭打つような真似はしないかも! 風邪ひいてるとうまになーんにもしなかったんだから!!」  
ふーんだ、と無い胸を張るインデックス。その横で姫神は、  
「病人に手を出さないのは当たり前として。看病もしないのはたぶん。すごくまずい」  
と呟いていた。上条の日頃の苦労を垣間見た気がして少し切なくなる姫神だった。  
「むむむ。シスターちゃんじゃないなら、誰が上条ちゃんの最後のネジをはずしちゃったんですか!?」  
「だから知らないってば! とうまはおくすり飲んで寝てただけなんだから!」  
かがくがとうまをだめにしたー! と吼えてから、インデックスはしゅるしゅると縮こまって、  
「だ、だから。わたしにあんなことしたのは、ねつがひどいから、ってだけで……、とうまはっ、ちゃんと順序をまもってくれるはずだから……」  
とか言い出してしまった。  
同じく「あんなこと」をされた小萌先生も、勢いをなくしてぺたんと床に座り込む。  
そんな二人を姫神はひどく醒めた目で見つつ。  
「私は。なにもされてない」  
とぼやいた。二人にえ?なに?と聞き返されたが、なにも。と返した。  
その後もとうまが上条ちゃんが上条くんがと、見当違いの的外れの拍子抜けな意見は三者三様滅茶苦茶な軌道を突っ走っていた。  
白熱する議論。白熱する少女二人と大人一人――その後ろで。  
三人を穏やかな目で見つめ微笑む上条の存在に、彼女達はもうしばらく気付かない。  
気付いて数秒後。三人は猛スピードで逃げ出したのだが。  
 
「こ、ここは先生にお任せですよー! シスターちゃん姫神ちゃん! 早く逃げるんですー!」  
と叫ぶ小萌先生(少し顔が赤かったのは何故だろう)と別れたインデックスと姫神は街の真ん中でぜえはあと息をついていた。  
「朝っ、夕っ、全力……ッ疾走は! つらいっかも……!」  
「さすがの。私でも。これは。引く」  
荒っぽく息を吐くインデックス。口調だけは静かだが肩で息をしている姫神。  
疲れ果てた二人に近づく足音に、気配に敏感になっていた二人がババッと顔を上げると、そこにいたのは。  
「アンタ……あいつにべったりな大飯喰らいじゃない?こんな街中でなにしてんの?」  
天下無敵のビリビリ中学生、御坂 美琴だった。  
「? 常盤台の制服。この子。知り合い?」  
面識の無い姫神が首を傾げてインデックスに訊く。  
「うん。なにかとふとっぱらな短髪だよ」  
ふとっぱら。と姫神が復唱すると、うがーと美琴が吼える。  
「だから太っ腹言うな! しかもなにかとって何よ! ダブルミーニングなの!?」  
「なんだよ短髪ってば。私はほめてるんだよ?」  
返すインデックスに、どこがよ! と言ってぎゃあぎゃあ騒ぐ二人を見て、姫神はこの少女も上条繋がりかと悟る。  
「……そ、そういえば今日はアンタ一人? アイツ、いないの?」  
一通り言い合った後、美琴がそわそわと周りを見る。片方の手で前髪なんかいじっちゃってる。  
「私も。いるのに」と言っている姫神を遮る形で、インデックスは叫ぶ。  
「そ、そうなんだよ聞いて短髪! とうまがとうまが大変なんだよ!」  
最早上条に関連する言葉を聞いただけでパニックに陥ってしまうようになったのだろうか。あわあわと両腕を振る少女を訝しむ美琴の耳に、声が聞こえる。  
「インデックスー、姫神ー、どこだー?」  
ビクーン! と、二人が震えた。  
常ではありえないであろうその反応にはてなと首を傾げる美琴の目に、影が飛び込む。  
「やあ、御坂! 奇遇だな!」  
それは、超爽やかな笑顔でしゅたっと手をあげる、上条 当麻の姿――  
「ひぅッ」  
 
刹那、条件反射で美琴が撃ち出した超電磁砲が上条に炸裂した。  
 
 

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